キケロ『スカウルス弁護』


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対訳版はこちら 参考にしたのは、Andrew R. Dyck :
Speeches on Behalf of Marcus Fonteius and Marcus Aemilius Scaurus

この作品は部分的にしか伝わっていないので断片の継ぎ接ぎで構成されている。以下の翻訳の斜体部分はそれを読みやすくするために後からBeierの推測によって付け加えられてものである。その多くはキケロの作品から採られている。この翻訳は通読を目的とするため、Beierのテキストに従った部分もある。

I-1 I-2 I-3 I-4
II-1 II-2 II-3 II-4 II-5 II-6
III-1 III-2 III-3 VI-4 VI-5 VI-6 V-7 V-8 VI-9 VI-10 VI-11 VI-12 VII-13 VIII-14 VIII-15 VIII-16 VIII-17 IX-18 IX-19 X-20 X-21 X-22 XI-23 XI-24 XI-25 XI-26 XII-27 XII-28 XIII-29 XIII-30 XIV-31 XIV-32 XIV-33 XV-34 XV-35 XVI-36 XVI-37 XVII-38 XVII-39 XVII-40 XVIII-41 XIX-42 XIX-43 XIX-44 XIX-45 XXIII-46 XXIII-47 XXIII-48 XXVI-49 XXVI-50

M. TULLI CICERONIS PRO M. SCAURO ORATIO

スカウルス弁護(前54年夏)

I.[1] 第一章 陪審員の皆さん、スカウルス君(★)は、いつも大切にしている一族の家名と自分の名前の価値を、人に憎まれることなく、恨まれたり面倒なことにならずに維持することを、何よりも大きな望みとしてきたのであります。しかしながら、悪運に見込まれたのか、彼は自分の父親(=前169~89年、前115年執政官)と同じ運命に従うことを余儀なきことだと考えています。彼の父親は何度も政敵たちから法廷で弁明するよう呼び出されたからであります。

★妹がポンペイウスと結婚。ポンペイウスの財務官兼軍司令官として前64年のユダヤ戦を担当。前58年造営官 、前56年法務官、前55年サルディニア総督、前54年執政官選挙に出馬。

この国の第一人者だった彼がマルクス・ブルートゥス(★)に訴えられたのは有名な話であります。残された弁論からは、あのスカウルス氏に対して多くの嘘が言われたことが分かります。それを誰が否定するでありましょうか。それにも関わらず、彼は政敵たちの攻撃にさらされたのであります。また彼は護民官グナエウス・ドミティウス(=アヘノバルブス、前96年執政官)の告訴によって民会で裁判を受けたのであります。

★ユニウス・マルクス・ブルートゥス、検察官、前115年、『ブルートゥス』130節、『義務について』2巻50節参照,有名なブルートゥスとは別人。

[2] また彼はセルヴィリウス法(★)のもとクイントゥス・セルヴィリウス・カエピオー(=前91年法務官)の訴えによって被告にされたのであります(=前92年)。当時は、騎士階級の陪審によって裁判が行われ、プブリウス・ルティリウス(=前105年執政官)が有罪になってからは、誰も無罪になるとは思えないほど、騎士階級による裁判は恐れられたのです。

★セルヴィリウス・グラウキア、前100年法務官。属州における不当利得に関する法(総督の私利私欲のために属州の搾取収奪が多く、それで得た不当利得を返還させる法)。

[3] この国の守護神だった彼はさらに同じカエピオーによってウァリウス法(★)違反の国家反逆罪で告発されました(=前90年、無罪)。その少し前に護民官クイントゥス・ウァリウスによって攻撃されていたからであります。陪審員の皆さん、このように多くの中傷に悩まされた人の息子に、いま敵意と悪意に満ちた人たちが、不名誉な返還訴訟を浴びせかけようとしているのであります。私は彼の弁護を引き受けることによって、彼の高名な父親の思い出に対する義務を果たすことになると思っているのであります。

★イタリア諸国に反逆をそそのかした者を反逆罪とした

[4] 私は人並みに彼(=スカウルスの父親)を尊敬していましたが、それだけでなく特に彼に愛着を抱いていたのです。というのは、私が野心に燃えていたころ、能力があれば運命の助けがなくとも、努力と不屈の精神によって自分の目標に到達できるかもしれないという希望を最初に持たせてくれたのは彼だったからです。

さて、今回の告発では罪状が山のように積み上げられて、なんの区別も色分けもなされていないので、たとえ私がそれぞれに対して個別の証拠に反論せずに、ひとまとめに反論したとしても、私はこの訴訟の仕事だけでなく自分の義務も果たしたことになるでしょう。それにも関わらず、陪審員の皆さん、私はこの訴訟の内容を全部詳しく説明して、皆さんの目の前で検討していく所存であります。そうすれば、私が何について弁論すべきで、皆さんが何に注目すべきかを、容易にご理解いただけるでしょうから。

II.[1] 第二章 原告の話では、ノーラの町(=サルディニア島南端の町)に住む某ボスタール氏はスカウルス君が到着する前にサルディニアから逃げ出したということであります。スカウルスを告発したトリアリウス君によれば、ボスタール氏はスカウルス君の甘言によって逃亡先から呼び戻されて、もてなしの宴会を供されたのです。そして、彼は自分をもてなした被告人に毒殺されて、被告人の料理が片付けられる前に葬られたというのであります。

要するに、たとえボスタール氏が死なないかぎり決してその財産は被告人の手に入らなかったとしても(毒殺などするはずがないのであります)。

陪審員の皆さん、一体全体、もし私がどこをとっても極悪非道な人だと評判のルキウス・トゥブルス氏(=キケロの父親の世代の法務官。亡命先から召喚されて服毒自殺)の弁護をしていたとしても、客であり会食仲間である相手に、その人の相続人でもなく恨みも抱いてもいないのに、彼が毒を盛ったと言われても、私はそんな話を信じる人がいるのではないかと心配はしないでしょう。

[2] 陪審員の皆さん、突然の死がどれほど多くの原因から起きるかをよくお考えになるなら、第一にこの毒殺の嫌疑がいかに浅いものであるかは明らかであります。

[3] スカウルス君の境遇は、自分の財産を容易に維持するだけでなく、所有する財産を売却するどころか、まだ新たに増やすことが出来る状態だったのであります。さあ、トリアリウス君、私はスカウルス君を弁護した。私はこの犯罪にボスタール氏の母親が関与していることを証明するから、君は母親を弁護したまえ。

[4] あなた(=ボスタールの母親)は破産することを恐れていたのだ。もしボスタール氏が死ななければ、競売に出された財産を維持したいと被告(=アリス氏?)が望むことを、あなたは恐れていたのだ。それがあなたがボスタール氏を殺す動機だったのだ。

[5] [6] 次に、原告がスカウルス君は色好みで不節制であると非難して、彼の評判にそんな烙印を押そうとしたことについて申し上げます。原告は、「アリス氏は愛する自分の妻をあの男の燃える欲望に任せたくはなかったが、サルディニアから密かに逃げざるを得なかった。つまり、彼はそこに妻を残して逃げようとしたのだ」と言います。それはカワウソが狩人から逃れるときに狩りの最大の目的である体の部分(=睾丸)を代償に残すようなものなのであります。

III.[1] 第三章 しかしながら、陪審員の皆さん、仮にスカウルス君がいつもだらしない色好みだったとしても、トリアリウス君が付け加えた次の話は口にするのも憚れるほど信じがたいことであります。それは、アリス(=ウァレリウス)氏の妻が法務官だったスカウルス君の欲望の餌食にされて、その悲しみを癒やすために首吊り自殺をしたなどと言う話であります。自然から与えられた人間の本能のうちで動物と共通の第一のものは、死と死をもたらすものから遠ざかり、自己保存に向かう本能であります。

陪審員の皆さん、事実はそうなのであります。この理論は私が新たに言い出した事ではなく、他の人たちの探求の結果であります。しかし、これは実例によっても証明できることでもあります。例えば、王タルクイヌスの息子に辱めを受けたルクレティアは、市民たちを証人として自ら命を絶ちました。この悲しみがローマの解放の原因となったのであります。また、どんな勇敢な男でも不名誉を避けるためという究極の必要に迫られない限り、自ら死を求めたりはしなかったのであります。例えば、プブリウス・クラッスス・ムキアヌス(=前131年執政官)は、小アジアでアリストニコス(=ペルガモンの王位を僭称した。〜前129年)と戦った時のこと、相手側に付いていた大量の援軍のトラキア人に、エラエアとシミュルナの間で襲われたときに、アリストニコスの手中に落ちるという屈辱から逃れるために、自ら殺されることに決したのであります。

伝承では、彼は馬を制御するために使っていた鞭を一人のトラキア人の目に突き刺すと、相手は痛みに駆られて、クラッススの脇腹に短剣を突き刺してやり返したのですが、結果として、彼はローマの将軍の権威を恥辱から救うことになったのであります。彼は自分はそんなひどい屈辱を被るには全くふさわしくない人間であることを、運命に対して示したのであります。何故なら、彼は自分の自由に対して投げつけられたみじめな運命の罠を、賢明さと勇敢さを発揮して打ち破って、アリストニコスに引き渡されることを免れ、自分の威厳を守ったからなのであります。以上は伝聞でありますが、次の事は私もよく覚えているし、ほとんどこの目で見たと言っていいでしょう。それは、彼と同じ家系のプブリウス・クラッスス(★)が敵の手に落ちることを嫌って自殺したことであります。

★前97年執政官、三頭政治家の父、キンナとの戦いで前87年死亡。

[2] ところが、戦場では誰よりも勇敢だったマニウス・アクィッリウス(☆)は、先のクラッスス(=前131年執政官、後のクラッススの祖父)と同じ名誉を手にしながらも、彼の行動を真似ることは出来ずに、勇敢だという名声も数々の手柄を上げた名声も晩年の恥辱によって汚したのであります。さらに、高名なユリウス兄弟(=ガイウス・カエサルと前90年執政官のルキウス・カエサル)と最高指揮権を持っていたマルクス・アントニウス(※)は、二人と同時代の後(あと)のクラッスス(上記★)を真似ることができたでありましょうか。

☆前101年執政官、前88年ミトリダテスに処刑された。
※前99年執政官、弁論家、アントニーの祖父。この三人は共に前87年マリウスに殺された

[3] さらに、ギリシアの歴史は事実よりは言葉に飾られたものでありますが、その中では「驕り高ぶる勝者たるおのれが恥辱の苦痛に敗れ去ることを潔しとせず」と詩人が歌ったアイアスなど神話の人物を別とするなら、アテナイのテミストクレス(★)を除いて、死をもって自らを罰した人がいるでしょうか。

★ツキジデスによれば病死である。『戦史』1,138。

IV.[4] 第四章 ギリシアには多くの作り話があります。その中で、アンブラキアのテオンブロトス(☆) は、私がギリシア語の本(※)で読んだところによれば、何かの不幸から逃れるためではなく、優れた哲学者プラトンが気高く壮麗に死について述べた本を読んだあとで、高い城壁から身を投げたとあります。その本の中で、おそらく、ソクラテスは死刑になる当日に「我々が生と考えているものは死である。魂は肉体の牢獄の中に閉じ込められているからだ。その魂が肉体の拘束から解き放たれて生まれた場所に戻ってきた時が生なのだ」と詳しく議論をしているのです。

※カリマコスのエピグラム23。
☆キケロの記憶違いで正しくはクレオンブロトス、アカデメイア派の哲学者。

[5] まさか、君のそのサルディニアの女性(=自殺したアリスの妻)はピタゴラスかプラトンを読んで知っていたのだろうか。しかしながら、ピタゴラスもプラトンも死を賞賛はしても、生を逃れることには反対しており、それは自然の契約にも自然の法にも反していると言っている。皆さんは彼女の自殺を正当化する理由をほかに(=プラトンを読んだという理由以外に)見つけられないでしょう。それは原告も気付いています。だからこそ、あの女性は貞操を奪われるよりは命を捨てる方を選んだとどこかで漏らしているのです。

[6] しかしながら、彼はすぐに話を逸らして、貞操の話はそれ以上はしませんでした。さしずめ、我々に馬鹿にされたりからかわれたりするのを恐れたのでしょう。というのは、彼女がとても不器量で高齢だということは確かだからです。ですから、そのサルディニアの女性がいくらウィットに富んでいても、色恋沙汰の可能性はないのです。

V.[7] 第五章 トリアリウス君、私の話は口から出任せの作り話ではなく、被告から事情を聞いた上での話だ。それはこの女性の死についてサルディニアでどんな観方がされているか(それも二種類ある)を知れば君も分かるだろう。そうすれば容易に、ここにいる陪審員たちは、スカウルス君の無実と、君の証人たちの出鱈目ぶりと、君たちのしていることの無意味さがよく分かるはずだ。

[8] 先程お話したように、あのサルディニアの女性の夫であるアリス氏はボスタール氏の母親を長年愛していたのです。彼女は浮気者で恥知らずな母親でした。浮気のことは誰でも知っていました。大金持ちで年老いた意地の悪い妻をアリス氏は恐れていましたが、その醜さのために結婚を続けたくはなかったものの、持参金のために離婚をしたくもなかったのです。そこでアリス氏はボスタール氏の母親との同意の上で、二人でローマに来る計画を立てたのです。彼はローマに行けばきっと結婚する方法が見つかると彼女に言ったのです。

VI.[9] 第六章 ここからは既に言ったように話が二つに分かれます。一つ目は、事態の自然な成り行きに即したもので、すでに夫の浮気に屈辱を感じていたアリス氏の妻は、アリス氏が何かを恐れるようにして愛人と一緒にローマに向かったと聞くと、これまで関係があった二人がいよいよ結婚するつもりだと、女らしい嫉妬に苦しんで、そんなことに耐えるよりは死を選んだというものです。

[10] もう一つの話は信憑性では引けを取らないものであり、むしろサルディニアではこちらの方が信じられていると思います。トゥリアリウス君、それは君の証人であり君の家の客人である人(=アリス氏)がローマに旅立つときに、「あの婆さんに乱暴なことはするな(それは女主人に対して相応しい事ではないからだが)、ただ二本の小指で首を絞めて、細紐を首に巻いて首吊り自殺に見えるようにしろ」と、自分の解放奴隷に命じたというものだ。

[11] この疑惑が強くなったのは次の理由からだ。それはノーラの住民が法要を営んで、全員が慣習に従って町から出かけている間に、彼女は解放奴隷によって首吊りにされたという噂があるからだ。住民が出払って村が無人になったことは、女主人を絞殺する人間には必要不可欠なことだったが、自殺願望のある女にはそうではなかった。

[12] またこの疑惑が確信に変わったのは、老婆が死ぬとその解放奴隷がまるで任務を完了したかのようにすぐにローマへ旅立ったこと、一方アリス氏は解放奴隷から妻の死の知らせを受けるやいなやローマでボスタール氏の母親と結婚したことからである。

VII.[13] 第七章 陪審員の皆さん、もうお分かりでしょう。皆さんは何という恥辱にまみれて堕落した忌まわしい家族の手の中にスカウルス君の一族を委ねようとしているかを。もうお分かりでしょう。皆さんは何という証人たちに動かされて、何という人間、何という一族、何という家名についての評決を下そうとしているかを。この事を忘れていいとお考えなのでしょうか。皆さんは息子(=ボスタール氏)に対する母親の犯罪(=殺人)と、妻(=サルディニアの女性)に対する夫(=アリス氏)の犯罪(=殺人)にお気付きでしょう。冷酷さと情欲が渾然とした恐ろし犯罪にお気付きでしょう。この重大な二つの告発(★)をした人たちは、あらゆる犯罪と恥辱にまみれた人たちなのです。この訴訟のすべてはその告発を使って、何も知らない人たちだけでなくスカウルス君に妬みを抱く人たちに向けて、でっち上げられたものなのです。

★スカウルスのボスタール殺しとアリスの妻を自殺に追い込んだ罪の告発。

VIII.[14] 第八章 陪審員の皆さん、この告発には何かまだ疑いが残っているでしょうか。この告発の言う嫌疑は反駁され粉砕されて完全に晴れたのではないでしょうか。なぜそうなったのでしょうか。それは、トゥリアリウス君、君の主張はよく調べて反証すれば反駁できるようなことばかりだからだよ。というのは、この告発はちゃんとした証言に基づくものではなく、陪審の判断次第でどうにでもなるものだからだよ。

[15] さらに、陪審員の皆さん、証人が皆さんの知らない人の場合には、私たちは疑ったり推測したり論証したりして事実そのものの意味と性格を探求するしかないのであります。証人がアフリカ人あるいは(彼らがもしそう呼ばれたければ)サルディニア人ではなく、もっと上品で良心的な人だったとしても、証言を促したり、やめさせたり、教え込んだり、気を変えさせたりすることは出来るのです。逆に、自分の意思を支配している人は自由に嘘がつける人だということになります(=だから未知の証人は信用できない)。

[16] 一方、証拠は事実に基づくがゆえに(それ以外の何が証拠と呼べるでしょうか)事実が発する声であり、自然の足跡であり、真実の印なのです。それはどのようなものであれ必然的に不変なのです。というのは、それは弁論家が考え出したものではなく、見つけたものだからです。したがって、その種の告発において私が負けたのなら、私は潔く負けを認めて譲歩するでありましょう。なぜならそれは真実による敗北であり、理由のある敗北であり、事実に基づく敗北だからであります。

[17] 君は次々と大勢のサルディニア人を私の前に連れてくるが、君はそれによって私を告発攻めにするのではなく、アフリカ人のどよめきで私をびびらせようとしているのかね。そうなれば、私は反駁できなくなるだろう。しかし、私はここにいる陪審員の皆さんの信義と寛容さに助けを求め、彼らの宣誓と、この一族がローマの指導者となることを望む民衆の公平さに助けを求めることができるだろう。そして、常にこのスカウルス一族とその名前の永遠の守護者であった不死なる神々の神意に助けを求めることができるだろう。

IX.[18] 第九章 「彼は金を要求して、命令し、掠め取り、搾り取ったのだ」と君は言う。彼が結んだ一連の契約とその順序は帳簿を出せば分かるのだから、もし君が帳簿で証明してくれるなら、私は入念に下調べをして、どんな弁護をすべきか見出すだろう。もし君が証人に基づいて話をするなら、それが立派な善人でなくても、陪審団の知っている人でありさえすれば、私は誰とどのようにして戦うことになるかよく検討するだろう。

[19] しかしながら、もし証人全員が同じ肌の色をして同じ話をして同じ国籍なら、そしてもし彼らが自分たちの話の証拠も出さず、公文書にしろ私文書にしろ何の文書よっても(もっともそれ自体は捏造することが出来るのですが)証明しようとしないのなら、陪審員の皆さん、私はどこに向かい、何をしたらいいのでしょうか。各証人と個別に議論すべきでしょうか。「どうなんです。取られたと言うが、あなたは何も渡すものがなかったのでしょう」と私が証人に言えば、彼は「あった」と言うでしょう。そんなことが誰に分かるでしょうか。そんなことを誰が判断するでしょうか。正当な根拠はなかったのです。しかし彼はそれをでっち上げるでしょう。私はそんなものにどうして反論出来るでしょうか。彼は嫌なら金を出すことを拒否できたのです。それなのに「無理やり取られた」と言うでしょう。誰も知らない人間の恥知らずな証言をどんな雄弁術が論破出来るでしょうか。

X.[20] 第十章 ですから、私はサルディニア人たちの共謀(=37節)についても、強制して巧みに引き出された偽証についても論じる気はありません。また、証拠を集めて綿密に組み立てる気もありません。彼らの攻撃には攻撃で応戦するだけです。彼らを一人ずつ戦列から引きずり出して戦うつもりはないのです。彼らを全員一撃のもとに打ち倒すのみであります。

[21] なぜなら、サルディニア全体に関わる唯一の重要な告発は穀物についての告発だけだからであります。この問題についてトリアリウス君はサルディニア人全員に質問したのです。この告発は、全員一致の約束したような証言に基づくものなのです。陪審員の皆さん、この告発について私が触れる前に、この弁護全体のいわば土台となるものを置くことをお許しいただきたいのです。もしそれが私のやり方や考え方に従って置かれたら、この告発には私が心配するようなことはなくなるでしょう。

[22] まず最初にこの告発の有り方についてお話しましょう。次にサルディニア人について話してから、スカウルス君について少しだけお話しましょう。それらを明らかにしてはじめて穀物についての恐るべき告訴について取り組むつもりです(=この部分は伝わっていない)。

XI.[23] 第十一章 トリアリウス君、これはどういう種類の告発なのかね。そもそも君は証拠調べに行かなかった。君は私の依頼人を打ち負かせると自信満々で威勢がいいが、その自信はどこから来るのかね。たしか私が子供の頃に、教養と機知に富んだ解放奴隷のルキウス・アエリウスが、主人が受けた被害のかたきを討つするために、クイントゥス・ティティウス・ムットーという悪評高い人間を審問官に告発したのを聞いたことがある。彼は審問官から証拠調べにどの属州あるいはいつまでの期限を申請するか問われたとき、牛市場(=繁華街)で調査する第8時(=第6時が正午、第12時が日暮れ)までを要求したのだ。

[24] 君はマルクス・アエミリウス・スカウルス君についてこれと同じ事をしようと思ったのかね。「この訴訟はローマの私のもとで提起されたものだからだ」と君は言う。では、シチリア人はシチリアの訴訟をローマにいる私のもとで提訴しなかっただろうか。しかも、シチリア人は生来思慮深く、経験を積んで抜け目がなく、学問をして教養がある。それにもかかわらず、私は属州の訴訟についてはその属州において自分で調査して情報を得るべきだと考えたのだ。

[25] それとも私は農民の不満と被害を穀物実る農地で調べるべきではなかったのだろうか。トリアリウス君、私は厳冬の中アグリゲントゥムの谷と丘を巡り歩いた。そうだ、巡り歩いたのだ。あの実り豊かで名高いレオンティーニの広野があの訴訟に関する情報を教えてくれたと言っていい。私は農民たちの小屋を訪れて、鋤の柄のそばで彼らと言葉を交わしたのだ。

[26] 陪審員の皆さん、あの訴訟に関する事実はこのようにして引き出されたもので、そのお陰で陪審団は私の話を耳で聞くだけでなく言わば手に取るように理解できたのです。私はあのローマに忠実な最古の属州の弁護を引き受けたとき、訴訟に関する事実を一人の依頼人から自分の寝室で聴取するようなことは良いことでも正しいことでもないと思ったのです。

XII.[27] 第十二章 最近でも、私の庇護下にあるレアーテの人たちが、ウェリヌス川の流れとその水路について今の執政官たちのもとで公判を希望すると私に言って来たとき、もしその訴訟に関する事実を私が彼らから聴取するだけでなくその土地と湖から学ばなかったら、この重要な行政区の地位に対して満足なことは出来ないし、私の信用を損ねると考えました。

[28] トリアリウス君、もし君の依頼人のサルディニア人が私と同じようにして欲しいと言ったら、君もそうしたはずだ。ところが、サルディニア人は君にサルディニアには来てほしくなかった。なぜなら、彼らが君に報告した事は全く事実と異なっていることも、サルディニアでは民衆の不満もスカウルス君に対する憎しみもないことも、君に知られたくなかったからだ。

XIII.[29] 第十三章 トリアリウス君、考えてもみたまえ、そもそも私の告訴と君の告訴はどれほど違うかを。私は(もし神話を信じるなら)ユピテルが怪物エンケラドゥスを、あるいは別の説ではテュフォンを生焼きにして投げ落としてから、その上にシチリア島を置いて埋めたように(その怪物の息でエトナ山は燃えていると言われている)、シチリア全体を証人として、ウェッレスを生き埋めにするまでは、休廷にしなかった。ところが、君はたった一人の証人を出しただけで休廷にしたのだ。しかし、まったく、何という証人だろうか。たった一人の初対面の取るに足らぬ人間では不十分もいいところだ。君はウァレリウス(=アリスのローマ名)という証人を出して第一回公判を終えたが、彼は君の父親のおかげで市民権を与えられた恩を君に返すために、立派な義務を果たすのではなく、明らかな偽証をしたのかね(=市民権を与えられた人は与えた人と同姓になる)。

[30] 仮に君が自分たちの名前(=ウァレリウス)の縁起がいいことに喜んでいるとしても、我々は父祖たちの習慣に従ってそれを幸運の印であると考えるので、それは被告の破滅ではなく被告の救済につながると解釈しているんだよ。

XIV. しかし、証拠調べと前回の公判を省略したその素早さと迅速さは何もかも(これは秘密でも何でもないが)この訴訟が裁判のためではなく、執政官選挙(★)のために用意されたものであることを示している。

★次のアッピウス・クラウディウスの弟ガイウス・クラウディウスがスカウルスの対抗馬として出馬する選挙。

[31] 陪審員の皆さん、私はここで勇敢で才能あふれる執政官のアッピウス・クラウディウス君(仲直りしてからは私と固い信頼関係で結ばれていると信じています)についていかなる点においても悪口を言うつもりはありません。彼は義憤と疑念に駆られてやむを得ずこの仕事(=この裁判を裏で主導したこと)を引き受けたのか、あるいは、誰を傷つけることになるか気付いていても後で簡単に仲直りできると考えて、この仕事を進んで引き受けるたのでしょう。

[32] ここからの私の話は、彼にとって辛辣だったり耳障りだったりしないように、訴訟にとって必要なことに限ることにしましょう。というのは、アッピウス・クラウディウス君がマルクス・スカウルス君と敵対することは何も恥ずべきことではないからです。彼のお爺さんはプブリウス・アフリカヌス(=小スキピオ)の政敵ではなかったでしょうか(=前142年に監察官の地位を争った)。彼自身は私の敵ではなかったでしょうか。また私は彼の敵ではなかったでしょうか。その敵対関係は我々二人を苦しめたとしても、不名誉なことは全くなかったのです。

[33] 昔から前任者(=アッピウス)は後継者(=スカウルス)を憎むものです(=共にサルディニア総督)。前任者は自分に関する思い出がいっそう際立つように、自分の後継者が出来るだけ憎まれることを望むのです。それは滅多にないどころか普通のこと、ごくありふれたことなのです。

XV. 第十五章 しかし、あれだけ教養と知性に溢れたアッピウス・クラウディウス君のことですから、もしスカウルス君が自分の弟のガイウス・クラウディウス君の対立候補になると思わなかったら、彼がこんなありふれたやり方をとることはなかったでしょう。

[34] ガイウス・クラウディウス君は貴族であるにしろ平民であるにしろ(彼はどちらにするかまだはっきり決めていないからこう言うのですが)、ここにいる被告との争いになると考えていました。一方、アッピウス・クラウディウス君は弟が他の選挙で神祇官やマルスの神官などに立候補したときに貴族だったことを覚えていたので、激しい争いになると考えていました。そこで、自分が執政官のときに弟に落選して欲しくなかったし、仮に弟が貴族でいくなら、もしスカウルス君を危機に陥れるか悪評で打ちのめさない限り、弟はスカウルス君に勝てないと見ていたのです(★)。

★二人の執政官の一人は貴族出身、一人は平民出身とされた。スカウルスは貴族だった。

[35] そもそも、誰にも増して兄弟愛の価値を信じる私が、弟の最高の官職に関して、それを弟に与えるべきでないと考えるでしょうか。「しかし、彼の弟はもう選挙には出ていない」と君は言うかもしれない。その場合、もし弟が任地に引き止められて、アジア州全体の嘆願と、商人たちの嘆願と、同盟国の市民全員の嘆願に促されて、自分の官職よりも属州の利益と救済を優先させたとしても、だからといって、一旦傷つけられた心が簡単に癒やされると、君は思うかね。

XVI. [36] もっとも、万事こうしたことに関して、とくに蛮族の間では、事実よりも思い込みの方が力があるのはよくあることであります。サルディニア人はスカウルス君の評判を落とすより以上にアッピウス君に気に入られることはないと思い込んでいるのです。また、彼らは多くの便宜と恩典に対する期待に動かされています。また彼らは執政官がとくに自分から約束してくる場合には何でも出来ると思っているのです。この事についてはここまでにしましょう。

[37] ところで、私は自分がアッピウス・クラウディウス君の兄弟であるかのように話したのであります。つまり、いま長々と弁論をした彼の本当の兄弟(=プブリウス・クローディウス)とは違って、私がいつも自分の兄弟にするように話したという意味であります(=不正な告発を諌めている)。陪審員の皆さん、以上のように、慣習に反し、節度も思慮も公正さもなく、逆に不当で出鱈目で拙速にせかせかと、全てが共謀と命令と権威と希望と脅しによって始められた告発は、どんな種類の告発であっても皆さんは反対すべきなのであります。

XVII. [38] では今度は証人について話しましょう。そうして、彼らには信頼性も信憑性もまったく欠けているだけでなく、証人としての体をなしていないことを明らかにしましょう。彼らの信頼性を損なっているのは、第一に、彼らの言うことが全員一致していることであります。それはサルディニア人の間の陰謀契約(=宣誓証言)が読み上げられた時に明らかになっているのです。その第二は、便宜や恩典への期待と約束によって掻き立てられた彼らの欲深さであり、最後は、自由と隷属の違いは平気で嘘がつけるかどうかにかかっていると考える不誠実な国民性なのです。

[39] サルディニア人の不満など無視していいとは私も申しません。私はそれほど不人情ではないしサルディニア人を嫌っているわけではありません。何と言っても私の弟はグナエウス・ポンペイウスにサルディニアに派遣されて穀物供給を指揮して最近帰ってきたばかりであり、持ち前の誠実さと人情を発揮してサルディニア人の利益を図ったおかげで彼らにとても大切にされて愛されてきたからです。

[40] ですから、彼らの苦しみや正当な不満にはこうした救済の道が開かれて然るべきですが、共謀や陰謀の道は塞がねばなりません。これはサルディニア人の場合もガリア人やアフリカ人やヒスパニア人の場合も同じことなのです。

XVIII. サルディニアから帰国したティトゥス・アルブキウス(★)とガイウス・メガボックスは、サルディニアの幾人かが彼らの人格を保証したのにも関わらず、有罪になっています。様々な証人がいてこそ証人の信頼性は高まるのです。二人は公正な証人と信頼できる帳簿によって有罪となったのであります。

★前104年、『執政官の属州について』15節参照。

[41] ところが、今回は一つの声、一つの意見しかありません。それは苦しみから引き出されたものではなく作られたものなのです。また、その声は被告の犯した不正のために湧き上がったものではなく、他の人たちが提示した約束や特典によって駆り集められたものなのです。「しかし、サルディニア人が信用されたこともあった」と言うかもしれません。おそらくサルディニア人が潔癖で汚れがなく誰かの指図ではなく自発的に行動し、他人の束縛から自由になる日が来たなら、彼らが信用されることもあるでしょう。もし彼らがそうした資質を身に付けたなら、自分たちが信用されることに喜びを感じて驚くことでしょう。しかし、彼らは今それらの資質がどれも無いのに、何の反省もせず、民族の評判を心配することもないのでしょうか。

XIX. [42] フェニキア人が嘘つきな民族であることは古い文書と歴史によって伝えられてきました。その民族から生まれたカルタゴ人は、何度も反乱を起こし、何度も約束を反故にして破ってきたことから、祖先とは何も変わっていないことを示しています。サルディニア人はカルタゴ人とアフリカ人の混血ですが、植民としてそこに移住して国を作ったのではなく、カルタゴ人に嫌われて追放されてやってきたのです。

[43] したがって、純粋な時から健全なところが全くなかったこの民族は、何度も混血を繰り返してどこまで悪くなったと考えたらいいのでしょうか。こんなことを言っても私の客人で友人である才能豊かなグナエウス・ドミティウス・シンカイウス君は私を許してくれるでしょう。さらに同じくグナエウス・ポンペイウス氏によって市民権を与えられて、スカウルス君の人格を保証している・・・たちと、サルディニア出身の他の良き人たちも、私を許してくれるでしょう。

[44] 確かに彼らの中にも良き人たちは幾人かはいます。また、私は民族の悪習について語るときには、必ず例外となる人を指摘しています。しかし、ここでは民族全体についてお話しなければなりません。おそらく、中にはその性格や教養によって血筋や民族の悪習を克服した人もいるのです。しかしながら、大部分の人たちは信用できないし我が国との協力関係も友好関係もないのが現実であります。ローマと友好関係にある都市も自由都市もない属州はサルディニア以外にどこがあるでしょうか。

[45a] 我らの父祖たちと多くの熾烈な戦いをしたアフリカはサルディニアの母国ですが、信頼できる多くの王国(=ヌミディアなど)があるだけでなく、属州の都市もポエニ戦争への参戦を避けたことはウティカ(☆)を見れば分かります。外ヒスパニアはスキピオ兄弟(★)の死と、サグントゥム(=サグント)のローマへの忠誠心のこもった火葬の薪によって有名ですが(☆)、今はガデス(=カディス)という都市が相互の友好と安全保障条約によって我々と同盟を結んでいます。

☆カルタゴの北西、ローマへ寝返った。
★グナエウス・コルネリウス・スキピオ(前222年執政官)と、プブリウス・コルネリウス・スキピオ(前218年執政官)、第二次ポエニ戦争で死亡。
☆第二次ポエニ戦争でハンニバルはスペインのサグントゥムを攻撃したが、ローマの同盟国だったサグントゥムはハンニバルの包囲攻撃に八ヶ月耐えた。ついに陥落したが、その時、敵の手に落ちることを嫌ったサグントゥムの人たちは、巨大な火葬の薪を積上げてそのなかに自ら身を投じた(Valer. Max. VI. 6. extern.)。これはSagunta fides「サグントゥムの忠誠」としてリビウスにも名高い。アウグスティヌスも『神の国』第三巻でこの事に言及している。

XX. では、サルディニアでは一体どの都市がローマと同盟したと言えるでしょうか。たしかそんな都市は一つもないはずです。それなのに、サルディニアの証人はどんな顔をしてローマ人の前にやって来たのでしょうか。証拠は貧弱で、生まれつき嘘つきだというのに。あなたたちはマルクス・スカウルス君を執政官選挙で落選させるために来たのでしょうか。そしてローマ人の好意を彼から奪おうとしているのでしょうか。あなたたちはどんな権利があってそんなことをするのでしょうか。

[45c] [Arverni] inventi sunt qui etiam fratres populi Romani vocarentur.

ローマ人の兄弟と呼ばれたがる人たちもいるのです。

原告は「私はスカウルス君が同盟国から奪った金で執政官職を買うのではないか、そして、彼の父親がやったように、自分の裁判が始まる前に要職に就いて、以前の統治行為について釈明する前にまた他の属州を搾取するのではないかと心配している」と皆さんに言いました。トリアリウス君が今回これほどまで急いで大慌てで告発した動機というのがこれなのです。これは何という途方もない驚くべき動機でしょうか。

というのは、スカウルス君は自分の義父だったルキウス・スッラが気前の良い勝利者となったときに、勝利者仲間にいながら非常に禁欲的で、ただで何ももらおうとせず、競売でも何も買おうとはしなかったと言われているからです。この噂はこの町にやって来た外国人なら誰もが知っていたことなのです。この振る舞いは他の人には立派に見えるでしょうが、彼はこうするしかなかったのです。なぜなら、彼は自分の父が元老院のリーダーとして元老院決議を出して、この世界を支配していたことを忘れていないからです。ですから、買収されたサルディニア人たちよ、あなたたちは、あらゆる民族の間に浸透しているこのスカウルスという名前を聞いた時には、この貴族の家系についての世界中の人たちの考え方を手本にすべきなのです。

陪審員の皆さん、いまマルクス・スカウルス君は、喪服に身をやつして、悲しみの涙に暮れて、皆さんに嘆願して、皆さんの誠意と皆さんの同情を求めて、皆さんの力強い助力に期待しているのです。陪審員の皆さん、不死なる神々にかけて、未知の証人と野蛮な人間のために、皆さんの市民である嘆願者が、自分にとって最高の名誉となると思っていた執政官の地位を奪われるだけでなく、以前に手に入れた他の名誉と全ての誇りと財産を奪われることが決してないようにしていただきたいのです。そして、もし彼が誰も不当には傷つけず、誰の耳も気持ちも損なわず、(最もささいな事を言うなら)誰にも憎まれたことがなかったのなら、陪審員の皆さん、スカウルス君の皆さんへのこの嘆願をお許しください。彼が憎まれ役を強いられたことはただ一度だけありますが、それは親孝行のためだったのです。

XXI. というのは、ドラベッラは自分の親類のクイントゥス・カエピオー(=前101年執政官)と共に被告の父のスカウルス氏の告発に加わった人ですが、多くの父の政敵の中で彼だけが生き残っていたとき、被告は彼に敵意を抱いてはいなかったにも関わらず、親から受け継いだ敵意を親孝行のために行使すべきだと考えたのです。

彼はマルクス・ルクルスとルキウス・ルクルス兄弟に負けたくなかったのです。というのは、彼ら二人は共に熱心な孝行者だったので、まだ若かったにも関わらず父の政敵(☆)を告発して大きな名声を得たからです。

☆二人の父親を訴えて追放にしたセルウィリウス、Servilius Augur。

原告のトリアリウス君はスカウルス君が非常に大きな家を持っていることを理由に彼を告発していますが、これは何と不当な告発でしょうか。ああ、地位のある卓越した人間が自分の地位にふさわしい家を持つことを許さないとは、彼は何と旧式の厳格な監察官でしょう。

まったく、スカウルス君の動機は何だと言うのでしょうか。スカウルス君はアジアの王の紫のマントを見ても平気だったのに、サルディニアの羊皮のマントを見て人が変わった(=強欲になって搾取した)と言うのでしょうか。

とくに、彼の家は公共広場に近く、人の出入りの多いことを見れば、彼がだらしない人間だとか欲深い人間だとかいう疑いは晴れるはずなのです。

トリアリウス君、君の演説は何と無茶苦茶な理屈を並べたものだろうか。君はスカウルス君の家のホールに立っているルクルスの大理石の柱が町の中を神殿の土屋根の側を個人の家に運ばれたときには、あまりに重くて、パラティウムの丘へ荷車で引きずったときスカウルス君は下水の修繕費を請求されたほどだったと言った。さだめし、あんな妬ましい柱を運んだのは、ローマ人が嫌う個人のうぬぼれのためであって、ローマ人が喜ぶ公共建造物の豪華さのためではなかったと君は言いたいのだろう。それとも君だけは、スカウルス君が造営官として、見世物の規模と自分の気前の良さを示すために、不死なる神々に敬意を表して、見世物の設備を豪華にして、儀式の威厳を高めるために、あの柱を劇場の飾りに使ったことを知らないのかね。

XXII. 第二十二章 さらに私も自分が所有するアルバの大理石の柱を荷鞍に積んで運んだことがある。

では、トリアリウス君、君自身は柱を建てるためにどれほど贅沢な散財をしただろうか。君は誰彼なく人を言葉で貶めようとすることに私は驚くし残念だ。それでは君は自分が乗っている船に穴を空けているのと同然なんだよ。

トリアリウス君は「あなたには家はなかったのですか。ところが家はあったのです。金は余っていたのでしょうか。ところがあなたは金欠だったのです。そこであなたは頭がおかしくなって柱にぶつかったのです。頭がおかしくなって他人の財産にやみくもに突っ込んだのです。潰れて横たわって目に見えない家が、あなたには自分の財産よりも価値があると思えたのです」と言った。

さらに、たとえスカウルス君が君に判定人を頼んだとしたとしても、たとえ君が収入の割に彼ほど柱のために多くの散財をしなかったとしても、必然的に賭けに負けるのは一体どちらだろうか。親の遺産のおかげで豊かな私有財産に恵まれていて地位に相応しく家を飾った人と、借金まみれなのに家を建てて地位を求めた人では。

こうした非難(?)を免れられなかったにも関わらず、君はどうしてもマルクス・アエミリウス・スカウルス君に、そのあらゆる名誉と父の思い出と祖父(☆)の栄光を、汚ならしい軽薄で不誠実な民族と、言わば毛皮を被った証人たちの手に委ねさせようとするのかね。

☆ルキウス・カエキリウス・メテッルス・デルマティクス

XXIII. [46] 私はマルクス・スカウルス君を弁護するための材料を、どこを を向いても何を見ても見つけることが出来るのであります。陪審員の皆さん、彼の父親の威厳のある強力な指導力については、あの元老院が皆さんの証人であります。皆さんご覧のあの神殿(=カストールとポルックスの神殿)の中に神々の像を奉納したのは、彼の祖父であるルキウス・メテッルス(=前119年執政官)であります。あの聖なる神々は苦しんで嘆願する多くの人たちに、しばしば救いの手を差し伸べてきたのであり、いま彼の孫の救済を求めているのであります。

[47] あのカピトリウムの丘は三つの神殿のために有名ですが、最高神ユピテルとユノー女神とミネルヴァの神殿に向かう参道は、彼と彼の父親の豪華な寄進で飾られています。皆さんはそれらを見れば、目の前にいるマルクス・スカウルス君が国家に対して鷹揚で気前のいい人間であることを思い出して、物惜しみで強欲であるという彼の疑いを忘れて下さることでしょう。

近くにあるヴェスタの社を見れば、皆さんは、あの大神祇官ルキウス・メテッルス(=前251年執政官)があの神殿が火災に遭ったとき、火の中に飛び込んでミネルヴァ像を火の手から救い出した(=前241年)ことを思い出すことでしょう。その像は我らと我らの帝国の安泰の保証として、ヴェスタ女神の祠に安置されていたものなのです。一時でもあの人がいまこの世に甦ることができればいいのですが。

[48] そうすれば、ローマ安泰の保証となるあのミネルバ像をかつて火災の中から救い出した彼なら、きっと自分の子孫をこの炎の中から救い出してくれることでしょう。

XXIV. [49] 彼の父のマルクス・スカウルス殿、私はあなたの息子の喪服姿を見たとき、心に大きな悲しみを抱きながらあなたの事を思い出しましたが、それだけではなく、あなたの姿が目に浮かんだのです。そうです、目に浮かんだのです。この裁判の間つねにあなたの姿は私の目の前にあったのです。そのあなたには、この陪審たちの心の中に入りこんで彼らの心からも離れないで頂きたいのです。まったく、知恵も威厳も誠実さも他の美徳でも彼に並び立つ人はいないのであります。その彼の姿が、願うらくは、もし甦って来ることが出来るならば、この陪審員の全員の心を動かしてくれることでしょう。そして、彼の姿を見た人なら誰もが、それが誰か分からなくても、彼がこの国の第一人者だと分かるはずなのであります。

[50] スカウルス殿、いま私はあなたをどのような存在として呼べばいいのでしょうか。人としてでしょうか。しかし、あなたは我々の中にはおられないのです。では故人としてでしょうか。しかしながら、あなたはここにいるすべての人の心の中と口の端に上って、命の息吹を感じさせて生きておいでなのです。あなたの神聖な魂は、死とは何の関わりもなかったのです。死があなたをとらえ得たとしても、それはあなたの肉体だけだったのです。ですから、あなたをどのように呼ぶのが正しいにしろ、あなたは私たちを助けにやって来て下さるでしょう。そして、この嘘つきの軽薄な証人たちの図々しい鼻っ柱をあなたの姿でへし折るって下さるでしょう。市民たちがあなたの一族の名誉を恥辱と災難によって傷付けることがないように、あなたの美徳を立派に引き継いだ息子を評決で打ちのめすことがないように、あなたは私たちのもとにやって来て、いつも尊敬されていたあなたの権威ある忠告を市民たちに与えて、彼らの目を覚ませて下さることでしょう。

Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2018.4.5-5.25

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