革命を賞賛したローマの歴史家リヴィウス



 アメリカ合衆国の議会があるキャピトルヒルという名前は、古代ローマのカピトリヌスの丘から来ており、また上院は英語ではsenateつまり元老院のことである。このように古代ローマは現代社会に確実に受け継がれている。この古代ローマのもっとも正統な歴史は、紀元前一世紀にリヴィウス ( Livius 前59-後17 リーウィウス、リウィウス) が書いた『ローマ建国史』である。

 同じ歴史家でもギリシャの歴史家ヘロドトスの書いた歴史には突拍子もない話がいっぱい登場するが、それに対してリヴィウスの歴史は実用的な話が多い。それは換言すれば、どうすれば上手に国を作って上手に運営できるかという話である。つまり、いかに法律を作るか、条約はどうやって結ぶか、宗教の役 割、権力はいかに分散するかなどなどである。

 また例えば一人で複数の敵と戦うにはどうすればよいかを教えるような話も出てくる。それを読むと、一人で複数の敵を相手にするときは、走るのが有効な戦法であることがわかる。こちらが走れば、相手は決して全員同じ速度で追いかけることはできない。その結果、こちらは一度に一人ずつの敵を相手にすることができる。実はこれは木枯紋次郎のとった戦法でもある。

 また例えば、リヴィウスを読むとローマでは王ですら投票で選ばれたことが分かる。そして王が世襲制になって弊害が出てくると途端に王制をやめてしまっている。その代わりに執政官二人を選挙で選ぶことにした。もともと一人の王を選挙で選んでいたのが、二人選ぶことになったようなものであるが、執政官の任期は一年に制限された。権力の乱用を警戒したのである。

 リヴィウスは王制が終わったときに「ローマは解放された」と言っている。第一巻の最後にはもう革命が起きるのである。リヴィウスは、革命は起こすべきものだということ、そしてそれをどうやって起こすかを教えている。それ以降のヨーロッパの革命の手本がすでにここにあるというわけだ。

 革命をリヴィウスは賞賛している。たとえば、第一巻の最初の方でローマに王制が途切れたときに、わざわざ王を選んで王制を続けようとしたことを、リヴィウスは彼らが自由の甘美さを知らなかったためだと皮肉っている。リビウスは徹底した共和主義者で、王制は悪であると考えていた。王制を終わらせたブルータスを解放者と呼んでいることからも、それは分かる。

 また、リヴィウスの第一巻には、すでに下水道の建設の話もある。現代の日本でも下水道が整備されていない町は非常に多いから、これは驚きである。これもまた国の統治には無くてはならないもののひとつだった。

 リビウスの第一巻で特に有名な話は、狼に育てられたロムルスとレムスの話と、ルクレティアの陵辱の話だろう。このうちの後者はシェークスピアの詩で有名である。と言っても、シェークスピアの英語は難しいからわたしは読んだことはない。シェークスピアの『コリオレイナス』はリビウス第二巻のヴォルサイ族との戦いの中に登場する話を元にしている。このヴォルサイ族との戦いを始めたのがリヴィウス第一巻に登場する傲慢王タルクイニウスであるということも、これを読むと分かる。

 古代ローマのユウェナリスは「健全な肉体に健全な精神が宿る」という格言で知っている人も多いだろうが、リビウスは誰も知らないだろう。昔は高校の世界史の教科書に出ていたものだが、今では欄外にも載っていない。知っているとすれば、大学入試で世界史を選択して、しかも偏差値七十を目指して難しい参考書を勉強した人ぐらいではないか。

 ところで、リビウスの歴史には各巻に要約がついている。これらは、リビウスが作ったのではないので、本文と一致しないところが沢山ある。しかし、本文を読んだ後で読むと頭の整理に役立つので掲載した。

 なお、リヴィウスの話は本人も言うとおり、全てが正確な史実であるというわけではないらしい。むしろ、リヴィウスは、歴史が教訓を学ぶ素材であるという点を重視している。実際、ヨーロッパの人たちはみなこれを読んで手本にした。ということは、ヨーロッパを理解するために必要な物の考え方がこの中に随所に現れているということでもある。したがって、リヴィウスの『ローマ建国史』は読む価値のある書物であることは確かである。

 翻訳に使った原典はLoebとThe Latin Libraryのものである。またLoebとPenguinの英訳によって誤りなきを期した。

 ところで、古代ギリシャのスパルタ人は極端に言葉数が少ないので有名だった。そのため、現代でも英語で元々スパルタを意味するlaconicという形容詞は「言葉数が少ない」という意味で使われる。「嵐が丘」の第一章の最後にこの単語が出てくる。ヒースクリフがやっとのことで訪問者に気を許して、I や You の代名詞や would や could の助動詞を使った他人行儀な喋り方をやめて、言葉を短く端折った話し方をしてくる場面である。これを作者はlaconicを使って、 relaxed in the laconic style of chopping off his pronouns and auxially verbsと表現した。ところが日本の翻訳家たちは、スパルタの伝統を知ってか知らずか、ヒースクリフがそれまでのぶっきらぼうなしゃべり方を和らげたのだと解釈した。スパルタ人は別にぶっきらぼうだったわけではない。そもそも前置詞 inの取り方からしておかしいのだが、阿部知二のこの誤訳は脈々と受け継がれている。これもまた誤訳の伝統である。

 今回第一巻を訳出した古代ローマの歴史家リヴィウスの「ローマ建国史」にはまだ誤訳の伝統はない。日本語訳がまだ出ていないからである。しかし是非とも、わたしの誤訳は引き継がないでもらいたい。

後記:2007年4月に最初の五巻の翻訳が岩波文庫からリーウィウス著『ローマ建国史』(上中下の上)が出た。これはかなり癖のある訳なので注意がいる。

 例えば、「序文」をなぜか「あとがき」のように訳している。これから執筆するのではなく、書き終わってから書いた体裁になっているのだ。もちろん原文はそんなことはない。

 用語もかなり独特である。たとえば、コンスルは執政官ではなく「執政委員」、ディクタトールは独裁官ではなく「独裁委員」となっている。その他にも何とか委員が多い。ソ連の共産党を連想させる呼び名である。一方、護民官は「平民トリブーヌス」、パトレス(長老あるいは貴族階級)はなぜか一貫して「父たち」である。とにかく、「人民」という言葉がよく出てくる。

 漢字の用法も、現代とは異なるものが採用されている。例えば、「増やす」ではなく「殖やす」。ここから訳者は明治生まれの人ではないかと思われる。

 読みやすい翻訳との評が一部にあるようだが、内褒めだろうと思う。一見文体に格調があるため、つられて読んでしまうが、よく考えると意味が分からないままということが多いようだ。古代ローマについてあらかじめちゃんとした知識を持たない人が読むと、変な知識を身に付けてしまう恐れさえある。困つた翻訳書がまた一冊岩波文庫に加わってしまったと言えそうだ。図書館で借りるにとどめておく方 がよいかもしれない。



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