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『土地法案について(全)』




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同対訳版



キケロ『土地法案について』(前63年、キケロが執政官だった年)


DE LEGE AGRARIA ORATIO I.
fr1 fr2 fr3 fr4 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27



DE LEGE AGRARIA ORATIO II.
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103



DE LEGE AGRARIA ORATIO III.
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16


DE LEGE AGRARIA ORATIONES
M. TVLLI CICERONIS


歳入に対する全権を5年間十人委員に与える土地法案に反対する演説。

DE LEGE AGRARIA ORATIO
PRIMA CONTRA P. SERVILIVM RVLLVM TR. PLEB. IN SENATV

土地法案について護民官プブリウス・セルウィリウス・ルッルスに反対する第一演説(元老院にて、一月一日)

[Fr1] キケロ、一月一日、土地法案について。髭のない若さ(=おそらく護民官ルッルスについて)

[Fr2] 彼らは移住させた植民者を使ってカプアを占領するでしょう。また、アテッラを要塞で固めるでしょう。さらに、ヌケリアとクマエを大勢の自分の仲間たちで支配して、他の町も守備隊の支配下に置くでしょう。

[Fr3] プロポンディスとヘレスポントスは全部競売にかけられるでしょう。リュキアとキリキアの海岸も全て売りに出されるでしょう。ミュシアとフルギアも同じ運命に従うことになるでしょう。

[Fr4] 十人委員は略奪品も戦利品も競売品も、さらにグナエウス・ポンペイウスの陣地も、凱旋将軍がまだそこにいるのに、売却するでしょう。

I.
[1] 第一章 * * * かつてこの事を公然と目指した人(=前65年クラッススとカエサル)が、今回は裏技を使って(=土地法案の中に紛れ込ませることで)こっそりと実現しようとしているのです。というのは、これは多くの人たちによって何度も言われてきたことですが、十人委員たちは同じ人たち(=スッラとクイントゥス・ポンペイウス、前88年)が執政官だった年以降、あの王国はエジプト王アレクサンドロスの遺言でローマのものになったと言うはずだからです。

そこで、元老の皆さん、皆さんはかつて彼らが公然と要求した時には与えるのを拒否したアレクサンドリアを、今度はこっそり要求すると与えるのでしょうか。一体全体、元老の皆さん、これ(=エジプトをローマ領にすること)がしらふの人間の考えることでしょうか、それとも、酔っぱらいの夢でしょうか。あるいは、賢者の企てでしょうか、それとも、気違いのたわごとでしょうか。

[2] 今度は次の条文をご覧ください。そこには、この破廉恥な放蕩者がどのようにしてこの国を無茶苦茶にしようとしているか、我らの父祖たちによって遺された財産をどのようにして散財して使い尽くそうとしているか、自分の財産だけでなくローマの財産をどのようにして浪費しようとしているかが書かれています。彼は十人委員が売却することになるローマの税収源をこの法案の中に列挙しているのです。つまり、彼は国有財産の競売を予告しているのです。

彼は土地を買い入れて分配しようとしているのですが、そのためのお金がいるのです。そこでその方法を考え出してそれを明らかにしているのです。というのは、先の条文では、ローマの名声を傷つけ、帝国という名前に対する世界の評判を落とし、友好的な都市と同盟国の土地と王の地位を十人委員に引き渡しました。次は、そこからたんまり現金を引き出そうというのです。

[3] この抜け目のない頭のいい護民官がどんな方法を編み出しているのか気になるところです。「スカンティア(カンパニア)の森は売却すべし」と彼は言っています。では、君はいったいこの森を荒廃地のリストの中から見つけたのか。それとも監察官の牧場(=税収源)から見つけたのでしょうか。もし君がそれを誰も知らない所から発掘してきたのなら、それが不正な事であっても、君が付け加えたのだから、好きなように売ればいい。

しかしながら、我々が執政官になり、ここに元老院が現にあるというのに、君はスカンティアの森を売却するつもりなのか。君は我が国の税収源に手を付けるつもりなのか。戦いの支えであり平和の勲章であるものを君はローマから奪うつもりなのか。そんなことになれば、私は父祖たちの時代の勇敢な執政官たちより自分が無能な執政官だと思わざるを得ない。なぜなら、彼らが執政官のときにローマにもたらした税収源を私が執政官のときに失ったと言われることになるからだ。

II.
[4] 第二章 皆さん、彼はイタリアの財産を次々と全部売却しようとしているのです。その点で彼は抜け目がありません。彼は何一つ例外としないのです。彼は監察官のリストに従ってシシリア全土を踏破するつもりです。どんな建物も土地も見逃しません。ローマの富の競売が一月に行なわれると護民官が予告したのを、皆さんは既にお聞きでしょう。むかし戦場で勇気をだしてローマに富をもたらした人たちがそれを国庫を満たすために売らなかったのは、我々が大衆への施しのために売るためだったことを、当然、皆さんは疑ったことがないはずです。

[5] 皆さんは彼らが目的の追求に前の条文ほど成り振りを構わなくなっていることがお分かりでしょう。法案の前半で私は彼らがポンペイウスをいかに巧妙に攻撃しているかを明らかにしましたが、いまや彼らは自分の本性を現してきているのです。彼らはアッタリアとオリンポス(=小アジア)の土地の売却を命じていますが、これはかの勇敢なプブリウス・セルウィリウス(前79年執政官)がローマにもたらしたものです。次に彼らはマケドニア王の土地の売却を命じていますが、そのうちの一部はティトゥス・フラミニウスが戦いで(前197年)、また別の部分はペルセウスを破ったルキウス・パウルスが戦いで(前168年)手に入れた土地であります。

次に彼らはコリントの最も肥沃な土地の売却を命じていますが、それはルキウス・ムンミウスが戦い(前146年)に勝利してローマの税収源に加えた土地であります。それから彼らは新カルタゴ(=スペイン南東部)の近くのヒスパニアの土地の売却を命じていますが、それは二人のスキピオ(=大スキピオの父プブリウスとその兄グナエウス)が優れた武力で手に入れた土地であります。さらに彼らは古カルタゴ自体も売却するつもりですが、それは小スキピオがカルタゴの滅亡をはっきりさせるため、あるいは我らの勝利を明らかにするため、あるいは敬虔な感情にかられて(=第二演説51では否定している)人類の永遠の記念とするために、家も城壁も取り除いて聖別した土地であります。

[6] 彼らは我らの父祖たちが我々に帝国の勲章と飾りとして伝えたこれらを売却すると、次には、パフラゴニアとポントスとカッパドキアにあるミトリダテス王の土地も売却するように命じています。さらに、彼らはグナエウス・ポンペイウスが今まさに戦っている土地の売却を命じているのです。彼らがポンペイウスの軍隊をいわば競売人の槍によって攻撃しているのは明らかではないでしょうか。

III.
[7] 第三章 彼らが競売を実施する場所には何の制限もないのですが、これはどういうことでしょうか。なぜなら、この法案では十人委員に好きな場所で競売をする権限が与えられているからです。監察官が税の徴収を請け負わせるのはローマの民衆に見える所でしか許されません。それなのに十人委員にはどんな遠隔地においても競売をすることが許されるのでしょうか。

しかし、どんな道楽者でも親の財産を使い尽くしたあとで自分の財産を競売するときには、街角でなく競売用の部屋でするものです。ところが、ルッルスは十人委員にローマの富の競売を誰も知らない自分たちに都合のいい場所や、誰もいない好きな場所でするのをこの法案で許しているのです。

[8] 十人委員たちが属州と王国と自由国の全てを巡る旅が、いかに儲かるものか、住民にとっていかに恐ろしく過酷なものであるか、皆さんにはお分かりではないでしょうか。元老の皆さんが送り出す自由使節の同盟国への訪問が、いかに相手国に迷惑であるか、皆さんはきっとお聞き及びのことでしょう。彼らは相続権を得るために、大きな権力も権限も持たず個人で個人的な用件のために出かけるだけなのに、この有り様なのです。

[9] ですから、皆さん、考えてもみてください。大きな権限を持って、あらゆる物に対する限りない渇望と貪欲に満ちた十人委員たちが世界中に派遣される時、この法律のおかげでどんな恐怖と災難が世界中の人たちを襲うことになるかを。彼らの訪問は重圧となり、彼らの権威の象徴である束桿は恐怖の的になり、彼らの決定権と裁量権は耐え難いものとなるでしょう。

なぜなら、十人委員は自分の好きなものを公共財産であると言って、そう言ったものを売り払うことが出来るからです。確かに十人委員は高潔な人たちなので、売らない代わりに金を受け取るような事はしないでしょうが、そうする事はこの法律で許されるのです。ここからどれほどの恐喝が、どれほどの汚職が、つまり法と財産による取り引きがどれほど横行するか、皆さんはお分かりでしょうか。

[10] というのは、この法案の前半では「スッラとクイントゥス・ポンペイウスが執政官だった年(前88年)」(=二の38)という上限がありますが、ここではそれを外して無制限にしているからです(=二の56、公有地の判断は無制限)。

IV.
第四章 それと同時に、この法案はどこであろうと公有地に莫大な課税をすることを十人委員に命じています。その結果、彼らは自分の好きな土地を免税にすることも出来るし、公有地にすることも出来るのです。しかもこの判断に際して、より残酷な厳しさを選ぶか、より稼げる優しさを選ぶかは、予想出来ないのです。


この法案全体の中に不公平というよりは疑惑に満ちた二つの例外があります。それはシシリアのレケントリクス地区が課税を免除されていることと、条約で保証された土地が売却を免除されていることです。これはアフリカにあるヒエンプサル王(二世、前106~60年)の土地のことです。

[11] ここで私が聞きたいのは、もしヒエンプサル王の土地が条約で充分保証されており、レケントリクス地区が私有地(=課税されない)であるなら、何のために免除するかということです。逆に、条約に何らかの欠陥があったり、レケントリクスの土地が公有地と言われるのなら、世界中でこの二つだけがただで免税されたと誰が考えると言うのでしょうか。

どんなにうまく隠してもこの法案の作成者たちは金になることは必ず嗅ぎつけるのです。彼らは属州、自由都市、同盟国、友好国、果ては王の富まで枯渇させて、ローマの税収源にまで手を伸ばすのです。

[12] 彼らはそれでも満足しません。民会と元老院の満場の決議を経て軍隊を率いて戦った経験がおありの皆さんに、是非とも聞いていただきたいのです。彼は「誰の懐に入ったものであれ、略奪品と戦利品、将軍の金の冠代のうちで、戦勝記念碑に使われず国庫に返還されなかったもの」は、十人委員に引き渡せと命じているのです。

この条文に彼らは多くの期待を込めています。というのは、全将軍とその相続人たちを自分たちの法廷で尋問することを計画しているからです。中でもファウストゥス氏(=独裁者スッラの息子)からは大金を巻き上げられると思っています。これは宣誓した裁判官たちが拒否した裁判ですが、それを十人委員たちが引き受けたのです。彼らはこの裁判は自分たちのために裁判官たちが取っておいてくれたと思っています。

[13] さらにルッルスは将来の事まで抜け目なく法案の中に規定しています。それは、どの将軍であれ手に入れた金は直ちに十人委員に引き渡すということです。しかし、この点で彼はポンペイウスを例外にしています。私が思うに、それは外国人をローマから追い出す法律(前65年のパピウス法、『アルキアス弁護』『バルブス弁護』参照)でグラウキッポスを例外にしているのとよく似ています。

というのは、この例外扱いは彼だけが恩恵にあずかると言うよりは、彼だけが不正を免れることになるからです。しかし、この法案はポンペイウスの戦利品は見逃しながら、ポンペイウスの税収源は侵しています。というのは、私が執政官をやめたあとで新たな税収源から引き出した金は十人委員が使うと規定しているからです。そんな事を言っても彼らがグナエウス・ポンペイウスが付け加える税収源を売るつもりなのは、我々にはお見通しなのです。

V.
[14] 第五章 元老院議員の皆さん、十人委員のお金があらゆる場所からあらゆる方法でかき集められることが、今や皆さんもお分かりでしょう。このお金に対する反感は和らげられます。このお金は土地の購入に使われる予定だからです。いいでしょう。だが、その土地は誰が買うのでしょうか。それもまた十人委員なのです。ルッルスよ(他の十人委員は後回しにして)、結局君は自分の好きな土地を売って、自分の好きな土地を買うのだ。しかも自分の好きな値段で売り買いするつもりなのだ。

なぜなら、あの優秀な男は嫌がる人から買うことを禁じているからです。そんな事を言っても、嫌がる人から買うのは損な取引で、進んで売る人から買うのは有利な取引であることは、我々もお見通しです。では、他の人はいいとして、君の義父はどれだけの土地を君に売る予定かね。しかも、無欲だという噂が正しければ彼は嫌がらずに売るのだろう。他の人たちも進んで同じ事をするだろう。妬みの的だった財産をお金と交換して、維持しがたいものを手放して望んだものが手に入るのだから。

[15] 次に、元老院議員の皆さん、あらゆる面で彼らの際限のない出鱈目なやり方をご覧ください。金を集めるのは土地を買うためです。しかし、彼らは嫌がる人からは買わないのです。では、地主が売却に同意しなければ、金は国庫に返されるのでしょうか。それは許されません。では、その金を我々は彼らから請求できるのでしょうか。それは禁止されています。しかし、それはまだいいでしょう。売り手が望むだけの金を出せば買えないことはないのです。妬みの対象である土地や健康に悪い土地を買って地主を金持ちにするために、私たちは世界中を略奪して、税収源を売却して国庫を空にすればいいのです。

[16] では、その土地への移住はどうするのでしょう。それはだいたいどんなやり方で実行するのでしょうか。彼は「植民市を創設する」と言います。では、いくつ植民市を創設するのでしょうか。そこへはどんな人たちを入植させるのでしょうか。その場所はどこなのでしょうか。植民市について、こうしたことを考えなくてよいという人がいるでしょうか。ルッルスよ、君たちが要塞で固めて、植民市で埋め尽くして、あらゆる束縛で縛り付けて支配するために、私たちがイタリア全土を無抵抗なまま、君とこの計画全体の立案者(=カエサル)に引き渡すと思ったのかね。

君たちがヤニクルムの丘(=ローマの向かい側)に植民市を作ったり、ローマを他の都市から攻めて悩ましたりしないという保証がどこにあるのかね。彼は「そんなことはしない」と言いますが、第一それが本当か私には分からないし、第二に私は心配なのです。要するに、私はわが国の平和を私たちの思慮分別にではなく、君たちの善意に委ねるつもりはない。

VI.
[17] 第六章 君たちがイタリア全土を君たちの植民市で満たそうとしているのに、それがどういう事か我々の誰も気が付かないと思ったのかね。この法案にはこう書いてある。「十人委員は好きな都市と好きな植民市に、好きな人たちを植民させて、好きな場所の土地を割り当てるべし」。こうやって十人委員がイタリア全土を自分たちの兵隊で占領してしまえば、ローマの権威を維持する希望も自由を回復する希望も奪われてしまうのです。以上の反論は確かに私の予測と推測に基づくものです。

[18] しかし、すぐに全てははっきりするでしょう。そして、彼らはこの国の名前と帝国の首都の場所と、最後にこの最高神ゼウスの神殿と、この全ての民族の砦が気に入らないのだということが今に明らかになるでしょう。彼らはカプアに植民市を作リたいのです。そして、その町をもう一度ローマと対抗させて、自分の財産をそこへ移して、帝国の名前をカプアに変えようと企んでいるのです。

土地の肥沃さと物資の豊かさのために人々に傲慢さと残忍さを芽生えさせたと言われる地方に、十人委員はあらゆる犯罪に適した植民を選んで住まわせようとしているのです。昔の気高さを持って豊かな境遇の中に生まれた人たちでさえ、物資の豊かさに節度をもって対処することのできなかったカプアに、君たちの取り巻きが移り住んだら、当然自分たちの傲慢さを節度をもって抑えることだろう。

[19] 我らの父祖たちはカプアから役職、元老院、民会という国家の象徴となる物を全て取り去ったのだ。そして、町にはカプアという中身のない名前だけを残した。しかしそれは父祖たちが残酷だったからではなく(彼らは外敵を打ち倒した後に外敵の財産を何度も返還しているのだから、これほど温情のある人たちはない)思慮深さからだった。

もしカプアの城壁の中に国家の形跡を何か残したら、あの町は支配の中心になる可能性があると考えたのだ。そんなことになったらどれほど破滅的な結果になるか、当然君たちは分からないだろう。もっとも君たちが国家を転覆させて新たな支配を作ろうとしているなら別だが。

VII.
[20] 第七章 一般に植民市を設立する時に用心すべきことは何でしょうか。それは贅沢でしょうか。贅沢によってハンニバルも堕落したからです。それは傲慢さでしょうか。傲慢さはあの地方特有のもので、カンパニア人の尊大さから来ていると思われるからです。それは要塞でしょうか。要塞によって植民市はローマの盾となるのではなく、ローマと敵対するからです。しかし、一体全体、何という要塞でしょうか。というのは、ポエニ戦争の時、カプアは自分の持てる力を使って単独でも武装できましたが、今ではカプアの回りの町はことごとくこの十人委員の選んだ植民で占領されることになるからです。

この法案では十人委員はどこでも好きな町に好きな人たちを入植させられるのは、このためなのです。そして、この植民たちにカンパニアとステラの野を分割することをこの法案は命じているのです。

[21] ここで私が言いたいのは収入が減ることでも、不名誉な損害のことでもありません。確かにこれらは誰がいくら深刻に嘆いても嘆き足りないことでしょうが、私が言いたいのはこれではありません。我が国の最も重要な公共の遺産であり、ローマ人の最も美しい財産であり、食料の支えであり、戦争のための蔵であり、特別に封印している国家の税収源であるカンパニアを私たちが守れないことは確かに嘆かわしい事ですが、私が言いたいのはこれでもありません。

スッラの独裁の時にもグラックス兄弟の施しの時にも自らの力で自らを守り通したカンパニア地方を私たちがルッルスに与えてしまうのは確かに嘆かわしい事ですが、私が言いたいのはこれでもありません。確かにカンパニアはこの国の他の税収源が失われても健在であり、ほかからの収入が途絶えても我々を支え続け、平和の中で繁栄し、戦争中でも衰えることなく兵士たちを食べさせ、敵を恐れないただ一つの税収源ですが、私が言いたいのはこの事でもありません。このような事はどれも今は言わずに民会のためにとっておきましょう。私がここで言いたいのは、ローマの自由と平和が危機に晒されていることなのです。

[22] もしルッルスが自分よりはるかに恐ろしい人(=カエサル)と組んで、ならず者と貧乏人たちの腕力と、莫大な武力と財力を使って、カプアとカプアの回りの町を占領すれば、皆さんの政府の何が無傷でいられるとお考えでしょうか。皆さんの自由と権力を守るために何が出来るとお考えでしょうか。元老院議員の皆さん、私はこうした事態を断固として阻止するつもりであります。そして、私は彼らが国家を転覆させようと長年考えてきた企みを私が執政官の間は口に出すことも許さないつもりです。

[23] ルッルスよ、君と君の同僚が、見せかけではなく真の民衆の味方である執政官の意に反して国家を転覆させることで民衆の味方と思われると期待しているとしたら、それは大きな間違いだ。私は君たちに挑戦する。私は君たちを民会に召喚する。私は君たちをローマの民衆に裁いてもらいたいのだ。

VIII.
第八章 もし民衆が何を望み何を喜ぶかをよく考えるなら、天下太平、和合一致、平穏無事ほど民衆に愛されるものはないことを見出すはずなのだ。

君たちは、疑惑で揺さぶられている国、恐怖でおののいている国、君たちの法案と集会と植民で混乱しているローマを私に委ねたのだ。君たちは、ならず者に希望を与え、善き人たちを怯えさせ、公共広場に対する信頼を奪い、国家の権威を取り去ったのだ。

[24] このように人心が動揺し政治が混乱している時に、執政官の権威ある言葉が突如としてローマの民衆にとって大きな暗闇の中の光明となって、何も恐れることはないと告げたのである。我々が執政官である間は、戦争もなく、暴力沙汰もなく、植民市が作られることもなく、税収源が売却されることもなく、新たな命令権が発動されることもなく、十人委員による支配もなく、もう一つのローマ、もう一つの首都が生まれることもなく、穏やかで完璧な平和が維持されると告げたのである。であるから、君たちの輝かしい土地法案の方が民衆のためになると思われることを我々は心配する必要はないのだ。

[25] 一方、私は君たちの計画の犯罪性と法案の欺瞞と落とし穴を明らかにして、民衆の味方である護民官がローマの民衆に仕掛けた陰謀を暴こうとしているのに、君たちに対抗して民会に立つことは許されないのではと心配する必要もない。何と言っても私は、誰にも気兼ねなく厳格に執政官の職務を執行出来るように、属州も名誉も勲章も、護民官が拒否権を行使できるような一切の便益を要求しないことが決まっているからだ。

[26] 執政官は一月一日に満員の元老院で、この国の状態が続く限り、また名誉を損なわずには逃れられない問題が発生しない限り、自分は属州に出かけるつもりはないと言っている。元老院議員の皆さん、これで私は政府に対して怒り狂う護民官を抑えつけで、私に対して怒り狂う護民官を意に介さずにいられるのであります。

IX.
であるから、護民官の君たちには、是非とも正気を取り戻してほしい。そして、用心しないと君たちをまたたく間に見捨ててしまうような人たちのもとを離れて、私たちに協力してほしい。そして、良き人々と心を合わせて、君たちの国を熱意と愛情をもって共に守ってほしい。

この国には隠れた傷が沢山ある。不良市民の危険な計画は山とある。この国には外部からの脅威は存在しないのだ。どの王も、どの民族も、どの国も我が国にとっては恐れるに足りない。悪はこの国の内部に巣食っているのだ。この傷を我々一人一人が治療に当たるだけでなく、一致団結してみなで治療に当たらねばならないのだ。

[27] もし私の意見を元老院が受け入れても、民衆は違う態度を取るだろうと君たちが思っているとしたらそれは大間違いだ。安全に暮らしたいと思っている人たちは、欲のない執政官、間違いのない執政官、危険に対して用心深い執政官、争いに対して臆病ではない執政官の指導に従うものなのだ。

もし君たちの中に治安を乱すことで高い地位に就けるという希望に抱いている者がいるなら、私が執政官の間はその希望は捨ててもらいたい。そして、騎士階級に生まれて執政官になった私を手本にしてもらいたい。さらに、どんな生き方をすれば善人が名誉ある地位にたやすく就くことができるかを考えてもらいたい。

元老院議員の皆さん、皆さんが熱意をもって皆さんの権威を維持することを約束して下さるなら、私は必ずやこの国が最も必要としていることを実現するでありましょう。それは、我らの父祖たちが維持していたこの階級の権威を久しぶりに復活させることなのであります。


DE LEGE AGRARIA ORATIO
SECUNDA CONTRA P. SERVILIUM RULLUM TR. PLEB. AD POPULUM

土地法案について護民官プブリウス・セルウィリウス・ルッルスに反対する第二演説(民会にて)

I.
[1] 第一章 ローマ市民の皆さん、皆さんのおかげで自分の先祖と同じ地位につくことが出来た人たちは、最初の民会で皆さんに感謝の気持ちを表すとともに、自分の先祖を称える演説をするのが父祖たちの頃からの慣例となっております。その演説の際に、自分の先祖と同じ地位に就いても何ら遜色のない人物をたまに見かけることがありますが、先祖の威光が大きすぎて、孫子の代までそのお陰を被っている人がほとんどであるようにお見受けします。

皆さん、私は皆さんの前で自分の先祖について語ることはありません。私の先祖もまた私のように先祖の血筋に恵まれて、その薫陶を受けて育った人たちではありますが、ただ彼らは大衆の支持を得て皆さんに選ばれるという名誉に恵まれなかったからであります。

[2] かと言って、皆さんの前で自分ことばかりお話しすれば、自惚れのそしりを受けるかも知れません。しかし、何も言わなければ恩知らずのそしりを受けるかもしれません。なぜなら、私がどんな努力をしてこの地位を手に入れたかを自分の口から話すのは非常に心苦しいことですし、皆さんのこれほど大きなご好意について何も言わないのも、私には出来ないことだからであります。それゆえ、自分についての話は控え目にして、皆さんから受けたご恩を数え上げる一方で、もし必要なら、私が皆さんから頂いた高い地位と特別の評価にとって遜色ない人間である理由を少しだけお話しすることにしましょう。そして、これに対する評価はこれまでと同様、皆さんにお任せすることにしましょう。

[3] わが国の歴史で皆さんが新人を執政官に選んだのはずいぶん久しぶりのことであります。皆さんは、貴族たちが要塞を固めて手を尽くして護ってきたこの牙城を、私を先頭に立てて打ち破ったのであります。そして、未来の才能ある人たちに道を開こうとされたのです。しかも、皆さんは私を執政官にして下さっただけでなく(もちろんそれだけでも素晴らしいことですが)、この国では貴族でも珍しく新人では前例のないやり方で私を執政官に選んで下さったのです。

II.
第二章 というのは、もし皆さんに新人のことを思い出して頂けるなら、新人で執政官に立候補して一度で当選した人たちは、長い運動を経て何かのチャンスでなった人たちで、法務官を経験したのち長年運動をして、年齢と法律のハードル(=執政官の立候補は40歳から。キケロは前106年生まれで42歳で立候補)をクリアしてからだいぶ経ってからのことであり、立候補した最初の年に当選した新人はいないということにお気づきになるでしょう。

執政官に立候補できる年齢になってすぐに立候補して、最初の立候補で当選したのは、私の記憶が正しければ、新人の中では私だけであります。私は最初に立候補した時に皆さんによって当選させて頂いたのであり、他の候補の機会に乗じて当選したのでも、長年の選挙運動によるお願いの積み重ねの結果当選したのでもなく、堂々と自分の力によって当選したのであります。

[4] そして、ローマ市民の皆さん、何よりも素晴らしいことは、私が先程言いましたように、何十年ぶりに新人である私を、資格を得た年の最初の立候補でこの地位に就けてくださったことであります。そして、何より光栄で名誉なことは、私の選挙で皆さんが秘密投票の自由を守るための投票札を使わずに、元気な声で私に対する熱烈な支持を直接表明して下さった事であります。

しかも、私は投票の集計を最後まで待つことなく、皆さんの最初の投票で執政官に当選したのであります。そして、私の当選は選挙委員の個々の声ではなく、ローマの民衆全員の一致した声で宣言されたのです。

[5] 皆さんからこのような明らかに特別なご支援を頂くことによって、私は大きな喜びと満足を感じているのでありますが、それ以上に大きな緊張感で身の引き締まる思いがするのであります。というのは、ローマ市民の皆さん、私は心の中に沢山の深刻な心配事を抱えていて、昼も夜も休まる暇がないからであります。

執政官の仕事は誰にとってもそうですが、私の場合は他の人に増して特別に困難で大変な仕事なのであります。と言いますのは、私は失敗が許されないからであります。また私が何かでうまくやっても、いやいや絞り出したような褒め言葉しかもらえないのです。また私が何かで迷った時にも貴族たちからは信頼できる助言をもらえる見込みはありませんし、私が困ったときに貴族たちから確かな援助を期待できないのです。

III.
[6] 第三章 それでも、私一人が批判にさらされるだけでしたら平然と耐えられるでしょう。しかし、一部の人たちは、私の政策の失敗だけでなく、私の何気ないしくじりにも、自分たちの仲間ではなく私を選んだ皆さん全体に非難の矛先を向けると思うのです。私はどんな目に会おうとも構わないのです。ただ私が執政官として考えて行動することによって、私を支持して投票してくださった皆さんの行動があとで感謝されるようにしたいのです。

そのうえ私の場合は、これまでの執政官がとってきた行動方針をとらないことを宣言しているので、執政官の仕事の困難の度合いはひときわ大きくなっているのであります。というのは、これまでの執政官はこの演壇に登って皆さんの視線にさらされることを注意深く避けてきたか、少なくとも皆さんの前に出ることに熱心でなかったのであります。それに対して、私はここで言うのはいとも容易いことですが、元老院では場違いだと思えるようなことを、つまり、自分は民衆のための執政官になるということを、ここだけでなく元老院における一月一日の最初の演説で述べたのであります。

[7] というのは、私は有力者の運動や数少ない人たちの強い影響力によってではなく、ローマの民衆全体の決定で、しかも貴族出身者に大差を付けて執政官に当選したのですから、私はこの職にある間だけでなく、生涯にわたって民衆のためにあり続けることは、私の使命なのであります。

しかし、私が「民衆のため」という言葉の意味を説明するにあたって、是非とも皆さんにご理解頂きたいことがあります。なぜなら、人々を欺く見せ掛けによって、この言葉に関する大きな誤解を広めている人たちが少なからずいるからであります。彼らは民衆の利益どころか民衆の安全をもおびやかそうとしているのに、口ではうまいことを言って民衆の味方と思われようとしているのです。

[8] ローマ市民の皆さん、私が一月一日にこの国の統治を引き継いだ時、この国がどのような状態であるかを私はよく知っています。この国は不安と恐怖に満ちているのであります。ここでは善き人たちはあらゆる悪事と災難を恐れ、悪人どもはそれを希望の拠り所にしているのです。この国の安定と皆さんの安全をおびやかすあらゆる不穏な企てが現に進行中だと言われ、その一部は既に私が執政官に選ばれた時に実行に移されたと言われています。

公共広場に対する信頼は既に失われています。それは前代未聞の災難に打ちのめされたからではありません。判決が何度も無効になったりして法廷が混乱して信用を失ったからであります。そして、人々は誰かが新たな独裁、前例のない支配、いや王の位を狙っていると思うようになったのであります。

IV.
[9] 第四章 私はこうした疑いを抱くだけでなく、はっきりこの危機を認識していたからこそ(それは公然たる事実だったのです)、この職に就いたときに元老院において民衆のための執政官になると言ったのであります。実際、平和ほど民衆に愛されるものがあるでしょうか。私が思うに、感覚が備わっている生き物だけでなく、家々や田地さえも、平和のありがたみを知っているのであります。

また、自由ほど民衆に愛されるものがあるでしょうか。皆さんもご存知のように、人間だけでなく動物たちも自由を求めているし、何よりも自由を大切にしているのです。また、休息ほど民衆に愛されることがあるでしょうか。休息は大きな喜びであり、皆さんも皆さんの祖先も、特に高位高官にあった勇敢な人ほど、いつかは休息を味わえるからこそ、大きな労苦を背負うことを厭わなかったのであります。

実際、私たちは父祖たちに特別の賞賛と感謝と捧げねばなりません。なぜなら、私たちが危険を冒さずに休息を味わえるのは彼らの労苦のおかげだからです。ですから、ローマ市民の皆さん、外敵からの平和、ローマ人の名にふさわしい自由、家庭の休息等々、皆さんが享受して大切にしておられるこれらの全てが、執政官としての私の信用といわば庇護のもとに委ねられていることを私は痛感しているのであります。そんな私が、民衆のための執政官なのは当然なのであります。

[10] 一方、ローマ市民の皆さん、今回のように口では約束できても実際には国庫を空にしないと出来ないような施しの発表は、皆さんに歓迎されないし、民衆のためになるはずがないのです。また、法廷の混乱、判決の無効、罪人の復権なども、民衆のためになるとは考えられません。こんなことは普通は打ちのめされた国家を破壊するための最終手段なのです。

また、誰かがローマの民衆に土地を約束したり、表向きは希望を持たせるようなことを言いながら、裏では別のことを企んでいるのも、民衆のためと見なすことは出来ません。

V.
第五章 ローマ市民の皆さん、実を言うと、私は土地法案そのものには反対ではありません。私の心に浮かぶのはローマの平民階級で有名な二人で、才能と愛情あふれるティベリウス・グラックスとガイウス・グラックスのことです。彼らはそれまで私有地だったところを買い上げて公有地にして平民を住まわせました。

私は多くの執政官たちとは違って、グラックス兄弟を賞賛することを悪い事だと考えません。彼らがその英知に満ちた政策と法案によって、この国の多くの分野を改革したことを知っているからです。

[11] ですから、護民官に当選した人たちが土地法案を作成していることが、執政官に当選した私のところにはじめて知らされたとき、私は彼らの考えを知りたいと思いました。実際、彼らと私たちは同じ年に政務官として仕事をするのですから、この国をよくするために、彼らと何らかの協力関係をもつべきだと考えたのです。

[12] しかし、私が彼らの会話に親しく参加しようとしても、私は聾桟敷に置かれて仲間に入れてもらえなかったのです。そして、法案がローマの平民のためになるものなら、自分も支援者として協力したいと申し出ると、彼らは私のこの親切な申し出をにべもなく断って、平民への施しをお前が認める気になるわけがないと言ったのです。私は煩わしく思われたくないし、計略を疑われるのも嫌なので、それ以上言うのはやめました。

一方、彼らはこっそり会うことをやめませんでした。この秘密の会合は民間人も加えて夜中に人目を避けて行われるようになりました。私がこうした事をどれほど危惧していたかは、当時皆さんが感じていた不安からも、容易に推し量ることが出来るでしょう。

[13] そして、とうとう彼らが護民官として活動する日が来たのです(=12月10日)。私たちはプブリウス・ルッルスが集会を開くのを待ちました。なぜなら彼は土地法案の発起人であり、他の人よりも熱心に活動していたからです。彼は護民官に選ばれると、以前とは違う顔つきをして、声の調子も歩き方も変えてしまいました。以前よりだらしない格好をして、服はぼろぼろ髪はぼさぼさ髭はぼうぼうで、目つきと顔つきで護民官の力を人々に見せつけて、政府をおどしているように見えました。

私は彼の法案と集会を待っていました。彼はすぐ法案は提出しませんでしたが、集会を12月12日に招集しました。人々は大いに期待して出かけました。彼は長々と立派な言葉で演説をしました。しかし、ただ一つ欠点がありました。それはあれほど多くの人がいたのに、彼が何を言っているか理解できた人が一人もいなかったことなのです。

彼は何かの計略であんな演説をしたのか、それともあんな演説をするのが楽しいのかは私には分かりません。もっとも、そこにいた比較的頭のいい人たちは彼が土地法案について何か言おうとしたことだけは分かりました。そのうち私が執政官に選ばれると、やっと法案が公表されました。私は大勢の書紀をいっせいに集めて、法案の写しを作らせました。

VI.
[14] 第六章 いずれにしろ、ローマ市民の皆さん、私は皆さんに次のことは断言できます。私がこの法案の調査に取り掛かった時には、もしこの法案が皆さんのためになるものだと分かったら、自分がこの法案の提案者と支援者になる積りだったのです。

善良で勇気のある執政官が扇動的で悪辣な護民官の前に立ちはだかったり、護民官が権力をふるって執政官の気まぐれを阻止することはよくありますが、だからといって、執政官は護民官に対して根っからの敵意や憎しみを抱いて闇雲に戦いを始めるわけではありません。両者の反目の原因は、権限の違いではなく意見の違いなのです。

[15] ですから、私がこの法案を手にした時、私はその法案が皆さんの利益に合致するものであって欲しい、(口だけでなく真に)民衆のための執政官が心から進んで擁護できるものであって欲しいと思っていたのです。

ところが、ローマ市民の皆さん、私がこの法案の最初から最後まで全編を通じて見つけたのは、彼らが国庫と税を支配する王、全ての属州と王国と自由な国民を支配する王、つまり全世界を支配する十人の王を、土地法案の名前を借りて任命しようと考え、企み、実行に移そうしていることだけだったのです。

ローマ市民の皆さん、私は次のように断言します。皆さんはこの見栄えが良くて民衆受けする土地法案では何ももらえないのです。そして、一部の人たちに全てが与えられ、ローマの民衆は土地の約束と引き換えに自由を奪われ、一部の個人の富が増える代わりに国庫は干上がり、最もけしからん事には、我らの父祖たちが自由の守り手として創設した護民官によってこの国に王が作られるのです。

[16] ローマ市民の皆さん、私はこれからこの法案の中身を詳しく説明していきますが、もしそれが皆さんには嘘だと思えるなら、私は皆さんの意見に従って自分の意見を撤回しましょう。しかしながら、もし彼らが気前のいい振りをして皆さんの自由を罠にかけようとしていることを皆さんにご理解いただけたなら、皆さんは父祖たちが多くの血と汗を流して手に入れて皆さんに伝えられた自由を執政官の支えのもとで守ることを躊躇しないでいただきたいのです。それは皆さんが苦もなく出来ることなのですから。

VII.
第七章 この土地法案の第一条は、自由の縮小に対して皆さんがどんな反応をするか少し試そうと考えた条文です。というのは、それはこの法案を成立させた護民官は十人委員を十七の部族の投票で選び、九部族の賛成を得た人を十人委員とすると定めているからです。

[17] ここで私が尋ねたいことは、どうしてルッルスは自分の政策である法案を、ローマ人の選挙権を奪うことから始めたのかということです。これまで多くの土地法案が作られ、その度に特別委員として三人委員、五人委員、十人委員が任命されてきました。

私がこの人気のある護民官に尋ねたいのは、一体全体これらの特別委員が三十五の部族によって選ばれなかったことがあるのかという事です。実際のところ、権力、命令権、監督権の全てはローマ人全体の意志に基づかねばなりません。それらの役職がローマの民衆の利益と便益のために作られている場合には特にそうなのです。

その場合、ローマ人が全員でローマの民衆のことを最もよく考えてくれると思う人を選ぶのと同時に、各ローマ人が自分の意思に基づいた投票によって恩恵を受ける道を開くことが出来るのです。ところが、こともあろうにこの護民官が思いついたのは、ローマ人が全員で選ぶ権利を奪い取って、法の根拠もなく籤引きで偶然に選ばれたわずかな部族を集めて投票させることなのです。

[18] 彼はこれは大神祇官の選挙と同じやり方だと次の条文で言っています。しかし、彼は次の事を知らないのです。この役職は祭儀の神聖さのために民衆が選ぶのは不適切だとされていましたが、民衆を大切にする我らの父祖たちが、神官職の重要さにかんがみて、この役職を民衆の選挙に委ねることにしたのです。

そして高名な護民官 グナエウス・ドミティウスが後に他の神官職についてもこれと同じことを法制化したのです。つまり、祭儀の神聖さのために民衆が神官を任命することは出来ないので、全体の半分未満(=十七)の部族が投票して、彼らによって選ばれた人が神官団によって任命されることにしたのです。

[19] 正真正銘の貴族だった護民官 グナエウス・ドミティウスと、貴族を自任しながら皆さんの忍耐力を試すようなことをするプブリウス・ルッルスとの大きな違いを考えてみて下さい。ドミティウスは神聖さのために民衆には出来ないことを、許される限り可能な範囲で、民衆の一部に出来るようにしたのです。

ところが、この男は昔からの民衆の特権、誰も縮小したり変えたりしたことのない特権、民衆に土地を与えて恩恵を施こそうとする人間に、その前に民衆の支持を求めさせる特権を、皆さんの手から完全に取り上げようとしているのです。ドミティウスの方はけっして民衆に与えられないものを、何とかして民衆に与えたのに対して、ルッルスはけっして民衆から奪えないものを何とかして奪い取ろうとしているのです。

VIII.
[20] 第八章 彼はこんな恥知らずな不正行為を何のためにするのかと尋ねる人がいるでしょう。ローマ市民の皆さん、彼には政策はあっても、ローマの平民に対する信頼がないのです。皆さんと皆さんの自由を正当に扱う気持ちも全くないのです。

実際、彼は十人委員を選ぶ選挙を、この法律を提案した人に開催するよう命じています。これは簡単に言うと、ルッルスという謙虚で野心のない人が、この選挙の実施をルッルスに命じているのです。これはまだいいでしょう。ほかにもこんな人はいたからです。しかしながら、一部の民衆だけに投票させるというのは前代未聞です。これは何が目当てだと皆さんには思われますか。選挙を自分でするのは、この法律によって王権を授かる人を自分で指名したいからです。彼はこれを民衆の全員に選ばせる気はないし、この計画を考えた人たちもこれを民衆の全員に委ねることはできないと考えているのです。

[21] 投票する部族を籤で選ぶのも同じくルッルスなのです。彼は幸運な男なので、望みどおりの部族を籤で選ぶでしょう。そして、ルッルスが籤で引いた九つの部族が十人委員を選ぶのですが、彼らは、今から言うように、全てを支配することになるのです。彼らは自分たちが恩知らずでないことを見せるために、この九つの部族の知人に借りがあると公言して、残りの二十六の部族には正当に何でも拒否できると思うでしょう。

では誰が十人委員になればいいと彼は思っているのでしょう。それはまず第一に自分自身です。しかし、どうしてそんな事が許されるでしょうか。というのは、古い法律があるからです。(もし皆さんがそんな事に興味があるなら)それは執政官が作ったものではなく護民官が作った法律で、皆さんにも皆さんの祖先にも大いに歓迎された法律です。

それはリキニウス法ともう一つはアエブティウス法 (Lex Aebutia de magistratibus extraordinariis)で、誰かが何らかの役職を含む法律を提案した時には、その人だけでなくその人の同僚や親類縁者もその役職には就けないというものです。

[22] ルッルスよ、もし君が民衆のためを考えているのなら、自分の利益を疑われることは避けたまえ。民衆の利益だけを追求しているという信頼を勝ち取りたまえ。そして、権限は他人に譲って、君の国民への貢献に対して感謝だけを受け取るようにしたまえ。なぜなら、自分の提出した法案で自分が役職を手に入れるような事は、自由な国民のすることではないし、君たちの高潔な精神にふさわしいことではないからだ。

IX.
第九章 この法律は提案したは誰ですか。ルッルスです。大半の民衆の選挙権を奪ったのは誰ですか。ルッルスです。選挙を開催して、自分の好みの部族を立会人なしで籤で選んで招集して、自分の好みの十人委員を選び出したのは誰ですか。全部同じルッルスです。当選した最初の十人委員としてルッルスが発表したのは誰ですか。ルッルスです。

こんな馬鹿な事になったら彼は自分の奴隷にさえも決して納得の行くように説明できないでしょう。いわんや、世界の支配者たる皆さんに対しては到底説明不可能であります。その結果、この法律によって多くの素晴らしい法律は例外なく廃止されるのでしょう。

そして同じルッルスは法律を提案してその法律で自分の役職を要求するでしょう。同じルッルスは大半の民衆の選挙権を奪ってから選挙を開催して、自分の好みの人間の当選を発表して、その中に自分自身を含めるでしょう。さらに同じルッルスは土地法案の協力者たちが自分の同僚になるのをきっと拒まないでしょう。彼らはこの法案の表題の一番上の場所を彼に譲りますが、この法案から期待できるその他の利益は平等に彼と同じ条件で手に入れるのです。

[23] 次に彼の抜け目なさをご覧ください。いやそもそも、皆さんはこれをルッルスが思い着けると思うでしょうか。とにかく、この法案の立案者たちは、信義と高潔さと美徳と権威を必要とするような仕事を任せる人を、全国民の中から皆さんに選ばせたら、まっ先にグナエウス・ポンペイウスを選ぶだろうと考えたのです。

彼らは皆さんが世界中の海と陸の戦いを指揮させるために全国民の中からただ一人選んだ人を、十人委員を選ぶときにも、これまでの彼に対する信頼と敬意のために、当然のように彼を信じて選出する可能性があると思ったのです。

[24] そこでこの法案では十人委員になれる人として、未成年者も、法的な欠格者も、権力者も、他の任務や規則が妨げになっている役人も、あげくに被告人さえも除外されていないのに、グナエウス・ポンペイウスは除外されていて、(他の人は置くとして)ルッルスと一緒に十人委員になることは出来ないのです。

なぜなら、この法案には立候補登録は本人がしなければならないと定められているからです。こんな事を定めた法律は他にはありません。立候補できる階級が決まっている政務官の選挙でさえもこんな決まりはありません。ルッルスは自分の法律が成立したら、皆さんがポンペイウスを彼の同僚にして彼の野心を監視させることができないようにしたのです。

X.
第十章 皆さんはポンペイウスの名声とこの法案の侮辱的な内容に動揺しておられるようですので、ここで最初に申しました事をもう一度繰り返しておきましょう。この法律によって王権が作られ、皆さんの自由が根こそぎ奪われようとしています。

[25] あるいは、皆さんはそんな風には思っていなかったのでしょうか。もし一握りの人間が全ローマの支配を狙っていたら、皆さんの自由を保護し皆さんの権益を庇護するあらゆる地位と役職から何を置いてもグナエウス・ポンペイウスを排除しようとするだろうと、皆さんは思わないでしょうか。

もし皆さんが私の不注意のせいもあって軽率にこの法律を中身も知らずに成立させても、あとで罠に気づいて、十人委員を選ぶときに、この法律の不正と悪だくみから自分たちを守るためにポンペイウスを盾にしようと考えるだろうと、彼らは見ていたし今も見ているのです。

皆さんの自由の保護者になると彼らが考えるポンペイウスがこの地位から排除されていることを、皆さんもお分かりでしょう。これは一握りの人間が全ての支配を狙っていることの充分な証明ではないでしょうか。

[26] 十人委員にどれほど広大な権力が与えられることになるかを今から皆さんに知っていただかねばなりません。第一に彼は十人委員をクリア法で任命しようとしています。しかし、あらかじめ選挙で選ばれていない役職をクリア法で授けることなど前代未聞のことなのです。彼は最初に選出された法務官がこのクリア法案を提出すると定めています。しかし、これはどんな法律でしょうか。それは、平民に選ばれた人が十人委員に就任するための法律です。しかし、彼らが平民に選ばれていないことをルッルスは忘れているのです。

彼は第二条に書いたことを第三条ではもう忘れているのです。そんな人間が新たな法律で世界を支配しようとしているのでしょうか。そして、皆さんが父祖から受け継いだ権利は何だったのか、それがこの護民官によってどうなってしまうのかが、今や明らかになったのであります。

XI.
第十一章 我らの父祖たちは皆さんがそれぞれの役職について二回投票することを望みました。監察官のためにはケントゥリア法案が提出され、貴族の他の役職のためにはクリア法案が提出されてきましたが、それは民衆がもし支持を後悔した場合にそれを撤回する機会を与えるために、同じ人についてもう一度判断することになっていたのです。

[27] ローマ市民の皆さん、今では皆さんの参加する主な選挙はケントゥリア民会とトリブス民会だけで、クリア民会は占いのためだけに残されています。この護民官は民衆か平民の議決なしには誰も権力の座に着けないことを知っていたので、皆さんのトリブス民会の投票を廃止する代わりに、皆さんが参加しないクリア民会で権力を承認することにしたのです。つまり、父祖たちは皆さんがそれぞれの役職について二度の選挙で判断するようにしたのに、民衆の味方であるこの男は民衆に一度の選挙の機会も残さないのです。

[28] しかし、この男の几帳面さと抜け目なさは注目すべきです。彼は9つのトリブスによって選ばれた十人委員はクリア法案なしには権力を持てないことをよく知っていました。そこで彼は十人委員についてクリア法案を提出することにして、それを法務官にやらせることにしたのです。これだけでも実に馬鹿げたことですが、まだいいでしょう。というのは、彼は最初の法務官がクリア法案を提出すると定めていますが、もし最初の法務官が提出できない場合には、最後の法務官が提出すると定めているのです。彼がこんな大切な事でふざけているのでなければ、一体何が目当てなのか私には全く分かりません。

しかし、これが滑稽な勘違いなのかそれとも何かの魂胆なのかは、今は置いておきましょう。あの男の几帳面さに話を戻しますと、とにかく彼はクリア法案なしに十人委員は何もできない事を知っているのです。

[29] それではもしクリア法案が提出されないとどうなるでしょう。この男の思いついた事にご注目ください。「その時には、十人委員は最良の法律によって任命されたのと同じ権力を持つ」と定めているのです。これでは自由権において他の国よりはるかに進んでいるこの国で、誰かが選挙を経ずに命令権などの権力を手にすることが出来るようになってしまう。君は第四条で十人委員はクリア法案が提出されなくても、最良の法律に従って民衆に選ばれた場合と同じ権力を持てるようにしながら、第三条でクリア法案を提出するよう命じているのは何の意味があるのかね。

ローマ市民の皆さん、これは十人委員ではなく、まさに王が任命されるのであります。しかも彼らの地位は初めにあるこれらの条文に由来しているのですから、彼らが政治を始めたときではなく、彼らが任命されたときに、皆さんの権利も支配も自由も全てが失なわれてしまうのです。

XII.
[30] 第十二章 しかし、彼がいかに細心に護民官の権利を保護しているかご覧ください(=皮肉)。執政官がクリア法案を提出すると護民官はしばしば拒否権を行使してきました。と言っても、私は護民官が拒否権を持つことを批判しているのではありません。ただそれが乱用された場合は批判せねばなりません。ところが、この護民官は法務官が提出するクリア法案については、護民官の拒否権を奪っているのです。

そしてこの事は、護民官が自らの権限を縮小している点で非難に値しますが、執政官でさえもクリア法による承認がなければ軍事に関与できないのに、ルッルスはクリア法案に対する拒否権を禁じておきながら、その法案が拒否権に遭っても、クリア法案が可決されたのと同じ権限を付与している点で嘲笑されるべきです。

私はなぜ彼が拒否権を禁ずるのか理解できないし(=すでにクリア法案なしで十人委員は就任できると定めている)、拒否権を行使してもその人の愚かさを意味するだけで実際には拒否できないのに、拒否権を行使する人がいると彼が考えるのは何故かも理解できません。

[31] したがって、十人委員は本当の選挙つまり民衆の選挙によっては選ばれなくても、伝統に従って占いのために三十の先導吏(=クリアを代表する)によって開催される形式的な選挙(=クリア民会の選挙)によって任命されなくてもいいのです。さらに、皆さん、いいですか、十人委員は皆さんから権力の承認を何ら受けないにもかかわらず、皆さんから最大の権力を授けられた私たち執政官よりも大きな名誉をルッルスから授けられるのです。

というのは、ルッルスは植民をするための占いの権利を十人委員に与えて、聖なる鶏の番人を与えるからです。そして、「センプロニウス法による三人委員が持っていたのと同じ権限を持つ」と言っているのです。ルッルスよ、よくもセンプロニウス法に言及できたものだ。あの法律に定められた三人委員は三十五の部族の選挙で選ばれていることを忘れたのかね。君はティベリウス・グラックス(=センプロニウス)の公正さと慎み深さとは最も縁遠い人間なのに、彼とはまったく違う方法で選んだ人たちに、同じ権限を付与すべきだと言うのかね。

XIII.
[32] 第十三章 さらにこの男は十人委員に名目上は法務官の権限を、実質的には王の権限を与えるのです。任期は五年に限定していますが、実際は永遠に続くようにしています。なぜなら、彼は十人委員に非常に大きな権力と武力を持たせるので、彼らの意に反してそれらを奪うことはとうてい不可能だからです。さらに彼は十人委員に従者、書記官、書記、先触れ人、大工を与えて、さらにラバ、テント、食料、家具まで与えるのです。

十人委員の経費は国庫からまかないますが、足りない分は同盟国から補います。また騎士階級から二百人の調査団を作り、十人委員に二十人ずつボディーガードとしてあてがいます。同時に彼らはこの権力の召使いであり取巻きとなるのです。これまでのところ、ローマ市民の皆さんは、彼らが王だと言っても形だけだとお思いでしょう。しかし、皆さんに見えているのは権力の外側だけで、その実体はまだ見えていないのです。

なぜなら、彼らが書記や先導吏や先触れ人や聖なる鶏の番人を持っても、一般の人には何も困らないように見えるからです。しかし、ローマ市民の皆さん、こうした物はどれも、それを皆さんの選挙を経ずに手にしている人がいれば、それは身の程知らずの民間人でなければ憎むべき王だと思わねばなりません。

[33] ところが、その人にどれほど大きな権力が与えられるかよく考えれば、これは身の程知らずの民間人ではなく、憎むべき王だと分かるはずです。まず第一に、彼らには収入を得る無制限の権利が、しかも皆さんの税収源を利用するのではなく、それを人手に渡す権利が与えられているのです。第二に、彼らには独断で世界中の国と国民のことを調べ上げて、上訴なしの刑を宣告したり、救済なしの刑罰を下すことが許されているのです、

[34] また、彼らは5年間、執政官ばかりか護民官さえも裁くことが出来るのです。しかも、その間彼らを裁くことは誰にも出来ないのです。また彼らは政務官になることは出来ますが、彼らに責任を取らせることは出来ないのです。また、彼らは好きな土地を好きな人から好きな値段で買うことが出来るのです。新たな植民市を作り、古い植民市を再開し、イタリア全土を彼らの植民で満たすことが出来るのです。

また、彼らは全ての属州を訪問して、自由人から土地を没収したり、王国を売却する大きな権限が与えられるのです。望めばローマにいることも出来るし、そうしたければ、最高指揮権と全てに関する裁判権を持って旅をすることも出来るのです。

また、彼らは判決を無効にしたり、陪審団から好きな人を辞めさせたり、重要なことを単独で裁いたり、財務官に権限を移譲したり、調査官を派遣したり、調査官の報告を承認したり出来るのです。

XIV.
[35] 第十四章 ローマ市民の皆さん、私はこのような権力を王のようだと言ってもまだ言葉が足りないくらいなのです。この権力がもっと巨大なものなのは確実です。というのは、王の権力というものは、たとえ法律で制限されていなくても、必ずや国境によって制限されているからです。しかし彼らの権力には限りがありません。十人委員の権力は、この法案のお陰で、全ての王国に及び、皆さんの広大な帝国の至るところに及び、ローマに自由を与えられた国々にも、皆さんの知らない国々にも及ぶのです。

第一に彼らは、元老院決議でマルクス・トュリウスとグナエウス・コルネリウスが執政官の年(前81年)以後に売却の許可が出たものは何でも売れるのです。

[36] どうしてこんな分かりにくい言い方をしたのでしょうか。何が原因でしょう。元老院決議で売却の許可が出たものを全部はっきり法案に書けなかったのでしょうか。ローマ市民の皆さん、この曖昧さの原因は二つあります。一つは羞恥心(もしこの図々しい人に羞恥心があるならですが)であり、もう一つは悪意です。

というのは、彼には元老院決議で売却の許可が出たものを全部はっきり名を挙げる勇気がないのです。なぜなら、その中にはローマの公有地と神域が含まれているからです。その神域は護民官の権限が復活して以降(=前82年にスッラが廃止したのを前70年にポンペイウスが復活した)誰も手を付けなかった場所であり、父祖たちがその一部を町の避難所にすることを望んだ場所なのです。

この護民官の法案ではこの土地を十人委員が売却することになっています。その他にガウルス山も、ミントゥルナエ町の柳も、行楽地で収入の多いヘルクラネウム街道も含まれています。さらに、国庫窮乏のために元老院決議で売却を許可されたにもかかわらず、執政官が国民の反対にあって売却しなかった多くの場所が含まれているのです。

[37] 確かにこれらはおそらく羞恥心から法律の中には書かないのでしょう。しかし、これより信憑性が高くて恐るべきことがあるのです。それは、公式記録の改竄や元老院決議の捏造という大それたことを十人委員がする可能性が大いにあるということなのです。それはこの期間中(前81年以降、35節)に執政官だった人がたくさん亡くなっているからなのです。もっとも、自分の欲望にとって世界は狭すぎると思う人たちがそんな大それた事をすると考えるのは無理があると言うなら話は別ですが。

XV.
[38] 第十五章 これらは売却されるものの一部ですが、それでもきっと皆さんには莫大な数だと思われることでしょう。しかし、このあとの条文を見れば、これらは他の売却品の言わば取っ掛かり、入り口でしかないことがお分かりになるでしょう。「どの土地、どの場所、どの建物であれ」。他に何があるでしょうか。奴隷、家畜、金銀、象牙、服、家具など沢山あります。

どう言うことでしょうか。彼はそれらの名前を全部あげたら反対されると思ったのでしょうか。いいえ、彼は反対を恐れたのではありません。では何を恐れたのでしょうか。長くなると思ったし、何か洩らすかもしれないと思ったのです。そこで彼は条文に「その他」と書き添えています。

この簡潔な書き方で例外を無くしたことがお分かりでしょう。つまり、ルキウス・スッラとクイントゥス・ポンペイウスが執政官だった年以降(前88年)にイタリア本土以外の世界でローマの公共財産となったものは何であれ売却することを、ルッルスは十人委員に命じているのです。

[39] ローマ市民の皆さん、要するにこの条文によって、あらゆる民族、あらゆる国民、あらゆる属州、あらゆる王国が十人委員の支配、決定、権限に委ねられているのです。そこで私がまず聞きたいのは、いったいこの世界でローマの公共財産になっていると十人委員が言えないような場所があるのかということです。実際、彼らがそういう時には裁判権があって言うのですから、そんな彼らがそう言えない場所がどこにあるというのでしょうか。ペルガモン、シミュルナ、トラレス、エフェソス、ミレトス、キュジコス、つまり、ルキウス・スッラとクイントゥス・ポンペイウスが執政官だった年以降にローマ領に復帰した小アジアは、すべてローマの公共財産であると言うのは、彼らには容易いことでしょう。

[40] こんな事を言う能力があるかぎり、裁判権を持っている人が言うのですから、彼らが不正な決定をする気になるのはあり得ることではないでしょうか。あるいは、彼らに小アジアを罰する気がなくても、罰を受ける恐れと危険の代償として、好きなだけ要求するのではないでしょうか。

では、私たちが既に決定していてまったく覆す余地のないことについては、どうでしょうか。例えば私たちはビチュニア王国を相続すると決めたので、ビチュニア王国はローマの公共財産になっています。では、ビチュニアの全ての土地、都市、沼、港、要するにビチュニアの全てを十人委員が売ってはならない理由があるでしょうか。

XVI.
第十六章 さらに、ローマ市民の皆さん、ミュテイレネはどうでしょうか。この町は戦争の法と勝者の権利によって確かにローマのものになっています。この町は自然の景観と町並みの美しさで有名で、田畑も肥沃で魅力にあふれていますから、きっとこの条文に含まれているでしょう。

[41] さらに、アレクサンドリアとエジプト全土の問題はどうでしょう。これは完全に人目から遠ざけられて忘れられていますが、全てがこっそり十人委員の手に委ねられているのです。この王国がアレクサンドロス王の遺言でローマの財産になったと言われていることを、皆さんの誰が知らないでしょうか。

しかし、私はここでこの問題についてローマの執政官として判断を下さないし、自分の意見も言わないことにします。私が判断を下したり意見を言うのを憚られるほど、これは大きな問題なのです。遺書は確かに作られたと誰が言っているか私は知っています。アレクサンドロス王の相続財産を受けとる元老院決議があって、王が死んだ時にテュロスに王が預けた金を受け取らせに使節を派遣したのも私は知っています。

[42] こうした経緯をルキウス・フィリップス君が元老院で何度も確認したのを覚えています。この王国の今の支配者(=プトレマイオス・アウレテス)には、王の血筋も王の資質も欠けていることは衆目の一致するところで、そのことも私は知っています。

反対に、「そんな遺言は存在しない、エジプトは優れた農地で何でも豊富にあるので、我が国の人間がいずれ移住するから、ローマ人はすべての王国を欲しがると思われてはいけない」と言う人もいます。

[43] こんな大きな問題について、ルッルスは仲間の十人委員とともに判断を下すのです。彼はどちらの判断をするでしょうか。いずれにせよこれは大きな問題なので、決して彼に任せてはならないし、彼の判断を受け入れてはなりません。彼は民衆の味方だと言っています。すると彼はこの王国はローマの民衆ものだと言うかもしれません。

そして、彼は自分の法律によってアレクサンドリアを売り、エジプトを売ることになります。ということは、彼はこの豊かな都市と美しい国の裁判官、裁定人、独裁者、つまりこの国の王になるということです。しかし、彼はそこまで要求しないし貪欲ではないでしょう。すると彼はアレクサンドリアはローマ人のものではなく王(=プトレマイオス・アウレテス)のものだと判断するでしょう。

XVII.
[44] 第十七章 しかし、第一に、皆さんは個々の相続の判断を百人委員に要請するというのに、どうしてローマの民衆の相続を十人委員が判断するのでしょうか。第二に、誰がローマの民衆を弁護するのでしょうか。その裁判はどこで行われるのでしょうか。私は十人委員がアレクサンドリア王国の相続権をプトレマイオスにただでやってしまうと思いますが、そんな事が出来る十人委員とはいったい何者でしょうか。

しかし、もしアレクサンドリアを手に入れたかったのなら、彼らは今回はどうしてルキウス・コッタとルキウス・トルクワートゥスが執政官の年(=前65年)と同じ方法をとらなかったのでしょうか。どうして前回のようにおおっぴらに、正々堂々とアレクサンドリアを要求しなかったのでしょうか。それとも、直接的な方法であの王国を手に入れられなかった人たちが、今回は分かりにくい手の込んだ方法でアレクサンドリアを手に入れようとしているのでしょうか。

[45] また、次のことも皆さんはご自分の頭でよく考えてみて下さい。我が国の使節は、個人的な理由で大した権限がなく自由使節として外国を訪問する場合ですら、相手国にとっては耐え難い存在なのです(=第一演説8節)。というのは、帝国という名前は重いもので、それを軽い人間が担っている時でさえ非常に恐れられるからです。それは何と言っても、使節がローマから出発すると、自分の名前ではなく皆さんの名前を乱用するからなのです。

皆さんは、あの十人委員が命令権と束桿を手に、選り抜きの若い調査官を従えて世界中を旅するとき、哀れな国々はいったいどんな気持になって、どんな恐怖と危機感に襲われると思われますか。

[46] 使節の命令権は恐ろしいものですが、彼らは耐えるでしょう。使節が到着すると何かと物要りですが、それにも耐えるでしょう。使節は土産を要求しますが、彼らはそれを断らないでしょう。しかし、ローマ市民の皆さん、もし十人委員が、予期された客としてやってきたにしろ、支配者として突然やってきたにしろ、どこかの町に着いて、その場所と自分が招かれた宿をローマの公共財産にすると言ったら、それはどれほど恐るべきことでしょうか。

しかし、彼がそう言うことは、そこの国民には大惨事ですが、彼がそう言わないことは、彼には大儲けになるのです。この利益を目論んでいる人たちは、全ての陸と海がポンペイウスに委ねられている(=マニリウス法)ことに大いに不満です。しかし、多くのことを任されるのと全てを与えられるのとは、何と似ていることでしょう。仕事の指揮を任されるのと略奪の指揮を任されるのと、また同盟国を解放するのと同盟国を抑圧するのとは、何と似ていることでしょう。

要するに、同じ特別な役職であっても、ローマ人が自分で選んだ人に与えるのと、恥知らずにもいかがわしい法律によってローマ人から掠め取るのとでは、何も違いはないのかということです。

XVIII.
[47] 第十八章 十人委員がこの法の許可のもとで、どれほど多くのもの、どれほど高価なものを売却することになるかは、もう皆さんもお分かりでしょう。しかし、彼らはこれで満足していないのです。彼らは数々の同盟国と諸外国と王国の血で満腹になると、次はローマの国力に切り込んできて、皆さんの税金に手を付けて、国庫に襲いかかってくることでしょう。

というのは、次の条文があるからです。その条文では、十人委員はこれまでの条文で金が不足するはずがないほど収入があるにもかかわらず、もし金が不足したら、ローマ市民の皆さん、まるでそれが皆さんを救うためであるかのように、ルッルスは十人委員に対して皆さんの税収源を名指しして、その売却を許可するどころか命令しているのです。

[48] この法案の中からローマの財産の売却リストを順番に読み上げてくれたまえ。こんなものを大声で読み上げることは、きっと読み上げ人自身にも悲しく辛いことになると私は思います。(読み上げる)。ぶどう畑より森を先に売却するような道楽者は、自分の持ち物と同じように、国の財産を浪費するに違いありません。イタリア本土が終わったら、次はシシリアに移ってくれたまえ。(読み上げる)

彼は我らの父祖たちがこの属州の町や野に我々のために遺してくれたものをことごとく売却するよう命じているのです。

[49] 皆さんの父親や祖父が最近の戦争に勝利して手に入れて、同盟国の都市や領土の中に平和の保証と戦争の記念として皆さんに遺したもの、皆さんが彼らから受け取ったものを、この男の命令で売り払うのでしょうか。

Hic mihi parumper mentes vestras, Quirites, commovere videor, dum patefacio vobis quas isti penitus abstrusas insidias se posuisse arbitrantur contra Cn. Pompei dignitatem.

ローマ市民の皆さん、ここで私は彼らがポンペイウスの名声に対して罠をめぐらして、ばれないつもりでいることを皆さんに暴露したので、皆さんをしばらくの間動揺しておられるようです(=十章冒頭)。

彼の名前を何度も出すことをお許し下さい。ローマ市民の皆さん、三年前にローマに不在の彼の名誉を、可能な限り手を尽くして皆さんと一緒に守るという役割を、皆さんはこの同じ場所で法務官だった私に与えて下さいました。今まで私は出来るだけのことをしましたが、それは彼との友情のためではなく、高い地位の見返りを当てにしたからでもありません。私がこの高い地位を皆さんから頂いた時には、私に好意的な彼はローマにはいなかったのです。 

[50] ですから、私はこの法律が全体として彼の力を排除するための道具として作られていることを見抜いた時、私は彼らの計略を阻止するとともに、私の見つけた彼らの計略を皆さんに知って頂くだけでなく、しっかり理解出来るようにしたいと思いました。

XIX.
第十九章 ルッルスはアッタリアとファセーリスとオリンポス(=第一演説5節)の国民の財産と、アゲレス(=小アジア)とオロアンダとゲドゥサの土地の売却を命じています。

これらが皆さんの財産になったのは、かの有名なプブリウス・セルウィリウス(=前79年の執政官)による出征と勝利のおかげです。セルウィリウスがローマに加えたビチュニア王の領地は今では徴税請負人の収入源になっています。さらに、彼はケルソネーソスにあるアッタロス王(=三世)の領地と、マケドニア(フィリップス王かペルセウス王のものだった)をローマ領に加えました。両方とも監察官から請け負った徴税請負人たちによってローマに確かな税収をもたらしています。

[51] ルッルスはこの売却リストにコリントの肥沃な土地も加えています。また、かつてはアピオン王のものだったキュレネの土地も、新カルタゴの近くのスペインの土地も、アフリカの旧カルタゴも売却リストに入れています。旧カルタゴは小スキピオが顧問団の意見に従って聖別しましたが、それは古い土地に対する敬虔な感情を表すためではなく、まして支配権をローマと争った人たちの土地の破壊の跡を人目にさらすためでもなかったのです。

それは、小スキピオがルッルスほど用意周到な人間でなかったからか、あるいは、その土地に買い手を見つけられなかったからなのです(?)。一方、これらの昔の戦争で将軍たちが戦って手に入れた領地だけではなく、さらにルッルスはパフラゴニアとポントスとカッパドキアのミトリダテス王の領地も売却リストに加えて、十人委員に売却を命じています。

[52] しかし、そんな事が出来るのでしょうか。現地の法はまだ公布されていず、司令官の報告も来ていません。そもそもまだ戦争は終わっていないのです。ミトリダテス王は軍隊を失って国から追われはしたものの、辺境の地でまだ何か企んでいます。彼はマエオティス湖と沼地と隘路と高い山でポンペイウスの最強の軍隊から守られているのです。

ポンペイウスはまだ戦っており、あの地方から戦争の二文字は消えていないので、あの土地は父祖たちの風習に従って今もポンペイウスの裁判権と命令権に属しているはずなのに、十人委員はそれを売却するのでしょうか。

[53] それでも、当然、ルッルスは(彼自身十人委員にもう選ばれたかのように振る舞っていますから)勇んでこの売却に出発するでしょう。

XX.
第二十章 そしてルッルスはきっとポントスに着く前にポンペイウスに手紙を出すでしょう。彼らはもう下書きを書いていると思います。

「護民官かつ十人委員セルウィリウス・ルッルスからグナエウスの息子であるグナエウス・ポンペイウス殿へ。ごきげんよう」。彼はきっと「大ポンペイウス殿」とは書かないでしょう。自分が法律によって奪おうとしているものを言葉によって与えるはずがないからです。「貴殿の働きによって手に入れた土地を、私の法律にしたがってシノペで売却する間、貴殿は立ち会いのうえ手助けをしていただきたい」

それともルッルスはポンペイウスを呼び出さないでしょうか。彼はポンペイウスの属州へ行って将軍の戦利品を売却するつもりなのでしょうか。ルッルスがポントスの我々の陣地と敵の陣地の間に槍を立てて美しい調査官たちと共に競売しているところを、皆さんは目の前に思い浮かべてみてください。

[54] ポンペイウスがまだ戦争を遂行中でまだ現地に法を公布していないのに、戦利品を売却するだけでなく競りに掛けようとするのは、明らかに前代未聞の侮辱です。しかし、おそらく彼らの目的は彼を侮辱することだけではないのです。

もしポンペイウスの政敵が命令権と全てにわたる裁判権と無限の権力と資金を持って、彼の属州の中を練り歩いて、彼の軍団を訪問することが出来れば、彼に罠を仕掛けて、彼の軍事力と財力と名声に傷をつけることが出来ると、彼らは思っているのです。

ポンペイウスの軍隊が彼に土地などの報酬を期待しているなら、それらに対する権限が全部十人委員の手に渡っているのを軍隊に見せることで、その期待をなくせると彼らは考えているのです。

[55] 彼らがこんな愚かなことを考えても、こんな厚かましい事を企てても、私はまだ許すことが出来ます。私が許せないのは、彼らがわざわざ私が執政官の年を選んでこんな途方もない事を企むほど私のことを見くびっていることなのです。

さらに、十人委員はどの建物と土地を売る時も「どこでも好きな場所で」売ることが許されています。ああ、何という気違い沙汰、何という止めどない専横、何と大胆不敵な企みでしょうか。

XXI.
第二十一章 例えば、税の取り立て請負いの競売はローマの皆さんの前のここかあそこ以外では許されません。それなのに、我々の財産がパフラゴニアの辺鄙な場所やカッパドキアの荒野で競売されて、永遠に失われてしまう事が許されていいのでしょうか。

[56] ルキウス・スッラが罪のない人たちの財産をあの忌まわしい競売で売却して「これは私が略奪した物の売却だ」と言ったときも、彼は自分の姿を不愉快に思う人たちの目から逃れるようなことはあえてせずに、ここで競売したものです。それなのに、ローマ市民の皆さん、十人委員は皆さんの財産を皆さんの目の届かない所で公の競売人の立会い人もなしに競売にかけるのでしょうか。

 その次の条文は「イタリア本土以外の全ての土地を」となっています。前の条文(=32節)では「スッラとクイントゥス・ポンペイウスが執政官だった年以降」となっていますが、ここではいつからのローマ領かは書いてありません。その土地を十人委員が調べて私有地か公有地かを決めて、公有地に莫大な税金を課すというのです。

[57] この決定権がいかに強大で、いかに容赦ない独裁的なものであるかは誰の目にも明らかです。なにせ、どこでも好きな場所で何の審議もなく誰にも相談せずに、私有地を公有地だと言って課税したり、公有地を私有地だと言って免税にしたり出来るのですから。

ローマ市民の皆さん、この条文ではシシリアのレケントリクス地方は例外とされています。私はその地方の人々と交友があるからだけでなく、公平の観点からも、この事を大変喜んでいます。

しかしながら、この措置はルッルスの厚かましさの表れなのです。レケントリクス地区に住んでいる人たちは、法ではなく長くその土地を占有している事を理由に、土地の契約条件ではなく元老院の温情をたよりに、自分たちの権利を主張しているのです。というのは、彼らはその土地が公有地であることを認めているのです。その上で、その土地と長年の故郷と家から立ち退くことを拒否しているのです。

仮にレケントリクスの土地が私有地なら、どうして例外にする必要があるでしょうか。しかし、もしこの土地が公有地なら、他の土地はたとえ私有地でも公有地とするのを認めながら、住民が公有地だと認めているこの土地を特別に例外にすることのどこが公平でしょうか。ルッルスに対して何らかの理由(=賄賂)で影響力のある人の土地は例外とされるのに、他の土地はどこであろうと全部十把一絡げで、ローマの民衆の審議も元老院の決定も経ずに、十人委員の手に委ねられるということなのでしょうか。

XXII.
[58] 第二十二章 全てを売却することを規定した以前の別の条文では、金儲けのための例外がもう一つ設定されています。それは条約で保証されている土地を保護するものです。

この問題は元老院でもここでも私ではなく別の人によって何度も討議されていますが、ルッルスはそれを聞いたのでしょう。それは、小スキピオがローマ領にしたアフリカの海岸沿いの土地にヒエンプサル王(=第一演説10節)が居座っているが、その後執政官ガイウス・コッタ(=前75年執政官)がヒエンプサル王に条約によって保証を与えたという問題です。

しかし、この条約は皆さんが批准していないので、ヒエンプサルはこれが充分信頼できる有効なものなのか心配しているというわけです。いずれにせよ、(=この法案によって)皆さんの判断は無視され、この条約は承認されるのです。この例外扱いで十人委員による売却が減るのはいい事だし、ローマに友好的な王に保証を与えるのは悪いことではありません。しかし、この例外扱いがただで行われないことに私は憤慨しているのです。

[59] というのは、彼らの眼中にあるのは王の息子ユバだからです。この青年は髪も豊かですが、懐も大変豊かなのです。

いまやルッルスにこんなに沢山のお金をしまっておく場所があるとは思えませんが、彼はさらに積み上げて蓄えます。「誰の懐に入ったものであれ、略奪品と戦利品、将軍の金の冠代のうちで国庫に返還されず、戦勝記念碑にも使われなかった金銀」は申告して十人委員に渡せと彼は命じているのです。

この条文ではローマ人の戦争を遂行した偉人たちに対する尋問権も、金銭返還請求の裁判権も十人委員に移されているのがお分かりでしょう。

さらに個々の将軍の戦利品はいくらで、いくら国に納めて、いくら残るかを彼らが判断するのです。将来は皆さんの凱旋将軍について次のような法律が作られる事になっています。属州を離れた将軍は誰であれ自分の略奪品はいくらで、戦利品はいくらで、金の冠代はいくらかを十人委員に申告すべしと。

[60] ところが、このご立派な男は自分が愛する人、グナエウス・ポンペイウスをこの規定の例外にしているのです。どうして彼は突然思いがけない愛情を抱いたのでしょうか。

ポンペイウスは十人委員という役職から殆ど名指しで排除され、自分の勲功で手に入れた土地の裁判権も法の提案権も調査権も奪われて、十人委員が命令権と無限の権力と資金と全てにわたる裁判権を手にして、自分の属州どころか陣屋の中までやってくるのです。

彼にはどの将軍にもいつも与えられるこのような権利が与えられないのに、その彼だけが戦利品の申告義務を免除されるのでしょうか。この条文は彼に名誉を与えようとしているのでしょうか。それとも、彼に対する反感を引き起こそうとしているのでしょうか。いったいどちらなのでしょう。

XXIII.
[61] 第二十三章 グナエウス・ポンペイウスはこのルッルスの好意を辞退しています。彼は法律からそんな便宜は受けないし、十人委員からの親切も受けません。もし将軍が略奪品と戦利品を永遠の神殿や町の設備の建設に使わないで、独裁者のような十人委員に返すのが正しい事なら、ポンペイウスは決して自分だけ特別扱いして欲しくはないのです。彼は共通の法、他の人と同じ法に服したいのです。

しかし、もし十人委員が世界中の富の徴収役に任命されて、王たちや外国人だけでなく、皆さんの将軍たちの身体検査をするのが不正なことであり恥ずべき耐え難いことであるなら、彼らがポンペイウスを例外にするのは彼の名誉のためではなく、彼を恐れたからでしょう。ポンペイウスはこんな侮辱に対して他の人のように黙っていないからです。

[62] 一方、ポンペイウスは皆さんの決めたことなら何でも従うと言っています。しかし、彼は皆さんが我慢できないことをこれ以上いやいや耐えるようなことがないように必ずしてくれるでしょう。

それにも関わらず、この法案では私たちが執政官をやめたあとに新たな税収源から収入があるときは、それを十人委員が使うようになっています。彼はポンペイウスが新たな税収源を付け加えることを見込んでいるのです。つまり、ルッルスはポンペイウスの戦利品を放棄しながらも、ポンペイウスが戦って獲得した税収源は自分たちで使うべきだと考えているのです。

ローマ市民の皆さん、地球上のありとある金が十人委員のものとなり、一切の例外なく、どの町も、どの土地も王国も、最後には皆さんの税収源も売却されるのです。この大金の山に、皆さんの凱旋将軍たちの戦利品が付け加わるのです。

十人委員は万事に絶対的な権力を持って、これほど多くの決定を下して、これほど多くのものを売却するのですから、皆さんは彼らがどれほど大きな富を手に入れようとしているか、もうお分かりでしょう。

XXIV.
[63] 第二十四章 皆さんは、この他にも彼らが莫大な富を臆面もなく追求していることを知れば、土地法案という民衆好みの名前を付けたのは、一部の人間の傍若無人な強欲のためだったことがお分かりでしょう。彼はその金で皆さんが入植する土地を買うことを命じています。

ローマ市民の皆さん、私はこれまで相手に挑発されるまでは、相手を名指しで貶さないことにしています。ですから、十人委員の志望者たちを侮辱せずに、名前をあげられたらいいのですが。しかし、皆さんは全てを売り買いする権利を委ねることになる相手がどんな人たちか、今にお分かりになります。

[64] しかし、私がまだ言うべきでないと思っていることを、皆さんは自分の頭で考え出せるでしょう。私は次の事だけは間違いなく言えると思っています。昔この国にルスキヌスやカラティヌスやアキディヌスといった人たちが国の要職に就いて多くの業績を残しただけでなく、質素な暮らしで有名だったころ、

また、カトーやフィルスやラエリウスといった、公私にわたる英知と分別の高さを皆さん先刻ご承知の人たちがいた頃には、同じ人間が裁判と売却をやり、しかもそれを五年間も世界中でやり、同じ人間がローマに税収をもたらす土地を売却して立会い人もなく多くの金を気の済むまで掻き集めると、それから自分の好きな人から自分の好きなものを買うという、こんな権利を誰かの手に委ねたことはありませんでした。

[65] もし十人委員の志望者たちにこんな権利を委ねてご覧なさい。彼らが飽くなき所有欲の持主であるか、それとも、飽くなき浪費欲の持主であることが分かるでしょう。

XXV.
第二十五章 ローマ市民の皆さん、私は誰でも知っている事をここで詳しくお話するつもりはありません。それは、国が平民を入植させる土地を私人から買い取るのは、父祖たちの伝統的なやり方ではないということです。これまでのどの法律でも、国は私人を公有地から立ち退かせて(=平民を入植させて)きたのです。

私はあのおそろしく荒っぽい護民官ならこんな伝統に反した事をしかねないと思っていたことは認めます。こんな売り買いをする商取引きは欲深くて恥ずべきことで、護民官には相応しい事ではないし、ローマの権威にとっても相応しい事ではないと私はいつも思っていました。

[66] 彼は土地を買えと命じています。ではまず、それはどこのどの土地なのかお尋ねしたい。私は曖昧な希望と漠然とした期待によってローマの平民を不安な宙ぶらりん状態に置きたくはないのです。土地はアルバにも、セティアにも、プリウェルヌムにも、フンディにも、ウェスキアにも、ファレルヌムにも、リテルヌムにも、クマエにも、カシリヌスにもある(=ローマ以南)。よろしい。別の城門方面のカペナにも、ファリスキにも、サビニーにも、レアーテにも、ウェナフルムにも、アッリファエにも、トレビュラにもある(=ローマ以北)。

これだけ多くの土地と、さらにこれと似たような土地を全部買って、さらにその上に積み重ねられるほどの土地を買える金が、君に入るのだ。どうしてその土地の名前をはっきりさせないのか。そうすれば、ローマの民衆は少なくともこの法案が自分たちにどれだけ役に立つかどれほど有益かよく考えて、売買についてどれだけ君が当てに出来るか考えることができるのだ。

彼は「イタリア本土に限定している」と言う。それでよく限定したものだ。皆さんの入植先が、マッシクス山(=カンパニア地方)のふもとか、イタリアか、あるいは別のどこかであるかはたいした違いがないというわけです。

[67] いいだろう。君は場所を特定しない。では、土地の特徴はどうか。「それは『耕作が可能な土地』だ」。彼は耕作が可能な土地と言うが、耕作された土地とは言わないのだ。

これは法案だろうか、それともネラティウスの競売の広告だろうか。そこには「オリーブ園にすることが出来る200ユゲラ(=50ヘクタール)の土地」「ブドウ畑にすることが出来る300ユゲラの土地」と書いてあったそうだ。

君はそれだけの大金を使って耕作が可能な土地を買うのかね。どんなにやせた不毛の土地でも鋤で耕せない土地はないし、どれほど石ころだらけの荒れた土地でも農民が労力を注がない土地はないのだ。

「売りたくない人の土地に言及したくないから、土地の名前は挙げられない」と彼は言います。ローマ市民の皆さん、売りたくない人から買うより、この方がはるかに儲かるのです。というのは、彼は皆さんのお金でひと儲けするつもりだからです。そして、土地の買い取りは、買い手と売り手がどちらも得になるときに行われるでしょう。

XXVI.
[68] 第二十六章 ところで、みなさん、この土地法案の効力を考えてみてください。公有地に居座っている人は最高の条件と高額の提示によってその気にさせないと、決して土地から立ち退かないでしょう。

ところが世の中が逆転してしまったのです。以前なら、護民官が土地法案に言及すると、公有地や人がうらやむ土地に居座っている人たちは、たちまちひどく不安になったものです。ところが、この土地法案はこうした人たちの財産を豊かにしてくれるだけでなく、他人の妬みからも解放してくれるのです。

というのは、ローマ市民の皆さん、広い土地を維持できない人、スッラからもらった土地への妬みに耐えられない人、土地を売りたいのに買い手が見つからない人、何とかして土地を処分したがっている人たちがどれほどいると思いますか。

すこし前なら、夜も昼も護民官の名前を恐れ、皆さんの力を恐れ、土地法案のことが言われるとひどく怯えていた人たちが、これからは、公有地であれ、人から妬まれる土地であれ、危険性のある土地であれ、十人委員に好きな値段で譲ってくれと懇願されるのです。この護民官はこんなうまい話を皆さんにはしないで自分たちだけでこっそりしているのです。

[69] 彼には立派な義父がいます。この国の暗黒時代に欲しいだけ土地を占領した人です。ルッルスはこの義父がスッラにもらった土地の重荷に押しつぶされて弱っているのを、自分の法律で助けてやろうとしているのです。義父が妬みから解放されると同時にお金を蓄える手助けをしようとしているのです。

皆さんは、スッラ派の地主たちの財産を増やして、危険から解放してやるために、ローマの税収源を売り渡すことに平気なのでしょうか。それは皆さんの父祖たちが多くの血と汗を流して手に入れたものなのです。

[70] ローマ市民の皆さん、そもそも十人委員が買い入れようとしている土地には二種類あって、一つは他人の妬みのために放棄される土地で、もう一つは荒廃しているために放棄される土地なのです。

一部の人たちが独り占めしている広大なスッラ派の土地は大きな妬みの的になっています。彼らは勇気ある真の護民官のたった一度の非難の声にも耐えられないのです。この種の土地がいくらで買い集められたものでも、全部ひどい高値で私たちに押し付けられるのです。

もう一種類の土地は不毛なために耕作されない土地や、汚染された土地や荒れはてた土地で、売れなければ放棄するしかないと思っている人たちからそれを買い上げるのです。

そして、この護民官が都会の平民は多すぎるから「排出すべきだ」と元老院で言ったのは、きっとこの法案のためだったのです。彼がこんな言葉を使ったのは、平民を優れたローマ市民ではなく船底の水のように思っているからです。

XXVII.
[71] 第二十七章 ローマ市民の皆さん、もし皆さんが私の言うことに耳を貸す気があるのなら、いま持っている物を手放してはなりません。皆さんの物である権力と自由と選挙権と地位、この町と公共広場と、見世物と祭日などあらゆる特権を決して手放してはなりません。もっとも、皆さんがこれらをこの国の光明とともに捨てて、ルッルスの先導のもと、シポントムの干上がった土地や、サラピア(=いずれもイタリヤ南東部)の不健康な田舎へに植民したいのなら話は別ですが。

もしそんな所ではないと言うなら、どこの土地を買うか彼は言うべきです。そして、誰に幾ら支払うか明らかにすべきです。それにしても、彼が町と土地と税収源と王国を売り払って、砂地や沼地を買うのを許せるのでしょうか。

もっとも、この法では全てを売り払って金をかき集めて積み上げてからでないと土地を一つも買わないことになっています。うまく考えたものです。それから土地を買え、嫌がる人からは買うなと命じているのです。

[72] では尋ねますが、土地を売りたい人がいなかったら、お金はどうなるのでしょうか。彼は金を国庫に返すことも、そう要求することも禁じられているのです。その場合には、十人委員は皆さんのための土地を買わずにお金を独り占めすることになるのです。税収源を人手に渡し、同盟国を略奪し、王国や他の国々の金庫を空にして十人委員がお金を手に入れても、土地は皆さんの手には入らないのです。

「大金を積めばすぐに売る気になりますよ」と彼は言います。つまり、この法では、我々の土地を売る時には我々が我慢出来るぎりぎりの値段で売り、他人の土地を買う時は地主の望む値段で買うということなのです。

[73] 次に、この法案では購入した土地に十人委員たちが植民市を建設することになっています。ところで、どこにローマの植民市を作っても違いはないのでしょうか。それとも植民市に相応しい場所と相応しくない場所があるのでしょうか。

政治の他の分野についてと同様、この点についても父祖たちの思慮深さを思い出すのは意味のあることです。彼らは危険を予期してそれを防ぐのに適した場所に植民市を据えたのです。それは一つのイタリアの都市というより帝国の砦と思えるようなものでした。ところが十人委員たちは、自分たちが購入した土地に植民市を作ろうとしているのです。彼らはこの国の役に立たない場合でもそうするのでしょうか。

[74] 法案では「そのほか適当なところへ植民市を作る」となっています。すると、ヤニクルムの丘(=第一演説16節)に植民市を作って、我々の頭と首根っ子に彼らの要塞を置くことも出来るわけです。君は植民市をどこにいくつ作るのか、どれほど多くの植民者を移住させるつもりか、はっきりさせるつもりはないのかね。

君は自分の暴力沙汰に都合がいいと思う場所を占拠して、自分の兵員で満たして、自分の望む要塞で固めて、ローマの税収とあらゆる軍事力を使って、ローマの民衆を包囲・征服して、十人委員の権力の支配の下に押し込めるつもりなのかね。

XXVIII.
[75] 第二十八章 ローマ市民の皆さん、彼がイタリア全土を自分の要塞で埋め尽くして支配しようと企んでいることに、どうか気付いて頂きたいのです。この法案は、十人委員がイタリア本土の全都市、全植民市に自分の好きな植民者を入植させることを許して、その植民者に土地を与えることを命じているのです。

皆さんの自由とは相容れない大きな権力と軍事力が求められているのは明らかではないでしょうか。王権が打ち立てられようとしているのは明らかではないでしょうか。皆さんの自由が取り上げられようとしているのは明らかではないでしょうか。

というのは、彼らが全ての富と大勢の住民を支配下に置くだけでなく、自分たちの軍勢でイタリア全土を占領して、そのうえ自由なローマ市民を要塞と植民市によって閉じ込めてしまえば、皆さんの自由を取り戻すどんな希望、どんな可能性が残されるというのでしょうか。

[76] ところで、この法律によれば、世界で最も美しいカンパニア地方が分割されて、世界で最も美しく大きな町カプアに植民市が築かれることになります。これについて私は何が言えるでしょうか。まずは皆さんが手にするメリットについてお話しましょう。次に、皆さんの名誉と権威の話に向かいましょう。そして、町や土地の魅力が気に入った人には、何も期待しないようにと言い、名誉を汚されたと憤慨した人には、偽りの贈り物を拒否するように言うでしょう。

まず最初に、ローマよりもカプアの魅力が気に入っている人がいるかも知れないので、まずカプアについてお話しましょう。この法案はカプアに五千人の植民者を登録せよと命じています。つまり十人委員はそれぞれ五百人の植民者を選ぶことになります。

[77] 皆さんはそれでけっして安心しないで下さい。ここは真剣によく考えてみてください。皆さんのように健全で大人しく平和的な人がその数に含まれると思いますか。

もし皆さんの全員かあるいは大多数がこの数に含まれるのなら、たとえ皆さんの下さったこの地位に就いた私の仕事が、日夜目を見開いてこの国の全ての部分に目を光らせることだとしても、私は皆さんのためにしばらくの間目をつぶりましょう。

しかし、もし彼らが暴力と犯罪と殺人のために五千人を選んで、戦争を起こしたりその準備ができる場所を捜しているとしたら、皆さんは、彼らが皆さんと戦うために、皆さんの名前を使って資金を集めて、要塞に武器を持ち込み、町と土地と軍隊を手に入れることを許すでしょうか。

[78] というのは、彼らが皆さんに約束しているカンパニア地方は、彼ら自身欲しがっていた土地なのです。ですから彼らは自分の仲間を植民させて、仲間の名前を使って彼ら自身がその土地を支配して利用するつもりなのです。さらに彼らは土地を買い足して、あの10ユゲラずつ分け与えた土地をつなげていくでしょう。こうした事はこの法案では禁止されていると言うなら、コルネリウス法(=スッラが没収した土地を配った法律)でもそれは表向き禁止されていたのです。ところが、近くではプラエネステ(=スッラの政敵マリウスをかくまった町、現パレストリーナ)の土地が、少数者によって買い占められているのは見ての通りです。

しかし、私の見るところでは、彼らの財産には、まさにこの様な土地が必要なのです。大家族を養い、クマエとプテオリの農場の維持費をまかなえる土地が。しかしながら、もしルッルスが皆さんのためを考えていると言うなら、彼は私の前に出てきて、カンパニアの土地の分割について私と討論すべきなのです。

XXIX.
[79] 第二十九章 私は元日(=第一演説)にあの土地を誰にどのようにして分配するのか彼に尋ねました。すると彼はロミリア族(=全体の五番目の部族)から始めると答えたのです。第一に、何と人を馬鹿にしたやり方でしょう。民衆の一部をすっ飛ばして、部族の順序も無視して、既に土地を持っている田舎の部族に先に土地を与えて、土地への希望と喜びを約束された都会の部族を後回しにするというのですから。

もしルッルスがこの発言を否定して、皆さんの全員を満足させる積りだと言うなら、彼はそれを公表すべきです。そして、カンパニアの土地を10ユゲラずつに分割して、スプラ族(=1番のトリブス)から始めてアルヌス族(=最後のトリブス)まで皆さんの名前を張り出してご覧なさい。

そうして、皆さんにカンパニアの土地を10ユゲラずつ分配するどころか、こんな大勢の人がカンパニア地方に入ることさえ不可能なことが明らかになったら、それでも皆さんは、この国が略奪され、ローマ人の権威が無視され、自分たちが護民官にさらに騙されることに耐えられるのでしょうか。

[80] しかし、仮にカンパニアの土地が皆さんのものになる可能性があるとしても、皆さんはその土地が皆さんの公共財産のままでいる方が望ましいと思わないでしょうか。ローマの最も美しい土地、皆さんの税収源、平和の勲章、戦いの支え、税収の基礎、軍団の倉庫、飢饉の備えであるカンパニアがばらばらになってしまうことに、皆さんは耐えられるのでしょうか。

それとも、皆さんはイタリア戦争で、他の税収源が失なわれた時に、どれほど多くの軍隊がカンパニアからの税収で養なわれたか忘れたのでしょうか。あるいは、皆さんはカンパニア以外からローマに入る巨額の税収が時の情勢の小さな変化にしばしば左右されるのを知らないのでしょうか。

海賊や外敵の懸念が少しでも生まれた時に、小アジアの港やシリアの岸辺などの海外からの税収はどれも何の助けになるでしょう。

[81] ところが、ローマ市民の皆さん、このカンパニア地方の税収は国内のものであり、多くの都市の全ての守備隊によって守られています。だから、それは戦争の危険にさらされることがなく、金額の変動もなく、天候や地勢から悪影響を受けることもないのです。

だから、我らの父祖たちはカンパニア人の土地を奪って大切にしてきただけでなく、正当に奪えない人たちの土地を買い集めたのです。だから、ローマの平民の利益を最も重視した二人のグラックスも、あらゆる土地を遠慮なく好きな人にくれてやったルキウス・スッラも、カンパニアの土地には手を付けなかったのです。

ところがルッルスが現れて、グラックスの施しの時にもスッラの独裁の時にも奪われることのなかった国の財産を取り上げようとしているのです。

XXX.
第三十章 今は皆さんが通りがてらここは自分たちのものだと言っている土地、旅行で通る外国人がここは皆さんのものだと聞かされている土地が、一旦分割されてしまうと、もう皆さんのものではなくなって、そうは言えなくなるのです。

[82] ではカンパニアは誰の手に渡るのでしょうか。それは最初は、短気で暴力好きで反乱の機会を窺っているような連中です。彼らは十人委員が合図すれば武装して市民に襲いかかるし人殺しも出来る人たちです。しかしやがて、カンパニアの全ての土地は財産と資産に満ち溢れた少数者の手に渡るのを皆さんは目にするでしょう。一方、父祖たちが戦って手に入れたあの最高の税収源を受け継いだはずの皆さんの手には、父祖伝来の遺産は土塊一つ残されないでしょう。

しかし、皆さんが私有地の持主より無頓着なのはどうしてでしょう。カンパニアの公有地の中にあった私有地を公金で買い上げるために、元老の筆頭だったプブリウス・レントゥルスが我らの父祖たちによってあの地方に派遣されたことがありました。その時彼は次のような事を報告したと言われています。「いくら金を積んでも土地を売ってくれない人がいた。その人は『私は沢山土地を持っているが、その土地だけは悪い報告を受けたことがない。だから、その土地を売る気になれない』と言うのだ」と。

[83] しかし、皆さんは本当に無頓着でしょうか。私有地の持主がこんな理由で土地を売るのを断ったのですから、ローマの民衆も同じ理由でカンパニアの土地をルッルスの言う通りにただで個人にやるのを断ってもいいのではないでしょうか。そうです、ローマの民衆も私有地の持主が自分の土地について言ったのと同じことを、この税収源について言えるのです。

ミトリダテス戦争のせいで小アジアからの皆さんの税収は長年途絶えていました。ヒスパニアもセルトリウスの時代には何の税収もありませんでした。シシリアの都市には奴隷戦争の間、マニリウス・アキリウスが穀物を貸与しました。しかし、カンパニアからは税収について悪い報告は一度も来ていないのです。他の地域からの税収は戦争の苦境から大打撃を受けるのに、ここからの税収は戦争の苦境を支えてくれるのです。

[84] 次に、この土地を分配する理由として他の土地の場合と同じように、「平民たちが住んでいない土地があってはならない。自由人が耕作しない土地があってはならない」と言うことは出来ません。

XXXI.
第三十一章 というのは、つまるところ、カンパニアの土地が分配されても、平民たちがそこに入植して住むのではなく、逆にそこから追い出されるからです。

なぜなら、カンパニア地方の土地はどこも既に平民たちが住んで耕作しているからです。しかもそれは最良の平民、大人しい平民たちなのです。この品性のよろしい最良の農民と軍人からなる平民たちが、この平民の味方である護民官によってカンパニアから根こそぎ追い出されるのです。

そして、あの土地に生まれ育って土地の耕作に長けた平民たちは、可哀想なことに突然行き場を失うのです。そして、カンパニアの土地の居住権は全て十人委員たちのがっしりした乱暴な取り巻きたちに渡されるのです。

そして、いま皆さんは「私たちの先祖がこの土地を残してくれた」と先祖のことを話しているのに、皆さんの子孫は「私たちの父は親から受け継いだこの土地を無くしてしまった」と皆さんのことを話すことになるでしょう。

[85] そもそも、私の考え方はこうです。もし仮にマルスの野が分割されて、皆さんが立っている2ペス分ずつそれぞれに分配するとしても、皆さんは別々の小さな土地をもらうより全体を一緒に使うほうがいいと言うでしょう。

つまり、皆さんに約束されているこのカンパニアの土地は別の人に与えられる土地ですが、仮にこの土地が皆さんに分け与えられるとしても、これは皆さんが別々に持つよりは全員で持つほうがいいことなのです。

しかし、今やこの土地は皆さんには全く何一つ与えられず、皆さんの土地は奪わて別の人のものになろうとしているのですから、皆さんは自分の土地を守るために敵の軍隊に抵抗するのと同じように、この法案に激しく抵抗すべきではないでしょうか。

ルッルスはカンパニア地方にステラの平原(=北隣)を加えて、そこでは12ユゲラずつ各人に分配するのです。これはカンパニアの土地がステラの平原と違うからではありません。

[86] それは、ローマ市民の皆さん、カンパニアのすべての町を埋め尽くすには大量の人間が必要だからです。というのは、既に言ったように(=75節)、この法案では彼らの好きな町と好きな古い植民市に自分たちが選んだ人たちを植民として住まわせることが許されているからです。

彼らはカレースの町を自分たちの植民で満たし、テアヌムに押し寄せ、アーテッラ、クマエ、ネアポリス、ポンペイ、ヌケリアに要塞を置いて支配するでしょう。いま自治都市で自由と権利を謳歌しているプテオリも、新規の住民とよそ者の集団でいっぱいにするでしょう(=全てカンパニアの町)。

XXXII.
第三十二章 そして、十人委員がローマ帝国にとって恐ろしいカンパニア植民市の軍旗をカプアに立てるのです。そして、彼らは、我々全員の共通の祖国であるローマに対抗して、二つ目のローマを作るでしょう。

[87] 彼らはけしからん事に、この町に皆さんの国を移そうとしているのです。しかし、我らの父祖たちはこの町に国が出来ることを望まなかったのです。彼らはこの世界の支配者の名声と重みに耐える町は三つあって、それはカルタゴとコリントとカプアだけだと考えました。

カルタゴが滅ぼされたのは、カルタゴが多くの人口と立地条件に恵まれ、多くの港を備えて、城壁で武装していたこと、アフリカから突き出ていて、ローマの二つの豊かな島(=サルディニアとシシリア)を脅かしているように見えたことが理由です。

コリントはほとんど跡形も残っていませんが、それはコリントがギリシャの狭い地峡にあって、多くの地方への陸路の要衝であるだけでなく、二つの海をつなぐ狭い地峡が様々な航路の要衝になっていたからです。

この二つはローマ帝国の視界から遠く離れていたので、我らの父祖たちはただ滅ぼすだけでなく、再び立ち上がって勢力を盛り返すことがないように、既に言ったように、徹底的に破壊したのです。

[88] 一方、カプアについては長年にわたって多くの議論が重ねられました。公的な文書もたくさん残っており、元老院決議も頻繁に出されました。賢明な人たちは、カンパニア人の領地を奪い、町から政務官と元老院と民会を奪い、国としての姿を一切残さなければ、カプアを恐れる理由はないと考えたのです。

そして皆さんは次のことが古文書に書かれているのを見いだすでしょう。つまり、カプアをカンパニアの耕作に必要なものを供給する町として、収穫物の集積所および倉庫にする。農耕に疲れた農民が町の住居を利用できるようにする。そのために、町の建物は壊さない、と。

XXXIII.
[89] 第三十三章 我らの父祖たちの英知とこの人たちの愚かさとの隔たりは何と大きいか考えてみてください。我らの父祖たちは、カプアを農民の休息所、田舎の人たちが買い物をする場所、カンパニア地方の集積所および倉庫にしようとしたのです。それに対してこの人たちは農民を追い出して、ローマの税収を浪費して使い果たしたあとで、カプアを新国家の場所にして、伝統ある国家に対抗する一大勢力にしようとしているのです。

しかし、もし我らの父祖たちが、この名高い帝国の規律正しいローマ人の中からマルクス・ブルートゥスやプブリウス・ルッルス(私の見るところ今までカプアに国家を移そうとしたのはこの二人です)のような人が現れると思ったのなら、きっとこの町の名前も残さなかったことでしょう。

[90] 一方、コリントとカルタゴについては、我らの父祖たちは、元老院と政務官を廃止して、市民から土地を取りあげたとしても、必ずや自分たちの国を復活させて、それが我々の耳に届く前に、全てを変えてしまう人が現れると考えたのです。

一方、カプアはローマの元老院と民衆の目の前にあるので、カプアで何があってもそれが大事(おおごと)になる前にかならず鎮圧して抑え込めると、我らの父祖たちは考えたのです。

英知と神慮を備えた彼らは間違っていませんでした。というのは、カプアがクイントゥス・フルウィウスとクイントゥス・ファビウスが執政官の年(前209年)にローマに征服されてローマ領になって以来、この町がローマに反旗を翻す事はもちろんのこと、そのような企ても全くなかったのです。

我が国はそれ以後、ピリッポス(五世)、アンティオコス、ペルセウス、偽ピリッポス(=アンドリスコス)、アリストニコス、ミトリダテス(六世)などの諸国の王たちと幾度も戦いました。それから、カルタゴ、コリント、ヌマンティアとも大きな戦争をしました。その名前をあげるまでもなく、国内でも多くの戦争がありましたし、フラゲッラエやマルシなどの同盟国との戦争もありました。国の内外におけるこれらの戦争の時代に、カプアはローマの足手まといとなるどころか、戦いに備えたり、軍の装備を補給したり、兵隊に宿舎を提供したりして、ローマのために大いに役立ってくれたのです。

[91] また、その当時のカプアには、物騒な演説をしたり、不穏な元老院決議を出したり、権力を乱用したりして、国家を混乱させて、革命の口実を探すような人はいなかったのです。

なぜなら、カプアには集会を開いたり議会を開催する能力のある人はいなかったし、名誉欲に心を奪われる人もいなかったからです。役職のないところには名誉欲も生まれないからです。また、競争心や野心のために仲違いする人もいなかったのです。競争する理由も、人を押しのけて求める物も、対立する場面もなかったからです。

こうして、我らの父祖たちはその英知と思慮によって、あの特有の傲慢さと耐え難い強情さを持つカンパニアの人々を、平和を愛好する大人しい国民に変えたのです。

また、こうして彼らは美しいカプアをイタリアから抹消しなかったことで、残忍という汚名を免れると同時に、カプアのあらゆる力を削いで町の存在を無為無力にすることで、将来の安全を確保したのです。

XXXIV.
[92] 第三十四章 こうした父祖たちの考え方に反対したのが、前に言ったマルクス・ブルートゥスでありプブリウス・ルッルスなのであります。ルッルスよ、君はブルートゥスという不幸な前例があるのに、同じような気違い沙汰をやめられないのだ。

というのは、植民市の創設者自身と、ブルートゥスに選ばれてカプアの役職に就いた者たちと、この植民とカプアの役職に少しでも関わった人たち全員が、厳しい不敬罪の罰を被ったのだ。

マルクス・ブルータスと彼の時代について言及したついでに、カプアに行った時に私が見たことを皆さんにお話ししましょう。それはルキウス・コンシディウスとセクスティウス・サルティウスが彼らの言い方では「プラエトール」の時で、植民がやっと完了した頃でした。風土が人を傲慢にすることを皆さんに分かってもらうために言いますと、植民が終わってからまだ数日も経たないのに、もう彼らに傲慢さが見られたのです。

[93] 第一に、他の植民市では二人委員と呼ばれる人たちが、既に言ったように、自らプラエトールと呼ばれることを望みました。一年目にしてこんな野心を抱くのだから、数年後には執政官という名前を欲しがったと皆さんは思わないでしょうか。第二に、そのプラエトールの前を二人の先導吏が、まるでローマの都市法務官の前を歩くように、杖ではなく束桿を持って歩いたのです。

またそのプラエトールたちは、公共広場に置かれた生け贄の成獣を、ローマの執政官と同じようにして、顧問の意見に従って法官席から検査をしてから、告知人の声と笛吹の音に合わせて生け贄にしたのです。

次に彼らは元老院議員を召集しました。既にコンシディウスの表情は見るに耐えないものでした。私は「痩せて皺だらけ」なこの男がローマで馬鹿にされているのを見たことがありますが、カプアではカンパニア風に尊大な王様気取りで、まるでブロシウスかウィベッリウス(=ローマに抵抗したカプア人)を見ているようでした。

[94] それに対してカプアの一般民衆はどれほど戦々恐々としていたでしょうか。人々はプラエトールが何を布告したか、どこで食事をしているか、どこへ行くと言ったかと尋ねては、アルバナ通りとセプラシア通りを右往左往していました。ローマから来た我々はもはやゲスト扱いされずに外国から来たよそ者と呼ばれていたのです。

XXXV.
[95] 第三十五章 我らの父祖たちはこうしたことを予想していたのですから、ローマ市民の皆さん、私たちは彼らを神と崇めるのは当然だと、皆さんには思えないでしょうか。

我らの父祖たちは何を知っていたのでしょうか。それが何かを皆さんには是非ともよく考えて学んで欲しいのです。それは、人間の性格を形作るのものとしては、血筋や生まれつきよりは、生活の糧として普段の生活で我々が自然から受け取る物の力が大きいということです。

例えばカルタゴ人が嘘つきなのは生まれつきではなく風土のせいなのです。彼らは多くの港があるために商人や外国人としきりに言葉を交わしているうちに、金銭欲に駆られて人を騙す性癖を持つようになったのです。山岳地帯のリグレス族(=北イタリア)は粗野で素朴ですが、それは耕作に精を出してせっせと働かないと、その地域の田畑からは何も手に入らないからなのです。

カンパニア人の傲慢な性格の原因は、土地の肥沃さと収穫の豊かさと、町の清潔さと秩序立った美しさなのです。あらゆる物資が豊富なことから、まずあのカンパニア人特有の思い上がりが生まれたのです。彼らがローマの二人の執政官の一人をカプアから出すように我らの父祖たちに要求したのはその結果です。次に生まれたのが贅沢な暮らしでした。武力では倒れなかったハンニバルも、カプアの贅沢な暮らしの快楽には勝てなかったのです。

[96] ルッルスの法案では、十人委員はこの町へ五百人の植民を入植させて、百人の参事会員と十人の卜占官と六人の神祇官を任命することになっています。その時には、彼らがどれほど自信とやる気を身に付けて、どれほど思い上がった存在になると皆さんは思うでしょうか。

彼らは自分たちのカプアが広大な平野のなかに広がり風光明媚な場所にあるのと比べて、ローマは山と谷の中にあって、家屋が上へ上へと段々に建ち、道は悪くて路地が狭く入り組んでいると、馬鹿にして軽蔑するようになるでしょう。また、ローマのバチカンとプピニア地区は、彼らの肥沃で豊かな平野とは比べ物にならないと思うことでしょう。

また、彼らはカプア近郊の町の豊かさを、ローマ近郊の町と比べて笑いものにするでしょう。カレース、テアーヌム、ネアポリス、プテオリ、クマエ、ポンペイ、ヌケリア(以上、カプア近郊)を、ウェイイ、フィデナエ、コッラーティアや、さらにはラーヌウィウムやアリキアやトゥスクルム(以上、ローマ近郊)と比べるようになるでしょう。

[97] 彼らはこうしたことに慢心して思い上がると、すぐにではなくても、きっと時間が経って力を付けてくると、抑えが効かなくなるでしょう。すると彼らは調子に乗って、全てを我が物にしようとするでしょう。個人でも大きな幸運をつかんで裕福になると、かなりの英知を備えていないかぎり、分を弁えることが出来なくなるものなのです。

いわんや、ルッルスや彼の同類が呼び集めて植民に選んだ人たちは、カプアという傲慢のすみかに居を構えて豊かな生活に慣れると、すぐに何らかの悪事に手を染めずにはいられないでしょう。

それどころか、こうした傾向は昔の生粋のカンパニア人よりもひどくなるでしょう。なぜなら、裕福な環境に生まれ育った昔の人たちでも極度の豊かさによって堕落したのですから、極度の貧困から極度の豊かさの中に移る今の人たちは、豊かさだけでなく物珍しさにも影響されることになるからです。

XXXVI.
[98] 第三十六章 プブリウス・ルッルスよ、君は父祖たちの英知の伝統に従うのではなく、マルクス・ブルータスのこのような悪事のあとに続くことを選んだのだ。君は自分の支援者とこのような考えを巡らして、昔からの我々の税収源を奪い、新たな税収源を探して、新たな町とローマを権力争いさせようとしているのだ。

そして、多くの都市と国々と属州と自由な国の民衆と王たちを、要するに全世界を、君たちの法と司法権と権力に従わせようとしているのだ。そして、国庫の金を使い切って、国の税収源から金を引き出して、全ての王たちと民族と将軍たちから金を絞りとってからも、彼ら全員から君たちの意のままに金を出させようとしているのだ。

また、スッラ派の地主たちからは人に妬まれている土地を、自分の身内や仲間からは荒廃地や有害な土地を、いずれも売り手の言い値で買ってローマの民衆に押し付けようとしている。さらに、イタリア本土の全ての町と植民市を新たな植民で満たしてから、さらに君たちに都合のいい場所に出来るだけ多くの植民市を作ろうとしているのだ。

[99] そして、この国全体を君たちの軍隊、君たちの町、君たちの要塞で包囲して支配しようとしているのだ。ポンペイウスは幾度となくローマを強力な外敵から守り、堕落した市民からも守ってきたが、君たちはそのポンペイウスを身ぐるみ剥がして、この人たちの目の前から消してしまおうとしているのだ。

さらに、君たちはお金で買収できるもの、群衆と投票を使って命令できるもの、暴力で破壊できるものは、何であろうとことごとく征服して奪い取ろうとしているのだ。その一方で、君たちは最高指揮権と限りない裁判権とありったけの金を携えて、多くの民族と王国を巡ろうとしているのだ。

さらに、君たちはグナエウス・ポンペイウスの陣地に出かけて、もしその気になれば、彼の陣地を売り払うつもりなのだ。その一方で、君たちはどんな法律にも縛られず、訴えられる恐れも危険もなく、他の政務官の役職を手に入れようとしているのだ。

さらに、誰も君たちをローマの民衆の前に呼び出しも引き出しも出来ず、君たちを元老院に出向かせることも出来ず、執政官が君たちをとがめることも、護民官が君たちを引き止めることも出来ないようにするところだったのだ。

[100] 愚かで無分別な君たちがこんな野心を抱いたとしても私は不思議ではない。しかし、私が執政官の年に君たちがこれを実現できると考えたことに私は驚いている。

なぜなら、執政官は誰でも細心の注意を払ってこの国を守るという重い責務があるが、親の威光ではなく独力でこの地位を勝ち取った執政官にとって、その責務はなおさら重いからだ。ローマの民衆に対して私の保証人となってくれる先祖は私にはいなかった。責務を負ったのは私なのだ。(=民衆に)皆さんはその責務の遂行を私に要求しなければなりません。私が立候補した時、私を皆さんに推薦する先祖はいませんでした。それと同じように、私が何か失敗しても、私を皆さんにとりなしてくれる先祖の肖像(=権威)も私にはないのであります。

XXXVII.
第三十七章 ですから、ローマ市民の皆さん、私の命がある限り、(私自身もこの連中の悪巧みと陰謀から自分の命を守るつもりですが)私は次の事を皆さんに誠意をもってお約束いたします。私は皆さんに委ねられた国務に怯むことなく怠りなく細心の注意を払って専念してまいります。

[101] 私は民会を恐れる執政官でしょうか。私は護民官に対してびくびくする執政官でしょうか。私はいつも訳もなくおろおろしている執政官でしょうか。私は護民官に牢屋に行けと命じられたら、そこに住むことを恐れる執政官でしょうか。

私は皆さんから軍隊を与えられて、命令権と権威と立派な勲章を身にまとっているのですから、私は恐れることなくこの演壇に登って、ローマ市民の皆さん、皆さんのご支援のもとに、この男の悪事と戦っているのであります。私にはこれほど多くの援軍に守られているこの国が彼らに敗れて征服されるとは思っておりません。

たとえ以前の私がそんな懸念を抱いたとしても、この民会、この民衆のおかけでそんな懸念は消えうせたことでしょう。なぜなら、これまでこの民会で土地法案を勧めた誰がそれに反対する(仮にこれが単なる反対で、破壊や粉砕でないとして)私ほどに大きな賛成を勝ち得たでしょうか。

[102] ローマ市民の皆さん、私が民衆のための執政官として、今年一年皆さんに平和と安寧と平穏をもたらすことが、何より民衆のためになることを、皆さんは以上の話からお分かりなったでしょう。私たちが執政官に選ばれたときに皆さんが恐れていた事態は、慎重に配慮して阻止しました。

これからは皆さんが常に望んできた平和な生活が送れるだけでなく、平和を憎む彼らを私は平和で大人しい人間に変えていくつもりです。というのは、彼らは地位と権限と富をいつも市民の混乱と不和から手に入れているからです。

それに対して、皆さんの権威は選挙にあり、皆さんの自由は法律にあり、皆さんの権利は法廷と政務官の公平さにあり、皆さんの富は平和にあるのですから、皆さんは何としても平和を失ってはならないのです。

[103] というのは、もし何もしないで平和に暮らしている人が、その恥ずべき怠惰の中でも平和の喜びを享受しているとすれば、ローマ市民の皆さん、もし皆さんが怠惰ではなく美徳によって手にいれたこの地位にありながら平和を保つとすれば、皆さんはどれほど幸福でいられるでしょうか。

「執政官となるお前たちは今もこれからも敵同士である」と言っていた人たちの意に反して、私は同僚と和解しました(=同僚執政官アントニウス・ヒュブリダにマケドニアの属州統治を譲って協力を取り付けた)。その結果、私はあらゆる事態への備えを万全にして、彼らの信頼を取り戻したのです。そして、私は護民官たちには、私が執政官でいる間は物騒なことはたくらむなと通告したのです。

そして、ローマ市民の皆さん、皆さんが今日この大きな民会で皆さん自身の安全のため私に示して下さった熱意を、今後はこの国のために示して頂きたいのであります。それがこの国の幸福の最大最強の守りとなるのであります。

そして、私がここに固く誓って皆さんにお約束することは次のことであります。それは、執政官選びの時に皆さんに先見の明があったことを、私の栄誉に反対した人たちに、いつか認めさせるということであります。


DE LEGE AGRARIA ORATIO
TERTIA CONTRA P. SERVILIVM RVLLVM TR. PLEB. AD POPULUM

土地法案について護民官プブリウス・セルウィリウス・ルッルスに反対する第三演説(民会にて)

I.
[1] 第一章 ローマ市民の皆さん、護民官は私のことを皆さんに告げ口するぐらいなら、私がいるところで面と向かって言ってくれたら良かったのです。なぜなら、その方が皆さんに公平な判断をしてもらえたし、これまでの護民官の慣例にも合致して、彼らの権利の正当性を損なわずにすんだからです。

それどころか、彼らはこれまで私と面と向かって論争することを避けてきたのですから、出来れば今こそ私が開いた民会に出て来るべきなのです。たとえ私に呼ばれて出て来るのが厭だとしても、再度の呼び出しに引き返してほしいものです。

[2] ローマ市民の皆さん、私が見るところ、皆さんの中にざわざわとして何か言いたそうにしたり、さっきの私の民会で見せたのとは違う表情でこの民会に戻って来た人がいるようです。

そこで、まず皆さんの中で私についての護民官の話を全然信じなかった人たちには、これからもこれまでと変わらぬご愛顧をお願いします。一方、皆さんの中で私に対する考えが少し変わったという人たちには、もうしばらくの間だけ私を信じて頂きたいのです。そして私が今からするお話に納得がいただけたら、そのまま続けて私を信用していただきたいのです。しかし、もし私の話に納得して頂けない場合には、私へのご支援はここできっぱり捨てていただいても結構です。

[3] ローマ市民の皆さん、皆さんの頭の中はこんな話で一杯でしょう。私は七つの王家(=二人のルクルス、クラッスス、カトゥルス、ホルテンシウス、メテッルス、フィリップス)などスッラ派の大地主たちを喜ばすために、土地法案に反対して皆さんの利益を損なおうとしているのだと。

この話を信じた人は、きっと今回公表された土地法案によってスッラ派の土地が没収されて皆さんに分け与えられる、あるいは、要するに私有地を減らしてそこへ皆さんが入植することになるという話を頭から信じているに違いありません。

もし私がこの法案によってスッラ派の土地は誰からも何も没収されないし、それどころか、その種の土地はこの法案の中の条文によって正式に承認されるというふざけたことになることを明らかにしたら、さらに、ルッルスはこの法案の中でスッラの分配した土地に特別の配慮をしているので、この法案は皆さんの利益ではなく明らかにウァルギウス氏(=ルッルスの舅)の利益を守るためだということを証明したら、ローマ市民の皆さん、私に対する彼らのあんな陰口は、私と皆さんを余程のうっかり者だと見誤った結果であることは明らかでしょう。

II.
[4] 第二章 その条文とは、ローマ市民の皆さん、この法案の四十番目の条文のことなのです。私はこの前の演説ではこれにはあえて触れませんでした。それは私が一旦塞がったこの国の傷口を再び広げて、不適当な時期に新たな軋轢を起こしていると思われたくなかったからであります。

neque vero nunc ideo disputabo quod hunc statum rei publicae non magno opere defendendum putem, praesertim qui oti et concordiae patronum me in hunc annum populo Romano professus sim, sed ut doceam Rullum posthac in eis saltem tacere rebus in quibus de se et de suis factis taceri velit.

一方、今になってこの条文に言及するのは、今年一年間ローマの平和と安寧の保護者になるとローマの民衆に対して宣言した私が、この国の今の平和を熱心に守る必要がないと思っているからではありません。そうではなくて、ルッルスは自分自身の身の上や行状について黙っていて欲しいことがあるのなら、彼自身もこれからは黙っているべきだと彼に教えるためなのです。

[5] あらゆる法律の中で最も不正な法律、最も法律らしくない法律は、中間王(=空位期間の執政官)だったルキウス・フラックス(=前100年、マリウスと共に執政官)がスッラのために成立させた法律です。それはスッラのしたことを全て正当化する法律でした。実際、よその国では独裁者が生まれると全ての法律は無効になりますから、ルキウス・フラックスはこの法律によってこの国に独裁者を作ったのです。これは既に言ったように憎むべき法律ですが、弁解の余地がないわけではありません。と言うのは、これは彼が作った法律というよりは時代が作った法律と言えるからです。

[6] ところが、この法案はそれよりもっと恥知らずなものなのです。ウァレリウス法とコルネリウス法(=スッラのための法律、後者は既出)では、ある市民の土地が奪われて別の市民に与えられて、残酷な被害と恥知らずな気前の良さが結びついていました。しかし、それでも土地を奪われる人にも希望は無くはないし、土地をもらう人にも多少の戸惑いはあったのです。ルッルスの法案は、「ガイウス・マリウスとグナエウス・パリリウス(カルボ)が執政官だった年以降(前82年)」(=四十番目の条文の初め)となっています。スッラの最大の政敵だった人の名前をあえて使うことで、彼は疑いの目を見事に逃れています。もし独裁者スッラの名前を使っていれば、下心が見え見えで批判されると彼は考えたのです。しかし、この二人の執政官のあとにスッラが独裁官になったことに気づかないほど、私たちの誰がそれほど盆暗だと彼は思ったのでしょうか。

[7] 私のことをスッラ派だと中傷したこのマリウス派の護民官は次に何と言っているでしょうか(=以下、四十番目の条文の続き)。「マリウスとカルボが執政官だった年以降の土地、建物、池、沼、敷地、財産のうち」(ここには空と海以外の全てが含まれます)「公的に与えられ、分配され、売却され、譲渡されたものは」(ルッルスよ、そんなことを誰がしたのだ。マリウスとカルボが執政官だった年以降スッラ以外で誰が分配し、誰が与え、誰が譲渡したというのか)「それら全ては次のような権利を持つものとする」(どんな権利だ。たぶん彼は何かを覆すのだろう。あまりにも強硬で急進的な護民官である彼はスッラのしたことを無効にする、と思いきや)「最大の権利を有する私有財産と同じにする」。まさか父や祖父から受け継いだ財産よりも強い権利を持つというのだろうか。そのとおりなのだ。

[8] しかし、ウァレリウス法はそんな事を言っていないし、コルネリウス法もそんな事は認めていないし、スッラもそこまでは要求しなかった。あの土地がそんな権利を得て、私有財産のようなものになって、永住権の希望が持てるなら、どんな厚かましい人でも自分はとてつもない特別扱いを受けたと思うだろう。

しかし、ルッルスよ、君は何が目当てなんだ。彼らが持っている物を持ち続けられるようにすることか。それを誰が邪魔しているのか。私有財産にすることか。それはこの法案そのものだ。君の義父のヒルピヌスの農地、いやヒルピヌス地方(彼はその全部を持っている)が、私が父親と祖父から受け継いだアルピヌムの農地よりも強い権利を持つことなのか。そうだ、それが君の狙いなのだ。

[9] なぜなら、最高の権利をもつ土地は必然的に最強の条件を持つことになるからだ。地役権の付いていない土地は地役権の付いている土地より強い権利を持つ。そこで、地役権のある土地はこの条文によってあらゆる地役権をはずれるのだ。抵当権の付いていない土地は抵当権の付いている土地より有利な条件にある。そこで、抵当権の付いている土地はそれがスッラ派の土地なら、この条文によって全部解除されるのだ。税を免除された土地は課税されている土地よりも有利な条件にある。私はクラブラ水道のためにトゥスクルムの土地の税金を払う必要があるが、それは正式な売買で入手したからだ。あれがもしスッラにもらった土地なら、ルッルスの法律によって、税金を払う必要がなくなるのだ。

III.
[10] 第三章 ローマ市民の皆さん、当然ながら、皆さんは彼の法案と彼の話の出鱈目さに憤慨しているようです。なにしろ、彼の法案はスッラ派の農地に父親から相続した農地よりも強い権利を与えるものですし、彼の話は、私がスッラのやった事を必死に擁護していると、こんな問題で平気で人を誹謗中傷するものだからです。

しかし、彼がスッラ派の土地の権利を正式に認めるだけなら、彼がスッラ派であることを認めるかぎり、私は何も言わないでしょう。しかし、彼はスッラ派の土地を守るだけでなく、さらにある種のプレゼントまでするのです。

そして、私がスッラ派の土地を守ろうとしていると非難する彼は、スッラ派の土地を承認するだけでなく、新たな分配を制度化して、突然私たちの前に自らスッラとなって現れたのです。

[11] 皆さん、よくお聞きください。この私を非難した人が、たった一つの言葉でどれほど多くの土地をやってしまおうとしているのかを。「与えられ、贈与され、譲渡され、売却された土地」。まだいい。聞きましょう。その次は何でしょうか。「占拠された土地」とは。誰であれマリウスとカルボが執政官だった年以降に占拠した土地は、私有財産と同じ最高の権利で持ち続けていいという法案を、この護民官は大胆にも発表したのです。それは人を追い出して占拠した土地でも、盗んで占拠した土地でも、人のお情けで占拠した土地でもいいのです。つまりこの法案では市民の権利も所有権も法務官の保護命令も無効になるのです。

[12] ローマ市民の皆さん、この言葉に隠されているのは些細な問題ではないし、些細な盗みでもありません。コルネリウス法では没収されたのに誰にも分配されず誰にも売却されていない土地が大量にあるのです。その土地をごく少数の人たちが恥ずべきやり方で占拠しているのです。ルッルスはこの土地を守り、この土地を保護し、この土地を私有地に変えるのです。つまり、ルッルスは、スッラが誰にも与えずにおいた土地を皆さんに分配するのではなく、現在占拠している人たちにプレゼントするつもりなのです。では、皆さんにお聞きしたい。一方で皆さんの土地がそこに居座る人たちにこの法律によってプレゼントされようとしているというのに、我らの父祖たちがイタリア本土とシシリアとアフリカと両ヒスパニアとマケドニアと小アジアで皆さんのために遺した土地が売却されるのを、皆さんはどうして認められるでしょうか。

[13] 今や皆さんはこの法案の全てが少数者の支配のために書かれたものであり、スッラの分割のやり方にぴったり合わせたものであることをご理解いただけたでしょう。確かに、この人の義理のお父さんはとても立派な人です。しかし、私が問題にしているのは義理の父親の優秀さではなく、その娘婿が恥知らずなことなのです。

IV.
第四章 彼のお父さんは今持っているものを持ち続けたいと思い、自分がスッラ派の人間であることを隠しません。ところが、息子の方は自分が持っていない物を手に入れるために、疑わしい土地を皆さんの力を使って承認して、さらに、彼はスッラ本人よりも多くを求めているのに、彼の法案に反対する私をスッラ派を擁護していると非難するのです。

[14] 彼は言います。「私の義父は田舎に荒れ果てた土地をいささか持っている。彼は私の法律でその土地を自分の好きな値段で売れるようになる。彼には不確かな権利しかない土地や何の権利もなく居座っている土地がある。それが所有を認められて最高の権利を獲得することになる。彼の土地は公有地だが、私が私有地にするつもりだ。

「最後に、彼はカシヌムに極めて肥沃で良好な土地を持っている。隣接地を次々に没収して多くの農地を一つにまとめたので見渡す限り彼の農地だ。いま彼はそれを心配しながら持っているが、安心して持てるようになるだろう」と。

[15] 私は彼が何のため誰のためにこの法案を発表したのかを明らかにしました。だから、今度は私がどの地主を守るためにこの法案に反対しているかを彼に明らかにしてもらいましょう。君はスカンティアの森を売却すると言う。しかし、それはローマのものだ。だから、私は反対する。君はカンパニアの土地を分割すると言う。しかし、それはローマ市民の皆さんのものだ。だから、私は反対する。

次に、イタリア本土とシシリアなど属州の地所がこの法案によって売りに出されて持主が追い出されることを私は知っている。しかし、これは皆さんの農地であり、皆さんの土地だから、私は反対して抵抗する。誰かがローマ人を彼の地所から追い出すことは、私が執政官でいるかぎり許さない。特に、ローマ市民の皆さんの利益が何も図られていない場合には。

[16] 次の点について、皆さんはもうこれ以上勘違いをしてはいけません。いったい皆さんのなかに暴力や犯罪や殺人に手慣れた人が誰かいるでしょうか。そんな人はいないでしょう。ところが、いいですか、カンパニアの土地もあの素晴らしいカプアもこうした悪事に手慣れた人間のために取りのけてあるのです。そして、皆さんと皆さんの自由に敵対し、グナエウス・ポンペイウスに敵対する軍隊が作られるのです。

ローマに敵対するためにカプアが、皆さんに敵対するために乱暴者の一隊が、グナエウス・ポンペイウスに敵対するため十人の指導者が用意されるのです。彼らは皆さんの要求によって私を皆さんの民会に呼び出したのですから、今度は彼らが出てきて私とさしで討論すべきなのです。


Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2016.11.01.―2017.4.01
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