A
わが君、レートーの子、ゼウスの御子よ、歌のはじめに、歌のおわりに御身の御(み)名をあらたにしよう。つねに歌のはじめに、終りに、そしてさなかにことほぎまつろう。私の歌に心をかたむけ、幸運を授けたまえ。
ポイボス、わが主なる神、御身の母なる女神レートが、かよわい御手に棗椰子(なつめやし)の枝をとり、御身を、こよなく麗しい玉の御子を、円(まろ)やかな入江の奥で生みたもうたとき、デーロスの平地はかぐわしい神の香りにくまなく充たされ、広やかな大地は微笑(ほほえ)み、潮白い大海も水底深くことほぎ祝った。
Ἄρτεμι θηροφόνη, θύγατερ Διός, ἣν Ἀγαμέμνωνアルテミス、獣をはふる御神よ、ゼウスの娘、その昔アガメムノーンがすみやかな檜脚でトロイアにむかうとき、御社(みやしろ)を献じた女神よ、聞きたまえ、私の祈りを!遠ざけたまえ、悪しき日々を!御身の力をもってすれば訳もないこと、女神よ、だが私には切なる願いでございます。
15 Μοῦσαι καὶ Χάριτες, κοῦραι Διός, αἵ ποτε Κάδμου
ミューズたち、美の女神たち、御身らゼウスの娘たちと、その昔カドモスの結婚(めあい)の宴にあって、妙(たえ)なる調べを奏でた女神らよ。
「美しきものこそまことに愛(いと)しけれ、 醜きものを求めるなかれ」
そのように御身らの唇はまことを告げた。
キュルノス、知恵をひめたこの歌に私の印(しるし)を刻んでおこう、知らぬ間に人に盗まれぬよう、また優れた言葉が劣ったものに置きかえられないように用心するのだ。世の人はみな言うだろう。「メガラの人テオグニスの作品だ、たれ一人知らめものないあの詩人の、」と。市民らの誰もかも喜ばすことは私にはできぬ、さもあるべきだ、ポリュパオスの子よ、それはゼウスですら及ばぬこと、降らせても、照らせても、すべての人は同じようには喜ばぬ。
Σοὶ δ' ἐγὼ εὖ φρονέων ὑποθήσομαι, οἷά περ αὐτός,ためを思って教えてあげよう、それはこの私が若いころ、立派な人たちから聞いた言葉だ。破廉恥(はれんち)な不正な知恵に長(た)けようとするな、名誉、徳、財産などというものを、無理してまでも手に入れようとはせぬがよい。それがまず第一、次には卑賤な輩(やから)と交わるな、立派な人々とともにあれ。友をえらんで酒をのみ宴を楽しみ、かれらと共に座をわかち、喜びをわかちあえ。君は大きな力を身につけることになる。立派なことは立派な人々から学べよう、だが卑賤と交わりを結ぶとき天性のわきまえをすら失うことがある。このことを忘れるな、立派な人々と共にあれ、すればきっとわかるときがある、友なればこそこの忠告を与えたのだと。
Κύρνε, κύει πόλις ἥδε, δέδοικα δὲ μὴ τέκηι ἄνδραキュルノス、私たちの国は子をはらんでいる。もしや横暴な男を、苛酷な内乱の種を生むのではないか、それが恐ろしい。市民たちはまだわきまえを守っているからよい。だが為政者どもは大きな災悪の道をえらんだ。キュルノス、立派な人々が国を滅ぼすことはない、しかし横暴な行ないが卑賤な輩の好むところとなり、民衆の秩序を破り正義と不正とを混同するならば―それはみな私利私欲の故にであるが、―もう国の命運はつきている。たとえ今はやすらかな平和な夢をみていても、卑賤な輩がよこしまな行ないを好み、公(おおやけ)に罪してもなお私腹を肥やすときには、終りが近い。なぜなら、内乱も党争も独裁も、みなそれが因で起るからだ。どうかこの国がそのような道に堕(お)ちないよう、祈りたい。
Κύρνε, πόλις μὲν ἔθ' ἥδε πόλις, λαοὶ δὲ δὴ ἄλλοι,キュルノス、われらの国はまだ「国」とよべるかもしれぬ。だがその人間はすっかり変ってしまった。昔は法の裁きの心得もなかった無知の輩が―山羊皮を身にまとい、野鹿さながら都のはずれでたむろしていた奴どもが―それが今は! 貴族だという。ポリュパオスの子よ、そして昔の貴族は今の賤民だ。おおこのさまを見て黙っていられようか!かれらは互いに嘲(あざけ)り笑いだましあい、立派な人も卑しい輩も互いの心を理解しようとさえしない。ポリュパオスの子よ、こやつらを友とは思うな。たとえどのように困っても。やつらとのつきあいは口先だけでよい、だが心まで許してはならぬ。まして大事 なことはそうだ。やがて君にも惨めな人間の根性がわかるときがくる。やつらの仕業(しわざ)は信用がならぬ、やつらの好みは策謀、欺瞞(ぎまん)、私利私欲だ。そんな輩にはけっして救いがないものと思うがよい。
Μήποτε, Κύρνε, κακῶι πίσυνος βούλευε σὺν ἀνδρί,キュルノス、けっして卑賤な輩に気をゆるし、腹の中までうちわらぬがよい、大事を成就(うちと)げようと思うなら、いっそう気をつけよ。だが立派な人がいたならば、長道の苦をいとわずに足を運んで、考えをわかちあうがよい。
Πρῆξιν μηδὲ φίλοισιν ὅλως ἀνακοινέο πᾶσιν·大事のときは、すべての友には明かさぬがよい、数多い友があっても、信ずるに足る心の友はほとんどいない。
75 Παύροισιν πίσυνος(頼る) μεγάλ' ἀνδράσιν ἔργ' ἐπιχείρει,友をえらんで大事をはかれ、キュルノス、取りかえしのつかぬ羽目におちることがなくてすむ。
Πιστὸς ἀνὴρ χρυσοῦ τε καὶ ἀργύρου ἀντερύσασθαι(同等にみなす)頼りになる男は、金銀よりも量目は重い、キュルノス、苦労の多い内乱のときにはことにそうなのだ。
Παύρους εὑρήσεις, Πολυπαΐδη, ἄνδρας ἑταίρουςポリュパオスの子よ、悲運のさなかでもなお、友として頼れる仲間はほとんどいない。ゆるぎない一つの心をわかちあい、幸運におごらず不運にもめげぬ誠の力は、すくないものだ。
Τούτους οὔ χ' εὕροις διζήμενος οὐδ' ἐπὶ πάντας探しても、世の中をくまなく尋ね求めたところで、船一隻にあふれるほどの人数は見つけることができないだろう、舌と眼に廉恥がやどり、破廉恥な利得を追わの人間を探しているのなら。
Μή μ' ἔπεσιν μὲν στέργε, νόον δ' ἔχε καὶ φρένας ἄλληι,心も知恵もそっぽをむけて、口さきだけのつきあいならばもう結構だ。もし君が本当の友達で誠意をもっているというなら。友達なら誠実につきあえ。さもなくば私と別れ、公の争いの場で私を憎め。舌は舌、心は心という男こそ恐ろしい。キュルノス、そんな奴は友にするより敵にせよ。
Ἄν τις ἐπαινήσηι σε τόσον χρόνον ὅσσον ὁρώιης,眼の前では君をほめ、陰では君を譏る、そんな奴は友ではない、どうみても大した人間ではない。口では巧言、心は別の考えをもつやつだ。私が友にもちたい男は、友達の怒りを承知で直言する人間だ。兄弟のように友の短気を許してやるような人間だ。友よ、君の心によく尋ねてみるがいい、そしてまたいつか、私のことを思いだしてくれ。
Μηδείς σ' ἀνθρώπων πείσηι κακὸν ἄνδρα φιλῆσαι,卑賤な輩なら、すすめられても友にはなるな。キュルノス、卑怯な男を友にして何の利益があるというのか。不運の悲しみや一身の破局から救ってくれるわけでもない、恩をうけても返そうとはしないのだ。
105 Δειλοὺς εὖ ἕρδοντι ματαιοτάτη χάρις ἐστίν·卑怯な男を助けるほどに、空しい親切はほかにない。白い潮吹く荒海に種をまくのと同じだ。海に種播きしたところで、深々とそよぐ穂を刈りとることは望めない。卑賤な男を助けても、何の実りも手に入らぬ。卑賤な奴らはつけあがる。まかりまちがうとそれまでの、すべての人らの友情が仇になる。だが立派な人は、受けた好意をあつく喜び、感謝の気持を末ながく心にとどめる。
Μήποτε τὸν κακὸν ἄνδρα φίλον ποιεῖσθαι ἑταῖρον,卑賤な男を友とするな、大事を担う仲間にえらぶな。悪い港だ、近づかぬがよい、これからも。
115 Πολλοί τοι πόσιος καὶ βρώσιός εἰσιν ἑταῖροι,食友達、飲友達には不自由はなかろう、だが事あるときに頼みとなるのはほんの僅か。
Κιβδήλου δ' ἀνδρὸς γνῶναι χαλεπώτερον οὐδέν,見せかけの親友、―これくらい見わけのつきにくいものはない。またこれくらい用心しなくてはならぬものもない、キュルノスよ。
Χρυσοῦ κιβδήλοιο καὶ ἀργύρου ἀνσχετὸς ἄτη,贋の金銀なら、たとえだまされても知れている。それに眼ききならすぐに見破る。キュルノス、しかし友と見えた人間の心は敵で、奥にたくらみを秘めているなら、これこそ神が人間にあたえた贋金中の贋金だ。これこそ難病中の難病で診断はむつかしい。男でも女でも、中にかくれた心を取りだして調べることはできぬ。家畜もそうであるように、人も使ってみてはじめてよくわかる。それまでは推しはかる術もなかろう、見せかけはしばしば判断を狂わすからだ。
Μήτ' ἀρετὴν εὔχου, Πολυπαΐδη, ἔξοχος εἶναι人にすぐれた仁徳や富が身にそなわりますよう的に、などとは祈らぬがよい、ポリュパオスの子よ。ただ運にさえ恵まれていればよいのだ。
Οὐδὲν ἐν ἀνθρώποισι πατρὸς καὶ μητρὸς ἄμεινον父母よりも貴いものはありえない、キュルノス、汚れない正義を崇め尊ぶ人にとっては。
Οὐδείς, Κύρν', ἄτης καὶ κέρδεος αἴτιος αὐτός,キュルノス、誰も心から破滅や利得の責任を一人で負いきれるものはない、これら二つをあたえるのは神々なのだ。また誰も、先の先まで見通して行動するものはない。結果の成否はだれにもわからない。悪をなそうとして善をなすこともあり、その逆に善のつもりが悪を生むこともよくあるとおりだ。また誰も望みが全てかなえられるものではない。堪ゆえがたい抗いがたい束縛がゆるさないからだ。それでも人間は無知ゆえに空しい夢をはてしなく追い、神がすべてを御心のままに導きたまう。
Οὐδείς πω ξεῖνον, Πολυπαΐδη, ἐξαπατήσας人の世で旅人をだましおおせても、ポリュパオスの子よ、また嘆願者をだましおおせても、神の眼はきっとみている。
145 Βούλεο δ' εὐσεβέων ὀλίγοις σὺν χρήμασιν οἰκεῖν神を尊びつましい暮しを守るがよい、財を追い不正な富を蓄えるよりどれほどかよい。正義の心はすべての徳を具現する。立派な人はみな正義を愛する人たちなのだ、キュルノスよ。
Χρήματα μὲν δαίμων καὶ παγκάκωι ἀνδρὶ δίδωσιν,金は天下の廻りもの、卑しい輩でもさずかるときには金持になる。しかしキュルノス、徳をわかちさずかる人は、数えるほどしかいはしない。
Ὕβριν, Κύρνε, θεὸς πρῶτον κακῶι ὤπασεν ἀνδρί,神は、キュルノス、「横暴」という印をつける、こやつを除こうと思召した男の上に。
Τίκτει τοι κόρος ὕβριν, ὅταν κακῶι ὄλβος ἕπηται飽満は横暴の母となる、卑賤の輩が、しかもわきまえのない奴どもが、富を得るときには。
155 Μήποτέ τοι πενίην θυμοφθόρον ἀνδρὶ χολωθείς腹が立っても、相手をさいなんでいる貧乏や身をくいへらす困窮を嘲ってはならぬ。なぜなら秤を操るのはゼウスだからだ、時には富を時には無一物の貧困をもつようにと。
Μήποτε, Κύρν', ἀγορᾶσθαι ἔπος μέγα· οἶδε γὰρ οὐδείςキュルノス、大言は心してつつしめ、この昼と夜が何を生むかはわからないのだ。
Πολλοί τοι χρῶνται δειλαῖς φρεσί, δαίμονι δ' ἐσθλῶι,心は卑屈だが運だけよいという手合いは沢山いる。その連中には禍いと見えたことも転じて倖いとなるものだ。だが他方、内容はすぐれているのに、運に恵まれず苦労する人も大勢いるのだ。何をしてもうまくいかぬ人達が。
165 Οὐδεὶς ἀνθρώπων οὔτ' ὄλβιος οὔτε πενιχρός金持、貧乏人、貴族、賤民、などと人は言うが、それらはどれも神なくしては存在しようはずがない。
Ἄλλ' ἄλλωι κακόν ἐστι, τὸ δ' ἀτρεκὲς ὄλβιος οὐδείς人はみな、それぞれの不幸をもっている。 ゆるぎない幸福をもっている者などはいないのだ、太陽の みそなわす地上では。
Ὃν δὲ θεοὶ τιμῶσιν, ὁ καὶ μωμεύμενος αἰνεῖ·神々が尊ぶような人間は、咎(とが)めたいものでも褒(ほ)めるような人だろう。真摯(しんし)さなどは何の足しにもならぬのだ。
Θεοῖσ' εὔχου, θεοῖσ' οἷσιν ἔπι κράτος· οὔτοι ἄτερ θεῶν神々に祈れ、力はすべて神々のもの。神々なくては、貴きもない。卑しきもない。
Ἄνδρ' ἀγαθὸν πενίη πάντων δάμνησι μάλιστα,立派な人を喰いつぶす一番おそろしいものは貧乏だ。キュルノス、これは灰色の老いよりもよりも瘧(おこり)よりもおそろしい。貧乏を逃れるためなら、キュルノス、聳え立つ断崖から身を投げよ、深みに口を開く海底へ。どんなにすぐれた人であろうと貧窮のとりことなれば、演説も行動も思うにまかせぬようになり、舌までも縛られてしまうのだ。地のすみ、海原の背の彼方まで探し求めねばならぬものがある。キュルノス、それはつらい貧乏からの解放だ。愛するキュルノス、貧すれば死ぬほうがよい。つらい貧窮に身をすりへらしながら生き長らえるよりは。
Κριοὺς μὲν καὶ ὄνους διζήμεθα, Κύρνε, καὶ ἵππουςキュルノス、われわれは、種羊だ、騾馬(らば)だ、純血種の馬だといって大さわぎをする。よい種を殖(ふ)やしたいものならば当りまえだ。ところが人間同士の話となると、立派な血を引く男でも、持参の金さえ気に入れば、卑しい女をめとっても何とも思わぬらしい。女も、金持でさえあれば卑賎の出を夫に迎えることを嫌がらぬ。人間の質よりも持物を尊ぶ心の故だ。やつらが金を崇拝するからだ。 そして貴きは卑しきと、卑しきは貴きと縁を結んで、金が血筋を混ぜあわす。こうして市民らの血筋が乱れるのを見て驚くには及ばぬ、ポリュパオスの子よ。貴賤が一つの甕(かめ)で混ぜられるのだから。
Αὐτός τοι ταύτην εἰδὼς κακόπατριν ἐοῦσανつまり市民は、女が卑しい素性と知りながら、金に口説かれて妻にする。名ある男が名もない女と一 それは抗いがたい貧窮のなせるわざ、人の心をへりくだらせる貧窮の。
Χρῆμα δ' ὃ μὲν Διόθεν καὶ σὺν δίκηι ἀνδρὶ γένηται金は時にはゼウスの御手から、正義にそって与え られ、清くながく人のもとに保たれる。だが不正に も則(のり)をこえ、強欲な心にまかせて奪いとったり、偽りの誓いにのせて掴みとるなら、しばらくは得をしたかに思えても、終るところは災難だ。 神々の御心はすべてにまさる。―だがそのような説明は人の 心を欺瞞するものだ。なぜなら、神々は、罪深い人間どもにけっして同じ罰をあたえない。ある人は自らの生命で責を負う、そして末の子らには破滅や災難が及ばない。ところが別の人は裁きを受けることすらない。その前にもう、恥しらずな死がやって来てまぶたの上に運命の封をしてしまうのだ。
Οὐδείς τοι φεύγοντι φίλος καὶ πιστὸς ἑταῖρος·流され追われる身となれば、誰一人友もなく、仲間とてない。そのほうが流刑になるよりまだつらい。
Οἶνόν τοι πίνειν πουλὺν κακόν· ἢν δέ τις αὐτόν深酒は身のわざわい、だが心して飲むならば酒はよいもの、悪いものではあるまい。
Θυμέ, φίλους κατὰ πάντας ἐπίστρεφε ποικίλον ἦθος,キュルノス、すべて友達とのつきあいには変転自在でなくてはならぬ。それぞれの相手の気性と自分のを混ぜあわせるのだ。たくらみ深い蛸(たこ)の習性をみるがよい。岩陰で岩肌とまじわるときには岩さながらの色を装う。君も時にはあれ、時にはこれと肌の色を変えねばならぬ。身を救うのは頑固さではな い、かしこさだ。
Μηδὲν ἄγαν ἄσχαλλε ταρασσομένων πολιητέων,市民らがさわぎ立てても、そう案ずることはない。 キュルノス、中道を行け、私のように。
Ὅστις τοι δοκέει τὸν πλησίον ἴδμεναι οὐδέν,誰であれ、隣人が無知であり自分だけが気のきいた考えをもっていると思う男は、わきまえもない、 知恵もない。なぜなら私たちみな、それぞれのたくらみを秘めている。ただ違うところは、あるものは卑しい利得を求めぬが、あるものは、裏切りや奸策を用いるところだ。
'Πλούτου δ' οὐδὲν τέρμα πεφασμένον ἀνθρώποισιν·これこそが富の限界といえるものは、この世にはない。 われらの仲間で誰よりも富める男は、さらに その倍を望んで狂奔する。誰が全ての人間の欲望を満しえようか。金こそが人の世の愚かしさ、それがもととなって破滅がやってくる。それをゼウスがあわれな人間界につかわしたもうとき、ある人は浮きある人は沈む。
Ἀκρόπολις καὶ πύργος ἐὼν κενεόφρονι δήμωι,わきまえもない民衆どもの城となり砦(とりで)となる身でありながら、僅かの尊敬しか得られない定めにあるのだ、立派な人物は。
235 Οὐδὲν ἐπιπρέπει ἧμιν ἅτ' ἀνδράσι σωιζομένοισιν,我々は難をまぬかれた人間のように振舞うべきではない、国全体が敵手に陥(お)ちんとする状態にあるのだ。
Σοὶ μὲν ἐγὼ πτέρ' ἔδωκα, σὺν οἷσ' ἐπ' ἀπείρονα πόντον私は君に翼をあたえた。その力で君はやすやすと限りない海原に、限りない大地の涯(はて)にまではばたけよう。四方の人々の歌いひろめるところとなって、すべての祭、すべての宴にはべることもできるだろう。そして君の名に、澄んだ音色の笛をそえ、美しい若者たちが大らかな美しい声で歌ってくれよう。そして末は闇をこめた大地の底へ、―ハーデスの嘆きにみちた御社(みやしろ)に降りて行く日が訪(おとず)れようとも、死のために誉(ほま)れの朽ちることはなく、いつの世までも君の名は滅びない。キュルノスよ、ヘラスの地のすみずみまでも、魚のすむ荒海をこえ島々までもつたわろう。馬の背を借りずとも。菫(すみれ)の冠のミューズらの美しい賜物(たまもの)が君を伝えひろめて行くのだ。すべての心ある人々によってこの歌は、末の世までも歌いつがれていくだろう。日輪の輝く限り、大地の存する限りは。そのように私はしたのに、どれほどの敬いも君から受けていない。君は言葉だけで私をだます、子供のようにやすやすと。
255 Κάλλιστον τὸ δικαιότατον· λῶιστον δ' ὑγιαίνειν·最高の正義こそ至高の美、至上の善は五体満足であることだ。そして無二の逸楽は望みの品を手に入れること。
Ἵππος ἐγὼ καλὴ καὶ ἀεθλίη, ἀλλὰ κάκιστον私はみごとな競争馬だが、誰よりも卑しい男をのせている。それが何とも気にそわぬ。はや幾度となチャンスはあったのだが、―轡(くつわ)を噛みきり、御者をはねおとし、逃げてしまおうという―。
Οὔ μοι πίνεται οἶνος, ἐπεὶ παρὰ παιδὶ τερείνηιもう酒がのどを通らね。やさしいあの子のかたわらで私よりずっと劣ったどこかの奴がのさばりかえっているからだ。••••••いとしい親たちはこの子の陰で、私のために冷い水を飲んでいる。するとあの子は水を汲み、泣きながら私のところへ持ってくる・・・・・・そしてやさしいあの子の腰に手をまわし口づけすると、その唇からひそやかな声がもれた。
Γνωτή τοι πενίη γε καὶ ἀλλοτρίη περ ἐοῦσα·貧乏はたとえ他人事でも身につまされる。アゴラへも法廷へも現れぬからだ。どこへ行っても負けるのだ、どこへ行っても嘲笑(わら)われる。どこへ行っても、行ったその場で同じように憎まれる。
Ἴσως τοι τὰ μὲν ἄλλα θεοὶ θνητοῖσ' ἀνθρώποις人間になべて等しく神々が定めたものは、呪いにみちた老衰と、青春の日だ。だがこの世のすべての禍いにまさる苦しみは、死ではない、諸々の病でもない。子を育て入目(いりめ=費用)をかけて、並ならぬ心労のすえに財をのこせば、子供らは父をば憎み、その死を願い、姿をみれば乞食のように忌み嫌うのだ。
Εἰκὸς τὸν κακὸν ἄνδρα κακῶς τὰ δίκαια νομίζειν,卑しい男が法をいやしめ歪(ゆが)めることはありえよう、天の怒り人の怒りを恐れぬのだから。あわれな男は目先の利得を追うあまり無法を働き、それで何もかも上手くやったと思うのだ。
Ἀστῶν μηδενὶ πιστὸς ἐὼν πόδα τῶνδε πρόβαινε市民らの誰にも心をうちあけず、やつらの先手をとるがよい。誓約も友情も信じるな、たとえゼウスにかけて、至高の御神、神々の証(あか)しともなる御神の御名にかけて誓おうとも。このように悪意にみちた国では何も喜びをもたらさない。なればこそ大勢のいっそうみじめな人たちが生きているのだ。
Νῦν δὲ τὰ τῶν ἀγαθῶν κακὰ γίνεται ἐσθλὰ κακοῖσιν見るがよい、立派な人らの没落が卑賤な輩の全盛をまねく。やつらはねじまがった法律で人の頭に立っている。なぜなら、つつしみは失われ、破廉恥と横暴が正義を圧して、この国をすみずみまで支配しているからだ。
Οὐδὲ λέων αἰεὶ κρέα δαίνυται, ἀλλά μιν ἔμπης獅子といえども何時なりとも肉の宴をほしいままにするわけではない。いくら力を誇っても、いつかは手だてを失うことがあるものだ。
295 Κωτίλωι ἀνθρώπωι σιγᾶν χαλεπώτατον ἄχθος,饒舌な男にとっては沈黙ほどつらい苦はない。心得もなく言葉をつらねて並みいる人らの顰蹙(ひんしゅく)をかう。たれもかれも彼をいやがる。そのような人間と酒宴を共にする羽目ともなれば、つきあうのが骨になる。
Οὐδεὶς λῆι φίλος εἶναι, ἐπὴν κακὸν ἀνδρὶ γένηται,いったん落目(おちめ)になろうものなら、友達と呼んでくれるものはない、キュルノス、たとえ同じ胞(はら)から生まれたものでも。
Πικρὸς καὶ γλυκὺς ἴσθι καὶ ἁρπαλέος καὶ ἀπηνήςからくも甘くもあるように、愛想よくまた厳(きび)しくもあるように心にかけよ、日雇人や女たち、扉を接する隣人たちと交わるときには。
Οὐ χρὴ κιγκλίζειν ἀγαθὸν βίον, ἀλλ' ἀτρεμίζειν,良い生活をもっているなら、気ぜわしく改めようとせず、安定を求めるがよい。だが住みにくい暮しなら、正しくなるまで揺らせつづけよ。
305 Τοὶ κακοὶ οὐ πάντες κακοὶ ἐκ γαστρὸς γεγόνασιν,悪人とはいえ生まれついての悪人などはおりますまい。悪人どもと仲間になって、悪業を知り、口ぎたない言葉や乱暴の習癖を身につけたのだ、悪人どもの言うことを真にうけて。
'Ἐν μὲν συσσίτοισιν ἀνὴρ πεπνυμένος εἶναι,食卓の仲間と共にいるときは、わきまえ深い男はこのように振舞うだろう。何ごとも、自分自身がそここに居あわせないかのようにやりすごす、だが冗談の一つはさしはさむ、そして表はあくまでも自らを持して、各々の人間がどのような気性の主かを見てとるのだ。狂人の仲間となれば狂いもしよう、だが正しい人らの間なら、世に並びない正義の士ともなれる私だ。
315 'Πολλοί τοι πλουτοῦσι κακοί, ἀγαθοὶ δὲ πένονται,たしかに悪人どもが財をつみ、立派な人らは貧乏だ。だがわれわれはその連中と取引をして徳を売り富を得ようなどとは望むまい。徳は月日とともに朽ちることがない、だが富は人から人へとめぐり行くものだから。キュルノス、立派な男の判断はしっかと根をすえ動かない、幸不幸の移ろいにも変りはしない。だが神が生業と富とを卑しい男に与えたもうと、たちまちにして卑劣な本性をあらわしてしまう。
Μήποτ' ἐπὶ σμικρᾶι προφάσει φίλον ἄνδρ' ἀπολέσσαιわずかばかりの理由を楯に、友なる者をすててはならぬ、キュルノス。きびしい中傷の言葉にうごかされて。もし友の非を事こまかく指弾するなら、お互いに友は減り数えるほどしか残るまい。誤りは人間にはついてまわるもの、キュルノスよ、ただ神々だけがそのとがめを受けようとはされぬ。
Καὶ βραδὺς εὔβουλος εἷλεν ταχὺν ἄνδρα διώκων,歩みはたとえ遅くとも、慎重ならば、足速やかな男をも捉えられよう。キュルノスよ、不死なる神々の曲りなき正義によって。
Ἥσυχος ὥσπερ ἐγὼ μέσσην ὁδὸν ἔρχεο ποσσίν,落着いて中道を行け、私のように。キュルノス、一方に属するものを、ゆめ他方に与えてはならぬ。
Οὐκ ἔστιν φεύγοντι φίλος καὶ πιστὸς ἑταῖρος·追われた男には友もない、頼るべき仲間もいなbい。その方が、流刑よりもはるかにつらい。流刑の男に望みをかけて友達あつかいせぬがよい。キュルノス。たとえ祖国へ帰参してももはや同じ男ではあるまい。
335 Μηδὲν ἄγαν σπεύδειν· πάντων μέσ' ἄριστα· καὶ οὕτως,何事も深入りするな、何事もほどほどがよい。そしてキュルノス、中程を知る徳を身につけよ、わけでも得がたいその徳を。
Ζεύς μοι τῶν τε φίλων δοίη τίσιν, οἵ με φιλεῦσιν,ゼウスよ、私を愛する愛しい友らに恵みをあたえ、わが敵どもによりまさる力をもった報いをあたえたまわんことを、と祈りたい、キュルノスよ。私は現世の神であったとさえいわれよう、もしすべての負い目をきれいに支払ってからあの世へ行ければ。
Ἀλλά, Ζεῦ, τέλεσόν μοι, Ὀλύμπιε, καίριον εὐχήν·ゼウス、オリュムポスの主よ、わが祈りをばよき時に叶えたまえ。苦しみを与えたもうなら、一片の幸福をも恵みたまえ。どうか私に死を与えたまえ、もしこの苦しい心の患いからの安らぎを見出すことができませんのなら。「眼には眼を」の報復を果すことができませんのなら。これが私としての言分、だがやつらに対する報復はまだなされていない。やつらは私の財を力でうばい手に握っているのだ。私は何もかも失って野良犬同然、濁流のうずまく早瀬をわたったところだ。やつらの黒血をすすることのできますように!よき神霊の御加護のありますよう、どうか万事、この胸の願いどおりに成就されますように!
Ἆ δειλὴ πενίη, τί μένεις προλιποῦσα παρ' ἄλλονおお何と惨めな貧困よ、なぜ動こうとせぬ、なぜ別の人間を訪ねようとはしないのか。嫌がる私につきまとうてくれるな。お願いだ、去って行け、ほかの家へ行くがいい、私のところでいつまでも、この悲惨な日々を共にするな!
Τόλμα, Κύρνε, κακοῖσιν, ἐπεὶ κἀσθλοῖσιν ἔχαιρες,不運にもめげてはなるまい、キュルノス、君には幸福な喜びだってあったのだ、運命が君をしあわせにしていてくれていた間は。幸運が転じて今悲運をつかんだそのように、今度はまた悲運から逃れるように、神々に祈りをささげ、自らの力をもためすがよい。だが人前ではあらわにせぬがよい。キュルノス、知ってもいようが、不幸を看板にしてみても、君の不幸を慰めてくれる人が集まるわけではなし。
Ἀνδρός τοι κραδίη μινύθει μέγα πῆμα παθόντος,人の元気は、大厄にであうと縮む。キュルノスよ、だが厄をはらえばすぐもとにもどる。
Εὖ κώτιλλε τὸν ἐχθρόν· ὅταν δ' ὑποχείριος ἔλθηι,敵がいばっているうちは甘い言葉でわなをかけ、一たび手中に陥ちたなら、容赦はいらぬ、復讐せよ。
365 Ἴσχε νόωι, γλώσσης δὲ τὸ μείλιχον αἰὲν ἐπέστω·心は堅固に、だが舌先にはいつも忘れず甘味をそえよ。卑怯ものにかぎって、心が先に鋭くなるものだ。
Οὐ δύναμαι γνῶναι νόον ἀστῶν ὅντιν' ἔχουσιν·市民らの心のほどは私には知ることができない。傷つけようと助けをやろうと、やつらの気には入らぬらしいだが私を咎める声はまた多い、民衆も貴族らも、その点は全く同じだ。知恵ない輩の真似することは、誰にもできない難業だ。
Μή μ' ἀέκοντα βίηι κεντῶν ὑπ' ἄμαξαν ἔλαυνεいやだというのに無理やりに棒で叩いて車につなぎ、しつこい友誼に、キュルノスよ、私をしばりつけないほうがよかろうよ。
Ζεῦ φίλε, θαυμάζω σε· σὺ γὰρ πάντεσσιν ἀνάσσεις愛するゼウスよ、あなたには驚いている。あなたは万物の主、王者の位と大きな力を手中にしておいでだ。そして人間各々の考えや気性もあなたにはよくわかっているはず。あなたの支配は万物を高みから統べている、王者よ。その筈のあなたが、クロノスの御子よ、どうして、どのようなお考えによって、罪人共と正義の男子らを同じ秤で計ろうとなさるのか。わきまえを大切に心にひめた人間と、横暴にも不正の所業に身を投じた者との区別もなしに。
οὐδέ τι κεκριμένον πρὸς δαίμονός ἐστι βροτοῖσιν,神からの答は人間どもにとどいていない。神々の嘉したもう道がどれかは判(わか)らないのだ。それにもかかわらず、何の苦もなく富を得る人々もある、だが別の人々は、卑賤な業には染まるまいと心に決め、正義を愛し尊ぶが、それにもかかわらず、困窮の母なる貧乏に身を落す。そして貧しさは、抗(あらが)いがたい窮乏の力によって、胸奥の判断を砕き、あたら男子のわきまえを過ちの道へとそそのかす。心ならずもそうなれば、窮乏に圧されるままに堪えられぬ恥をも身に忍ばねばならぬ。そしてその窮乏が加え多くの禍いを教え込むのだ。いつわり、欺瞞、呪わしい争いを、望みもせぬ人間に教え込む。悪事とは無縁であるべき人間に。それはみな、貧窮がつらい袋小路へ人間を追いこむからだ。
Ἐν πενίηι δ' ὅ τε δειλὸς ἀνὴρ ὅ τε πολλὸν ἀμείνων貧窮におちたとき、卑賎な人も人並すぐれて立派な男も、貧しさのつめにかかってそれぞれの正体をあらわにする。心の奥につね日頃から正しい判断を培(つちか)った人間は、正義をつねにおもい計るが、卑しい男の考えは、善に向うわけでなく悪しきに向うわけでもない。だが立派な人間は世の浮き沈みに堪えねばならぬ。友を敬い、生命を亡ぼす誓いをさけよ、不死なる神の怒りをさけて。
Μηδὲν ἄγαν σπεύδειν· καιρὸς δ' ἐπὶ πᾶσιν ἄριστος何事も深入りするな。何ごとも人間の所業にはつしみがのぞましい。人はしばしば利得のために徳や力を追い求める。しかし神はそのような人間をわざと誘い、大きな罪におとしこむ。そして真実悪であるものを善と思わせ、真実善であることを悪かのように思わせるのだ。
Φίλτατος ὢν ἥμαρτες· ἐγὼ δέ σοι αἴτιος οὐδέν,おまえは私に近づきすぎて身を誤った。だが悪いのは私ではない、おまえが正しい判断からそれたのだ。
Οὐδένα θησαυρὸν παισὶν καταθήσει ἀμείνω君が子供らに残す最上の遺産は「つつしみ」だ、キュルノスよ、それが立派な人にふさわしい持物である。
Οὐδενὸς ἀνθρώπων κακίων δοκεῖ εἶναι ἑταῖρος,その友こそ、世のたれにも劣らぬ立派な男、キュルノスよ、判断と実行力をかねそなえている人なれば。
Πίνων δ' οὐχ οὕτως θωρήξομαι, οὐδ' ἐμέ τ' οἶνος飲んでもそれほど酔いはせぬ、それほど酒にやられるものか、君の悪口を言うほどに。
415 Οὐδέν' ὁμοῖον ἐμοὶ δύναμαι διζήμενος εὑρεῖν心の中に裏のない、頼りになれる仲間をいくら探しても、この私に匹敵する友は見つからぬ。試しの石でこすってみれば、鉛に黄金をあててみたように、よくわかるだろう。私のいかにすぐれているかが。
Πολλά με καὶ συνιέντα παρέρχεται· ἀλλ' ὑπ' ἀνάγκης心のさとい私の前を、多くのことが過ぎて行く。私は止むなく黙っている、自分たちの実力を知っているから。
Πολλοῖσ' ἀνθρώπων γλώσσηι θύραι οὐκ ἐπίκεινται大勢のやつらの舌には、扉があってもよくしまらない。つまらぬことを気にしたがる。しばしばあることだが、禍いは口の中にしまっておけばよいものを、どうせ出てくるのなら、禍いよりも福であればよいものを。
425 'Πάντων μὲν μὴ φῦναι ἐπιχθονίοισιν ἄριστον'この世の至福は、生まれてこないこと。焼きこがす陽の光を眼にしないこと。だが生まれた上は、一刻もすみやかにハーデスの扉をくぐり、こんもりと掻きよせた大地の底に横たわること。
Φῦσαι καὶ θρέψαι ῥᾶιον βροτὸν ἢ φρένας ἐσθλάς人を生み育てるのは易しいこと、すぐれたわきまえを教えこむ難しさに比べれば。たれもまだ明らかにした人はいないのだ、どうすれば愚か者をかしこくし、卑しい人間を立派な人に改められるかを。もし神が、卑しい根性をため、狂った性根をも癒す術を、アスクレーピオスの子らに授けたもうていたならば、かれらはしこたま高額の御礼をもらえたことだろう。またもし人間の心が作られ入れかえることができるなら、立派な父から劣った子は生まれてこない筈、わきまえ深い父の言葉にしたがうからだ。だが、事のまことは、教えによっては卑しい男を立派につくりかえることはけっしてできない。
Νήπιος, ὃς τὸν ἐμὸν μὲν ἔχει νόον ἐν φυλακῆισιν,愚かな男だ、自分のことは棚にあげ、私の心に張番(はりばん=見張り)を立てている。
Οὐδεὶς γὰρ πάντ' ἐστὶ πανόλβιος· ἀλλ' ὁ μὲν ἐσθλός満ちて欠けることない幸福をもつものなどは世にいない立派な人は禍いを心にひめて面にはださない。卑しい男は幸にあっても不幸におちても、心を持する力をもたぬ。神々からの下さりものは形さまざまに人間をおそうのだ。しかし神々の贈りものは、何であろうと堪えねばならぬ。
Εἴ μ' ἐθέλεις πλύνειν, κεφαλῆς ἀμίαντον ἀπ' ἄκρης私を洗ってみるならば、この頭の先からは、最後まで汚れにそまないきれいな水が流れおちるだろう。どのような行ないを試してみても、金無垢の私を見出すにちがいない、試しの石にあてられて茜(あかね)色の肌がみえよう。私の肌には黒ずんださびやこけはついていない。いつも汚れない花をきれいに咲かせている。
Ὤνθρωπ', εἰ γνώμης ἔλαχες μέρος ὥσπερ ἀνοίης聞きたまえ、その無知の代りに少しでもわきまえがあったなら、そして君の愚かさを埋めあうほどの賢さがあったなら、君もこの国の市民たちには大いにうやまわれようものを。すくなくとも君が今ないがしろにされている、それと同じくらいには大切にされようものを。
Οὔ τοι σύμφορόν ἐστι γυνὴ νέα ἀνδρὶ γέροντι·年寄った夫に若い妻は得にはならぬ。小舟のようにやすやすと舵に従おうとはせぬからだ。錨を入れてもつなぎにはならぬ。しばしば鎖をたちきり、夜闇にまぎれて別の港にもやいする。
Μήποτ' ἐπ' ἀπρήκτοισι νόον ἔχε μηδὲ μενοίναけっして成就できないことを望むな、またけっし実りの得られぬ仕事に心をうばわれぬがよい。
Εὐμαρέ'(容易い) οἷς τοι χρῆμα θεοὶ δόσαν οὔτε τι δειλόν神々は、善事であれ悪事であれ、そうやすやすとは許したまわぬ。苦労して得てこそ、そこにほまれがそなわってくるのだ。
465 Ἀμφ' ἀρετῆι τρίβου καί τοι τὰ δίκαια φίλ' ἔστω,徳をみがき正義を愛せよ。恥おおい利得の心に負けてはならぬ。
Μηδένα τῶνδ' ἀέκοντα μένειν κατέρυκε παρ' ἡμῖν,心がすすまぬというのなら、無理には引きとめぬがよい、行きたくないという男なら、外へ出よとはいわぬがよい。シモーニデース、眠っていれば起すな、酔いしれて柔い眠りにおちているのだ。また眠れぬ男に眠れというのも無理ではないか。何ごとも強いられるのはつらいものだ。飲みたいという男には、脇からうんと注いでやれ、酒のうまい晩はそうめったにあるものか。
475 αὐτὰρ ἐγώ ‑ μέτρον γὰρ ἔχω μελιηδέος οἴνου ‑さて私はあまい酒の量をすごした、家へもどって苦労をとろかす眠りにつこう。私の酒はちょうどよいところまで、しらふでもなし、酔いつぶれるでもない。飲みすごすと、舌も心も、もういうことをききはせぬ。どうしようもなく酔いつぶれ、愚かな科白(せりふ)を口ばしり、しらふの前で恥をかく。そして酒の勢で、何もおそれぬ暴勇をふるう。ついほんのさきまで知恵ありげであった男も、愚かなものよと笑われる。君もけっして酒の量をすごさぬように。酔うと思えばひそかに席を立つがよい。胃の腑に負けて通いの人夫のようになってはならぬ。だが座にいたければもう飲むな。それなのに君は愚かにも「注いでくれ」とくりかえす。だから酔っぱらうのだ。
ἡ μὲν γὰρ 'φέρεται φιλοτήσιος', ἡ δὲ 'πρόκειται,'まずは友情のため、次は意地のため、三は神々へのため、四はとにかく手にもっている、といった調子で君は断る術をしらない。本当に酒に強いという人間は、幾ら乾(ほ)しても愚かな言葉を吐かない人。君たちはまぜがめの傍にとどまって、よい酔い方をするがよい。お互いの口争いは遠くの方へ遠ざけて、中庸の言葉を口に一人にも皆にも同じようにつきあうがよい。このように心がければ、酒の宴も人のそしりをうけないですむ。
Ἄφρονος ἀνδρὸς ὁμῶς καὶ σώφρονος οἶνος, ὅταν δή愚かな男も賢い人も、どちらも同じく心はたちまち空になる、過ぎたる酒を呑むときは。金銀ならば、工匠は焰で試して見わけをつける。人の心をためすには、まず酒だ。たとえすぐれて知恵たけた御仁(ごじん)でも、量をすごして酒を好めば、せっかくの知恵もたくみも笑いもの。
Οἰνοβαρέω κεφαλήν, Ὀνομάκριτε, καί με βιᾶται飲みすぎて頭が重い、酒が私を苦しめる。オノマクリトスよ、それにもう自分の考えのしまつがつかぬ。この家までが廻りはじめた。さあ、立ち上ってためしてみよう、酒が私の足をうばい、胸の中の心までうばってしまったかどうか。私がこわいのは、酔いしれて、愚かな口をたたいたり、人からさんざ悪口をいわれたりすることだ。酒がたんまりのどを過ぎれば災いだ。だがよく心して飲むならば、災いではない、それは喜びとなる。
Ἦλθες δή, Κλεάριστε, βαθὺν διὰ πόντον ἀνύσσαςクレアリストス、君は深い海路をわたりこえ、ようやくやって来たという。この何も持たぬ男のところへ、あわれな友よ、何も自らたずさえずに・・・・・・。君の船の脇板に私らがしっかと鎖をまこう、クレアリストス、それが私らに出来ることなら、そして神神が嘉(よみ)したもうことならば。私の持物なら何一つ借しむまい、君のためなら。どんなに高い価(あたい)をつけようと、他の人には渡しはすまい。持物のとりわけすぐったものをあげるから使ってくれ。たれか君の仲間があらわれたなら、宴の席につくがよい、私たち友達なのだ。そしてもし、私の暮らしむきはと尋ねられたら、こう言ってくれ。いい暮しというにはつらく、だがつらい暮しというほど悪くはない、と。だから、先代からのつきあいならば、一人くらいは世話できるけれども、それ以上の余力はない、と。
Οὔ σε μάτην, ὦ Πλοῦτε, βροτοὶ τιμῶσι μάλιστα·おお富よ、人間が汝を何より貴ぶのは当然だ、いとやすやすと苦悩や災禍にたえられるからだ。ものの道理からいえば、立派な人が富をもち、徳性の劣った奴に貧窮のつきしたがうのが正しいことだ。
Ὤ μοι ἐγὼν ἥβης καὶ γήραος οὐλομένοιο,おお悲しやわが青春、おおいとわしやこの老年。片方はすでに行き、他方はもう来てしまった。
Οὐδὲ ἕνα προὔδωκα φίλον καὶ πιστὸν ἑταῖρον,愛する友、信ずる友を私はうらぎったことはない。また私の心には、奴隷のような卑屈さは一かけらもない。
Αἰεί μοι φίλον ἦτορ ἰαίνεται, ὁππότ' ἀκούσωいつも心がいやあたたまる。二本の笛(アウロイ)が、みやび音色を吹きならすとき。わが楽しみは心地よく酒を汲み、笛の音にそい歌うこと。わがよろこびは、ひびきよい竪琴をひざにかきならすこと。
535 Οὔποτε δουλείη κεφαλὴ ἰθεῖα πέφυκεν,奴隷のこうべは真直に立たぬ。いつもゆがみ、垂れたうなじに乗っている。海葱(かいそう)からバラやヒアシンスの花は咲く道理がない、奴隷の女を母にして、気高い子供をさずかるわけがない。
Οὗτος ἀνήρ, φίλε Κύρνε, πέδας χαλκεύεται αὑτῶι,この男はな、キュルノスよ、わが身をしばるいましめの鎖を槌(つち)で打っている。神々が私の眼を狂わしているのでなければ。
Δειμαίνω, μὴ τήνδε πόλιν, Πολυπαΐδη, ὕβρις私は恐れているのだ、ポリュパオスの子よ、あの横暴が、生肉を裂きくらうケンタウロスをさえ破滅にそった横暴が、われわれの都を襲いはせぬかと。
Χρή με παρὰ στάθμην καὶ γνώμονα τήνδε δικάσσαι(δῐκάζω),私は杓子定規の定めによって裁きを行なわればならぬ。キュルノスよ、両側に平等の裁きを示さねばならぬのだ、鳥占や火占のものらや予言者どもに誤りを指摘されたり、笑いものになったりしない ためには。
Μηδένα πω κακότητι βιάζεο· τῶι δὲ δικαίωι卑しい手段で人に物を強いてはならぬ。 正義を貴ぶ人間にとって、人を助けることが何よりも好まし いはずだ。
Ἄγγελος ἄφθογγος πόλεμον πολύδακρυν ἐγείρει,声ない者が、高々とそびえる塔から送られて、キュルノスよ、涙をさそう戦をよんでいる。さあ、速やかな翼にも似た馬どもに轡をかませよ。かれらはきっと敵どもをくいとめるだろう。もう距離は遠くない、やつらは一目散に馳けよせるにちがいない、神々が私の心をくらましているのでなければ。
555 Χρὴ τολμᾶν χαλεποῖσιν ἐν ἄλγεσι κείμενον ἄνδραつらい苦難のさなかにあっては、堪えることを知らねばならぬ。そして不死なる神々に、救いを乞い 願わねばならぬ。
Φράζεο· κίνδυνός τοι ἐπὶ ξυροῦ ἵσταται ἀκμῆς·ふりかえってみるがよい、安危のわかれ目はかみそりの刃のように微妙なものだ。時には多く時には 少なく財を持つことがこれからあろう、だが心するがよい、過ぎて富みあふれることもなく、過ぎて貧窮に身をやつすこともないように。
Εἴη μοι τὰ μὲν αὐτὸν ἔχειν, τὰ δὲ πόλλ' ἐπιδοῦναιどうか私自らが持てるもの、となれますように。 そして敵らの持つ財を、わが友たちにわけ与え、富 ませることのできますように。
Κεκλῆσθαι δ' ἐς δαῖτα, παρέζεσθαι δὲ παρ' ἐσθλόν宴の席では、すぐれた人の側にすわり、すべての技芸にすぐれたその人から教わるがよい。そして知恵深い言葉に接するときには、心に深く学びとり、それが一夕の宝であったと思って家路につくがよい。
Ἥβηι τερπόμενος παίζω· δηρὸν γὰρ ἔνερθεν若さを楽しみ大いに遊ぼう、一度死んでしまったら、ながながと声ない石ころさながらに、何時起きるともなく地の底に横たわり、お日さまのすてきな光とは永劫にもうおさらばだ。そうなってしまえば、もうなにも、この眼で見えはせぬ。
Δόξα μὲν ἀνθρώποισι κακὸν μέγα, πεῖρα δ' ἄριστον·人間のあて推量は大きな悪だ、しかし経験はなによりも尊い。大勢の人たちは何の試練も経ぬままに立派な人だと思われている。
Εὖ ἕρδων εὖ πάσχε· τί κ' ἄγγελον ἄλλον ἰάλλοις;人に善をほどこし、みずからもその善き報いを受けるがよい。ほかの使いが要ろうか、親切の評判はやすやすと伝わるものだ。
575 Οἵ με φίλοι προδιδοῦσιν, ἐπεὶ τόν γ' ἐχθρὸν ἀλεῦμαι友達は私を見捨てる、なぜなら私が敵と衝突するのを避けたからだ、舵とりが波間にかくれた岩角をかわすように。
'Ῥήιον ἐξ ἀγαθοῦ θεῖναι κακὸν ἢ 'κ κακοῦ ἐσθλόν.'立派な男をいやしめるのは、いやしい奴を立派にするよりもたやすいことだ。私に教えようなどとはせぬがよい、もう教えてもらう年ではない。
Ἐχθαίρω κακὸν ἄνδρα, καλυψαμένη δὲ πάρειμι私はいやしい男が大きらい、でも顔をかくして傍へゆく、小鳥のような虚ろな心で。おれは節介(せっかい)女と鼻下長(鼻下長)野郎が大きらい、人の畠を耕すばかりが能の奴。
Ἀλλὰ τὰ μὲν προβέβηκεν, ἀμήχανόν ἐστι γενέσθαιもう済んだ事ならもとに戻す術はない、だが先の事ならくれぐれも気をつけるんだ、な。何事も危険を伴う、そして誰にも予測はつかぬ、一たん仕事を始めたらどこの岸辺へつけてよいやら。ある人は、今度こそは成功をつかみ取ろうとしながらも、大きな苦しい破滅の底へと沈んでいく。だが、行ない正しい人間にはすべてにつけて神様が下さるものだ、よいめぐりあわせを、愚かさからの解放を。
Τολμᾶν χρή, τὰ διδοῦσι θεοὶ θνητοῖσι βροτοῖσιν,我慢をしなけりゃ。神々が人間どもになさる仕打ちだ、どちらに転んでも軽い気持で頑張ることだ。 不幸になっても気を落さず、よい目にあっても、浮 かれたりしてはならない、はっきりと末の末まで見とどけるまでは。
595 Ἄνθρωπ', ἀλλήλοισιν ἀπόπροθεν ὦμεν ἑταῖροι·君、われわれはずっと離れて遠くから友達だと言うことにしよう。金ならともかく、ほかは何でも飽きがくるものだ。これからもずっと友達なんだが、でも君は別のやつらとつき合うがよい、僕よりもよ君の心が判るやつらと。私の目をごまかして表通りを歩こうったって、それは駄目だ、その道は以前にも我々の友情を裏切って車を走らせた道だ。くたばれ、呪われた奴、信頼を裏切った奴、冷い斑(まだら)の蛇を懐に抱いていたのだ。
Τοιάδε καὶ Μάγνητας ἀπώλεσεν ἔργα καὶ ὕβρις,今我々の尊い国を苦しめているような、そのような仕打ちや横暴がマグネーシア人たちをすら破滅に追いこんだ。
605 Πολλῶι τοι πλέονας λιμοῦ κόρος ὤλεσεν ἤδη饑餓よりも飽満がはるかに多くの人びとを滅ぼした、飽くことを知らぬ貪欲のやつらを。
Ἀρχῆι ἔπι ψεύδους μικρὰ χάρις· εἰς δὲ τελευτήν嘘を最初に言ったとき、どれ程の感謝も得られない。だがその終りに刈りとる稔りは恥と醜悪の両方だ。誰であれ嘘がとりつき、最初の嘘を口にした男には、何も決してよいことはない。
Οὐ χαλεπὸν ψέξαι τὸν πλησίον, οὐδὲ μὲν αὐτόν隣人を咎めることや、自分の長所を自慢するのはたやす容易(たやす)いことだ、卑怯な男の好むところだ。卑賤な奴らは黙ろうとせず、卑賤な話をやりたがる。だが立派な人はすべてのことに節度を守る。
615 Οὐδένα παμπήδην ἀγαθὸν καὶ μέτριον ἄνδρα何もかも申し分なくすぐれた男、知恵まさる男などは居はしない、このお日さまが照らす世の中には。
Οὔ τι μάλ' ἀνθρώποις καταθύμια πάντα τελεῖται·人の世で叶う望みは僅かなものだ、人間よりもはるかに強い神々がおわしますから。
Πόλλ' ἐν ἀμηχανίηισι κυλίνδομαι ἀχνύμενος(悩む) κῆρ·術もなく心は重(おも)り、つきる時なく波の間にもてあそばれた、貧窮の鋭い刃を逃げおおせないのだ。
Πᾶς τις πλούσιον ἄνδρα τίει, ἀτίει δὲ πενιχρόν金持を敬う奴は貧乏人を馬鹿にする。誰もかれも人の心はみな同じだ。
Παντοῖαι κακότητες ἐν ἀνθρώποισιν ἔασιν,人の世の悪徳は数しれず、人の世のなりわいも数知れず。
625 Ἀργαλέον(苦しい) φρονέοντα παρ' ἄφροσι πόλλ' ἀγορεύειν愚かな奴らの中にあって賢い人は、話すことも苦しいし、黙っていることは尚更苦しい。それだけは出来ないからだ。
Αἰσχρόν τοι μεθύοντα παρ' ἀνδράσι νήφοσιν εἶναι,恥ずべきは、しらふの席で酔いしれること、恥ずべきは、酒席にあっていらふであること。
Ἥβη καὶ νεότης ἐπικουφίζει νόον ἀνδρός,若さと春は人の心を軽くする、軽々と多くの心を過ちにまで吹き上げる。感情より知恵の劣った人間は、常に破滅に瀕している。キュルノス、そのような男こそ大きな過ちを犯しているのだ。
Βουλεύου δὶς καὶ τρίς, ὅ τοί κ' ἐπὶ τὸν νόον ἔλθηι·何であれ、心にとまった事ならば、ふたたび三たび考えてみよ、心の乱れは身の乱れとなる。
635 Ἀνδράσι τοῖσ' ἀγαθοῖσ' ἕπεται γνώμη τε καὶ αἰδώς·立派な人には識見と廉恥の心が兼ねそなわるもの、だがそのような人は今どきの人間の群には殆どいない。
Ἐλπὶς καὶ κίνδυνος ἐν ἀνθρώποισιν ὁμοῖοι·人の世で思惑と怖れは似たようなもの、いずれ劣らぬおそろしい、扱いにくい神々ゆえに。
Πολλάκι πὰρ δόξαν τε καὶ ἐλπίδα γίνεται εὖ ῥεῖν思惑や予測に反して成功が得られることもないではない。だが手をこまねいて考えるだけでは何の稔りも得られない。
Οὔ τοί κ' εἰδείης οὔτ' εὔνουν οὔτε τὸν ἐχθρόν,味方か敵か見分けることは、君には出来まい、大事な仕事をしてみなくては。まぜがめの傍で友は多くとも、危急の時にはごく僅か。
645 Παύρους κηδεμόνας πιστοὺς εὕροις κεν ἑταίρους心から苦しみと信頼を頒(わか)ちあう友をみつけることは出来まい、術もなく自らの心に閉じこもっている間は。
Ἦ δὴ νῦν αἰδὼς μὲν ἐν ἀνθρώποισιν ὄλωλεν,今ははや恐れも恥もこの世から潰(つい)えさり、ただ破廉恥のみが地をめぐる。
Ἆ δειλὴ πενίη, τί ἐμοῖσ' ἐπικειμένη ὤμοιςああみじめな貧しさよ、なぜ私の背を捉え私の心を、私の身体を卑しめるのか?望みもしない私に無理強いに多くの恥を働かす、人の世の美なるもの、尊いものをよく知る私に。
Εὐδαίμων εἴην καὶ θεοῖς φίλος ἀθανάτοισιν,しあわせになりたい、神々に愛される人間に。キュルノスよ、私ののぞむアレテーはただこれだけだ。
655 Σὺν τοί, Κύρνε, παθόντι κακῶς ἀνιώμεθα πάντες·キュルノス、おまえの苦しむさまを見て私らもみ一緒に苦しんでいる。だが他人の同情はその日かぎりのものと知れ。
Μηδὲν ἄγαν χαλεποῖσιν ἀσῶ φρένα μηδ' ἀγαθοῖσιν不幸にあうとも、嘆きを過すな、喜びにあうとも、面(おもて)に表わすな。何事も堪えること、それが立派な人間のしるしなのだ。
Οὐδ' ὀμόσαι χρὴ τοῦτο. ‑ τί 'Μήποτε πρᾶγμα τόδ' ἔσται';このことだけは絶対に起り得ぬ、などと言って誓いをたててはならぬ。神々が、終りをしろしめす神神が君に怒りたもうからだ。・・・そして悪から善が生じ、善からはまた悪が生ずる。そしてまた、貧しき男がたちまちにして多くの富を貯え、また多くの貯えをもつ者もある夜突然すべてを失うことがある。また弁(わきま)え深い人間が過ちを犯したり、無智な人間に名声が備わったり、そして更には悪人が名誉を得ることさえ起り得るのだ。
Εἰ μὲν χρήματ' ἔχοιμι, Σιμωνίδη, οἷά περ ἤδηシモーニデースよ、昔ほど金があったら、立派な人らとつき合うことが今ほど苦痛であるまいに。だが今は、心のさとい私の前を世の中が知らん顔していき過ぎる。貧困ゆえに、たとえ衆にまさる知をもとうとも、声もないのだ。なぜなら今われわれは白帆をおろして、暗夜をついてメーロスの海から遠くを漂っている。やつらは船底の水をさらえようとさえしない。荒波は両脇にうちあたり越えていく。こうなれば、容易なことで助かる者はあるまい。みよ、これはやつらの仕業だ、やつらは立派な舵とりを、船の扱いをよく心得た船長を船からおろした。船荷の財をわれがちに奪いとり、秩序は失せた。分配も公正に折目正しく行なわれてはいない。商人どもが頭(かしら)になった、卑しいやつらが立派な人々を牛耳っている。私がおそれているのは、大波がこの船を一呑みにしてしまいはせぬかということだ。これは、立派な人らよ、私のひそかな謎だ、卑賤な奴でもその意味はわかるだろう、知恵のまわる男であれば。
Πολλοὶ πλοῦτον ἔχουσιν ἀίδριες· οἱ δὲ τὰ καλά多くの人は知恵のないのに富をもつ。そして貴い望みを追うものは、苦しく重い貧しさに身をやつらせる。だが、大事をなそうとするときは、どちらであっても成就しない。片方は金がさまたげ、他方は知性が邪魔するからだ。
Οὐκ ἔστι θνητοῖσι πρὸς ἀθανάτους μαχέσασθαι人間が、神々を相手にとって闘うことや、正邪を争うことはできない。たれにもこれは許されないのだ。
Οὐ χρὴ πημαίνειν ὅ τε μὴ πημαντέον εἴη,傷つけてはならぬなら、害するな。成就してならぬことなら、手をだすな。
Χαίρων εὖ τελέσειας ὁδὸς μεγάλου διὰ πόντου,ではさらば、海原の潮路をこえてつつがないことを。そしてポセイドーンが導くところ、友らが君をよろこび迎えてくれますように。
Πολλούς τοι κόρος ἄνδρας ἀπώλεσεν ἀφραίνοντας·飽満はおろかな衆をほろぼすものだ。財宝を手につかんだとき、節度を知るのは難しいからだ。
695 Οὐ δύναμαί σοι, θυμέ, παρασχεῖν ἄρμενα πάντα·おおわが胸よ、我慢してくれ、おまえの望みを残らず叶える力はないのだ。貴い望みを抱くのはけっしておまえ人だけではない。
Εὖ μὲν ἔχοντος ἐμοῦ πολλοὶ φίλοι· ἢν δέ τι δεινόν私の景気がよいその間は友の数も多かろう、だが落目になれば、信頼できる心の主は少なかろう。
Πλήθει δ' ἀνθρώπων ἀρετὴ μία γίνεται ἥδε,殆どの人にとって、只一つの徳しか知られていない。つまりそれは金持になる徳だ。その他のものは物の数にも入らぬらしい、たとえラダマンテュスさまから直々(じきじき)の知恵を授っていようとも。たとえアイオロスの子シシュポスよりも多くの知識をたくわえ持つとも何の役にも立たないらしい。―シシェポみスは、あれこれと計をめぐらし、黄泉(よみ)の国から逃げてきた、言葉たくみにペルセポネーを説きふせて。かの女神こそ、人間の心をたばかり忘却を心の中へ溶かしこむ。ところがシシュポスはたれも企てたことのない大それたことをやってのけた。つまり、たれであれ、死の黒いかすみに捉えられると、死者たちの国、影深い野におりて行き、墨染の扉を―死者たちの恨みをこめた霊どもを閉込めている両の扉を―入っていく定め。
ἀλλ' ἄρα κἀκεῖθεν πάλιν ἤλυθε Σίσυφος ἥρωςその定めにもかかわらず、シシュポスは地底の暗闇から逃れてて、知恵と巧みで陽の光さす地上の世界へ帰ってきた。そのような知恵をもっていようと、またたとえ、神さながらのネストールのさわやかな舌をもち、真実に似た偽りをなす術を心得ていようとも、またさらに、たとえ空をいくハルピュイアイや速やかな北風の子らにもまさる足の主であろうと、人の考えを変えることはむつかしい。人はみな、しかとこの考えを心にきざみつけねばならぬ。富こそはすべてにまさる力をもつ、と。
'Ἶσόν τοι πλουτοῦσιν, ὅτωι πολὺς ἄργυρός ἐστιν金銀を山とつみ、とれ高多い麦畑をもち、馬やロバをっている金持どもにしてみたところで、また自分一家の衣食やはきものだけを辛うじて満すくらいの、すれすれの暮しをたてている者にしてみたところで、同じさだめに生きている。季節がくれば、美わしい青春が身をつつむ。それこそが人生の富なのだ宝をくさるほど積んだところで、地の底までもついてはこない。いくら身代金(みのしろきん)を払ったところで、死や重い病やつらい老年においつかれれば、逃れることはできなかろう。
Φροντίδες ἀνθρώπων ἔλαχον πτερὰ ποικίλ' ἔχουσαι,人間の心は、つややかな小鳥の羽をつけている、食べる道と食べられない道を案ずるあまりに。
Ζεῦ πάτερ, εἴθε γένοιτο θεοῖς φίλα τοῖς μὲν ἀλιτροῖς父神ゼウスよ、どうか悪人どもが悪事を好み、悪事をなす喜びを知ることを、神々が嘉したまわらんことを!たれであれ、野望に燃えて神をおそれず横暴な所業をなすものはその本人に悪のむくいが降りますことを!そして父の愚かな行ないが、末の世の子らに禍いをもたらさぬことを!またたとえ不正の父の子であろうとも、正義を行ない、クロノスの子よ、御身の怒りを恐れるならば、そしてつねに市民らとの正しい友誼を重んずるなら、どうかかれらの頭上に父たちの横暴の咎めを降したまうな。どうか聖なる神々がこの祈りを嘉したまわんこと。今の世では、犯したものは罰をのがれて、残ったものに咎(とが)がやってくるからだ。
καὶ τοῦτ', ἀθανάτων βασιλεῦ, πῶς ἐστι δίκαιον,おお神々の王なる方よ、どうしてこれが正義であろうか、いかなる不正にも手を汚さず、いかなる不遜の振舞や偽誓の汚れもしらず、ひたすら正義に生きた人間でありながら、それに正しくみあう境遇に達しえぬということは!このような人を見知ったうえで、なお神をあがめる人がいるだろうか。不正な横暴をはたらく輩は、人の怒りも神の怒りもはばからず、富みおごり乱暴のきわみを尽しても、正義の人は苦しい暮しに身も世もない、というのに!
Ταῦτα μαθών, φίλ' ἑταῖρε, δικαίως χρήματα ποιοῦ,このことを心にとめて、愛しい友よ、正しい道で財をもて。わきまえを貴び、愚迷の徒には組するな。つねづね私の言葉を忘れるな。すればついには知恵深い言葉をさとり、人にもすすめるようになるだろう。
Ζεὺς μὲν τῆσδε πόληος ὑπειρέχοι αἰθέρι ναίων願わくばゼウス、大空の御神が、そして他の聖な不死なる神々もまた、われらの都を幸いの御手で守り苦しみを遠ざけ給わんことを!そしてアポローンがわれらの心と言葉を正したまわんことを!竪琴と笛は神々への調べを奏でよ、われらは神々に酒をそそいで、杯をほそう。互いに楽しい話を語ろう、メーディア人との戦争を恐れることはさらにない。こうするほうがどれほどかよかろう、喜びに心をみたし、快楽の賑いに心のわだかまりをときほぐし、いとわしい破滅の使いを遠くへ退け、情ない老年と死の終結を追いはらうのだ。
Χρὴ Μουσῶν θεράποντα καὶ ἄγγελον, εἴ τι περισσόνミューズのしもべ、布告者ならば、詩のわざに熟しているなら、決して知恵をだし惜しまぬがよい。求めるもよい、示すもよい、そして創造の道にいそしむがよい。一人で知識をほこってみても、何の役にたつだろう。
Φοῖβε ἄναξ, αὐτὸς μὲν ἐπύργωσας πόλιν ἄκρην,王なるポイボス、御身は塔を築きこの都にかぶせ冠となした。ペロブスの子アルカトースの願いを入れて。どうか御手をもってこの都をば、メーディア人の傲(おご)り高ぶる軍勢から守り給え。すれば市民らは御身を招く宴をひらき、春ごとに百頭のみごとな犠牲をささげ、琴を弾き美しい賑いを楽しみながら、御身の祭壇のまわりにはパイアーンを歌い舞うようになるだろう。私はギリシア人らの愚かな考えや内乱さわぎが国を亡ぼしはしないかと恐れています。それでも、御身が、ポイボスよ、恵みをたれてこのわれらの祖国を守護したまわんことを願います。
Ἦλθον μὲν γὰρ ἔγωγε καὶ εἰς Σικελήν ποτε γαῖαν,私は行ったことがある、昔のことだがシケリアの地へ、葡萄(ぶどう)ゆたかなエウボイアの野畑へも。またスパルタへ、あのエウロータースの葦しげる美しの都へも、そしてどの地を訪(おとず)れても人々はみな私を喜びむかえてくれた。だがなぜか私の心には喜びの火がともらなかった。それほどに故郷は他のどこの土地にもかえがたい。
Μήποτέ μοι μελέδημα νεώτερον ἄλλο φανείηけっして怪しい誘惑が私のまえに現れませぬよう、徳と知恵とをかたわらに押しやるような。私の望みは今持つものを何時までも持ち、竪琴や踊りや歌に喜びを持ち、立派な人らとすぐれた考えをかわすこと。とつ国人につらく当って恨みをかうな、自らの国の人ならなお害してはならぬ。常に正義の人であろうとつとめ、自らのわきまえを大切にするがよい。市民らの口に容赦をしらぬ。あるいは悪しく、あるいは親切におまえの噂をつたえよう。
Τοὺς ἀγαθοὺς ἄλλος μάλα μέμφεται, ἄλλος ἐπαινεῖ,すぐれた人間であってこそ、時にはほめられ、時には非難をこうむるのだ。卑しい人間のことなどをたれがわざわざ心にとめておくものか。
Ἀνθρώπων δ' ἄψεκτος ἐπὶ χθονὶ γίνεται οὐδείς·悪口の対象にならない人間はいない。だが、それでも大勢の人間の口端にのぼらなければ、まだましだろう。
Οὐδεὶς ἀνθρώπων οὔτ' ἔσσεται οὔτε πέφυκεν今までにもいなかったし、これからもいないだろう、あの世に行くまですべての人に満足をあたえるような人間は。なぜなら、死ぬべき定めの人間たちを治(しろし)めるゼウスですら、クロノスの御子ゼウスですら、すべての人間を喜ばせる力をもたないのだから。
805 Τόρνου καὶ στάθμης καὶ γνώμονος ἄνδρα θεωρόν羅針盤より定規より直角定規よりも正確であれ、キュルノスよ、神託殿にもうでする役をうけ、ピュートーの神の巫女(みこ)から予言を得て、硝煙けむる神の御座から御告げを耳にするときは。何を足してもはや薬とはならぬ、また何を引いてもその罪を神の眼から、かくしはできない。
Χρῆμ' ἔπαθον θανάτου μὲν ἀεικέος οὔτι κάκιον,屈辱の死ほどではないが、キュルノスよ、何にもまさる禍いを私はうけたぞ、友たちが私を捨てた、私は敵に近づいて見きわめてやる、やつらがどんな考えをもっているかを。
815 Βοῦς μοι ἐπὶ γλώσσηι κρατερῶι ποδὶ λὰξ ἐπιβαίνων大きな牛が私の舌にのっかって、大きな足をふみしめている。そして舌に喋(しゃべ)らせぬのだ、口きく術知りながら。
Κύρν', ἔμπης δ' ὅ τι μοῖρα παθεῖν, οὐκ ἔσθ' ὑπαλύξαι·キュルノスよ、運命とあらば仕方ない、逃げかくれする術はない、そして運命が与えるものなら何であれ、私は少しもこわくない。
Ἐς πολυάρητον κακὸν ἥκομεν, ἔνθα μάλιστα,呪わしい禍いにわれらは陥ちた、もう仕方がない、キュルノスよ、死の定めがわれら二人をとらえてくれればよい。
Οἵ κ' ἀπογηράσκοντας ἀτιμάζωσι τοκῆας,彼奴(あいつ)らは老いやつれた親たちをないがしろにする。老人たちのいる場所は、キュルノスよ、わずかというのに。
Μήτε τιν' αὖξε τύραννον ἐπ' ἐλπίσι, κέρδεσιν εἴκων,得をしたいと思う心に負けて、独裁者を立ててはならぬ、また盟を交(か)わした友たちを、剣をふるって倒してはならぬ。
825 Πῶς ὑμῖν τέτληκεν ὑπ' αὐλητῆρος ἀείδεινどうして笛の音に浮かれて歌おうという気になれるのか、おまえたちの心は。国の境はもう広場からさえ見わたせる。宴にかようおまえらを自分の果実で育て、紫の冠をいただくおまえたちを黄金の穂で育(はぐく)んだ母国の境が。さあ立て、スキタイ人よ、髪を切れ、宴を止めよ、そして香(かぐ)わしいおまえの母国の失墜をなげくがよい。
Πίστει χρήματ' ὄλεσσα, ἀπιστίηι δ' ἐσάωσα·信を貴び宝をすてたが、信を破ってまた手に入れた。その両方を思う心を棘(とげ)がさす。
Πάντα τάδ' ἐν κοράκεσσι καὶ ἐν φθόρωι· οὐδέ τις ἡμῖν何もかも破滅だ、失敗だ、だがその責任は、キュルノスよ、聖なる神々のどなたにもない、人間どもの暴力と卑しい利得と横暴がわれわれを、多くの善きものから悪へ禍いへと追い落したのだ。
Δισσαί τοι πόσιος κῆρες δειλοῖσι βροτοῖσιν,卑しい者らには、飲酒の災は二つある、手足を萎(な)えさす渇きとどうにもならぬ泥酔だ。その両方の中に私はいたい、だからいくら言っても私を飲まないようにも、酔いすごすようにもできはすまい。
Οἶνος ἐμοὶ τὰ μὲν ἄλλα χαρίζεται, ἓν δ' ἀχάριστον,酒ならば大てい私は好きだけれど、ただ一つだけ戴きかねる奴がある、それは私を酔わせたうえで、憎い敵とあわせる奴だ。だがいつでも上にあるものが下に見えるようになるときは、もう飲むのをやめて家へ帰ろう。
845 Εὖ μὲν κείμενον ἄνδρα κακῶς θέμεν εὐμαρές ἐστιν,仕合せな男の足を引くことはいとたやすいことだ、だが不幸に苦しむ男を引きたててやるのは難しいこと。
Λὰξ(足で) ἐπίβα δήμωι κενεόφρονι, τύπτε δὲ κέντρωι空っぽ頭の人民を足蹴にしてやれ、とがった棒切れで打ちのめし、首にくい込む枷(かせ)をうて。この辺りにはもう主人を愛する民衆を見つけることはできまい、太陽の光が及ぶ限りは。
Ζεὺς ἄνδρ' ἐξολέσειεν Ὀλύμπιος, ὃς τὸν ἑταῖρονゼウスよ、オリュンポスの大神よ、天罰を下したまえ、うまうまと友をあざむき裏切りをたくらむ奴に!前からだって知っていた、だが今さらのようによくわかる、卑怯な奴らには何の報いもないことが。
855 Πολλάκις ἡ πόλις ἥδε δι' ἡγεμόνων κακότηταこの国ははや幾度か、指導者の悪さの故に、航路をはずした小船のように磯にむかって突進してきたのだ。
Τῶν δὲ φίλων εἰ μέν τις ὁρᾶι μέ τι δειλὸν ἔχοντα,どんな友人でも私の苦衷をみたならば、面をそむけて眼もくれぬだろう。だがもし何か、めったにない程よいものを私の中に見つけたならば、沢山の友らが喜んでやって来るだろう。
Οἵ με φίλοι προδιδοῦσι καὶ οὐκ ἐθέλουσί τι δοῦναι友人らは私を引渡す、奴らが来るのになにもしようとはしない。だが私は自分の力で夕闇と共に外へ出て、朝がくれば又帰って来よう、夢さます雄鶏の鳴きごえと共に。
865 Πολλοῖσ' ἀχρήστοισι θεὸς διδοῖ ἀνδράσιν ὄλβον大勢の無益の輩に神はすぐれた富裕を与えたまうが、本人にも取巻き連中にも何の役にも立ちはせぬ。だが、徳の栄誉はとこしえに失せるものではない、槍もつ男子は国と都の生命を全うするからだ。
Ἔν μοι ἔπειτα πέσοι μέγας οὐρανὸς εὐρὺς ὕπερθενさあ、頭の上から落ちてこい、大きな広い頭をおおう青銅の大空が、そして地べたの人間どもをふるえ上らせろ。もし私が愛する人びとの力とならず、また敵どもに嘆きときつい苦しみを与えそこなったなら。
Οἶνε, τὰ μέν σ' αἰνῶ, τὰ δὲ μέμφομαι· οὐδέ σε πάμπαν酒よおまえを賞めちぎることもできないし蔑(ないがし)ろにもできない。あたまから憎みきることもできないし溺愛も難しい。悪であり善であるおまえだからだ。たれがおまえを咎めよう、たれがおまえを崇めよう、ほどほどの知恵の主が。
Ἥβα μοι, φίλε θυμέ· τάχ' αὖ τινες ἄλλοι ἔσονται心よ、さあ酒盛だ、この世はやがて人手に移り、わしは命絶え、黒い土に変ってしまうのだ。さあ飲め酒を、この酒はテーウゲトス山のふもとの葡萄のつるが汲んだもの。年おうる、神の愛するテオティーモスが山肌のくぼみに沿ってプラタニストースの冷い水をやりながら育てた葡萄だ。さあ飲んで、つらい思いを吹き散らせ、酔がまわれば、ずっと心もかるくなる。
885 Εἰρήνη καὶ πλοῦτος ἔχοι πόλιν, ὄφρα μετ' ἄλλων平和と富がこの国を訪れますよう、そうなれば共共にまた盃を交わしあうこともできようものを。悪い戦はしたくない。
Μηδὲ λίην κήρυκος ἀν' οὖς(耳) ἔχε μακρὰ βοῶντος·使者どもが大声で叫んだところで聞耳を立てるな、自分の国を守ろうと我らは戦っているわけじゃないのだ。だがその場にのぞんで、駿馬にまたがり、嘆きをさそう戦を見ようともせぬのも恥かしい。
Οἴ μοι ἀναλκίης· ἀπὸ μὲν Κήρινθος ὄλωλεν,おお何という不甲斐なさ!ケーリントスは亡びてしまった、レーラントンの美わしい野もはや荒廃か。貴族らは国を落ち、都は賤民どもの手に落ちた。おおゼウス、キュプセロスの子らを亡ぼしたまえ!
895 Γνώμης δ' οὐδὲν ἄμεινον ἀνὴρ ἔχει αὐτὸς ἐν αὐτῶι人間がその身につけた持物で、識見はすべてにまさる。そしてキュルノス、無知ほどに災いおおいものはない。
Κύρν', εἰ πάντ' ἄνδρεσσι καταθνητοῖς †χαλεπαίνειν †もし、キュルノスよ、一人一人が胸に秘めた考えと、正と不正の業を見きわめるのが、限りある人の身としてつらいというなら、そのときにこそ人間どもに大きな禍いがふりかかろうぞ。
Ἔστιν ὁ μὲν χείρων, ὁ δ' ἀμείνων ἔργον ἑκάστου·仕事には得手・不得手があるものだ、何もかもおしなべて心得のある奴は、人の世にはおりはせぬ。
Ὅστις ἀνάλωσιν τηρεῖ κατὰ χρήματα θηρῶν,たれであれ、財を慮(おもんばか)り金使いをつつしむものは、賢人らの言いたもう何よりも貴い徳をもっている。なぜならば、もし生涯の終りの時を知り、どれほどの事をなしとげてハーデスの門をくぐるかを予知できるならば、人よりも長生きができるわけだから、それだけ余計にくらしの糧(かて)をのけておくのは望ましい。だがそれは無理なこと。だからこそ私には大きな悲しみが襲いかかって心を責め、心は二つに割れるのだ。わたしは三叉の路に立っている、前には二筋の道がつづいている。どちらにつこうか迷っているのだ。一文も金を使わず、じめじめと世を過そうか、それとも仕事は少しにして面白おかしく過そうか、と。私の知っている男で、金持だのに、倹約第一とけっして胃袋に充分な食物を与えようとしなかった。だが仕事を成就する前にハーデスの館に入り、財産は行きがかりの人間がそっくり手に入れた。つまり苦労も、欲しがる者に与えぬ倹約も、無駄だったのさ。
920 εἶδον δ' ἄλλον, ὃς ἧι γαστρὶ χαριζόμενοςしかしまた別の友で、自分の腹にしこたまくわせ、財産をすっかり失い、こう言っていた「心おきなく逃げ込むさ」。だが乞食になって、あう友ごとに誰かれもなく乞うていた。こういうわけだから、デーモクレースよ、財に応じて使い、また骨折りも心得るのがいちばんよい。そうすれば、あらかじめ働きすぎて他人に甘い汁を吸われることもないだろう、また乞食になって奴隷の身分にならずに済もうし、老境に達しても、一文なしにならずに済もう。こういう按配(あんばい)に財をもつのが一番よい。それというのも、富めばこそ友は多く、貧すれば数はへる、また貧すれば立派な人も前とは同じでなくなるものだ。
Παύροισ' ἀνθρώπων ἀρετὴ καὶ κάλλος ὀπηδεῖ·貯(たくわ)えをもつことこそのぞましい。死んでもだれも嘆いてはくれないからだ、一文も金をのこさぬ男のことを。徳をもち見目よい人は得難い人だ。倖せな人よそれ、両方の恵みにあずかるものは。人びとはみな尊敬をはらう、老いも若きもその前に道をゆずってくれるのだ。老いてのち、市民らの尊敬はいや高く、何人もかの人の尊厳と主張とを傷つけようとはしないのだ。
Οὐ δύναμαι φωνῆι λίγ' ἀειδέμεν ὥσπερ ἀηδών·私にはできぬ、涼しい声で鶯(うぐいす)のように歌うことは、なぜなら昨夜酒宴に行ったから。べつに笛吹きが下手だというのではない、私の声が、歌のすべを知らぬでもない主人を捨てて行ったのだ。笛吹きの近く、この場に坐って貰いたい、さい先のよい祈りを不死なる神に捧げてから。
945 Εἶμι παρὰ στάθμην ὀρθὴν ὁδόν, οὐδετέρωσε直線どおりの真すぐの道を、どちらの側にもかたよらずに私は行こう、理にかなった考えをあくまでも持つべきだ。祖国を飾ろう、美しいこの都を、民衆にへつらわず、また不正の輩の甘言に乗せられないで。
Νεβρὸν ὑπὲξ ἐλάφοιο λέων ὣς ἀλκὶ πεποιθώς幼い仔鹿を、力まかせに獅子が足にかけ引き裂くような真似はしたが、私はその血をすすらなかった。高くそびえる城壁を足にかけたが、家並を掠(かす)めはしなかった。馬どもを繋(つな)ぎはしたが、馬車には乗らなかった。行なったが行ないすぎず、終らせたが過度にわたらず、やりはしたがやりすぎず、達成したがそれ以上にはしなかった。
955 Δειλοὺς εὖ ἕρδοντι δύω κακά· τῶν τε γὰρ αὐτοῦ卑怯な男につくすのは二重の損だ、自分の多くの財を失って、しかも何の恩返しもない。もし私から何かよい仕うちを受けたのにまだ感謝しないのなら、よかったらもう一度私の家へ来てくれ。
Ἔστε μὲν αὐτὸς ἔπινον ἀπὸ κρήνης μελανύδρου,私自身、黒い水湧く泉から飲むまでは、水は甘く美しいものと考えていた。だが今はもう水は濁った、水は泥とまじってしまった、私は川ではないべつの泉で喉をうるおそう。
Μήποτ' ἐπαινήσηις, πρὶν ἂν εἰδῆις ἄνδρα σαφηνῶς,けっして人をほめてはならぬ、はっきりとその気質、節度や得手不得手を、たれであれよく知るまでは。多くの人らは偽りの、盗人のような根性で、その日限りの浅はかな気性をこっそりとかくしているのだ。だがそのような奴らの一人一人の正体は時間がすっかり発(あば)きだす、こう言う私もその真実から遠く道を誤った、先走ってほめてしまったのだ、おまえの本性をみんな知り抜くまえに。今はもう船のように遠ざかっている。
Τίς δ' ἀρετὴ πίνοντ' ἐπιοίνιον ἆθλον ἑλέσθαι;酒に酔い、酔った上で業に勝ったとて、それが徳だといえようか、卑しい奴がすぐれた男に勝つことだってよくあることだ。
Οὐδεὶς ἀνθρώπων, ὃν πρῶτ' ἐπὶ γαῖα καλύψηι人はみな、一たび大地におおわれて闇の国ペルセポネーの館に降り入るなら、竪琴の音も笛のひびきも心を楽しませず、またディオニュソスの賜杯を手にすることもないという、このことをよく知って心に喜びをわすれまい、手足も軽く、頭もしっかともたげて生きるその間は。
'Μή μοι ἀνὴρ εἴη γλώσσηι φίλος, ἀλλὰ καὶ ἔργωι.'私は口先だけの男を友にはしたくない、実行にうったえて、手の働きと仕事の相方(あいかた)で信に堪える人がよい。また酒まぜがめの傍で口先で心をとろかす奴もいやなもの、仕事を見せろ、できれば立派な仕事を。
Ἡμεῖς δ' ἐν θαλίηισι φίλον καταθώμεθα θυμόν,私たちは喜びのつどいに心をゆだねよう、喜びのやさしい実りがまだあるうちに。いまにはや心のように速やかに若さはとび去る、その速さにくらべれば馬たちのひずめもものではない、主の君を、勇士らの槍とび交う苦しみの場に運ぼうと、麦の穂ゆたかな野や畑に音たかく喜びいさむ馬たちよりも。
Πῖν' ὁπόταν πίνωσιν· ὅταν δέ τι θυμὸν ἀσηθῆις,酒の席では酒を飲め、どうかして気分が悪くなろうとも、たれにも心の重みを感じさせるな。
Ἄλλοτέ τοι πάσχων ἀνιήσεαι, ἄλλοτε δ' ἕρδωνあるときは端役にまわってくさることもあろう、だがまた主役にかわって満足できるときもある。一人一人の力は時と共に変るのだ。
Εἰ θείης, Ἀκάδημε, ἐφήμερον ὕμνον ἀείδειν,アカデーモスよ、もし君が心をとかす歌をつくって歌おうならば、その賞に、花さくような美少年を、詩のわざくらべをする君と僕との間で賭けよろ。すれば君にもわかるだろう、ロバよりもラバのほうがどれほどましか。日輪が青空高く、一つひずめの馬たちを道筋どおりに追いすすめ、空の只中におわす間はわれらは宴をつつしもう。たとえそれを望むとも、そしてさまざまの馳走の品で腹をみたすこともつつしもう。すぐに清めの水を扉口にもたせるがよい、そして冠は家の中へ、うるわしいスパルタの娘のやさしい両手で運ばせるがよい。
'Ἥδ' ἀρετή, τόδ' ἄεθλον ἐν ἀνθρώποισιν ἄριστονこの徳こそは、人の世でならびなき勝利のしるし、心得ある人の身をかざるこよない美のしるし、その善こそは都にすむ人すべてに共々のもの、もし男子が先陣にすっくと立って退かぬならば。人の世になべての真実をおしえよう、青春の輝きまさる華をもち、高貴さに心をいたす日々にこそ、みずからの財を楽しみたまえ。青春の日は神の手から二度とは訪れず、また死を逃れる術も、死すべわれらの手にはない。禍いはいとわしい老年をさげすみわらい、頭の頂きを白くする。
Ἆ μάκαρ εὐδαίμων τε καὶ ὄλβιος, ὅστις ἄπειροςああ、祝福、幸運、さちわいの人よ、苦悩をしらず、ハーデスの暗い館に降っていった彼は。敵どもに屈したり、強いられて罪したり、友の心を試してみたりするまえに。
Αὐτίκα μοι κατὰ μὲν χροιὴν ῥέει ἄσπετος ἱδρώς,たちまちに肌をつたってとめどなく汗がながれる、同年の友たちの甘く美しい若さの華をみるたびに、わが心はふるう、いましばし長かれと。だがまことに夢のようにはかなく短いのが、貴い青春の日、―いとわしく醜い老いがたちまちにして頭の頂きから落ちかかる。
Οὔποτε τοῖσ' ἐχθροῖσιν ὑπὸ ζυγὸν αὐχένα θήσωけっして敵どもの苦しい軛(くびき)に首を入れまいぞ、よしトモーロスの火山が頭の上からのしかかろうとも。
1025 Δειλοί τοι κακότητι ματαιότεροι νόον εἰσίν,卑しい男は不運にあうと心が萎えて役にはたたぬ。だが立派な人の行ないはいかなるときも堂々としている。
Ῥηϊδίη τοι πρῆξις ἐν ἀνθρώποις κακότητος,人の世で邪(よこしま)な振舞はたれにもできる。だがキュルノスよ、すぐれた行為はなかなか難しいものだ。
Τόλμα, θυμέ, κακοῖσιν ὅμως ἄτλητα πεπονθώς·わが心よ耐えしのべ、おまえは堪えがたい禍いにあってはきたが、卑しい人間の心なら、とげとげしくなりもしよう、だがおまえはどうにもならぬこの結末に悲しみばかりを多くして人を憎しみ苛立たぬことだ。友を苦しめたり敵をよろこばせるな。神々の定めた賜物は、人間の力でやすやすと、先まわりして逃げおおせるものではない、たとえ、紫の波よ入江の底に身をしずめようとも、たとえ、もやたちこめたタルタロスがその身を呑みこもうとも。
Ἄνδρα τοί ἐστ' ἀγαθὸν χαλεπώτατον ἐξαπατῆσαι,立派な人を裏切るほどつらい苦しみはない、それが昔からの私の答だ、キュルノスよ。このことは前からよく知っていた、が今更のよかうにはっきりわかる、卑しい奴らは感謝の気持をつゆほどももたぬ。
Ἄφρονες ἄνθρωποι καὶ νήπιοι, οἵτινες οἶνονおろかもの、わきまえのない者どもよ、星や犬さえはじめているのに、酒を飲まぬ奴はどいつも。
Δεῦρο σὺν αὐλητῆρι· παρὰ κλαίοντι γελῶντες笛吹きをつれてやって来い。泣いている男の側で大いに笑い大いに飲もう、奴の心配ごとを種にして。
Εὕδωμεν· φυλακὴ δὲ πόλεως φυλάκεσσι μελήσειさあ寝よう、都の守りは番兵たちの役割だ、われらちが美しい祖国の守りは。ゼウスにかけて、たとえ誰かが面を伏せて眠ろうとも、われらの宴をこころよく思ってくれよう。
Νῦν μὲν πίνοντες τερπώμεθα, καλὰ λέγοντες·今は飲み、大いに談じて楽しもう、後のことは神さま方の手の中だ。
Σοὶ δ' ἐγὼ οἷά τε παιδὶ πατὴρ ὑποθήσομαι αὐτόςおまえに教えよう、父が子に教えるほどの大切なことを心して聞き、胸の中でかみしめるがよい、決して強いられて悪事をなすな、深く心にはかって、おまえの立派な知恵をはたらかすのだ。心の狂った人間どもは情も知も翼が生えて消えていく、だが熟慮は、すぐれた立派な考えを導くものだ。
1055 Ἀλλὰ λόγον μὲν τοῦτον ἐάσομεν, αὐτὰρ ἐμοὶ σύだがもうその議論は止そうじゃないか。代りに僕に笛を吹いてくれ、二人してミューズの心を楽しもう、かの女神らがこの美しい物を君と僕に下さったのだから、隣人たちに元気をつけるようにと。
Τιμαγόρα, πολλῶν ὀργὴν ἀπάτερθεν ὁρῶντιティマゴラス、人の気性を遠くから眺めて見きわめることは人にとっても容易ではない、ある者は富の中に卑劣をかくし、ある者は忌(いま)わしい貧乏の中にも徳を秘めているからだ。
Ἐν δ' ἥβηι πάρα μὲν ξὺν ὁμήλικι πάννυχον εὕδειν,青春なれば同い年の友達とよもすがら臥すこともある、甘いやさしい事を思いのままに楽しんで。酒宴に加わり笛吹きにあわせて歌うも自由。それよりも楽しいことは他にない、男も女も。いったい私にとって富が何だ、恥が何だ、愉悦と喜びこそすべてにまさる。
Ἄφρονες ἄνθρωποι καὶ νήπιοι, οἵτε θανόντας愚かものよ、わきまえのない奴よ、死んだ者を嘆きはするが、青春の花ちる風情を嘆かぬ奴らは。わが心よ、さあ喜ぶがよい、きっとすぐ他の男がやってきて、私は死に大地の下に休むだろう。
Κύρνε, φίλους πρὸς πάντας ἐπίστρεφε ποικίλον ἦθος,キュルノスよ、すべての友らにたいしてさまざまに気質を変えよ、それぞれのもって生まれた性格に自分をあわせていくのだ。ある時はこの性分を、またべつの時には別の性分をあらわすがよい。たくみな術は大いなる徳にさえまきる力をもっている。
1075 Πρήγματος ἀπρήκτου χαλεπώτατόν ἐστι τελευτήνまだしない行為の結末を神がどのようになさるか見究めるは何よりも難しい、闇がさえぎっているから。事が起るに先だって、混乱の結末を知ることは人にはできぬ。
Οὐδένα τῶν ἐχθρῶν μωμήσομαι(非難する) ἐσθλὸν ἐόντα,敵とても、見上げた奴なら責めはせぬ、味方とても、卑怯な奴なら褒めはせぬ。
'Κύρνε, κύει πόλις ἥδε, δέδοικα δὲ μὴ τέκηι ἄνδραキュルノス、われらの町はみごもっている、私は怖れる、もしや横暴な男を、苛酷な内乱の種を生みおとすのではあるまいか。市民らはたしかに賢いが、指導者どもが、さんざんな禍いにおちるよう舵をとっているからだ。口先だけで愛すると言いながら、べつの心や考えをもつのは止めよ、私の友であり、まことに厚い心がその胸にあるならば。潔白な気持で友となってくれ、さもなくばはっきりと、公(おおやけ)に争をくりひろげ、私を非難するがよい。これこそがすぐれた男の心の持ち方、しっかりとゆるぎなく最後まで友なる人に接するのだ。
1085 Δημῶναξ, σοὶ πολλὰ φέρειν βαρύ· οὐ γὰρ ἐπίστηιデーモアナックス、君はさんざん苦労している。君が自分の気に染まぬことをする術をしらないからだ。
Κάστορ καὶ Πολύδευκες, οἳ ἐν Λακεδαίμονι δίηιカストールとボリュデウケースよ、聖なる国ラケダイモーンの美しい流れエウロータスの岸辺に在(おわ)す神々よ、もし友に悪い忠告を与えたならば、私自身に報いを与えよ、もし友が私に与えたその時は、倍ほども彼に報いよ。
Ἀργαλέως(困った) μοι θυμὸς ἔχει περὶ σῆς φιλότητος·君との友情のことで私の心は困りきっている。憎むことも愛することもできないからだ、一たん友となった上は憎むのも苦しい、かといって嫌々愛することも易くはない、と思うのだ。
1095 Σκέπτεο δὴ νῦν ἄλλον· ἐμοί γε μὲν οὔ τις ἀνάγκηそのことなら他の人に当ってくれ、私にはそれをやる義理はないはずだ。以前してあげたことの礼をいったらどうだ。
Ἤδη καὶ πτερύγεσσιν ἐπαίρομαι, ὥστε πετεινόνもう今は翼にのって舞上る私だ、大きな沼から鳥のように、悪い男のわなを破って逃れでた。だが君は私の友情をあやまった、あとになって私たちの知恵を思い知るだろう。
Ὅστις σοι βούλευσεν ἐμεῦ πέρι, καί σ' ἐκέλευσενたれか知らんが私のつげ口をした奴が君に命じた、私らの友情などすてて行ってしまえと。思い上った横暴がマグネシア人を、コロポーンを、そしてスミュルナをも、ことごとく亡ぼした、キュルノスよ、そしておまえたちをも亡ぼすだろう。
1104a Δόξα μὲν ἀνθρώποισι κακὸν μέγα, πεῖρα δ' ἄριστον.世評は人間にとって大きな悪だ、試練こそ何にもまさる、だが試練も経ていぬ多数のものが世評だけで立派にとおる、だが石に試(ため)し、鉛とこすりあわせてみれば、本物の黄金ならばすべての人にそのよさがわかるのだ。
Οἴ μοι ἐγὼ δειλός· καὶ δὴ κατάχαρμα μὲν ἐχθροῖς,おお何という腑甲斐なさだ、こうして敵どもの笑いものになったばかりか、味方には迷惑なことになった、腑甲斐ないことになったばかりに。
Κύρν', οἱ πρόσθ' ἀγαθοὶ νῦν αὖ κακοί, οἱ δὲ κακοὶ πρίνキュルノス、むかしの貴族は今は変って賤民だ、以前の民は今貴族、たれがこのざまをみて我慢できよう、立派な人らが名誉を失い、卑しいやつらが位につくのを。妻をえらぶにも、立派な人が卑しい家を訪れる、互いに互いを偽りあって、互いを餌に笑いあう、立派な人らも卑しい奴らも、昔のことを知ろうともせず。
1114a Πολλὰ δ' ἀμηχανίηισι κυλίνδομαι ἀχνύμενος κῆρ·重い心は、抗(あらが)う術もない波間にゆれる、貧窮の手から逃れることがまだ叶わないのだ。
1115 Χρήματ' ἔχων πενίην μ' ὠνείδισας· ἀλλὰ τὰ μέν μοι金をもっているからと、私の貧困を譏(そし)るのだ、君は。だが私にもできることがある、それをやるのだ、神々の御加護を祈って。富の神(プルートス)よ、神々の中でもとりわけ美しく、たれよりも好ましい神、汝の力さえあれば、卑しい男でも立派になれる。よき青春の時を過せますよう、レートーの御子ポイボス・アポローンと、神々の王ゼウスさま、私を愛(いと)しみ下さいますよう!すべての災に染まることなく正義に生きることのできますよう!青春と富のちからで心を暖めながら。
Μή με κακῶν μίμνησκε· πέπονθά τοι οἷά τ' Ὀδυσσεύς,私に災を思い出さすな。私もオデュッセウスほどの目にあった。その男はハーデスの大きな館に入ったがまた帰ってきた、そして術をめぐらして、きびしい決意で、求婚者の群を自分の大切な妻ペーネロペイアのもとから追払った、彼女は長い年月、愛しい子の傍にとどまって夫を待っていたのだ、彼が大地のおそろしい奥部屋へ行っているその間。
Ἐμπίομαι, πενίης θυμοφθόρου οὐ μελεδαίνων飲もう、心をくさらす貧乏などにかまうものか、憎い奴らのことも放っておけ、私の悪口をいう奴どもも。だがつらいのは、大切な青春がもう私から去るという、そしていやらしい老年が来るのを哭(な)きたい私だ。
Κύρνε, παροῦσι φίλοισι κακοῦ καταπαύσομεν ἀρχήν,キュルノス、いまここにいる友たちのために禍い種をたち切ろう、そして腫(は)れた傷口につける薬をみつけよう。
1135 Ἐλπὶς ἐν ἀνθρώποισι μόνη θεὸς ἐσθλὴ ἔνεστιν,人の世でただ一柱あるよい神は「期待」の神だ、他の神々は、みな先を競ってオリュンポスへと向われた、「信頼」の大いなる女神も去った、また人間の世界を後に「わきまえ」神も「うるわしき女神」らも、友よ、地上から消えうせた。正義に基く誓文も、はや世間では信用されず、何人も不死の神々をすらはばかろうとせぬ。神を畏れる氏族ははやなく、はや神の掟も神への敬いも知ろうとせぬ。
ἀλλ' ὄφρα τις ζώει καὶ ὁρᾶι φῶς ἠελίοιο,だが人よ、生きている限り、陽の光を仰ぎ見るかぎり、神をあがめて「期待」の女神を待ちうけよ。そして神々にみごとな肉を供えて折れ、「期待」にはじまり「期待」に終る犠牲を。そして注意を怠るな、悪者たちの邪に。やつらは不滅の神々を畏れず、いつも他人の宝に眼を光らせる、わるだくみこそとそやつらの破廉恥な合言葉なのだ。
Μήποτε τὸν παρεόντα μεθεὶς φίλον ἄλλον ἐρεύνα決して今の友情をうち捨てて、他に友情を求めるな、卑劣な輩の言分に負けたことになるのだぞ。
Εἴη μοι πλουτοῦντι κακῶν ἀπάτερθε μεριμνέων願わくば、富にめぐまれ、苦しみの思いを知らず、害もうけず、何の禍いにも身を染まず、生きられますよう!
1155 Οὐκ ἔραμαι πλουτεῖν οὐδ' εὔχομαι, ἀλλά μοι εἴη富などは欲しくない、祈りもしない、私の望みは何の苦労もなく、僅かのもので生きること。
Πλοῦτος καὶ σοφίη θνητοῖσ' ἀμαχώτατον αἰεί·富と知恵こそ、人間にとって一番厄介なものだ。なぜなら、富への欲心は満足を知らないし、同様に、知恵を人並すぐれて求めても知恵への欲から解放されない、求めても求めても心は満足できないからだ。
1160a †ὦ νέοι οἳ νῦν ἄνδρες·†, 'ἐμοί γε μὲν οὔ τις ἀνάγκη若者たち、今はもう大人だ、私にはもうする義理はない、前にしてあげたことの礼くらい言ったどうだ。
Οὐδένα θησαυρὸν παισὶν καταθήσει(未2s) ἄμεινον·子供らに、宝の庫を残してやらぬ方がよい、立派な人が乞うたとき与えてやるのだ、キュルノスよ。誰もいやしない、完全な幸福をもつものなどは。立派な人は苦労に堪えても色には見せぬ、だが卑しい者は善きにつけ悪しきにつけ気持を平らに混せる術を知らぬのだ。神々からの贈物はさまざまの姿をとって人間のところへやって来る、堪えねばならぬ、何であれ、神々からの遣わしものは。
Ὀφθαλμοὶ καὶ γλῶσσα καὶ οὔατα καὶ νόος ἀνδρῶν目も舌も耳も心も、胸板の奥深く秘められたもの、賢い人らに限っては。このような人をこそ君の友とせよ、自分の仲間が険しい性分の男であろうとよく心得て、兄となり弟となって堪える人を。友よ、このことを心によく考えて、いつか私のことを思い出せ。いくら探しても私ほどに信を重んずる友はいない。誰であれ、内には偽りを秘めている。だが石に当て、鉛にあててこすれば、私のすぐれた言分は黄金となって現れよう。
1165 Τοῖσ' ἀγαθοῖς σύμμισγε, κακοῖσι δὲ μήποθ' ὁμάρτει,すぐれた人と交れ、卑しい人とは連れになるな、仕事の行程の終りにきたときには。
Τῶν ἀγαθῶν ἐσθλὴ μὲν ἀπόκρισις, ἐσθλὰ δὲ ἔργα·立派な人らの答は正しく、なすこともまた正しい。だが悪人の言葉は悪く、風のままに散っていく。
Ἐκ καχεταιρίης κακὰ γίνεται· εὖ δὲ καὶ αὐτός悪人と交れば悪を生む、君自身もよくわかるだろう、偉大なる神々に罪を犯したのだから。
Γνώμην, Κύρνε, θεοὶ θνητοῖσι διδοῦσιν ἀρίστην·判断は、キュルノスよ、神々が人間に与えた最上の宝だ。判断は全てのものの限界を示す。たれであれ、それを心に持つ人は幸せな人。それこそは害なす尊大よりも、苦しみおおい飽満よりも、はるかに強いもの。飽満は人間にとっては禍い、それより悪いものはない。なぜなら、キュルノスよ、すべての悪事はそれがもととなっているから。
Εἴ κ' εἴης ἔργων αἰσχρῶν ἀπαθὴς καὶ ἀεργός,キェルノスよ、もしおまえが破廉恥なことをせず、されもしないですむならば、徳の中でも最大のものを経験したと言えるのだ。堪えねばならぬ、堪えがたい苦痛にも勇気をもって、そして不死なる神々の救いを祈れ。
Κύρνε, θεοὺς αἰδοῦ καὶ δείδιθι· τοῦτο γὰρ ἄνδραキュルノス、神を敬え、神を畏れよ、それが不敬の行為や言葉から人を守る。だが民衆をむさぼり食らう独裁者を好きなようにやっつけても、神々からの怒りはけっして来まい。
Οὐδένα, Κύρν', αὐγαὶ φαεσιμβρότου ἠελίοιο人を照らす太陽の光は、キュルノスよ、譏りを受けない男を一人も見たことがないはず。市民らの心のほどは私には見わけがつかぬ、助けても苦しめても喜ぶ様子がない。
1185 Νοῦς ἀγαθὸν καὶ γλῶσσα· τὰ δ' ἐν παύροισι πέφυκεν思考も弁舌も善きものだ。だがこの二つは両方をあやつる力のあるほんの僅かな人々にしか恵まれぬ。
Οὔτις ἄποινα διδοὺς θάνατον φύγοι οὐδὲ βαρεῖαν身代金を払ったところで死を逃れ、苦しい不幸を逃れるものは誰もない。運命が最期の時をなげ出しでもしない限りは。また心配ごとだって、神が苦しみをおくり出すときは、人間が賄賂をつかって逃れることはできないのだ。
Οὐκ ἔραμαι κλισμῶι βασιληίωι ἐγκατακεῖσθαι私は王さまの寝床で死にたいなどとは思わぬが、どうか生きているうちに何かよい目にあいたいものだ、棘ある草も、死んだ者にはじゅうたん同様、木の椅子だって固くもなければ柔くもない。
1195 Μήτι θεοὺς ἐπίορκος ἐπόμνυθι· οὐ γὰρ ἀνεκτόν神々を証にたてて偽誓をするな、神々の眼から負い目を隠しおおせは出来ないからだ。
Ὄρνιθος φωνήν, Πολυπαΐδη, ὀξὺ βοώσης小鳥の鋭い囀(さえず)りを、ポリュパオスの子よ、私は聞いた、それは人よ野を耕せと告げる季節の声だ、私の心は黒くおそれにふるえる、美しい花のさく畑は人手にわたり、私のラバは曲った鋤(すき)を曳いていない、それはみなこのはかない·····(脱落)船路のためだ。
Οὐκ εἶμ', οὐδ' ὑπ' ἐμοῦ κεκλήσεται οὐδ' ἐπὶ τύμβωι私は行くまい、誰にも行けとは言うまい、独裁者は墓前で嘆く人もなく地下に行くのだ。だが彼も、私が死んだとて何の痛みも感じまい、いや瞼(まぶた)から熱い涙さえこぼすまい。
Οὔτε σε κωμάζειν(騒ぐ) ἀπερύκομεν οὔτε καλοῦμεν·おまえが酔いさわぐのを止めもしないが、すすめもしない、いるときは厄介な奴だがいない時は愛しい奴だ。
1210 Αἴθων μὲν γένος εἰμί, πόλιν δ' εὐτείχεα Θήβην私の生れはアイトーンだ、だが城壁ほこるテーベの町に住んでいる、父祖の国から遠ざけられていゆえに。私に悪ふざけして、私の親たちの悪口を言うのは止してくれ、アルギュリスよ、おまえは奴隷の暮し、だが私たちには他の数々の苦労こそあれ、女よ、私たちは亡命者なのだから。―だがつらい奴隷ではない、親たちは私らの身を売りはしなかったのだ。私たちには国がある、レータイオンの野にのぞむ美しい故里が。
Μήποτε πὰρ κλαίοντα καθεζόμενοι γελάσωμεν嘆いている人の側にいるときは笑うのはよそう、キュルノスよ、自分たちの幸福に満足して。
Ἐχθρὸν μὲν χαλεπὸν καὶ δυσμενεῖ ἐξαπατῆσαι,敵が敵を欺くのはなかなかむつかしい、だが友達が友達を欺くのはずっとた易(やす)い。
Πολλὰ φέρειν εἴωθε λόγος θνητοῖσι βροτοῖσιν言葉は死すべき人間どもに多くの過失をもたらすものだ、キュルノスよ、判断の筋が狂ったときに。
οὐδὲν Κύρν' ὀργῆς ἀδικώτερον, ἣ τὸνキュルノス、怒りほど不正なものはない、それは感情に卑劣なよろこびを味わわせて、その主を苦しめる。
1225 οὐδὲν Κύρν' ἀγαθῆς γλυκερώτερόν ἐστι γυναικός ∙キュルノス、よき妻よりも甘美なものは他にない。私が君の証人となろう、君は私の真実の、あかしを立ててくれ。
ἤδη γάρ με κέκληκε θαλάσσιος οἴκαδε νεκρός,もう私を呼んでいる、家へ帰れと、海の底から屍が死んでいながら生きた口から声をはなって。
Β
むごいエロース(愛神)よ、おまえを取上げ育てたのは狂気の女神だ、おまえの為にイーリオスの砦(とりで)は亡びた、アイゲウスの子テーセウス王が亡びたのも、オイレウスの子すぐれたアイアースが死んだのおまえの愚かな働きだ。
少年よ、私の心を捉えた上は聞いてくれ、私の話は納得のいかぬものではないし、君の心にそぐわぬものでもない、だから心にしっかりと話をかみわけてくれ、君が気乗りせぬというなら、しなくてはならぬという義理はないのだよ。
1238a 'Μήποτε τὸν παρεόντα μεθεὶς φίλον ἄλλον ἐρεύνα,目前の友を見捨てて他に友情を求めるな、卑劣な人間の告げ口に従うことになるのだぞ。彼らは私の耳もとでしばしば愚かな告げ口をして君を難じ、君の耳もとでは私の悪口をいう、彼らのもとへは行かぬがよい。
Χαιρήσεις τῆι πρόσθε παροιχομένηι φιλότητι,やがて君は去った友情をなつかしく思うだろう。なぜなら、やがてくる友情の主とはならぬだろうから。
Δὴν δὴ καὶ φίλοι ὦμεν. ἔπειτ' ἄλλοισιν ὁμίλει,末長くまで私たちは友であろうよ、その後で君は他の人びとと交るがよい、偽りの心をもって。
1245 Οὔποθ' ὕδωρ καὶ πῦρ συμμείξεται· οὐδέ ποθ' ἡμεῖς火と水は決して交ることがない、だから私らも決して互いに信じあい友となることはできないのだ。
Φρόντισον ἔχθος ἐμὸν καὶ ὑπέρβασιν, ἴσθι δὲ θυμῶι,思いしれ、私の憎悪を、激怒を。そして心にとくと知れ、力の限りおまえの過ちを罰してやるから。
Παῖ, σὺ μὲν αὔτως ἵππος, ἐπεὶ κριθῶν ἐκορέσθης,少年よ、おまえは仔馬のように、大麦で満腹したらまた戻ってきた、私の厩舎へ。立派な者や美しい牧場、冷い泉が恋しくなって。
'Ὄλβιος, ὧι παῖδές τε φίλοι καὶ μώνυχες ἵπποι幸福な人よ。愛し子があり、一つ蹄の馬たちや狩りする犬がいて、遠つ国からの友もつ人は。子供を愛さず、一つの馬たちや犬に見むきもしない人は、心の喜びを知らぬ人。
Ὦ παῖ, κινδύνοισι πολυπλάγκτοισιν ὁμοῖοςおお少年よ、木々をわたる鶺鴒(せきれい)のような気性をもて、時にはこの人々に、時にはあの人々に愛されるがよい。
Ὦ παῖ, τὴν μορφὴν μὲν ἔφυς καλός, ἀλλ' ἐπίκειταιおお少年よ、おまえは姿こそ美しいが、頭に頂く冠はまったくの愚かしい無思慮だ。おまえは輪をかく鳶(とび)の性根をもっているからだ。愚かな人間の言分を真に受けて。
Ὦ παῖ, ὃς εὖ ἕρδοντι κακὴν ἀπέδωκας ἀμοιβήν,おお少年よ、おまえは恩をひどい仇で返した、どれほどしてやっても恩を知らぬ奴なのか。私に何もよくしてくれぬ。私は幾度か君に恩をほどこしたが、何の尊敬もうけなかったぞ。
Παῖς τε καὶ ἵππος ὁμοῖον ἔχει νόον· οὔτε γὰρ ἵππος少年と仔馬の心は同じようだ。馬は御者が埃にまみれて転がっていても泣きはせぬ、飯さえ食えば、後から来た奴を乗せて走る、それと全く同様に少年眼の前にいる人間を友にする。
Ὦ παῖ, μαργοσύνης ἄπο μευ νόον ὤλεσας ἐσθλόν,少年よ、食欲のゆえにおまえは立派な精神を台なしにし、われわれの友人らに恥をかかせた。だがほんのわずかな間だが、君は私を甦らせてくれた、夜なのだから嵐をさけて私はしずかに錨をおろした。
1275 Ὡραῖος καὶ Ἔρως ἐπιτέλλεται, ἡνίκα περ γῆエロースもまた季節もの、大地がふくらみ春の草花が咲きほこる時のもの。そのときエロースはキュプロスの、こよなく美しいあの島を後にして、人びとのもと大地の面に種をもってやってくる。
1278a Ὅστις σοι βούλευσεν ἐμεῦ πέρι, καί σ' ἐκέλευσενたれか私のことで君に入知恵した奴が、君にすすめた、私たちの友情を捨てて行ってしまえ、と。幼い仔鹿を力まかせに獅子が足にかけ引き裂くような真似はしたが、私はその血をすすらなかった。
Οὐκ ἐθέλω σε κακῶς ἕρδειν, οὐδ' εἴ μοι ἄμεινον私は君を傷つけたくはない、たとえもし不死なる神々から益が授るとしても、おお美少年よ。なぜなら私は少なからぬ咎をうけているのだから、美少年たちのことで誰か不正を犯さぬものがあるだろうか。
Ὦ παῖ, μή μ' ἀδίκει ‑ ἔτι σοι καταθύμιος εἶναι少年よ、私にひどい仕打をするな―まだ君の気に入りでありたいと願う私だ―このことを立派な心で判ってくれ、君がいくら企んでも私の横をすりぬけたり欺したりすることはできぬ、君は勝ったのだ、これからも末ながく―だが逃げるなら君を私は傷つけよう、昔話に言うように。イアシオスの娘なる乙女イアシエーは年頃になりながら、男との契りを嫌って逃げた。また黄色い髪のアタランテーは帯で自分を締め、許されぬ所業をとげた、父王の邸から一人逃れて。そして山の高く聳える頂きに身をひそめた、甘い契りを、金髪のアプロディテーの贈物を逃れようとして。だがそれほどに嫌いながらも遂にその終りを悟ったのだ。
1295 Ὦ παῖ, μή με κακοῖσιν ἐν ἄλγεσι θυμὸν ὀρίναις,少年よ、禍いになやむ私を怒らすな、おまえの友情が私をペルセポネーの館(死の国)へ連れて行かぬように。神々の怒りをおそれよ、人びとの言葉をはばかれ、おだやかな振舞をこそ心せよ。
Ὦ παῖ, μέχρι τίνος με προφεύξεαι; ὥς σε διώκων少年よ、いつまで私から逃げつづけるのだ、こうして追い求めているのに。だがどうか君の気紛れを押える日の来ますように。君は立派だが狂った心の持主だ、鳶のように容赦ない性分だ。そしてどこまでも逃げていく。待ってくれ、私の望みも叶えておくれ、君とてもいつまでもキュプロス(愛神)の、菫の冠を頂く女神から寵されるわけではない。
1305 Θυμῶι γνούς, ὅτι παιδείας πολυηράτου ἄνθος心によく知れ、人びとがこがれる若さの花は、競走よりも足速く去る。このことを心得て、禁をといてくれ、おまえも禁にあわぬように、たくましい少年よ、そしてキュプロスの女神の得がたい業を楽しむがよい、ちょうどいま私が君にするように。だが用心せよ。少年を知らぬ、卑しい男に従うな。
Οὐκ ἔλαθες κλέψας, ὦ παῖ· καὶ γάρ σε διῶμμαι·ごまかそうとしても私をごまかせない、少年よ、ずっと見ていた。おまえが私の友情を蔑んで捨てて、今あいつらと仲よく友達となっているが、あいつらとおまえは以前にはつきあって貰えなかったのだ。それを私の裁量で誰よりも信頼のおける友にしたててやった。だのにもう今は別の人とつきあいたいという。よくしてやったおまえに、私は見捨てられた、おお、だれもおまえを見て惚れないように!おお何という腑甲斐なさだ、こうして敵どもの笑いものになったばかりか、味方には迷惑なことになった。腑甲斐ないことになったばかりに。
Ὦ παῖ, ἐπεί τοι δῶκε θεὰ χάριν ἱμερόεσσαν少年よ、おまえには惚れぼれする姿のよさをキュプロスの女神が下さったから、おまえの姿は若者たちのあこがれだ、この言葉に耳をかせ、私の好意も心におもいはかってくれ。大人にとって恋は堪えがたいものと察しておくれ。
Κυπρογένη, παῦσόν με πόνων, σκέδασον δὲ μερίμναςキュプロス生れの女神さま、私の苦労を終らせてください、心をむしばむ心配事を払いのけてください、そしてまた楽しい集いに向わせてください、どうか不幸な思案を終らせ、青春の盃をほしたものに恵みあつい御心をもって、わきまえの稔りをお頒ちください。
Ὦ παῖ, ἕως ἂν ἔχηις λείαν γένυν, οὔποτε σαίνωνおお少年よ、おまえの頬が滑らかなその間は、おまえのきげんをとりつづけよう、たとえ死の運命がこようとも。
Σοί τε διδόντ' ἔτι καλόν, ἐμοί τ' οὐκ αἰσχρὸν ἐρῶντιおまえには、与えることがまだ似合う、そして恋する私には、乞うことは恥ではない、だが私たちの両親にかけて願いたい、私をむげに退けず、この願いをゆるしておくれ、いつかはきっとおまえも、キプロスの菫の冠の女神から賜物を頂くことも、他のたれかの愛を求めて行くこともあろう。そのときにおまえが同じ答を得られることを神がゆるしたもうように。
1335 Ὄλβιος ὅστις ἐρῶν γυμνάζεται οἴκαδε ἐλθών恵まれた人よ、恋をしながら体を鍛える人は。家に帰って美少年と、ひねもす寝につけるのだ。
Οὐκέτ' ἐρῶ παιδός, χαλεπὰς δ' ἀπελάκτισ' ἀνίαςもう私は少年に恋をしていない、堪えがたい苦しみをかなぐり捨て厄介な苦労を逃れて、私はうれしい。解放されたのだ、美しい冠のキュテラ女神の恋心から。だがおまえには、少年よ、私はちっとも感謝しないぞ。
Αἰαῖ, παιδὸς ἐρῶ ἁπαλόχροος, ὅς με φίλοισινああ、やわ肌の少年に惚れてしまった、あの子は友だち皆に、私が嫌がるのに、私のことを言いふらす。我慢しよう、たくさんの嫌な無礼もかくしはしない、私はべつに卑しい少年に心を奪われたわけではないのだ。
1345 Παιδοφιλεῖν δέ τι τερπνόν, ἐπεί ποτε καὶ Γανυμήδους少年を愛することは楽しい、だからこそ、その昔ガニュメーデースを、クロノスの子、神々の王者ですら愛したまい、奪いとってオリュンポスに運んで、その少年を、ほれぼれと青春の花さくその少年を、神にしたもうた。だから、驚きたもうなシモニデースよ、私が美少年にうつつを抜かしてこの真実を悟ったからといって。
Ὦ παῖ, μὴ κώμαζε, γέροντι δὲ πείθεο ἀνδρί·おお少年よ、酔ってさわぐな、老人の言葉に従え。おまえのような若者に乱痴気騒ぎは為にならぬ。
Πικρὸς καὶ γλυκύς ἐστι καὶ ἁρπαλέος καὶ ἀπηνής,苦く、甘く、すべてを奪い、無慈悲なものだ、キュルノスよ、若者にとって、恋が成就するまでは。実りを得れば甘美だが、追いながら実がならなければ、これほどにつらいものは他にない。
Αἰεὶ παιδοφίληισιν ἐπὶ ζυγὸν αὐχένι κεῖται少年に恋する者の首筋には、いつもみじめな軛がかかる。友情を求めることの苦しい思い出が。なぜなら少年目あてで友情をもとめる人は、葡萄のつるに燃えている焰の中に手を入れるようなもの。
Ναῦς πέτρηι προσέκυρσας ἐμῆς φιλότητος ἁμαρτών,私の友情を見そこなったから、おまえは船を岩にあててしまった。少年よ、くさった綱を手にしたのだ。
Οὐδαμά σ' οὐδ' ἀπεὼν δηλήσομαι· οὐδέ με πείσειその場に居なくても、あなたを私はけっして傷つけまい、そしてたれもあなたを愛するなと、私を説き伏せることはできまい。
1365 Ὦ παίδων κάλλιστε καὶ ἱμεροέστατε πάντων,おおこよなく美しく、こよなく好もしい若者よ、どうか立止まって、少しでも私の話を聞いてくれ。それでも少年ならば恩を知る、だがどんな男も女を信用しない、女はいつもその場に居る者を愛するのだ。少年との恋は得てもたのし、捨ててもたのし。だが求めるほうが遂げるよりはずっとやさしい、沢山の苦しさも沢山の喜びもそれ次第。だがその中にだって、何かよいことがあるものだ。おまえは決して私の願いを待たせなかった、いつでも急ぎの使が行くときは、私のもとにやってくる。
1375 Ὄλβιος ὅστις παιδὸς ἐρῶν οὐκ οἶδε θάλασσαν,果報ものよ、少年に惚れながら海を知らず、海にあっても、近づく夜を気にもかけぬ人間は。
Καλὸς ἐὼν κακότητι φίλων δειλοῖσιν ὁμιλεῖς姿こそ麗(うるわ)しいが、心が卑しいから卑しい男どもとおまえは交わり、その為にはずかしい譏りをうけている。少年よ、私は期せずしておまえの友情を得られなかったが、自由人としてすべきことをしてよかったと思う。
Ἄνθρωποί σ' ἐδόκουν χρυσῆς παρὰ δῶρον ἔχοντα連中は君が金髪のキュプロスの女神から贈物を頂いてやって来たと思っている・・・・・・だが女神の贈物は人間どもには、何よりもつらい重荷だ、キュプロスの女神御自身が、その苦労から逃れる術を与えぬ限りは。
Κυπρογενὲς Κυθέρεια δολοπλόκε, σοὶ τί περισσόνキュプロス生れの、たくみに長けたキュテラの女神よ、おんみにゼウスは過ぎた名誉を、この贈物を与えたもうた。おんみは人間どもの賢いわきまえを打ちたおす、そしてたれもそれほど強く賢くはないのおんみの咎(とが)を逃れるほどに。
(久保正彰訳)