御詠歌その他



仏壇の中のお経の本は変体仮名が使はれてゐる一番身近な文書である。
その中の一部を歴史的仮名遣ひに書き直してみた。


三宝荒神
あらかみを、あさあさとなふる、ともしびの、きとうをうけし、みつのたなから

塩釜明神
あまくだる、ひとのめぐみはしほがまの、ろくしやのかみは、ここにまします

水神明王
にちにちに、つかいしみづの、おんふかき、いちどはをくれ、としのくれつき

室生山弘法大師
わがみをば、こうやのやまにとどむとも、こころはむろに、ありあけのつき

山城国柳谷観世音
みほとけの、なびくやなきのたにみづは、くむにおいせぬくすりなりけり

同奥の院
うららかや、やなぎもかぜになびかれて、ほとけのみかげうつるたにみず

奈良二月堂
ありがたや、ふしぎは一か、二月だう、わかさのみづを、むかへたもふぞ

阿弥陀如来
ごくらくの、みだのじやうどへ、ゆきたくば、なむあみたぶつ、くちくせにせよ

くまの妙法山阿弥陀寺
くまのぢを、ものうきたびと、おもふなよ、しでのやまぢを、おもひしらせん

同奥の院
ここもたび、またゆくさきも、たびなれや、いづくのつちに、われやなるらん

高野山弘法大師
ありがたや、たかののやまのいはかげに、だいしはいまに、おわしまします


たかのやま、むすぶいほりに、そでくちて、こけのしたにぞ、ありあけのつき

諸行無常
わかいとて、すゑをはるかに、おもふなよ、むじやうのかぜは、ときをきらはず


あすありと、おもふこころはあだざくら、よるはあらしの、ふかぬものかは

嵯峨釈迦如来
ありがたや、しやくせんだんの、しやかによらい、さがにたなびく、むらさきのくも


わしのみね、ふたたびかげの、うつりきて、さがののつゆに、ありあけのつき

薬師如来
なむやくし、しよびやうなかれと、ねがひつつ、まゐれるひとをびやうどうにして

不動明王
だいじやうの、いのるちからのげにいはや、いしのなかにも、ごくらくぞある

大日如来
あぢのこが、あぢのふるさと、たちいでて、またたちかへる、あぢのふるさと

文殊菩薩
なむもんじゆ、三ぜしよぶつの、ははときく、われもこなればちちぞほしけれ

東京浅草観世音
ふかきとがいまよりのちは、よもあらし、つみあさくさへ、まゐるみなれば

近江国立木観世音
にごるよの、ひとをたちきの、そのままに、すてぬちかひを、たのむばかりぞ


あらかはの、きしうつなみは、ししとびの、ししにおはれて、やくをまるがるる

讃岐国志度寺観世音
いざさらば、こよひはここに、しどのてら、いのりのこゑを、みみにふれつつ

摂津中山寺観世音
ごくらくの、とうもんひらく、くわんぜおん、われをわすれて、ゆきすごすなよ

瑞光寺観世音
もろびとの、たのみをここに、くじらばし、すぐなるこころ、まもりたまはん

紀伊国あぢの観世音
あらたふと、ひろむるのりや、はなのやま、のぼればこころの、やみもあけなん

西国手引観世音
あらたふと、てびきたまへる、くわんぜおん、たかきいやしき、ひともえらばず

京都三十三間堂観世音
かぞふれば、ながきみそぢのみつのまに、みのりのこゑも、かづまさりして

延命地蔵尊
よつのつぢ、むつのちまたを、ひとすぢに、たすけたまへや、みだのじやうどへ


ごくらくの、けぬけのぢさう、大ぼさつ、たすけたまへや、このよさきのよ

阿波立江地蔵尊
いつかさて、にしのすまゐの、わがたちえ、くぜいのふねに、のりていたらん

六体地蔵尊
ひきよせて、むすぶこころは、六ぢざう、わがてにもれな、ろくだうのつぢ

大和国小房観世音
ただたのめだいじだいひの、くわんぜおん、こふさのさとに、あらんかきりは

東寺教王護国寺弘法大師
くうかいの、こころのうちにさくはなは、みたよりほかに、しるひとはなし

御室仁和寺弘法大師
わけのぼる、はなのあらしの、こずゑより、おむろのやまに、つきぞかがやく

西賀茂神光院厄除大師
あいけうの、ちかひをたのむ、にしがもの、かみのかげあるてらにもふでて

聖徳太子
ちちのさと、たちいできたる、ははのさと、またたちかへる、ちちのふるさと

達磨大師
くれんまでざぜんをくみし、なんぎやうを、すすめるくどく、ともにじやうぶつ

善導大師
へだてなき、じひのすかたの、あらはれて、しもはみだぶつ、かみはせんだう

円光大師
くさもきも、かれたるのべに、ただひとり、まつのみのこる、みだのほんがん

親鸞聖人
さむくとも、たもとにいれよ、ちちのかぜ、みだのくにより、ふくとおもへば

神戸摩耶山観世音
まやのなを、ほとけのははと、きくからは、これぞまことのじひのみなかみ

空也上人
おしめども、いちどはのべに、すつるみの、あはれはかなき、ひとのはてかな

中将姫法如尼
なかなかに、やまのおくこそ、すみよけれ、くさきはひとの、さがをいはねば

大阪天王寺
かしこしな、のにのはじめの、なをとりて、なにはのてらは、すへのよまでも

大阪亀井水
よろづよも、つきせぬのりの、みづきよく、かめゐにうかむ、みほとけのかげ

山城国鞍馬寺毘沙門天
によにんこそ、おとこにこひて、うれしけれ、こひちのぐわんは、いとたしかなり

西院川原地蔵菩薩
みころもの、そでにすがりて、なくこへの、さいのかはらに、みつるあはれさ


をさなこが、そでにすがりてぢぞうそん、もののあはれは、あさがほのはな



御十念和讃

一ツ ひとへにだいじはごしやうなり、つねづねねんぶつわするなへ なむあみたぶつあみだぶつ
二ツ ふたたびあはれぬけうのひを、むなしくくらすはあわれなり 同
三ツ みらいがだいじとおもふなら、ぜんごんくどくのくようせよ 同
四ツ よきもあしきもうちすてて、ほとけのおしへにとりすがり 同
五ツ いつまでこのよにいるものぞ、いのちはもろきくさのつゆ 同
六ツ むげんぢごくへおちるみを、そのまますくうはみだによらい 同
七ツ ならくへおつるによにんまで、もらすまいとのごせいぐわん 同
八ツ やまほどざいほうつむひとも、しでのたびぢはただひとり 同
九ツ こころすなおにほんぐわんを、たのめばこれぞほとけなり 同
十ヲ とうときおしへのねんぶつを、すすめよとなへよしんずべし 同



円光(ゑんくわう)大師 黒谷(くろだに)和讃(わさん)


きみやうちやうらい黒谷の 円光大師のおしへには
にんげんわづか五十年 花にたとへはあさがほの
つゆよりもろき身をもちて なぜに後生をねがはぬぞ
たとへうきよにながらへて 楽しむ心にくらすとも
老もわかきもつまも子も おくれ先だつよのならひ
花ももみじも一とさかり たとへばわれも一と盛り
十(とを)や十五のつぼみはな 十九やはたちの花さかり
せたいさかりの人々も すぐにとんしをするもあり
今夜(こよい)まくらをかたぶけて あさなに笑ひしおさなごも
くれにはけむりとなるもあり あはきはかなき我等かな
しやばは日々にとほざかり 死するは年々ちかづきて
けふは他人のさうれいぞ あすは我身のおくりし
之をおもへばみなひとに おや子兄弟ふうふとも
さきだつ人のついぜんし ねんぶつとなへて信すべし
あら有難やあみだぶつ たすけたまへや阿弥陀佛


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