キケロ『カエリウス弁護』


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キケロ『カエリウス弁護』(前56年)

 ローマの詩人カトゥルスの詩に出てくるレスビアのモデルになった女性が美男の男にふられた腹いせに男に毒殺されかけたと訴えた裁判で弁護に立ったキケロが被告カエリウスを救う。

 
第一章
 陪審員の皆さん、もし皆さんの中で、法律のことも裁判のことも我々の慣例のこともよくご存じない方がおられましたら、今日は祭日でお祭りの最中で役所は全部お休みだというのに、この裁判だけが行われているのを見て、いったいどんな凶悪事件の裁判なのかと、きっと驚いておられることでしょう。そして、きっと放置していると国家の存立が危うくなるような重罪人が告発されていると思うことでしょう。武装して元老院を占拠したり、政治家を襲撃したり、国家に反逆して治安を乱す凶悪犯については、いつでも審理すべしと命ずる法律があるとお聞きになれば、そんな法律はおかしいと思うのではなく、この裁判でどんな犯罪が裁かれるのかを聞きたいと思うことでしょう。

 そして、この裁判では何の犯罪も何の悪質な行為も何の暴力も裁かれることなく、訴えられているのは有能で勤勉で人々に好かれている一人の若者(=カエリウス)で、しかも彼を告訴したのは彼が一度法廷に召喚してまた召喚しようとしている人間の息子で、おまけに裁判費用は娼婦が出していると聞いたら、告発者(=アトラティヌス)の親孝行をとがめようとはせずとも、女の気まぐれには困ったものだ、公の休日にのんびりさせてもらえないとは陪審員団は何とご苦労なな事だと思うことでしょう。1

 陪審員の皆さん、もしあなた達がよく注意してこの事件の全貌をつかむ気持ちになれば、自分の意志で行動する人なら、こんな告発などしなかったはずだと思われることでしょうし、とんでもない気まぐれとひどい憎しみを抱いている誰かの思い込みがあるだけで、何の見込みもなしにこんなことをしたと思われることでしょう。しかし、私はアトラティヌス君のことはよく知っていますし、彼は好青年で実にいい人間なのですから大目に見てやりましょう。若さのためか親のためかあるいは無理強いされてやっているという事情がありますから。彼がもし自分の意志で告発するつもりだったのなら、親孝行な青年だと思いますし、人に無理強いされてのことなら、仕方がないと思いますし、何かを期待してのことだったら、その子供っぽさを許しもしましょう。しかし、ほかの連中のことは大目に見ることは出来ません。彼らとは厳しく争わねばなりません。2


第二章
 陪審員の皆さん、マルクス・カエリウス君というこの若者を私が弁護するにあたっては、何よりも告発者たちがこの青年の評判を損ない、名誉を傷つけようとして言ったことに答えることから始めるべきでしょう。彼の父親は冴えない人物で息子からも大切にされていないと色々悪口が言われています。しかし父マルクス・カエリウス氏が立派な人物であることは、私が弁護するまでもなく、また本人が何かを言うまでもなく、彼の知人やご老人たちには明らかなことです。

 しかし、彼は高齢のために今では政治の世界から遠ざかっておられるので、彼のことをよく知らない人もおられるでしょうから申しますと、彼がローマの騎士階級の人間に相応しい敬意、しかも最高の敬意が、彼の友人たちだけでなく何かで彼を知っている人たちから、常にマルクス・カエリウス氏に払われてきたし今も払われていると考えてください。3

 告発者たちはローマの騎士の息子であることを罪なことだと言っていますが、そんなことは陪審団にとっても我々弁護団にとってもあり得ないことです。彼を親不孝者だと言っていましたが、我々はそうは思いません。しかし、結局それはご両親が判断することなのです。我々の考えは証人たちが言ってくれるでしょう。ご両親の考えは、ご老母の涙と信じがたいほどの悲嘆ぶりと、ご覧のようなお父上のこの喪服姿とこの悲しみ様から明らかです。4

 生まれ育った町の人たちの間でこの青年の評判がよくないという非難に対しては、いま町を離れているマルクス・カエリウス君ほど町の人たちから尊敬されている人はあの町には一人もいないということを言えばよいでしょう。彼らは町を離れているこの青年を最高評議委員に選んでいます。彼が求めもしないそんな地位を、彼らは多くの志願者を断ってまで、町に居ない彼に与えたのです。今またその人たちが彼の人柄をたたえる極めて心のこもった素晴らしい推薦演説をするために使節団を派遣して、元老院階級の選り抜きの人たちとローマの騎士階級の人たちを共にこの法廷に送り込んでいます。

 いまではこの方たちの証言を利用できるのですから、私はすでにこの弁護にとってこれ以上ない堅固な防壁を得たと思っています。実際、もしこの青年がこれ程の父親に疎まれ、これほど立派な町の人たちに嫌われているなら、彼はあなた達に充分好感を持たれる可能性は無かったでしょうから。5

 
第三章
 私事になりますが、私もこのような人たちの推薦から人々の評価を得るようになったのです。私の法廷の仕事と私の生き方が少しは人に知られるようになったのも、私の仲間が後押しして支えてくれたおかげなのです。

 マルクス・カエリウス君の品行に関して、告発者たちが罪状ではなく悪口を言って広めていることは、この青年にとっては痛くも痒くもないことばかりで、自分がハンサムに生まれたことを後悔させるようなことは何もありません。このような悪口がばらまかれることは、上品な顔立ちをした若者には誰にもあることです。

 しかし、悪口を言いふらすのと告発するのとは別問題です。告発するには犯罪がなければなりません。事件を特定しなくてはなりません。犯人を特定しなければなりません。証拠と証人によって証明しなければなりません。一方、悪口の目的は人に汚名を着せる以外にはありません。それは厚かましくやれば誹謗中傷と呼ばれるし、上品にやれば機知と呼ばれるだけのものです。6

 この告発という役割がアトラティヌス青年にわざわざ与えられたことに私は驚くとともに非常に残念なことだと思っています。それは彼に相応しいことではないし、この年頃の若者に似つかわしいことでもありません。みなさんも気づいておられるように、このような裁判の場に立つことは、この育ちのいい青年の羞恥心には耐えられないことだったからです。

 人の悪口を言うこんな役割は、君たちのようなもっと図太い精神の持ち主の誰かが引き受けるべきだったのだ。それなら私ももっと大胆に力強くもっと私流のやり方で、この悪口に対して言い返すところだ。しかし、アトラティヌス君、私は君とは穏やかにやるつもりです。なぜなら、品のいい君の前では私も言葉を慎まざるをえないし、君や君の親御さんとのいい関係を壊したくないからです。7

 しかし、私は君に忠告しておく。第一に君の本当の姿を皆さんに知ってほしければ、行動だけでなく言葉使いも慎み深くしなければいけない。それから、嘘でも自分が同じことを言われたら赤面するようなことを人に向かって言わないことだ。

 そんなことをする人は一杯いる。君のような上品な若者に向かって好き放題に、何の疑惑もなくてももっともらしい悪口を言いふらす人は一杯いるのだ。もっとも、君がこんな役割を担当することになったのは、君に訴訟を起こさせた人たちが悪いのである。だが、君が見たところ不本意な様子だったのは君の羞恥心のおかげだし、君が巧みに洗練された言葉でしゃべったのは君の才能のなせる技だと言っていい。8

 
第四章 
 だが、君が話したことについて全部ここで簡単に反論しておきましょう。若い頃は誰でも君の言うような疑いをまねく行動をするものですが、カエリウス君の場合には、本人の慎み深さと彼の父親の熱心な教育のおかげで、そんなことは全くありませんでした。

 ここで私の果たした役割についてくどくど言うつもりはありません。それはあなた達の判断にお任せします。ただ言えることは、父親が彼を16才で成人させた時に、すぐに私のところに預けたので、若い頃の彼の姿は父親か私の所以外では、生真面目なマルクス・クラッススの屋敷で教養科目にうちいこんでいるところ以外では、誰の目にも止まることはなかったということです。9

 カエリウス君がカティリナと親交があったと言われていることについては、彼はそんな疑惑を受けるいわれは全くないと言っていいでしょう。彼の青春時代にカティリナが私と執政官職を争ったことは皆さんもご存知のとおりです。

 カエリウス君がもし彼に近づいたり、私から離れたりしたのなら(もっとも多くの善良な青年たちがあの邪悪な男に熱を上げていたのは確かですが)、カエリウス君はカティリナとかなりの親交があったと見られても仕方がないしょう。

 「後に彼がカティリナの仲間の一人だったことを我々はこの目で見て知っている。」と言う人がいるかもしません。それは私も否定しません。しかし、私がここで言っているのは、まだ心が脆弱で他人の気まぐれに引きずられやすい年頃のことです。

 私が法務官の時(=前66年)には彼は私のところで熱心に勉強していましたし、まだカティリナのことは知らなかったのです。カティリナは属州総督としてアフリカを統治していたのです。次の年、カティリナは金銭返還訴訟で訴えられました。その頃、カエリウス君はまだ私の元にいました。

 彼はその裁判にカティリナの弁護人として出廷したことなどないのです。それから一年して私が執政官の選挙に立候補した時(=前64年)、カティリナは私と争いました。だからその時もまだ彼はカティリナには近づいていませんし、私の元から離れてはいなかったのです。10

 
第五章
 つまり、カエリウス君はその数年間をどんな疑惑も悪評も受けることなく法廷の仕事に携わったのちに、カティリナの二度目の選挙を支援したのです(=前63年)。そんな若者をいつまで保護管理しなければいけなかったとお考えでしょうか。

 かつて私たちの若い頃には一年間服の袖から腕を出さずに過ごすというきまり事がありまた。またシャツ姿でマルス広場の訓練に出ましたし、兵役が始まっても陣地と軍事作戦で同じ決まりがありました。

 その年頃の若者は、禁欲的に暮らす努力に加えて家の躾と生まれつきの良い性格で自分自身を守ることができないと、身内にどんなに保護管理されていても何らかの悪評は免れないものでした。しかし、その時代を何の汚れなく真っ当に過ごしたのに、成長して一人前の大人の仲間入りをしてから、その人の評判や品行をとやかく問題にする人はいませんでした。11

 確かに、カエリウス君は何年か法廷に出たあとで、カティリナを支援しました。しかし、あらゆる階級のあらゆる年代の多くの人が同じことをしたのです。カティリナは皆さんもご記憶のように実に立派な人間だという曖昧な雰囲気に包まれていた人だったからです。

 しかし、彼はいかがわしい人間と沢山付き合っていました。その一方で彼は立派な人たちに心酔している振りをしていました。人を堕落させる要素が彼には沢山ありました。熱意や努力を求める人には彼は刺激となっていました。彼の中には悪徳の炎が燃えていたのですが、その一方で、軍事に対する熱意にもあふれていたからです。彼はまったく正反対で互いに矛盾する熱意と欲望のごたまぜだったのです。私はあんな化物が本当にこの世に存在していたとは思えないほどなのです。12

 
第六章
 当時カティリナほど高貴な人たちに気に入られた男がいたでしょうか。当時カティリナほど物騒な人たちと親密な男がいたでしょうか。当時彼ほど良識派でありながら彼ほど卑劣な国民の敵がいたでしょうか。彼ほど堕落した生活を送りながら、彼ほど忍耐強い男がいたでしょうか。彼ほど貪欲で、彼ほど際限なく気前のいい男がいたでしょうか。

 陪審員の皆さん、彼には不思議な才能があったのです。大くの人間を友情で虜にして、従順さで彼らをつなぎとめ、自分の持っているものを全員と分かち合い、友人の危機には金とコネと労力と、必要があれば犯罪をおかしてまで大胆に奉仕し、時に応じて自分の生き方をあちらへこちらへと変えることのできる人、悲しんでいる人とは真面目に、くつろいだ人とは楽しく、老人にはかしこまって、若者には愛想よく、邪悪な者には大胆に、欲深い者には気前よく振る舞える人だったのです。13

 彼はこのような変幻自在の性格を駆使して、あらゆる所から邪悪さと大胆さを併せ持つ者たちを自分の周りに寄せ集めるその一方で、見せかけの高潔さによって多くの立派な良識ある人達に取り入ったのです。もしかくも恐るべき悪事の才能が、驚くべき柔軟性と忍耐強さに結びついていなければ、この国を破壊しようとする邪悪な衝動がこの男に生まれることはなかったでしょう。

 以上のような次第ですので、陪審員の皆さん、この件は却下されねばなりません。カティリナとの親交を罪に問うべきではないのです。そんなことをすれば多くの善人たちが巻き添えを食うことになってしまいます。この私さえも彼に騙されかけたのです。当時の彼は良き市民、良識派を支援する、信頼のできる良き友人であるように見えました。私もこの目で見るまでは彼の悪事に気付かなったし、この手で証拠をつかむまでは彼の犯罪に気付かなかったのです。もしカエリウス君が彼の多くの友人の一人だったとしたら、カエリウス君は、私がこの男に対する自分の間違いを時々後悔するように、後悔すればいのであって、あなた達はカティリナとの親交を罪に問うことで彼を脅かしてはなりません。14

 
第七章
 君たちの告発は彼の品行に対する中傷から、陰謀(=前63年)に対する憎しみへ移った。君たちは彼がカティリナと親交を理由に彼を陰謀の仲間だったと言い出したのだ。しかしそれは実に中途半端でおざなりなものだった。カティリナとの親交だけでは罪に問えなかっただけでなく、あの雄弁な若者の言うことも辻褄が合っていなかった。どうしてカエリウス君がそんなにやけになっていたと言えるのでしょうか。彼は生活上、あるいはキャリア的に、あるいは金銭的に当時大きな痛手を負っていたのでしょうか。

 事件の疑惑が広まった時にどこでカエリウス君の名前が聞かれたでしょうか。何の疑いもないことについて私は多くを語りすぎています。しかし、私はこれだけは言えます。もしカエリウス君があの陰謀の仲間どころではなく、むしろあの犯罪を心から憎んでいたことは、彼があの陰謀の告発(=前59年のアントニウス・ヒュブリダの告発)を自分の出世の足がかりとしたことから明らかなのです。15

 しかし、話がここまで来たからには、彼らの言う選挙違反と買収についても簡単に触れておきましょう。カエリウス君は、もし自分が際限のない買収で身を汚していたのなら、同じ買収の罪で他人を告訴するほど、そんな馬鹿ではありません。自分自身はやりたい放題するつもりでいながら、その同じ行為で人の嫌疑を追求するはずがないし、また、もし彼が一度でも買収で訴えられる危険があると思ったならも、買収の罪で他人を二度も告訴したりするはずがないのです。彼が私の意に反してそんな告発をしたのは賢明ではありませんでしたが、その野心たるやたいしたもので、私には彼が無実の人を攻撃しているとは思えても、自分自身について危惧を抱いていたとは思えないのです。16

 彼の借金と浪費について言われている事と、その件で帳簿の提出が求められている事については、私が答えることはほとんどありません。彼はまだ父親の管理下にあるので、彼はまったく帳簿は付けておりません。そもそも彼は借金などしていないのです。彼は贅沢な所に住んでいて家賃を30万も払っているとおっしゃいましたが、最近聞いたところでは、クローディウス氏のアパートが空いていて、彼はそこの小さな部屋に10万で住んでいるということです。君たちはクローディウス氏に取り入りたくて、彼の都合に合わせて出鱈目を言っているのです。17

 彼が親元から出たことを君たちは非難していますが、それは彼の年頃では非難するに当たりません。私には残念でしたが彼は訴訟で名誉ある勝利を得たし、年齢的にも公職を狙えるようになったので、父親が許しただけでなく父親の勧めにしたがって彼は家を出たのです。彼の実家は法廷からは遠かったのです。そこで、私の家に容易に来るためと、友人の助けを得るために、彼はパラティノの丘に小さな家を借りたのです。

 
第八章
 ここで、先ほど高名なマルクス・クラッスス氏がエジプトからプトレマイオス王が来たことを嘆いた時に述べた言葉を私も繰り返しましょう。

 「ペリオスの森であの木が切り倒されなかったら」

この後を私が続けるとすればこうなります。

 「女主人は間違いを犯さなかったのに」

そして、

 「ひどい恋に傷つけられて、心の病んだメデアは」

私達にこんな面倒を起こさなかったでしょう。

 陪審員の皆さんは、パラティヌスの丘にこのメデアがいて、そこへこの若者が引越したことから、この若者の不幸とこの若者に関する噂話が起こったということは、じきにお分かりになるでしょう。それについては、話がそこまで行ったときに明らかにします。18

 したがって、原告たちが告訴の補強としてこの他にもあれこれと言い立てていることについては、陪審員の皆さん、あなた達の良識を信頼している私にはまったく心配の種ではありません。例えば、元老院議員の証人が出てきて神祇官の選挙の時にカエリウス君に殴られたと証言すると言っています。もしその人が出廷したら私はまず「あなたは何故すぐに訴えなかったのですか」と。それから「訴えるほどではないが苦情は申し立てはしいたいとおっしゃるなら、なぜ自分の意志からではなくこの人達に頼まれて法廷に出たのですか」、「なぜすぐではなくこんなに時間が経ってから申し立てをする気になったのですか」と聞いてみたいのです。

 この質問に彼がはっきりと明確に答えたくれたら、次に私が聞きたいのは、「あなたは誰に頼まれて法廷に出てきたのですか」ということです。もしご自分の意志だけで出てきたとおっしゃるなら、私は例によって大いに驚くでしょう。逆に、もし彼がこの告訴の大元にあたる人のお先棒担ぎでしかないことが分かったら、この人達の訴えにはこれだけ多くの支援者がいるのに、その中で彼らのために一肌脱ごうという元老はたった一人だとわかって私はほっとするでしょう。19

 またもう一つの夜の出来事に関する証人たちについても私は心配していません。自分の女房がパーティーから帰るときにカエリウス君に乱暴されたと言う人たちの証言があるそうですが、こんなことを誓約して証言する勇気のある人はさぞかし生真面目な人でしょう。そんな被害について一度も会って示談にしようとしなかったことを認めなければならないからです。

 
第九章
 ですから、陪審員の皆さんも、あちら側の攻撃はこの手のものばかりだということに、そろそろお気づきでしょう。だから彼らがいろいろ言ってきても、相手にしてはいけません。なぜなら、裁判を使ってカエリウス君を攻撃している人は、彼を告訴した人達とは別にいるからです。彼に対して公然と武器を投げつける人のほかに、こっそり武器を供給している人がいるのです。20

 私がこんなことを言うのは、告発者に汚名を着せるためではありません。この裁判は彼らの名誉に関わるものなのです。彼らは自分の義務を果たしているのであり、自分の身内を守っているのであり、勇気のある人間なら必ずすることをしているだけなのです。彼らは傷ついて悲しんで、腹が立って怒って、挑発されて戦っているのです。

 しかし、陪審員の皆さん、この勇気ある人たちがカエリウス君を攻撃する正当な理由があるとしても、だからといって、あなた達もまた自分の良心ではなく彼らの怒りによって判断するのが正しいと思うとすれば、それは賢明なあなた達のすべきことではありません。

 ご覧ください、この広場には何と多くの人達がたむろしているかを。あらゆる階級の様々な人たちが様々な思いをもって集まっています。彼らの中には何らかの見返りを期待して、口先の巧みな有力者たちのお役に立とう、汗をかこうと証言を申し出る人たち、証言を約束する人たちがいくらいると思われますか。21

 もしこの中からこの裁判に飛び入りで加わってくる人がいるとしても、陪審員の皆さん、賢明なあなた達は彼らの欲望を排除しなければなりません。この裁判であなた達に委ねられているのは、被告の身の安全とあなた達の良心だけでないのです。有力者の危うい試みから市民全体の生活を守るという使命があなた達には委ねられているのです。

 そこで、私としてはあなた達を証人尋問でわずらわすつもりはありません。裁判の事実はけっして変えることが出来ないものです。私はそれを証人たちの胸先三寸に任せるつもりはありません。証人の言うことなどどうとでも簡単に作り変えてしまえるからです。私は証拠によって議論をすすめてまいります。明白な証拠によって白日のもとにこの告発を論破してまいります。事実には事実を、根拠には根拠を、論証には論証を戦わせてまいります。22

 
第十章
 この訴訟のうちでネアポリスの騒動とプテオリでアレクサンドリアの使節が襲撃された事件とパッラ夫人の財産問題については、マルクス・クラッスス氏が説得力あふれる見事な弁論を行って下さいました。ディオ氏殺害事件(=前57年)も彼にやってほしかったくらいです。

 この事件については君たちは何を期待しているのでしょう。主犯は大胆に自供しているからです。もちろんそれはプトレマイオス王です。一方、実行犯と言われているプブリウス・アシキウス氏は無罪放免されました。

 これは主犯が自白したのに、自白を拒否した実行犯が無罪になった事件なのです。それなのに、犯行どころか共謀の疑いもまったくないカエリウス君がそんな事件の容疑を受けなければならないのでしょうか。アシキウス氏が批判を受けて傷つくどころか裁判によって救われたというのに、犯罪の疑惑どころか噂すらないカエリウス君にとって君たちの中傷はどんな打撃となるでしょうか。23

 アシキウス氏が無罪放免になったのは原告と被告の慣れ合い裁判だったからだと言う人がいるかもしれません。その裁判を弁護したのは私ですから、その点に答えるのはやさしいことです。しかし、カエリウス君はアシキウス氏の裁判は立派な裁判だったと考えています。いずれにせよ、カエリウス君はアシキウス氏の裁判と自分の裁判は 無関係だと考えています。

 カエリウス君だけでなくティトゥス・コポニウス君とガイウス・コポニウス君もそう考えています。彼らは人間的にも知的にもすぐれた若者たちで、勉学に励んで優れた教養を身につけています。二人はディオン氏(※)の死を誰よりも悲しんでいる人達です。なぜなら二人はディオン氏の学問への情熱と人間性にひかれていただけでなく、彼とは友情で結ばれていたからです。あなた達も聞いているように、当時ディオン氏はティトゥス君の家に宿泊していました。ディオン氏とはアレクサンドリアで知り合ったのです。ティトゥス君と彼の高名な弟がカエリウス君についてどう評価しているかは二人が出廷すれば本人たちから聞いて頂けます。24

※アカデミア派の哲学者アレクサンドリアのディオン。

 こうした話はこれで充分ですので、いよいよこの訴訟の核心となっていることに向かいましょう。


第十一章
 陪審員の皆さん、あなた達が私の友人のルキウス・.ヘレンニウス氏(=補助告訴人)の発言に注意深く耳を傾けていたことに私は気づきました。皆さんは多くの点で彼の弁論の才能に引きつけられていたようですが、それでも告訴のために巧妙に構成されたこの演説があなた方の心にいつのまにか少しずつ影響を与えているのではないかと私は心配になりました。

 彼は若者の贅沢と放縦と不品行と道徳について延々と語りました。そして、日頃はやさしさと人間らしい魅力でみんなに愛されて、いつも愉快に暮らしているこの人が、この裁判では非常に厳格な口やかまし屋、監察官、説教師となったのです。そして、息子を叱るどんな父親よりも厳しい言葉でカエリウス君を叱りつけたのです。そしてまた不節制と自堕落について延々と論じたのです。私もこれほど厳しくて辛辣な演説に恐怖さえ感じましたから、陪審員の皆さん、あなた達が注意深く聞いていたのは仕方のないことでしょう。25

 最初の部分はそれほど驚くべきものではありません。それはカエリウス君が私の友人ベスティア氏(=告発者アトラティヌス青年の父、カエリウスが二度告発した相手)とかつては親しくしていて、彼の家によく訪れて食事をしたり彼の法務官選挙を応援していたという話です。これには私は驚きません。はっきり言って嘘だからです。というのも、この二人といっしょに食事をしたという人たちは出廷していなし、どうせ口裏合わせをしたに決まっています。

 カエリウス君がヘレンニウス氏といっしょにルペルカリア祭の狼男の一人だったと言ったことも驚きません。元々この狼男の集団は文明社会が生まれる前にできた野蛮な集団ですが、彼らがメンバーを互いに告発するとか、この祭司団の存在を誇示するかのように告発文の中で狼男団のことに言及したりするほど、彼らは今もそんなに粗野で野蛮な集団だとは私は知りませんでした。26

 しかし、これについてはもういいでしょう。それより私が心配になったことに対して答えましょう。ヘレンニウス氏の贅沢批判は延々と続きましたが、穏やかにさとす調子で、聞きづらいものではなかったので、私も注意して聞かせてもらいました。私のお友達のプブリウス・クローディウス氏(=補助告訴人)は声が大きく力強くて、身振りも強烈で、全てを重々しい言葉で興奮しながら議論する人なので、その雄弁さは私も認めますが、彼の演説を聞いても私は心配することはなかったのです。というのは、私は彼が次々と裁判を起こしては敗訴しているのを知っているからです。

 ですから、ヘレンニウスさん、あなたの演説に先に答えさせて頂きます。ディナーパーティも断らず、ガーデンパーティーにもよく出かけ、香水をつけて、バイアエ(=後にハドリアヌスの別荘が作られたナポリ近郊、海辺の保養地)のことも知っているような青年のことを弁護することがお許し頂けるならですが。27

 
第十二章
 実を言うと、私はこの国には、この種の生活を言わば舌先で少し味わったり指先で触れるだけでなく、青春時代の全てを快楽に捧げた人達が、いつのまにかのし上がって、まっとうな生活に戻って重要人物として名をなした例がいくらもあるのを知っています。

 若者がある程度の遊びに興ずることはみんなが認めていることですし、青春時代には誰にも生まれつき豊かな欲望が与えられています。この欲望の充足がもし誰の人生も傷つけず誰の家庭も壊さないようなものなら、それは許される範囲のものだというのが一般的な考え方です。28

 ところが、あなたは世間の一般的な若者の悪い噂を使って、カエリウス君に対する反感を掻き立てようとしているように思われました。あなたの話に対して誰もが沈黙で答えた理由は、私達は一人の被告を前にしているのに、多くの若者にありがちな過ちについて考えさせられていたからです。

 贅沢を批判するのはやさしいことです。このテーマで私に自分の考えを述べさせたら、とても一日では足りないでしょう。堕落や不倫や放蕩や贅沢についての話は長くなるものです。ここに被告がいなくて、世の中の腐敗についての話をするつもりなら、誰でも延々と厳しい批評を繰り広げることができるでしょう。

 しかし、陪審員の皆さん、賢明なあなた達の目が被告から逸らされることがあってはなりません。原告はあなた達の厳格さの矛先を一般的な話題と腐敗と道徳と世情に対して掻き立てようとしていますが、あなた達はその厳しさで被告という一人の人間を攻撃してはなりません。いま被告は自分の悪事によってではなく他人の悪事によって不当な弾劾を受けているのです。29

 したがって、私はあなたの厳しいご指摘に対しては敢えてお答えはいたしません。若者たちにもっと寛容になっていただきたいとお願いすることも出来ましたが、それもいたしません。若気の至りに逃げ場を求めることも、万人に許された権利を主張することもやめておきます。

 私の願いはただ一つだけです。それは、この時代の若者たちの借金や不道徳や性の乱れに対して大きな批判があるのは確かですが、この被告を他人の非行や時代の乱れた風潮を理由に批判しないでもらいたいということです。もちろん、かく言う私もこの被告に向けられた容疑について丁寧にお答えすることを拒むものではありません。

 
第十三章

 彼に向けられた容疑は二つあります。それはお金に関するものと毒薬に関するものです。そしてこの二つの容疑にはある一人の女性が関わっています。つまり被告は一方ではクローディアさんからお金を借りたとされ、他方では毒薬を手に入れてクローディアさんに飲ませようとしたと言われているのです。

 これ以外のことは犯罪に関わりのない中傷でしかありません。それは公開の場で尋問されることではなく、恥知らずな人たちが口喧嘩で言うようなことなのです。「間男、スケベ、変態、ポン引き野郎」というのは悪口であって告発ではありません。どれも二つの容疑の根拠でも土台でもないのです。こんな侮辱的な言葉はしゃくに障った告発者が何の根拠もなく出鱈目に言っているにすぎません。30

 この二つの容疑を言い出した人を私は知っています。その人こそこの裁判の黒幕であすが、私はその人の名前を知っています。告発では「彼は金が必要になってクローディアさんから借りた。それは誰も見ていないところで行った。それを彼は返す必要がなかった」と言われています。私はこの事件にはかなり親密な人間が関わっているという最大の証拠がここにあると思います。

 さらに「彼は彼女を殺したいと思った。毒薬を手に入れた。人を誘った。策略を練った。場所を決めた。毒薬を持ち込んだ」と言われています。ここからひどい仲違いからくる大きな憎しみがあったことが分かります。

 陪審員の皆さん、この訴訟の全ての事件にはクローディアさんが関わっているのです。家柄はいいが悪名高い女性です。しかし、彼女について私は犯罪の嫌疑を晴らすため以外には何も言うつもりはありません。31

 グナイエス・ドミティウス(=裁判を主催する法務官)様、あなたの卓越した知性なら、この事件が彼女一人に関係していることはご理解いただけるでしょう。もし彼女がお金をカエリウス君に貸したと言わなかったなら、もし彼女がカエリウス君に毒薬はもられたと言わなかったら、我々がこの女主人に対して既婚女性の貞節を汚すような呼び方をするのは失礼なことでしょう。

 しかし、相手側は彼女抜きではカエリウス君に容疑もかけるどんな根拠もなくしてしまうとすれば、そのやっかいな人間を撃退するのが我々弁護人の仕事です。もし彼女の夫が、いや弟だった。私はいつも言い間違えます。その彼女の弟が私の政敵であることが障害にならなかったら、私はまったく彼女を容赦しないでしょう。

 しかし、今回は控えめに訴訟に必要な範囲で議論を進めてまいります。なぜなら、私は女性を敵に回すことなど思ったこともないからです。特に彼女は誰かの敵であるどころか全男性の恋人であると思われている人ですから。32

第十四章
 だが、私は彼女にまず問いたい。彼女は私に昔かたぎに厳しく扱われたいのか、それとも都会風に穏やかに扱われたいのかどちらなのか。もし厳しく扱われたいのなら、彼女が私にひどく腹を立てないように、私は冥界からある人物を呼び出さないといけない。

 それは彼女が好きな現代風のうぶ毛の優男ではなく、昔の彫像や銅像で見たもじゃもじゃヒゲをはやした老人だ。彼は私の代わり演説をして彼女を厳しく批判してくれるだろう。それも、彼女の一族からあの盲目のアッピウス・クラウディウスに特に出てもらうのだ。なぜなら、彼女の姿が見えなければひどく悲しむこともないからである。33

 もし彼が現れたら、きっとこう言うだろう。「夫人よ、お前はカエリウスとどんな関係なのだ。こんな自分の夫でもない若い青年とどんな関係なのだ。どうしてお前はお金を融通するほどこの男と親密なのだ。どうしてお前は毒薬を恐れるほどこの男に嫌われることになったのだ。

 「お前は自分の父親も、父方のおじも、祖父も、曽祖父も、高祖父も、高祖父の父も執政官だったことを聞いたことがないのか。お前は自分があの高名な男、傑出した愛国者で一旦家の敷居をまたいだら、美徳と名誉と権威でどの市民よりも優れた男、クイントゥス・メテッルスと結婚していたことさえ忘れたのか。

 「素晴らしい一族から出て有名な家族の嫁となったのに、どうしてカエリウスがお前とそんなに親密になったのか。彼は親戚なのか夫の友人なのか。いいや、どちらでもない。それなら、軽はずみな情欲以外に何があったというのか。

 「もし我々男たち歴代の肖像がお前に何の影響を与えなかったとしても、私の孫娘のクインティア・クラウディアは、わが家に栄光をもたらした女性の鏡だが、お前は彼女のようになりたいとは思わなかったのか。ヴェスタの巫女だったクラウディア、凱旋式を行う自分の父を抱きしめて、敵の護民官によって戦車から引きずり落とされるのを許さなかったあの女性をお前は自分の手本にしようとは思わなかったのか。

 「どうしてお前は私の代から男女に受け継がれてきた美徳、父や祖父の美徳の影響は受けずに、兄(=クローディウス)の悪徳を手本にしているのか。私がピュロス王との和平の契約をつぶしたのは、お前が汚らわしい情事の契約を結ぶためだったのか。私が水道を引いたのは、お前がおのれの汚れを洗い流すためだったのか。私が街道を作ったのは、お前がよその男に付き添われて逢引きをするためだったのか。」34
 
第十五章
 しかし、陪審員の皆さん、私はどうしてこんな厳しい人を紹介したのでしょう。ひょっとすると、アッピウス氏は急に向きを変えてあの厳しさでカエリウス君の非難を始めるかもしれません。しかし、陪審員の皆さん、それは後回しにしましょう。その時には、私はどんな厳しい裁判官に対してもカエリウス君の生活を保証する自信があります。

 それより、夫人、今は誰でもなく私が自分の言葉で話しているのですが、あなたの言動、あなたの告発、あなたの主張、あなたの言い分を信じて欲しければ、これほどの親密な交際についてあなたは説明する必要があります。告発人たちは、乱痴気騒ぎとか恋愛沙汰とか浮気だとか、バイアエとか海辺の保養地とかパーティーとか祭りとか歌合戦とか船上パーティーだとか、これ見よがしに言っていますが、しかも彼らはこれの話は全部あなたの意向に沿ったものだと言っているのです。

 あなたが公開の裁判でこんな話をさせたのはどんな馬鹿げた考えからか知りませんが、あなたがこうした話は実は全部嘘だと否定しない限り、あなたの告発もあなたの証言も何も信じてもらわなくてもいいと、ご自分で言っているようなものなのです。35

 しかし、あなたが私にもっと穏やかにやってほしいとお望みなら、こうしましょう。あの頑固で武骨な老人には退場して頂いて、あなたの身内の中から一番下の一番やさしい弟さんに出て来ていただきましょう。誰よりもあなたを愛する臆病者の彼は、暗闇が恐いと言って子供の頃はいつも姉と一緒に寝ていた人です。彼があなたに次のように言うのを想像してみて下さい。あなたの弟は、「姉さん、何を必死になって大騒ぎしているのですか。

 どうしてあなたは大きな声を出して詰まらないことで大騒ぎしているのですか。

 「あなたは近所に住んでいる若者を見かけました。色白で背が高くてハンサムな顔つきに、あなたは一目惚れします。そして彼に何度も会いたいと思い、いっしょに遊園地に何度か出かけました。良家の生まれのあなたは、倹約家で堅苦しい父親のいる息子を金の力で縛りたいと思ったけれど出来ません。相手はあなたを足蹴にして断ります。あなたの贈り物では足りなかったのでしょう。もうあなたはほかへ行けばいいのです。あなたはティベルス川の近くの遊園地を手に入れて丁寧に整備させました。そこへ若者たちが泳ぎにやって来ています。今では彼らの間から恋人を選ぶことが出来るのです。どうしてあなたは自分を拒否するこんな男のことで悩むのですか。」と言うでしょう。36

 
第十六章
 カエリウス君、君のことに話を戻そう。今度は君の番だ。私が父親の権威と厳しさを引き受けよう。しかし、どんな父親役をすればいいか迷っています。カエキリウスの喜劇に出てくるような厳格な父がいいでしょうか。

   いま私の心は怒りに燃えている、私の心は怒りでいっぱいだ。

それともこうしましょうか。

   馬鹿だなあ、情けないやつだ。

鉄のように厳格な父親たち、

   絶望だ。どうしてくれるんだ。もう何をやっても、
   お前が馬鹿なことをしてくれたのでわしの願いは無駄になった。

耐え難い父親たちですが、そんな父親ならこう言うでしょう。「どうしてそんなに娼婦の近所に引っ越したのか。どうしてお前は相手の誘惑を分かっていて避けなかったのか」

    どうして人の女に手を出した。散財するのはお前の自由。
    お前が金をなくしても、困るのはお前であって俺じゃない。
    俺には老後を楽しく過ごせるだけのものは残してある。37

 この厳しく叱責する老人にカエリウス君はこう答えるでしょう。「僕はどんなに金が欲しくても道を外すようなことはしていません。どんな証拠があるのでしょうか。浪費はしないし、贅沢はしていないし、借金もありません。」と。それに対して「もっぱらの噂だぞ。」と言うかもしれない。

 それには「この口さがない世の中で、そんな噂から逃れられる人はほとんどいませんよ。あの女性の近くに住んでいる男が悪評をたてられることは不思議なことではないのです。彼女の正真正銘の弟でさえ政敵による悪い噂を避けられないというのに。」と。しかし、優しくて温厚な父親ならこう言うでしょう。

    息子が戸をこじ破ったのなら建て直すだけ、
        息子が服を切り裂いたのなら縫い直すだけ。

 こういう父親ならカエリウス君も楽でしょう。何とでも簡単に言い訳できますから。あの女性に対しては私は何も言うことはありません。しかし、もしかして、男とは誰でも付き合う女性、いつも公然とした彼氏がいて、彼女の庭にも家にもバイアエにもちゃらちゃらした男たちが我が物顔に行き来するような女性、倹約家の親元にいる若い男に小遣いをみついでやるような女性、この夫人とは似ても似つかないそんな女性がいるとしたら、もしかして、未亡人のくせにふしだらで、厚かましい恥知らずで、浪費家の金持ちで、娼婦のように自堕落に生きているそんな女性がいるとしたら、どこかの男がその女性に馴れ馴れしく挨拶するのを見たら、私はその男を女性の恋人だと思うことでしょう。38

 
第十七章
 あるいは私に向かってこう言う人がいるかもしれません。「これが君のいう教育なのか。君は若者たちにこんな教育をしているのか。親御さんは息子が青春時代を恋愛と遊びに費やしても、後でその暮らしぶりと性癖を君に弁護してもらえるように、自分の息子を君に委ねたのかね。」

 しかし、陪審員の皆さん、生まれつき強い精神力と高潔さと自制心を持っていて、あらゆる快楽を拒否して、勉学とスポーツだけに人生の全ての時間を費やして、気晴らしも娯楽も同年代の若者との遊びもパーティーも楽しまず、名声と出世につながることだけに価値を見出している、そんな人がもし今の世の中にいたとすれば、それは人間離れした偉人だと私は思います。さぞかし、カミッルスやファブリキウスやクリウスなど、この国を小さな国からここまでにした人たちは、そういう人たちだったのでしょう。39

 しかし、こんな立派な生き方を現代の人たちの間に見つけるのは難しいことです。本の中にもなかなか見つからないでしょう。こんな古風で厳格な生き方を描いた書物はもう廃れてしまいました。こうした生き方を言葉よりは行動で示してきたローマ人の間でさえそうなのです。まして、行動力はなくても口先だけで立派に暮らしていける賢いギリシア人の間では、行動の規範は時代の推移とともに変わってしまったのです。40

 だから、ギリシアでは「賢者は全てを快楽のためにする」などと言う哲学者が現れて、教養豊かな人達がこんな恥ずかしい理論を受けいれるようになったのです。また、別の哲学者は快楽と高潔さは両立すると言って、この二つの完全に矛盾するものを弁論の力で結びつけています。栄光への王道は努力の積み重ねにのみあると教える哲学者は、わずかに学校の中に残っているだけなのです。

 そもそも生まれつき人間には多くの楽しみが与えられています。その前で高潔な精神はしばしば目を閉じて眠りについてしまいます。若者の前に開かれた道はとても滑りやすい道です。そこでは若者はじっとしていないかぎり、足を滑らせ転倒してしまいます。若者に与えられる楽しみは多種多様です。若者だけでなく成熟した大人たちもその誘惑から逃れることは出来ません。41

 もしこの世の美を見て楽しむこともなく、いい匂いを楽しむこともなく、手で触れて楽しむこともなく、舌で味わうこともなく、甘美な言葉を耳で聞くことも拒否するような人がいるとしたら、そんな人のことを神々に愛された人だと思うのは私のような稀有な存在で、大多数の人たちはそんな人は神々の怒りを買った人だと思うでしょう。

 
第十八章
 つまり、このような人生の道、人生行路はもう廃れて雑草が生い茂って誰も通らない道なのです。こんな道に固執せず、若者にはもっと寛容であるべきです。青春時代はもっと自由であるべきなのです。快楽の全てを否定すべきではありません。いつもいつも厳正な理性を押し通してはいけません。節度が保たれる限り、たまには理性が欲望と快楽に負けることがあってもいいのです。

 若者が守るべきことは、節度を大切にすること、人妻には手を出さないこと、親の財産を浪費しないこと、借金漬けにならないこと、人の家の評判を落とさないこと、貞節な人の評判を落とさないこと、暴力で人を脅さないこと、陰謀にかかわらないこと、悪事に手を出さないことです。

 要するに、ある時期に快楽にふけって、年頃の遊びと愚かな欲望に時間を割いたとしても、いつかは自分を取り戻して家庭のことや政治のことに関わるようになればいいのです。そうすれば、以前には理性の力で快楽の愚かさが分からなかったとしても、それを実際に経験すれば飽きて顧みないようになるのです。42

  陪審員の皆さん、現代にも父祖たちの時代にも、若い頃の欲望が落ち着いてくる年頃になってから並外れた美徳を表した高名なローマ市民は沢山います。私は誰がそうだと言うつもりはありません。皆さんで思い出してください。私は立派な偉人の大きな功績をささいな欠点で汚すつもりはありません。

 その気になれば、有名人の名前をいくつでも挙げることが出来るでしょう。ある人は青春時代に羽目を外しすぎたし、ある人は法外な贅沢にふけったし、ある人は膨大な借金をつくったし、ある人は浪費、ある人は悪所通いと、色々指摘することが出来ますが、それらは後の多くの功績によって帳消しにされているのです。そして、その気になれば彼らは「若気の至り」だったと弁解できるのです。43

 
第十九章
 しかし、カエリウス君にはこれは当てはまりません。私はあなた達の英知を信頼しておりますので敢えてはっきり言いますが、彼の真面目な性格については自信を持っています。彼は贅沢も浪費も借金もパーティーも悪所への欲望も無関係なのです。食に関して贅沢になるという欠点はもっと年をとった人のもので、この若者には無関係です。いわゆる色恋沙汰の盛んな時期は短いものですし、強い精神力を備えた人間をそれほど悩ますことはないものですが、カエリウス君がそんなものに振り回されたことはありません。44

 みなさんは既に彼の弁明の言葉もお聞きですし、その前に彼の行った告発演説もお聞きです。これは私の弟子の自慢をするためではなく弁護のために言っているのです。彼がすぐれた弁論の才能と表現力と判断力と表現力をもっていることは、賢明な皆さんのことですから、もうお分かりのことでしよう。

 みなさんがご覧になったのは彼の才能の輝きだけではありません。彼の才能は努力によって養われなくても充分な力を備えています。しかし、私の贔屓目でなければ、彼は教育と訓練と寝る間も惜しむ努力によって磨き上げた立派な弁論術を身につけているのです。

 ですから、陪審員の皆さん、考えても見てください。カエリウス君が言われているような放蕩と、私がいま申し上げた弛みない努力が一人の同じ人間の中に存在することなどあり得ないことなのです。精神が情念と恋愛と欲望のとりこになっていたり、あり余る財産や逆に経済的困窮によって正気を無くしている人間では、様々な方面における我々弁論家の活動を続けることなど到底不可能なのです。弁論家とはそれほど高度な体力と知力を必要とするものなのです。45

 弁論家には大きな報酬と自信と名声と高い地位が与えられるのに、この仕事に携わる人が今も昔もこんなに少ない理由がほかに何があるとお思いでしょう。この仕事を続けるためには、あらゆる娯楽を捨て、趣味を捨て、遊びも気晴らしもパーティーも友人との交友も後回しにしなければならないのです。だから、弁論家の仕事は人々に好かれず敬遠されてしまうのです。それは子供の頃の教育や才能不足のためではないのです。46

 もし彼が言われているような暮らしぶりの人間なら、若さの盛りに執政官経験者(=ガイウス・アントニウス、前59年)を法廷に呼びだしたりするでしょうか。もし彼が快楽に溺れて努力を嫌がるような人間なら、人の敵意を煽るような裁判を起こすという命がけの仕事を引き受けて、毎日こんな戦場に出て、何ヶ月にもわたってローマ人の見ている前で伸るか反るかの際どい戦いをするでしょうか。

 
第二十章
 「しかし、あの近所から何も匂ってこないのか。何の噂も飛び交っていないのか。バイアエは何も物語っていないのか。」という人がいるかもしれません。実際、バイアエは何かを物語るどころではありません。鳴り響いていると言っていいでしょう。それは堕落した欲望に囚われたある女性が、人気のない場所や暗がりに隠れることもなく、人目をはばかることもなく、公然と人前で情事を楽しむありさまです。47

 しかしながら、厳格な人なら若者が娼婦と恋仲になることは許されないと言うでしょう。そういう考え方を私も否定しません。しかし、それは今の時代の道徳観を越えていますし、我らの父祖たちの寛容な伝統からも外れています。あれはいつからなくなったのでしょう。いつから許されなくなったのでしょう。いつからこんな厳しい世の中になったのでしょう。

 ここで私は状況を明確化させるだけにしましょう。どの女性のことだとは申しません。いまは皆さんのご想像にお任せします。48

 さて、もし結婚していない女性が自宅をデートのために開放して、自分は公然と娼婦のような暮らしをしているとしたら、もしその女性が赤の他人とパーティーを楽しむことを日課にしているとしたら、もしそれをローマで、遊園地で、バイアエの衆人環視のもとでやっているとしたら、もしその女性の振る舞いと服装と、彼女の取り巻きと、眼をギラギラさせたみだらな会話と、抱擁と愛撫と浜辺のパーティーと船上のパーティーから、彼女が単なる娼婦ではなく、かなり恥知らずな娼婦であることが明らかだとしたら、もしそんな女性と誰か若者が付き合っていたとしたら、ルキウス・ヘレンニウスさん、あなたはその若者を彼女の浮気相手だと思いますか、それとも彼女の恋人だと思いますか、その若者は女性の貞節を乱そうとしたと思いますか、それとも気まぐれの相手をしたかっただけだと思いますか、どちらでしょうか。49

 クローディアさん、私があなたから受けた損害のことは今は言わしないでおきましょう。私の辛い思い出も脇に置いておきましょう。私が不在の間に私の家族があなたから受けた残酷な仕打ちも今は忘れておきましょう。

 私がいま言った女性はあなたの事だとは思わないでください。しかし、告発人たちはこの告発はあなたが言い出したもので、あなた自身がこの犯罪の証人だと言っているのですから、あなたにお尋ねしたい。

 もし私がさっき言ったような女性がいて、あなたとは違って娼婦のような暮らしをしていたら、ある若者がその女性と関係を持つのは恥ずべきことだとあなたは思っているのでしょうか。もしあなたがそんな女性でないなら(わたしもそう思いますが)、カエリウス君の何がご不満なのでしょう。

 逆にもし、告発人たちがあなたはそんな女性だと言い、あなたがこの程度のことはへっちゃらな人なら、我々がこの告発を恐れる理由はなくなります。ですから、どちらか教えて下さい。それで私たちの弁護方針が決まります。

 あなたがもし身持ちの堅い女性なら、カエリウス君はあなたとみだらな関係ではなかったと弁明できますし、あなたがもし恥知らずな女なら、カエリウス君だけでなく多くの男達に充分な弁明のチャンスがあることになります。50

 
第二十一章
 私の弁論はごつごつした岩場の危険な難所を通り過ぎたと思いますので、これからはもう順調に進めると思います。重い罪の嫌疑を受けている二つの件は、どちらも一人の女性に関するものです。それはクローディアさんからお金を受け取ったと言われる件と、クローディアさんを殺すためにカエリウス君が毒薬を用意したと言われている件です。

 カエリウス君がお金を受け取ったのは、当時ルッケイウス氏の家に滞在していたアレクサンドリアのディオン氏を殺させるために、ルッケイウス氏の奴隷に渡すためだったとあなたたちは言っています。外国の使節を罠に掛けたり、主人の客を奴隷に殺させるなどは計画的で大胆不敵な犯行で、まさに重罪です。51

 この告発についてまず尋ねたいのは、カエリウス君は何のために金が要るかをクローディアさんに言ったかどうかです。もし言わなかったのなら、なぜ彼女は金を出したのでしょうか。もし言ったのなら、クローディアさんはこの犯罪の共犯だったことになります。

 クローディアさん、あなたがほかの男たちから巻き上げてヴィーナス像に捧げていた金の装飾品を戸棚から取り出したとき、あなたは外国の使節の殺害という大罪のためにその金が使われるのを知っていたのでしょうか。その犯罪が謹厳実直なルッケイウス氏に永遠の汚点となることを知っていたのでしょうか。

 いえいえ、そんなことはなかったはずです。やさしい心根のあなたがこんな悪事に関わっていたはずはないし、人々に愛されるあなたの家でこんな犯罪が準備されていたはずがありません。そもそも、もてなしに長けた愛の女神がこんなことに一役買っていたはずがないのです。52

 この辺のことを心得ているヘレンニウス氏も、「クローディアさんは事実を知らない。カエリウス君は見世物の準備のために金が必要だと彼女に言った」と言っています。ヘレンニウスさん、あなたはカエリウス君の放蕩について散々言っていますが、もしあなたが言うようにカエリウス君がそんなにクローディアさんと親しかったのなら、カエリウス君はきっと何のために金がいるか言ったはずなのです。

 逆に二人がそんなに親しくなかったら、彼女は金を出さなかったはずです。つまるところ、節度なき夫人よ、あなたにカエリウス君が本当のことを言って、あなたが犯罪のために使われると知って金を出したのでなければ、彼はあなたに本当のことを言わなかったし、あなたも金を出さなかったはずなのです。

 
第二十二章
 こうなれば私はこの告発に対して長々とした反証を提出する必要があるでしょうか。カエリウス君の性格はこんな忌まわしい犯罪とは無縁だということを私は幾らでも話すことが出来るでしょう。しかし、こんな才能ある賢明な若者が、そんな犯罪の実行を他人の見ず知らずの奴隷に任せていいと思ったなど信じられないことです。

 多くの法廷弁護人がやるように私も告発人を尋問することが出来ます。カエリウス君はどこでルッケイウス氏の奴隷と会ったのか、どんなきっかけで会ったのか。一人で会ったというのなら、実に無謀なことです。人づてに会ったのなら、それは誰なのか、等々。

 弁論を通じて疑惑のありかを詳しく調べることが出来るでしょう。しかしながら、そんなことをしても、動機も場所も機会も共犯者も、悪事を実行する可能性も、それを隠蔽する可能性も、方法も、悪事の痕跡も何も見つからないでしょう。53

 しかし、こうした告発者に対する追求は弁論家の得意技で、才能がなくても弁論の実践と経験によってある程度の結果が出せるものです。しかし、私が自分で案出したと思われてもいけないので、簡略化のために全部省略しましょう。なぜなら、陪審員の皆さん、私にはルッケイウス氏というこの高潔で正直極まりない証人がいるからです。

 陪審員の皆さん、この人なら皆さんは神聖な誓いに対する姿勢において自分たちに引けをとらない人だと思われるでしょう。もしカエリウス君がルッケイウス氏の評判と運命に対するこんな侵害行為を企んでいたすれば、ルッケイウス氏がそのことを耳にしなかったはずも、そんなことを放置したはずも、むざむざ実行させたはずもないのです。

 それとも、彼は教養と熱意と学識にあふれた人なのに、その彼がまさにその教養ゆえに愛した友人(=ディオン)の危機を放置できたとでも言うのでしょうか。彼は赤の他人に向けられた犯罪行為ですら厳しく咎めるような人なのに、自分の客人に向けられた犯罪行為に対して何もしなかったとでも言うのでしょうか。彼は赤の他人がやった犯罪行為を聞いても悲しむような人なのに、それを自分の奴隷がするのを許したとでも言うでしょうか。

 彼はどんな田舎や公共の場で行われた犯罪行為でも非難する人なのに、ローマの自分の屋敷の中で犯罪行為が行われるのを平気で見過したとでも言うのでしょうか。彼はどんな田舎の人の危機に対しても見て見ぬふりができない人なのに、教養豊かなこの人が学識豊かな人に対する計略に対して見て見ぬふりをしたとでも言うのでしょうか。54

 しかし、陪審員の皆さん、私はこれ以上あなた達を待たせる理由があるでしょうか。宣誓したご本人の敬虔な言葉をお聞きください。そして彼の証言をつぶさにご検討ください。ルッケイウス氏の証言を読んでくれたまえ。[証言朗読]。

 皆さんはこれ以上の何を要求されますか。それとも事件が自分から真実の証言をしてくれるとお思いですか。彼の証言こそは無実を擁護するものであり、事件の真相を語るものです。この告発には疑惑を証明するようなことは何もありません。取引きがあったと言いますが、そんな噂は痕跡さえもありません。「いつどこで」という記述が一切ないのです。証人の名前も共犯者の名前もありません。

 これは敵意と悪評と残虐性と犯罪と欲望に満ちた家から生まれた告発なのです。一方、邪悪な犯罪が実行されたと言われる家は、誠実さと名誉と敬虔さに満ちています。その家の人間による宣誓証言がいまあなた達に読み上げられたのです。いまや問題が次の選択の中にあることは疑いようがありません。つまり、慎みのある立派な賢人が嘘の証言をしたのでないかぎり、無分別で恥知らずで怒りに我を忘れた一人の女性が告発をでっち上げたのであると。55

 
第二十三章
 そういう訳で残りは毒薬の件だけです。これについては私は事件は入口も出口も皆目わかりません。カエリウス君はあの女性に毒をもろうとした動機は何なのでしょうか。金を返さないで済ますためでしょうか。しかし、彼女は返金を要求したでしょうか。すると、彼女にディオ殺害の容疑でカエリウス君を告発をさせないためでしょうか。しかし、その件で誰が彼を告発したでしょうか。

 そもそも、もしカエリウス君が誰も告発していなかったら、彼を告発する人はいたでしょうか。ヘレンニウス氏は、無罪になった彼の友達(=ベスティア)をカエリウス君が同じ件で再度告発しなかったら、カエリウス君を告発して困らせる積りはなかったと言っています。その証言は既に皆さんお聞き及びのとおりです。

 それでは、何の動機もなく毒殺が企てられたなどということがあるでしょうか。むしろ、ディオ氏殺害がらみの借金の告発はクローディア毒殺の動機を作るために捏造されたものだとは思えないでしょうか。56

 最後に、カエリウス君はこの毒殺を誰に依頼したのでしょうか。助っ人は、仲間は、共犯者は誰でしょう。彼はこんな大きな犯罪を誰に任せたのでしょうか。自分の身の運命を誰に預けたのでしょうか。夫人の奴隷でしょうか。告発ではそうなっています。

 皆さんは他の面では彼のことをけなしていますが彼の頭の良さは認めていますが、自分の運命を他人の奴隷に委ねるほどカエリウス君はそんなに愚かでしょうか。そもそも、彼女の奴隷はどんな奴隷でしょう。この点はとても重要です。

 これはカエリウス君もよく知っていることですが、彼女の奴隷は普通の奴隷ではなく、女主人と一緒に気ままに仲良く自由に暮らしているのです。陪審員の皆さん、女主人が娼婦のような暮らしをしていて、表に出せないようなことばかり行われ、ふしだらな遊びにふけっているだけでなくありとあらゆる聞いたことがないような悪事が行われています。そんな家の奴隷が奴隷でないことは、誰でも知っていることです。

 彼女の家ではすべてが奴隷に任され、奴隷が全てを行い、奴隷が主人と同じ放蕩にふけり、奴隷が主人の秘密を知っていて、奴隷が一緒になって毎日贅沢三昧な暮らしているのです。そのことをカエリウス君が知らなかったと言うのでしょうか。57

 もしカエリウス君があなた達の言うように夫人と親密な関係にあったのなら、彼女の奴隷が女主人と親密であることを彼は知っていたはずです。逆に、もしあなた達が言うような親密な交際がなかったとすれば、彼はどうやって彼女の奴隷たちに人殺しを頼めるほど親しくなれたでしょうか(=どちらにしても彼女の毒殺を彼女の奴隷には頼めない)。

 
第二十四章
 一方、毒薬についてはどんな事が言われているでしょうか。毒薬をどこからどうやって手に入れたのでしょうか。毒薬をどこでどうやって誰に手渡したのでしょうか。カエリウス君は毒薬を自宅に所持していて、奴隷を使って毒薬の効き目を試したと言われています。そして、奴隷がすぐに死んだのを見て毒薬の効き目を確かめたと言われているのです。58

 ああ、不死なる神々よ! あなた達はどうして重大な犯罪に目をつぶって、目の前のの不正行為の処罰を先に伸ばすのでしょうか。なぜなら、クイントゥス・メテッルス氏(=クローディアの夫)が祖国の懐から奪い取られた時、私はその場にいてこの目で見ていたのです。そして人生で最も大きな悲しみを味わったのです。

 メテッルス氏は自分がこの国に奉仕するために生まれてきたことを信じて疑わなかった人でした。その人がこの国の元老院の演壇で華々しい活躍をしたその二日後に、まだ若くて健康そのもので力に溢れていたのにもかかわらず、全ての善き人々とこの国にとって実に不名誉な死を遂げたのです(=前59年)。

 彼はまさに死の間際の薄れいく意識の中で、最後の最後まで国のことを思い続けていました。そして、泣いている私を見つめながら、私の身にどんな不幸(=キケロの追放、前58年)が迫っているか、この国にどんな災い(=クローディウスの支配)が迫っているかを、かすれる声で途切れ途切れに告げたのです。

 そして、壁一つ隔てて隣りに住むクイントゥス・カトゥルス氏の屋敷の壁を叩きながら、何度もカトゥルスの名前を呼んだのです。そして私のこと、この国のことを語り続けたのです。彼が悔やんだのは自分が死ぬ事ではなく、祖国と私を助けることが出来なくなる事だったのです。59

 彼は執政官時代(=前60年)に、狂気の兆候を見せてわめき散らしている弟(=クローディウス、義理の弟)をこの手で殺すと元老院の聴衆の前で言った人です。もしその彼が突然の不幸に襲われて命を失うことがなかったら(=クローディアに毒殺されたと言われている)、執政官を退任した彼は狂気に陥った弟を一体どのように阻止したでしょうか。

 あの夫人はまさにこの家から出て来て、大胆不敵にも毒薬の素早い効き目を証言するのでしょうか。そんなことをすれば、彼女はこの家が喋り出しはしないかと、この家のことが恐ろしくなるのではありませんか。犯罪を知っている壁、あの悲しむべき不吉な夜のことを思い出して恐くなるのではありませんか。それはそうとして、告発の件に戻りましょう。しかし、あの立派な人のことを話したせいで、私は涙と悲しみで声の力も気力も失せてしまいました。60

 
第二十五章
 ところで、告発には毒薬をどこからどうやって手に入れたかの言及がありません。カエリウス君は毒薬をここにいるプブリウス・リキニウス君に渡したと言われています。彼はカエリウス君の友人で上品な好青年です。奴隷たちがセニアエ浴場に行く手はずが出来ていて、リキニウス君もそこに行って奴隷たちに毒薬の箱を手渡すことになっていたというのです。

 ここで私はまず次のことをお尋ねたいのです。それは、なぜそんな場所で落ち合う約束をする必要があったのかということです。奴隷たちはなぜ直接カエリウス君の自宅に行かなったのでしょうか。

 もしカエリウス君とクローディアさんの交際が続いていて親密なままだったら、仮に夫人の奴隷がカエリウス君の家にいるところを目撃されても何の不思議もありません。

 ところが、もし二人が仲違いしているとしたら、交際は終わって別れていたはずです。「これが多くの不幸の原因となった」(=テレンティウス『アンドロスの女』126行)。そうです。これがこの不幸な告発の全ての原因なのです。61

 それに対して「そんなことはない。奴隷が夫人に事の真相とカエリウスの犯行計画を伝えた時、頭のいい夫人は奴隷にカエリウスの言うとおりにするように命じたのだ。

 「ただし、リキニウスが毒薬を手渡すときに、毒薬を現場で押収するために、場所をセニアエ浴場にするように約束させた。夫人はそこに友人たちを送って潜ませて、リキニウスが来て毒薬を手渡すときに、飛び出して行って彼を捕まえるように命じたのだ」と言っています。

 
第二十六章
 陪審員の皆さん、このストーリーに反論するのはいともたやすいことです。そもそも、どうして彼女は公衆浴場を選んだのでしょうか。あの風呂屋には服を着た人間が隠れるところはないからです。風呂屋の入口には隠れるところはありませんし、奥までに行こうとしても、服を着て靴を履いた人間はそんなことは簡単にできないし、多分中へ入らせてもらえないでしょう。もっとも、発展家のご夫人が小銭と引き換えに浴場の管理人と親密になっていたら話は別ですが。62

 私はこの毒薬を押収した立派な証人とは一体どんな人たちなのかと待ち望んでいましたが、今のところ誰も名前が挙がっていません。しかし、その人たちは第一にこの夫人の友人であり、風呂場に押し入るというこんな役割を引き受けたのですから、さぞかし謹厳実直な人たちであることに違いありません。

 いくら友人の多い夫人でも、信頼の厚い人格者でなければ、とうていそんなことをさせられなかったはずだからです。しかし、証人たちの人格は別として、彼らの手際と入念さをよく見てください。「彼らは風呂場に隠れていた」というのですから、実によく出来た証人たちです。「それから彼らは闇雲に飛び出した」といいますから実に辛抱強い人たちです。

 というのは、彼らはこう言っているからです。つまり、リキニウス君がやって来て毒薬の箱を手にとって渡そうとしましたが、まだ渡していない時に、この立派な名無しの証人たちは急に飛び出した。ところが、リキニウス君は箱を渡そうとして伸ばした手を引っ込めて、人々が急に突進してきたので慌てて逃げてしまったというのです。

 しかし、真実の力は偉大です。人がずる賢く巧妙に組み立てたどんな計略でも簡単に見破られるものなのですから。63

 
第二十七章
 例えば、このお芝居の筋書きは何と貧弱なものでしょうか。多くの作品を持つこの経験豊かな女流作家が作ったこの話の結末は何とお粗末なものでしょうか。だってそうでしょう。あの大勢の人たちがどうしてリキニウス君を取り逃がしてしまったのでしょうか。というのは、リキニウス君を容易に捕まえるためにも、事件の証拠を大勢の目撃者の目によって確かなものにするためにも、彼らの人数は少なくなかったはずなのです。

 リキニウス君が毒薬の箱を渡し終わったあとではなくて、渡すのやめて手を引っ込めたときだったので、リキニウス君を捕まえにくかったとでも言うのでしょうか。しかし、彼らはリキニウス君を現場で捕まえるために配置についていたのですから、リキニウス君が毒薬を持っている時であろうと、渡してしまった後であろうと同じことなのです。

 これが夫人の作戦の全貌だったからです。これが彼らに夫人が与えた役割だったのです。私が分からないのは、告発人が「彼らは闇雲に飛び出した」しかも早すぎたとどうして言っているのかということです。なぜなら、彼らはまさにそうするように頼まれていたからです。彼らは毒薬の陰謀という犯罪を人目にさらすように集められていたのです。64

 リキニウス君が来て毒薬の箱をまだ持っている時以上に、彼らが飛び出すのに好都合な時があるでしょうか。箱が手渡されたあとに夫人の友人たちが風呂場から飛び出してリキニウス君を捕まえたところで、リキニウス君はその箱を渡したことを断固として否定するでしょう。そうなればどうやって彼に反論するのでしょうか。

 自分たちがこの目で見たと言うのでしょうか。それでは、第一に、彼ら自身が重罪の嫌疑で告発されかねないし(=毒薬の存在を知っている)、第二に、自分たちが隠れていた所からは見えない物(=毒薬)を見たと言うことになってしまいます。

 だからこそ、リキニウス君が来て、毒薬の箱を取り出して手を伸ばして渡そうとしたちょうどその時に彼らは出て行ったのです。そして、この芝居というよりは茶番の結末が来ます。つまり、話は決着せずに、登場人物が追いかけっこをして音楽が鳴って幕が降りるのです。65

 
第二十八章
 私が聞きたいのは、リキニウス君がうろたえて逃げまどっている時に、夫人の助っ人たちはどうして彼を逃がしてしまったのかということです。リキニウス君を捕まえて、沢山の人の前で本人に自白させて犯罪の容疑をはっきりさせたらよかったではないですか。それとも、元気で活発な人たちが大勢いたのに、一人の怯えた人間に勝つ自信がなかったのでしょうか。

 おかげでこの告発には事実の裏付けも、それらしい動機もなくなってしまい、どこにも出口がなくなってしまったのです。ふつうは真相の解明は証拠に基づく推測と立証によって行われますが、この裁判ではそれが出来ません。そこで、すべては証人尋問に委ねられることになったのです。陪審員の皆さん、私は証人たちが登場することに何の不安もありません。むしろ彼らの登場を楽しみにしています。66

 第一に、私はこの美しく高名な夫人の若きお友達のエレガントな姿にお目にかかれると思うとわくわくします。次に、その勇敢な彼らが風呂場で待ち伏せするために女指揮官に風呂場に集められたところを是非とも拝見したいものです。

 私は彼らに是非ともお尋ねしたい。彼らはどこにどのようにして隠れていたのか。女のために戦った無敵の勇者たちが隠れていたのはトロイの木馬だったのか風呂桶だったのか。それから是非とも答えて頂きたいのは、それだけ多くの人がいて、ご覧のようなこのか弱い一人の若者がじっとしているのを捕まえもせず、逃げても追いかけもしなかったのは何故なのかということです。

 もっとも、彼らがたとえこの場にやってきたとしても、これらの問題をうまく説明できないでしょう。いくら彼らが宴会の席では機知に富んだ人たちで、酒の力でよく口が回るとしても、公共広場と食堂は違います。法廷と食事のテーブルとでは違います。陪審員の眼差しと飲み会仲間の眼差しは違います。太陽の光とランプの光はまったく違います。

 ですから、もし彼らが登場したら、私は彼らに自分たちの悪ふざけの全貌を洗いざらい語っていただきます。そういうわけですから、私は彼らに次のようすることをお勧めします。それはこんな所に出てこないで、夫人に好かれたければ、もっとほかの事に精を出して注目してもらうことです。そして、夫人の家で精一杯優雅に振る舞って、贅沢三昧にふけって、夫人とくっついて、夫人にひれ伏して、夫人に仕えていらっしゃることです。それがこの無実の男の人生に対する思いやりというものです。67

 
第二十九章
 ところで、問題の奴隷たちは親戚の貴顕な人士の意見に従って解放されたと言われています。とうとう私たちはあの女性が立派な身内の男たちの意見を聞いて何かをしたと言われていることを見出したのです。

 しかし、私が知りたいのは、何のために奴隷の解放が行われたかということです。それはカエリウス君に対する告発をでっちあげるためなのか、それとも、奴隷たちに対する尋問ができないようにするためなのか、色んな事で頑張ってくれた奴隷たちに正当な報酬をやるためなのか。

 それに対して、「これは親戚が認めたことです」と彼女は言うかもしれません。しかし、これを親戚が認めたのは当然です。この事件についてあなたが親戚に伝えたことは他ならぬあなた自身が見つけ出したことだと、あなたが自分で言っていたじゃないですか(=親戚の判断材料である情報の出どころはあなただけだ)。68

 さらに、この空想の薬箱から淫らな話が生まれたとしても何の不思議があるでしょうか。このような女性には何でもありなのです。世間ではこの話でもちきりです。陪審員の皆さん、私が何を言いたいのか、あるいはむしろ何を言わずに済ませたいのか、もうあなた達はお分かりでしょう。

 もしこれが事実であっても、それはカエリウス君の仕業ではありません(いったいどんな関わりがあったというのでしょう)。というのは、この噂話は機知はあっても慎みのないどこかの若者の仕業だからです。逆にそれが作り話だとすると、それは不謹慎ではあってもよく出来た話だと言えるでしょう。もし人々がそんな下品な話を真に受けたとしたら、それは彼女にはおあつらえ向きの話だと思われたからにほかなりません。69

 私の最終弁論は以上のとおりです。今や皆さんは、どんな重要な裁判を引き受けたのか、どんな重大事件を担当しているかが明らかでしょう。皆さんは暴行罪について審議しているのです。適用される法律は、国家の主権と独立と安寧だけでなく国民の安全に関わる法律であり、市民たちによる武装蜂起が起こって国家が危機に瀕していた時代にクイントゥス・カトゥルス氏が作った法律であり(=前78年)、私の執政官時代に反乱が鎮圧されたあとに残党を片付けるのに適用された法律であります。

 この法律によってカエリウス君の青春時代に対する処罰が、国家による復讐のためではなく、ある女性の気まぐれを満たすために求められているのです。70

 
第三十章
 なんとここで彼らはカムルティウス氏とカエセルニウス氏に対する有罪判決を持ち出しているのですが、まったく馬鹿げたことです。それとも恥知らずというべきでしょうか。あなた達はあの女性のところから出て来て、よくもこの人達の名前を出せたものです。

 あの醜いスキャンダルの記憶はまだ消え去ってはいませんが時とともに薄らいだというのに、敢えてそれを蒸し返そうとするのでしょうか。二人はどんな罪で有罪となったのでしょう。二人がウェッティウスに乱暴されたあの女性のかたきを討ったために罰を受けたのは間違いありません。

 彼らはウェッティウスの名前とあの青銅硬貨の古い話(=安い女と揶揄されたらしい)を法廷に出すために、カムルティウス氏とカエセルニウス氏の裁判の話を持ちだしたのでしょうか。二人は暴行罪の法律で有罪になるはずがなかったのに、悪事に深入りしすぎていたので、いかなる法律の網をくぐり抜けるにも値しないと思われたのです。71

 しかし、カエリウス君はどうしてこの裁判に呼ばれているのでしょうか。彼に対する告発には裁判で審理するに値するようなものはないし、法律を別にしても、皆さんに批判されるようなことは何もありません。

 彼の青春時代は法律の研究と実践のために捧げられました。これを身につけることで我々はこうして法廷に出たり政治に携わったりして、キャリア構築の道に入るのです。さらに彼は年上の人たちと交流して彼らの努力と節制を見習うことに精を出しましたし、同年輩の者たちと競い合って、優れた若者たちの誰もが目指す名声の道を追求していたのです。72

 そしていよいよ壮年期に差し掛かった時に、彼はアフリカの総督ポンペイウスの幕僚付き青年士官として出発したのです。ポンペイウスといえば極めて高潔であるだけでなくあらゆる義務に誠実な人です。

 カエリウス君の父親の財産がその属領にあったし、また我らの父祖たちもこの年頃の若者に属領の経験を積ませるのはいいことだと考えていました。彼はその後、ポンペイウスから高い評価を受けてその地から去ったことは、ポンペイウス氏本人の証言から皆さんもご存知のとおりです。

 その後、カエリウス君は昔の習慣に従って、ローマの政界で高い地位を得た人たちの若い頃を手本に、有名人を告発することで自分の有能さをローマの人々に知られようと努めたのです。73

 
第三十一章
 私としては、彼は自分の出世欲をもっと別の方向に向けてくれたらよかったと思っています。しかし、もうそんな愚痴を言っても仕方がありません。彼は私の同僚執政官だったアントニウス氏を告発したのです。アントニウス氏は国家に対する以前の立派な貢献もむなしく敗訴しました。犯罪を企んだという噂が彼の致命傷となったのです。

 その後のカエリウス君の活躍は、公共広場でも訴訟でも友人の弁護でも仲間の評判でも、同年輩の誰にも引けを取ることはありませんでした。彼は注意深く規律正しい生活をする勉強家でなければ達成できないものを、努力と熱意を傾けて全て手に入れたのです。74

 しかしながら、彼は言わば人生の曲がり角で(私はあなた達の英知と寛容を信じていますので、何も隠し立てする積りはありません)、急カーブに差し掛かったところで急停止して、名声に傷を負ってしまいました。その原因は女付き合いに不慣れな彼が不運にもこの女性の近くに住んでこの女性と知り合ったことでした。

 少年時代の間ずっと長く抑えこまれていた欲望が一気にどっと溢れ出るのは間々あることです。彼はその後このような生活、いや、そう噂されている生活(けっしてそれは人が言っているようなひどいものではありません)、要するに何であれこのような生活から彼は完全に足を洗っています。そして、彼はもはや悪名高い彼女と親密などころではなく、いまやわが身に向けられた彼女の敵意と憎しみを払いのけようとしているのです。75

 そして彼女との交際で生まれた自堕落な生活の噂を払拭するために、私が何度も反対したにも関わらず彼は私の友人のベスティア氏を選挙違反のかどで告発したのです。その人が無罪となってもさらに追求して再度告発しました。

 彼はもう私たちの誰の言うことも聞きません。彼は私が望む以上の頑張り屋なのです。しかし、私は彼の良識についてどうのと言っているのではありません。それはこの年頃の若者には望むべくもないからです。私が言っているのは彼の心の衝動と勝利に対する欲望と名声に対する情熱です。

 こうした情熱は私の年頃になれば控え目にすべきですが、若い頃にこうしたものがないようでは、いくら努力しても将来の成功はとても望めません。それは植物で言えば将来の豊かな実りを約束する成長の原動力なのです。

 しかしながら、大きな能力に恵まれた若者の場合、名声の追求に必要なのは拍車ではなく手綱なのです。才能が開花する頃の若者に必要なことは、接ぎ木をすることではなく余計な枝を剪定することなのです。76

 したがって、彼が敵を作って争うことにあまりにも熱心で頑固な性格をしていると人に思われたり、彼が裕福な生まれの美男子で多くの友人に恵まれているといった些細な点が人の気に触ったとしても、それらは早晩治まってくるし、年をとって経験を積むに従って全てが円熟身を帯びてくるのです。

 
第三十二章
 ですから、陪審員の皆さん、この正直で教養にあふれる良識派のローマ市民をこの国のために救っていただきたいのです。もし私がこれまでにこの国に対して充分貢献してきたとしたら、カエリウス君もこれから先、私と同じ道を歩むことを、私は皆さんとこの国に対してお約束します。私がこう言うのはカエリウス君との友情を信じているからであり、また彼が既に極めて厳格な行動規範に従う義務を負っているからです。77

 彼は執政官経験者を国家に対する不正行為の罪で法廷に呼び出した人間です。そのような人間がこの国に迷惑をかけることなどありえないのです。彼は自分が選挙違反で訴えた人が無罪になったことに承服できない人間なのです。そのような人間が選挙違反をして罰を免れようとすることなどありえないのです。

 陪審員の皆さん、カエリウス君はいま二つの告発を行っています。これは彼が危険人物でないことの保証であり、この国に対する彼の善意を担保するものなのです。

 陪審員の皆さん、この国ではセクストゥス・クロエリウスが無罪になっています。この男は二年前に反乱の手先であるかさもなければその首謀者であるとあなた達が見なしていた人間です。

 金も信用も希望も家も資産もなく、口も舌も手も全てが汚れたあの男、ローマの神殿と市民名簿と国家の記録をその手で灰にし、カトゥルスの記念碑を破壊し、私の家を打ち壊し、私の弟の家に火をつけ、ローマ人の目の前のパラティヌスの丘で奴隷たちに市民を殺して町に火をつけろと呼びかけた男、あの男がこの国でこの女性の力で無罪となったのです。

 しかし、皆さんはカエリウス君がこの同じ女性の気まぐれの犠牲となることを許してはなりません。自分の夫にした弟と協力して卑劣極まる盗賊を救いだしたこの女性が、今度は立派な青年を破滅させたなどとという事態だけは避けていただくように、私は皆さんにお願いします。78

 皆さんはこのカエリウス君の若さに注目してこられましたが、この哀れな老人の姿にも注目してください。カエリウス君はこの老人の一人息子です。この老人はこの一人息子の将来に心の安らぎを見出し、この一人息子の不幸に恐れおののいています。

 この老人は皆さんの憐れみにすがり、皆さんのお力にその身を委ねています。彼は皆さんの足元というより皆さんの道義心の前に膝まづいているのです。皆さんもご自分の御両親のこと、ご自分のかわいい子供たちのことを思い出して下さい。

 そして、この老人を助け起こして下さい。皆さんは、他人のこの悲しみに対して家族の情愛と慈悲で応えてください。陪審員の皆さん、皆さんは最晩年にさしかかったこの老人を傷つけて、余命の短いことを彼に願わせないで下さい。また人生の最盛期に差し掛かってすでに美徳の根付いているこの若者を突然の嵐で打ち倒さないで下さい。79

 この父親からこの息子を奪わないで下さい。この息子からこの父親を奪わないで下さい。皆さんは、老い先短い年寄りをないがしろにしたとか、希望に満ちた若者を助けるどころか打ちのめしたとなどいう事がないようにして下さい。

 もしこの若者を我々のため、彼の家族のため、この国のために助けて下さるなら、陪審員の皆さん、この男は皆さんと皆さんの子供たちに対して生涯感謝の気持を抱き続けることでしょう。そして、自らの努力と精進の豊かな成果の全てを皆さんの手に捧げることでしょう。80(おわり)

Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2014.3.10-9.12

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