『枕草子』(三巻本)




清少納言作

 これはZacoさんの作つたテキストをもとにして入力した田中重太郎の校訂による三巻本枕草子本文である。 
 各段の番号は、旺文社文庫段数:岩波文庫段数:(能因本段数)を意味する。見出しや体裁はZacoさんのもののままである。
 テキストの中の一部に見られる< >[ ]は、田中重太郎の本文と合はせるために、それぞれ、次に示した底本に対して、
<加へるべき文字>、[底本から除くべき文字]を意味する。(ただし「頭の中将」「世の中」「近衛の舎人」等は写本には「の」がないが括弧に入れない)

 旺文社文庫『枕冊子』と日本古典全書『枕冊子』(朝日新聞社)と笠間書院『校注枕冊子』は校訂者(田中重太郎)も本文も同じであり、
その底本は1段から75段(「あぢきなきもの」)までが三巻本第二類弥富破摩雄氏旧蔵本、76段(「ここちよげなるもの」)以降は陽明文庫蔵本である。


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上巻の上(第001~75段)(底本は二類本による)
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1 :001:(能001):春は、あけぼの

 春は あけぼの。やうやう白くなり行く山際(やまぎは)、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

 夏は 夜。月の頃はさらなり、闇もなほ蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。

 秋は 夕暮。夕日のさして山の端(は)いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連らねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音(ね)など、はたいふべきにあらず。

 <冬は つとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、>霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶(ひをけ)の火も白き灰がちになりてわろし。


2 :002:(能002):頃は、正月、三月

 頃は、正月(しやうぐわち)、三月(さんぐわち)、四月、五月、七八九月、十一二月、すべてをりにつけつつ、一年(ひととせ)ながらをかし。


3 :003:(能003):正月一日は

 正月(むつき)一日(ついたち)は、まいて空のけしきもうらうらと、めづらしう霞みこめたるに、世にありとある人は、みな姿かたち心ことにつくろひ、君をも我をも祝ひなどしたるさま、ことにをかし。

 七日、雪間(ゆきま)の若菜摘み。青(あを)やかにて、例はさしもさるもの、目近からぬ所に、もてさわぎたるこそをかしけれ。白馬(あをうま)見にとて、里人は車清げにしたて見に行く。中の御門(みかど)の閾(とじきみ=しきい)引き過ぐるほど、頭(かしら)一所にゆるぎあひ、刺櫛(さしぐし)も落ち、用意せねば、折れなどして笑ふも、またをかし。左衛門の陣のもとに、殿上人などあまた立ちて、舎人(とねり)の弓ども取りて馬どもおどろかし笑ふを、はつかに見入れたれば、立蔀(たてじとみ)などの見ゆるに、主殿司(とのもりづかさ)、女官などの行きちがひたるこそをかしけれ。いかばかりなる人九重を馴らすらむなど思ひやらるるに。

 内(うち)にて見るは、いとせばきほどにて、舎人の顔の衣(きぬ)もあらはれ、まことに黒きに白き物行きつかぬ所は雪のむらむら消え残りたる心地して、いと見苦しく、馬のあがり騒ぐなどもいと恐ろしう見ゆれば、引き入られてよくも見えず。

 八日 人の、よろこびして走らする車の音、ことに聞こえてをかし。

 十五日 節供(せく)参りすゑ、粥(かゆ)の木ひき隠して家の御達(ごたち)、女房などのうかがふを、打たれじと用意して常に後ろを心づかひしたるけしきも、いとをかしきに、いかにしたるにかあらむ、打ちあてたるは、いみじう興ありて、うち笑ひたるは、いとはえばえし。ねたしと思ひたるも、ことわりなり。

 新らしうかよふ婿の君などの、内裏(うち)へまゐるほどをも心もとなう、所につけて我れはと思ひたる女房の、のぞき、けしきばみ、奥の方にたたずまふを、前にゐたる人は心得て笑ふを、「あなかま」とまねき制すれども、女はた知らず顔にて、おほどかにてゐ給へり。「ここなる物取り侍らむ」など言ひよりて、走り打ちて逃ぐれば、ある限り笑ふ。男君も、にくからずうち笑みたるに、ことにおどろかず、顔少し赤みてゐたるこそをかしけれ。

 また、かたみに打ちて、男をさへぞ打つめる。いかなる心にかありけむ。泣き腹だちつつ、人をのろひ、まがまがしく言ふもあるこそをかしけれ。内裏わたりなどのやむごとなきも、今日はみな乱れてかしこまりなし。

 除目(ぢもく)の頃など、内裏わたり、いとをかし。雪降り、いみじう氷りたるに、申文(まをしぶみ)もてありく四位、五位、若やかに心地よげなるは、いとたのもしげなり。老いて頭白きなどが、人に案内言ひ、女房の局(つぼね)などによりて、おのが身のかしこきよしなど、心一つをやりて説き聞かするを、若き人々はまねをし笑へど、いかでか知らむ。「よきに奏し給へ、啓し給へ」など言ひても、得たるは、いとよし、得ずなりぬるこそいとあはれなれ。


3 :004:(能003):三月三日は

 三月三日は、うらうらとのどかに照りたる。桃の花の今咲きはじむる、柳などをかしきこそさらなれ。それもまだまゆにこもりたるはをかし。ひろごりたるはにくし。花も散りたるのちはうたてぞ見ゆる。おもしろく咲きたる桜を、長く折りて、大きなる瓶(かめ)にさしたるこそをかしけれ。桜の直衣(なほし)に出袿(いだしうちき)して、まらうどにもあれ、御兄人の君達(きんだち)にても、そこ近くゐて物などうち言ひたる、いとをかし。


3 :005:(能003):四月、祭の頃

 四月 祭の頃、いとをかし。上達部(かんだちめ)、殿上人も、袍(うへのきぬ)の濃き薄きばかりのけぢめにて、白襲(しらがさね)ども同じさまに、凉しげにをかし。

 木々の木の葉、まだいとしげうはあらで、わかやかに青みわたりたるに、霞も霧もへだてぬ空のけしきの、何となくすずろにをかしきに、少し曇りたる夕つ方、夜など、忍びたる郭公(ほととぎす)の遠くそら音かとおぼゆばかり、たどたどしきを聞きつけたらむは、何心地かせむ。

 祭近くなりて、青朽葉(くちば)、二藍(ふたあゐ)の物どもおしまきて、紙などにけしきばかりおしつつみて、行きちがひもてありくこそをかしけれ。裾濃(すそご)、むら濃、巻染なども、常よりはをかしく見ゆ。童(わらはべ)の、頭ばかりを洗ひつくろひて、なりはみなほころび絶え、乱れかかりたるもあるが、屐子(けいし)、履(くつ)などに、「緒(を)すげさせ。裏をさせ」などもてさわぎて、いつしかその日にならなむと、急ぎおしありくも、いとをかしや。あやしうをどりありく者どももの、装束(さうぞ)きしたてつれば、いみじく定者(ぢやうざ)などいふ法師(ほふし)のやうに練りさまよふ。いかに心もとなからむ。ほどほどにつけて、親、をばの女、姉などの、供し、つくろひて、率(ゐ)てありくもをかし。

 蔵人思ひしめたる人の、ふとしもえならぬが、この日青色着たるこそ、やがて脱がせでもあらばやとおぼゆれ。綾(あや)ならぬはわろき。


4 :006:(能004):同じことなれどもきき耳ことなるもの

 同じことなれども聞き耳ことなるもの 法師のことば。男のことば。女のことば。下衆のことばには、かならず文字あまりたり。(足らぬこそをかしけれ)


5 :007:(能005):思はむ子を法師に

 思はむ子を法師になしたらむこそ心苦しけれ。ただ木の端(はし)などのやうに思ひたるこそ、いといとほしけれ。精進(さうじ)もののいとあしきをうち食ひ、寝ぬるをも。若きものもゆかしからむ。女などのあるところをも、などか忌みたるやうにさしのぞかずもあらむ。それをもやすからずいふ。まいて、験者などはいと苦しげなめり。

 <御嶽・熊野、かからぬ山なくありくほどに、おそろしき目も見、しるしある聞こえ出で来ぬれば、ここかしこに呼ばれ、時めくにつけてやすげもなし。いたくわづらふ人にかかりて、物の怪調ずるもいと苦しければ、>困(こう)じてうち眠れば、「ねぶりなどのみして」などもどかる、いとところせく、いかにおぼゆらむ。

 これはむかしのことなめり。今やうはやすげなり。


6 :008:(能006):大進生昌が家に

 大進(だいじん)生昌(なりまさ)が家に、宮の出でさせ給ふに、東(ひむがし)の門(かど)は四足(よつあし)になして、それより御輿(みこし)は入らせ給ふ。北の門より、女房の車どももまた陣の居ねば入りなむと思ひて、頭つきわろき人も、いたうもつくろはず、寄せて降るべきものと思ひあなづりたるに、檳榔毛(びらうげ)の車などは、門小さければ、さはりてえ入らねば、例の、筵道(えんだう)敷きて降るるに、いとにくく腹立たしけれども、いかがはせむ。殿上人、地下(ぢげ)なるも、陣に立ち添ひて見るも、いとねたし。

 御前(おまへ)に参りて、ありつるやう啓すれば、「ここにても、人は見るまじうやは。などかはさしもうちとけつる」と笑はせ給ふ。「されど、それは目なれにて侍れば、よくしたてて侍らむにしもこそ、おどろく人も侍らめ。さてもかばかりの家に、車入らぬ門やはある。見えば笑はむ」など言ふほどにしも、「これ参らせ給へ」とて、御硯などさし入る。「いで、いとわろくこそおはしけれ。などその門、はたせばくは作りて住み給ひける」と言へば、笑ひて、「家のほど、身の程に合はせて侍るなり」といらふ。「されど、門の限りを高う作る人もありけるは」と言へば、「あな、おそろし」と驚きて、「それは于定国がことにこそ侍るなれ。古き進士などに侍らずは、承り知るべきにも侍らざりけり。たまたま此の道にまかり入りにければ、かうだにわきまへ知られ侍る」と言ふ。「その御道もかしこからざめり。筵道敷きたれど、みな落ち入りさわぎつるは」と言へば、「雨の降り侍りつれば、さも侍りつらむ。よしよし、また仰せられかくる事もぞ侍る。まかり立ちなむ」とて往ぬ。「何事ぞ、生昌がいみじうおぢつる」と問はせ給ふ。「あらず。車の入り侍らざりつること言ひ侍りつる」と申して下りたり。

 同じ局に住む若き人々などして、よろづの事も知らず、ねぶたければみな寝ぬ。東の対の西の廂(ひさし)、北かけてあるに、北の障子(さうじ)に懸金(かけがね)もなかりけるを、それも尋ねず、家あるじなれば、案内を知りて開(あ)けてけり。あやしくかればみさわぎたる声(こゑ)にて、「候(さぶら)はむはいかに、いかに」と、あまたたび言ふ声にぞおどろきて見れば、几帳(きちやう=間仕切り)の後ろに立てたる灯台の光はあらはなり。障子を五寸ばかり開けて言ふなりけり。いみじうをかし。さらにかやうのすきずきしきわざ、ゆめにせぬものを、わが家におはしましたりとて、むげに心にまかするなめり、と思ふも、いとをかし。

 かたはらなる人を押し起こして、「かれ見給へ。かかる見えぬもののあめるは」と言へば、かしらもたげて見やりて、いみじう笑ふ。「あれはたそ、顕証に」と言へば、「あらず。家のあるじと、定め申すべきことの侍るなり」と言へば、「門のことをこそ聞えつれ、障子開け給へとやは聞こえつる」と言へば、「なほそのことも申さむ。そこに候はむはいかに、いかに」と言へば、「いと見苦しきこと。さらにえおはせじ」とて笑ふめれば、「若き人おはしけり」とて、引き立てて往ぬる、のちに、笑ふこといみじう、開けむとならば、ただ入りねかし、消息(せうそこ)を言はむに、よかなりとは、たれか言はむ、と、げにぞをかしき。

 つとめて、御前に参りて啓すれば、「さることも聞えざりつるものを。夜(よ)べのことにめでて行きたりけるなり。あはれ、かれをはしたなう言ひけむこそ、いとほしけれ」とて、笑はせ給ふ。

 姫宮の御方の童べの装束(さうぞく)、つかうまつるべきよし仰せらるるに、「この袙(あこめ)のうはおそひは、何の色にかつかうまつらすべき」と申すを、また笑ふもことわりなり。「姫宮の御前の物は、例のやうにては、にくげに候はむ。ちうせい折敷(をしき)に、ちうせい高坏(たかつき)などこそよく侍らめ」と申すを、「さてこそは、うはおそひ着たらむ童も、参りよからめ」と言ふを、「なほ、例の人のやうに、これなかくな言ひ笑ひそ。いと謹厚(きんかう)なるものを」と、いとほしがらせ給ふもをかし。

 中間(ちゆうげん)なるをりに、「大進、まづ物聞えむとあり」と言ふを聞こしめして、「またなでふこと言ひて、笑はれむとならむ」と仰せらるるもまたをかし。「行きて聞け」とのたまはすれば、わざと出でたれば、「一夜(ひとよ)の門のこと、中納言に語り侍りしかば、いみじう感じ申されて、『いかでさるべからむをりに、心のどかに対面して、申し承らむ』となむ申されつる」とて、またことごともなし。一夜のことや言はむ、と心ときめきしつれど、「今しづかに、御局に候はむ」とて往(い)ぬれば、帰り参りたるに、「さて、何事ぞ」とのたまはすれば、申しつることを、さなむと啓すれば、「わざと消息し、呼びいづべきことにはあらぬや。おのづから端つ方、局などにゐたらむ時も言へかし」とて笑へば、「おのが心地にかしこしと思ふ人のほめたる、うれしとや思ふと、告げ聞かするならむ」とのたまはする御けしきも、いとめでたし。


7 :009:(能007):うへに候ふ御猫は

 うへに候ふ御猫は、かうぶりにて命婦のおとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせ給ふが、端に出でて臥したるに、乳母(めのと)の馬の命婦、「あな、まさなや。入り給へ」と呼ぶに、日のさし入りたるに、ねぶりてゐたるをおどすとて、「翁丸いづら。命婦のおとど食へ」と言ふに、まことかとて、しれものは走りかかりたれば、おびえまどひて、御簾のうちに入りぬ。

 朝餉(あさがれひ)の御前に、上(うへ)おはしますに、御覧じていみじう驚かせ給ふ。猫を御懐(ふところ)に入れさせ給ひて、男(をのこ)ども召せば、蔵人忠隆(ただたか)、なりなか参りたれば、「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただ今」と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。馬の命婦をもさいなみて、「乳母かへてむ。いと後ろめたし」と仰せらるれば、かしこまりて御前にも出でず。犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。

 「あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月三日、頭の弁の柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどしてありかせ給ひしをり、かかる目見むとは思はざりけむ」などあはれがる。

 「御膳(もの)のをりは、必ず向かひ候ふに、さうざうしうこそあれ」など言ひて三四日になりぬる昼つ方、犬いみじう鳴く声のすれば、なぞ(=何)の犬のかく久しう鳴くにかあらむと聞くに、よろづの犬とぶらひ、見に行く。

 御厠人(かはやうど)なる者走り来て、「あな、いみじ。犬を蔵人二人して打ち給ふ。死ぬべし。犬を流させ給ひけるが、帰り参りたるとて調じ給ふ」と言ふ。心憂のことや、翁丸なり。「忠隆、実房なんど打つ」と言へば、制しにやるほどに、からうじて鳴きやみ、「死にければ陣の外(と)にひき捨てつ」と言ヘば、あはれがりなどする夕つ方、いみじげに腫れ、あさましげなる犬のわびしげなるが、わななきありけば、「翁丸か。このごろかかる犬やはありく」と言ふに、「翁丸」と言ヘど、聞きも入れず。「それ」とも言ひ、「あらず」とも口々申せば、「右近ぞ見知りたる。呼べ」とて召せば、参りたり。「これは翁丸か」と見せさせ給ふ。「似ては侍れど、これはゆゆしげにこそ侍るめれ。また、『翁丸か』とだに言へば、喜びてまうで来るものを、呼べど寄り来ず。あらぬなめり。それは『打ち殺して捨て侍りぬ』とこそ申しつれ。二人して打たむには、侍りなむや」など申せば、心憂がらせ給ふ。

 暗うなりて、物食はせたれど、食はねば、あらぬものに言ひなしてやみぬる、つとめて、御けづり髪、御手水など参りて、御鏡を持たせさせ給ひて御覧ずれば、候ふに、犬の柱もとにゐたるを見やりて、「あはれ、きのふ翁丸をいみじうも打ちしかな。死にけむこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらむ。いかにわびしきここちしけむ」とうち言ふに、このゐたる犬のふるひわななきて涙をただ落しに落すに、いとあさまし。さは、翁丸にこそはありけれ。昨夜(よべ)は隠れ忍びてあるなりけりとあはれにそへて、をかしきこと限りなし。御鏡うち置きて、「さは、翁丸か」と言ふに、ひれ伏していみじう泣く。

 御前にもいみじうおち笑はせ給ふ。右近の内侍(ないし)召して、「かくなむ」と仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞こしめして渡りおはしましたり。「あさましう、犬などもかかる心あるものなりけり」と笑はせ給ふ。うへの女房なども聞きて、参り集まりて呼ぶにも、今ぞ立ち動く。「なほこの顔などの腫れたる。物のてをせさせばや」と言へば、「つひにこれを言ひあらはしつること」など笑ふに、忠隆聞きて、台盤所の方より、「まことにや侍らむ。かれ見侍らむ」と言ひたれば、「あな、ゆゆし。さらにさるものなし」と言はすれば、「さりとも、見つくるをりも侍らむ。さのみもえ隠させ給はじ」と言ふ。

 さて、かしこまり許されて、もとのやうになりにき。なほあはれがられて、ふるひ泣き出でたりしこそ、よに知らずをかしくあはれなりしか。人などこそ人に言はれて泣きなどはすれ。


8 :010:(能008):正月一日、三月三日は

 正月一日、三月三日は、いとうららかなる。

 五月五日は、曇り暮らしたる。

 七月七日は、曇り暮らして、夕方は晴れたる空に、月いとあかく、星の数も見えたる。

 九月九日は、暁方より雨少し降りて、菊の露もこちたく、覆ひたる綿(わた)などもいたく濡れ、うつしの香(か)ももてはやされて。つとめてはやみにたれど、なほ曇りて、ややもせば降り落ちぬべく見えたるもをかし。


9 :011:(能009):よろこび奏するこそ

 よろこび奏するこそをかしけれ。後ろをまかせて、御前の方に向ひて立てるを。拝し舞踏し騒ぐよ。


10 :012:(能010,295):今内裏のひむがしをば

 新内裏(いまだいり)の東(ひむがし)をば北の陣といふ。な<ら>[し]の木のはるかに高きを、「いく尋(ひろ)あらむ」などいふ。権中将(=成信)、「もとよりうち切りて、定澄(ぢやうちやう)僧都の枝扇にせばや」とのたまひしを、山階寺の別当(べたう)になりてよろこび申す日、近衛づかさにてこの君の出で給へるに、高き屐子(けいし)をさへはきたれば、ゆゆしう高し。出でぬる後に、「などその枝扇をばもたせ給はぬ」といへば、「物忘れせぬ」と笑ひ給ふ。

 「定澄僧都に袿(うちき)なし。すくせ君に袙(あこめ)なし」と言ひけむ人こそをかしけれ。


11 :013:(能011):山は

 山は 小倉山。かせ山。三笠山。このくれ山。いりたちの山。忘れずの山。末の松山。かたさり山こそ、いかならむとをかしけれ。五幡(いつはた)山。かへる山。後瀬(のちせ)の山。朝倉山、よそに見るぞをかしき。おほひれ山もをかし。臨時の祭の舞人などの思ひ出でらるるなるべし。

 三輪の山、をかし。手向(たむけ)山。待ちかね山。たまさか山。耳なし山。


12 :014:(能014):市は

 市は たつの市。さとの市。つば市。大和にあまたある中に、初瀬に詣づる人のかならずそこに泊まるは、観音の縁のあるにやと心ことなり。をふさの市。飾磨の市。飛鳥の市。


13 :015:(能012):峰は

 峰は ゆづるはの峰。阿弥陀の峰。弥高(いやたか)の峰。


14 :016:(能013):原は

 原は みかの原。あしたの原。その原。


15 :017:(能015):淵は

 淵は かしこ淵は、いかなる底の心を見て、さる名を付けけむとをかし。ないりその淵は、誰にいかなる人の教へけむ。

 青色の淵こそをかしけれ。蔵人などの具にしつべくて。かくれの淵。いな淵。


16 :018:(能016):海は

 海は 水うみ。与謝の海。かはふちの海。


17 :019:(能017):みささぎは

 みささぎは うぐひすのみささぎ。かしはぎのみささぎ。あめのみささぎ。


18 :020:(能018):わたりは

 わたりは しかすがのわたり。こりずまのわたり。水はしのわたり。


19 :021:(能なし):太刀(たち)は

 たちは たまつくり。


20 :022:(能019):家は

 家は 近衛の御門。二条みかゐ。一条もよし。そめどのの宮。せかい院。すがはらの院。冷泉院。閑院。朱雀院。をのの宮。こうばい。あがたの井戸。たけ三条。小八条。小一条。


21 :023:(能020):清涼殿の丑寅の隅の

 清涼殿の丑寅の隅の、北の隔なる御障子には、荒海の絵(かた)、生きたる物どものおそろしげなる、手長足長(てながあしなが)などをぞかきたる。上の御局の戸をおしあけたれば、常に目に見ゆるを、にくみなどして笑ふ。

 高欄(こうらん)のもとに青き瓶の大きなるすゑて、桜のいみじうおもしろき枝の五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば、高欄の外まで咲きこぼれたる昼つ方、大納言殿、桜の直衣の少しなよらかなるに、濃き紫の固紋の指貫、白き御衣ども、うへには濃き綾のいとあざやかなるを出だしてまゐり給へるに、うへのこなたにおはしませば、戸口の前なる細き板敷にゐ給ひて、ものなど申し給ふ。

 御簾の内に、女房、桜の唐衣どもくつろかに脱ぎたれて、藤、山吹などいろいろこのましうて、あまた小半蔀(はじとみ)の御簾(みす)より裳おし出でたるほど、昼(ひ)の御座(おまし)のかたには、おものまゐる足音高し。警蹕(けいひち)など「おし」といふ声聞こゆるも、うらうらとのどかなる日のけしきなど、いみじうをかしきに、はての御盤取りたる蔵人まゐりて、おもの奏すれば、中の戸よりわたらせ給ふ。御供に廂より大納言殿御送りにまゐり給ひて、ありつる花のもとに帰りゐ給へり。

 宮の御前の御几帳おしやりて、長押(なげし)のもとに出でさせ給へるなど、何事となくただめでたきを、候ふ人も、思ふことなき心地するに、「月も日もかはりゆけどもひさにふる三室の山の」といふことを、いとゆるらかにうち出だし給へる、いとをかしうおぼゆるにぞ、げに千歳もあらまほしき御ありさまなるや。

 陪膳(はいぜん)つかうまつる人の、男(をのこ)どもなど召すほどもなくわたらせ給ひぬ。「御硯の墨すれ」と仰せらるるに、目はそらにて、ただおはしますをのみ見奉れば、ほとどつきめもはなちつべし。白き色紙(しきし)おしたたみて、「これにただ今おぼえむふるきこと一つづつ書け」と仰せらるる、外にゐ給へるに、「これはいかが」と申せば、「とう書きてまゐらせ給へ。男(をのこ)は言(こと)加へ候ふべきにもあらず」とて、さし入れ給へり。

 御硯取りおろして、「とくとく。ただ思ひまはさで、難波津も何も、ふとおぼえむことを」と責めさせ給ふに、などさは臆せしにか、すべて面(おもて)さへ赤みてぞ思ひ乱るるや。春の歌、花の心など、さいふいふも、上臈二つ三つばかり書きて、「これに」とあるに、

  年ふれば齢は老いぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし

といふことを、「君をし見れば」と書きなしたる、御覧じ比べて、「ただこの心どものゆかしかりつるぞ」と仰せらるるついでに、「円融院の御時に、『草子に歌一つ書け』と殿上人に仰せられければ、いみじう書きにくう、すまひ申す人々ありけるに、『さらにただ、手のあしさよさ、歌のをりにあはざらむも知らじ』と仰せらるれば、侘びてみな書きける中に、ただ今の関白殿、三位の中将と聞こえける時、

  潮の満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふはやわが

といふ歌の末を『頼むはやわが』と書き給へりけるをなむ、いみじうめでさせ給ひける」など仰せらるるにも、すずろに汗あゆる心地ぞする。年若からむ人、はた、さもえ書くまじきことのさまにや、などぞおぼゆる。例いとよく書く人も、あぢきなうみなつつまれて、書き汚しなどしたるあり。

 古今の草子を御前に置かせ給ひて、歌どもの本を仰せられて、「これが末いかに」と問はせ給ふに、すべて夜昼心にかかりておぼゆるもあるが、け清う申し出でられぬは、いかなるぞ。宰相の君ぞ十ばかり、それもおぼゆるかは。まいて、五つ、六つなどは、ただおぼえぬ由をぞ啓すべけれど、「さやはけにくく、仰せごとを、はえなうもてなすべき」とわび、口惜しがるもをかし。知ると申す人なきをば、やがてみな読み続けて、夾算せさせ給ふを、「これは知りたることぞかし。などかう、つたなうはあるぞ」と言ひ嘆く。中にも古今あまた書き写しなどする人は、みなもおぼえぬべきことぞかし。

 「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは小一条の左の大臣殿の御娘におはしけると、誰かは知り奉らざらむ。まだ姫君と聞こえけるとき、父大臣の教へ聞こえ給ひけることは、『一つには御手を習ひ給へ。次には、琴の御琴を人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては、古今の歌二十巻を、みなうかべさせ給ふを、御学問にはせさせ給へ』となむ、聞こえ給ひける、と聞こし召しおきて、御物忌なりける日、古今をもてわたらせ給ひて、御几帳を引き隔てさせ給ひければ、女御例ならずあやしとおぼしけるに、草子を広げさせ給ひて、『その月、何の折、その人のよみたる歌はいかに』と問ひ聞こえさせ給ふを、かうなりけりと心得給ふもをかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべきことと、わりなうおぼし乱れぬべし。その方におぼめかしからぬ人、二三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせ給ふとて、強ひ聞こえさせ給ひけむほどなど、いかにめでたうをかしかりけむ。御前に候ひけむ人さへこそうらやましけれ。せめて申させ給へば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべてつゆたがふことなかりけり。いかでなほ、少しひがごと見つけてをやまむと、ねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。『さらに不用なりけり』とて、御草子に夾算(けふさん)さして大殿ごもりぬるも、まためでたしかし。いと久しうありて、起きさせ給へるに、『なほこのこと、勝ち負けなくてやませ給はむ、いとわろかろべし』とて、下の十巻を、『明日にならば、異(こと)をぞ見給ひ合はする』とて、『今日定めてむ』と、大殿油参りて、夜更くるまで読ませ給ひける。されど、つひに負け聞こえさせ給はずなりにけり。上わたらせ給ひて、『かかること』など、人々殿に申し奉られたりければ、いみじうおぼしさわぎて、御誦経などあまたせさせ給ひて、そなたに向きてなむ念じ暮らし給ひける、すきずきしう、あはれなることなり」など語り出でさせ給ふを、上も聞こし召し、めでさせ給ふ。「我は三巻、四巻をだにえ果てじ」と仰せらる。「昔は、えせ者なども、みなをかしうこそありけれ。このごろは、かやうなることやは聞こゆる」など、御前に候ふ人々、上の女房、こなた許されたるなど参りて、口々言ひ出でなどしたるほどは、まことにつゆ思ふことなく、めでたくぞおぼゆる。


22 :024:(能021):生ひさきなく、まめやかに

 生ひ先なく、まめやかに、えせざいはひなど見てゐたらむ人は、いぶせくあなづらはしく思ひやられて。なほさりぬべからむ人のむすめなどは、さしまじらはせ、世のありさまも見せならはさまほしう、内侍(ないし)のすけなどにてしばしもあらせばや、とこそおぼゆれ。

 宮仕へする人をば、あはあはしう悪るきことに言ひ、思ひたる男などこそ、いとにくけれ。げに、そもまたさることぞかし。かけまくもかしこき御前をはじめ奉りて、上達部、殿上人、五位、四位はさらにも言はず、見ぬ人は少なくこそあらめ。女房の従者(ずさ)、その里より来る者、長女(をさめ)、御厠人(みかはやうど)の従者、たびしかはらといふまで、いつかはそれを恥じ隠れたりし。殿ばらなどはいとさしもやあらざらむ、それもある限りはしか、さぞあらむ。

 うへなど言ひてかしづきすゑたらむに、心にくからずおぼえむ、ことわりなれど、また内裏(うち)の内侍のすけなど言ひて、折々内裏へ参り、祭の使などに出でたるも、面立たしからずやはある。さてこもりゐぬるは、まいてめでたし。受領(ずらう)の五節(せち)出だすをりなど、いとひなび、言ひ知らぬことなど人に問ひ聞きなどはせじかし。心にくきものなり。


23 :025:(能022):すさまじきもの

 すさまじきもの 昼吠ゆる犬。春の網代。三四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼。乳児亡くなりたる産屋。火おこさぬ炭櫃、地下炉。博士のうちつづき女児(をんなご)生ませたる。方違へに行きたるに、あるじせぬ所。まいて節分(せちぶん)などは、いとすさまじ。

 人の国よりおこせたる文の、物なき。京のをもさこそ思ふらめ、されど、それはゆかしきことどもをも書き集め、世にあることなどをも聞けば、いとよし。

 人のもとにわざときよげに書きてやりつる文の、返りごと今はもて来ぬらむかし、あやしう遅きと待つほどに、ありつる文、立文(たてぶみ)をも結びたるをも、いときたなげにとりなしふくだめて、上に引きたりつる墨など消えて、「おはしまさざりけり」もしは「御物忌みとて取り入れず」と言ひてもて帰りたる、いとわびしくすさまじ。

 また、必ず来べき人のもとに車をやりて待つに、来る音すれば、さななりと人々出でて見るに、車宿りにさらに引き入れて、轅(ながえ)ぼうとうちおろすを、「いかにぞ」と問へば、「今日はほかへおはしますとて、渡り給はず」などうち言ひて、牛の限り引き出でて往ぬる。

 また、家の内なる男君の来ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の宮仕へするがりやりて、恥づかしと思ひゐたるほど、いとあいなし。乳児の乳母の、ただあからさまにとて出でぬるほど、とかく慰めて、「とく来」と言ひやりたるに、「今宵はえ参るまじ」とて返しおこせたるは、すさまじきのみならず、いとにくくわりなし。女迎ふる男、まいていかならむ。待つ人ある所に、夜少しふけて、忍びやかに門たたけば、胸少しつぶれて、人出だして問はするに、あらぬよしなき者の名のりして来たるも、かへすがへすすさまじと言ふはおろかなり。

 験者(げんざ)の物の怪調ずとて、いみじうしたり顔に、独鈷(とこ)や数珠など持たせ、蝉の声しぼり出だして読みゐたれど、いささか去りげもなく、護法もつかねば、集まりゐ念じたるに、男も女もあやしと思ふに、時のかはるまで読み困じて、「さらにつかず。立ちね」とて、数珠取り返して、「あな、いと験なしや」とうち言ひて、額より上ざまにさくりあげ、あくびおのれうちして、寄り臥しぬる。

 いみじうねぶたしと思ふに、いとしもおぼえぬ人の、おし起こして、せめてもの言ふこそ、いみじうすさまじけれ。

 除目に司得ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる、田舎だちたる所に住む者など、皆集まり来て出で入る車の轅もひまなく見え、物詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、物食ひ、酒飲み、ののしりあへるに、果つる暁まで門叩く音もせず。あやしうなど、耳立てて聞けば、前駆(さき)追ふ声々などして上達部など皆出で給ひぬ。もの聞きに宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを、見る者どもはえ問ひにだに問はず、ほかより来たる者などぞ、「殿は何にかならせ給ひたる」など問ふに、答(いら)へには、「某(なに)の前司にこそは」などぞ必ず答ふる。まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなく居りつる者ども、一人二人すべり出でて往ぬ。古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、ゆるぎありきたるも、いとほしうすさまじげなり。

 よろしうよみたると思ふ歌を人のもとにやりたるに、返しせぬ。懸想人はいかがせむ、それだに折をかしうなどある返事せぬは心劣りす。また、さわがしう時めきたる所に、うちふるめきたる人の、おのれがつれづれと暇(いとま)おほかるならひに、昔おぼえてことなることなき歌よみておこせたる。

 物のをりの扇いみじと思ひて、心ありと知りたる人に取らせたるに、その日になりて、思はずなる絵などかきて得たる。

 産養(うぶやしなひ)、むまのはなむけなどの使に、禄取らせぬ。はかなき薬玉、卯槌(うづち)など持てありく者などにも、なほかならず取らすべし。思ひがけぬことに得たるをば、いとかひありと思ふべし。これは必ずさるべき使と思ひ、心ときめきして行きたるは、ことにすさまじきぞかし。

 婿取りして四五年まで産屋のさわぎせぬ所も、いとすさまじ。大人なる子どもあまた、ようせずは、孫(むまご)などもはひありきぬべき人の親どち昼寝したる。かたはらなる子どもの心地にも、親の昼寝したるほどは、より所なくすさまじうぞあるかし。

 師走のつごもりの夜、寝起きてあぶる湯は、はらだたしうさへぞおぼゆる。師走のつごもりの長雨。「一日(ひとひ))ばかりの精進潔斎(けさい)」とやいふらむ。



24 :026:(能023):たゆまるるもの

 たゆまるるもの 精進(さうじ)の日のおこなひ。遠き急ぎ。寺に久しくこもりたる。


25 :027:(能024):人にあなづらるるもの

 人にあなづらるるもの 築土のくづれ。あまり心よしと人に知られぬる人。


26 :028:(能025):にくきもの

 にくきもの 急ぐことあるをりに来て長言するまらうど。あなづりやすき人ならば、「のちに」とてもやりつべけれど、さすがに心恥づかしき人、いとにくくむつかし。

 硯に髪の入りてすられたる。また、墨の中に石のきしきしときしみ鳴りたる。

 にはかにわづらふ人のあるに、験者(げんざ)求むるに、例ある所にはなくて、ほかに尋ねありくほどいと待ち遠(どほ)に久しきに、からうじて待ちつけて、喜びながら加持せさするに、このごろ物の怪にあづかりて困じにけるにや、ゐるままにすなはちねぶり声なる、いとにくし。

 なでふことなき人の、笑(ゑ)がちにてものいたう言ひたる。火桶の火、炭櫃などに、手の裏うち返しうち返しおし伸べなどしてあぶりをる者。いつか若やかなる人など、さはしたりし。老いばみたる者こそ、火桶の端に足をさへもたげて、もの言ふままにおしすりなどはすらめ。さやうの者は、人のもとに来て、ゐむとする所を、まづ扇してこなたかなたあふぎ散らして塵(ちり)掃き捨て、ゐも定まらずひろめきて、狩衣の前まき入れてもゐるべし。かかることは、いふかひなき者のきはにやと思へど、少しよろしき者の式部の大夫(たいふ)など言ひしがせしなり。

 また、酒飲みてあめき、口をさぐり、鬚ある者はそれをなで、盃こと人に取らするほどのけしき、いみじうにくしと見ゆ。「また飲め」と言ふなるべし、身震ひをし、頭ふり、口わきをさへひきたれて、童べの、「こふ殿に参りて」などうたふやうにする、それはしも、まことによき人のし給ひしを見しかば、心づきなしと思ふなり。

 ものうらやみし、身の上嘆き、人の上言ひ、つゆ塵のこともゆかしがり、聞かまほしうして、言ひ知らせぬをば怨(ゑん)じ、そしり、またわづかに聞き得たることをば、我もとより知りたることのやうに、こと人にも語りしらぶるも、いとにくし。

 もの聞かむと思ふほどに泣くちご。烏の集まりて飛びちがひ、さめき鳴きたる。

 忍びて来る人見知りてほゆる犬。あながちなる所に隠しふせたる人の、いびきしたる。

 また、忍び来る所に、長烏帽子して、さすがに人に見えじと惑ひ入るほどに、物につきさはりて、そよろと言はせたる。伊予簾など掛けたるにうちかづきて、さらさらと鳴らしたるも、いとにくし。帽額(もかう)の簾は、まして、こはじのうちおかるる音、いとしるし。それも、やをら引きあげて入るは、さらに鳴らず。遣戸を荒く閉(た)て開くるも、いとあやし。少しもたぐるやうにして開くるは鳴りやはする。あしう開くれば、障子なども、こぼめかしうほとめくこそしるけれ。

 ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく、羽風さへその身のほどにあるこそ、いとにくけれ。

 きしめく車に乗りてある者。耳も聞かぬにやあらむと、いとにくし。わが乗りたるは、その車の主さへにくし。

 また、物語するに、さし出でして我一人さいまくる者。すべてさし出では、童も大人も、いとにくし。あからさまに来たる子供、童べに見入れ、らうたがり、をかしき物取らせなどするに、ならひて常に来つつゐ入りて、調度うち散らしぬる、いとにくし。

 家にても、宮仕へ所にても、会はでありなむと思ふ人の来たるに、そら寝をしたるを、わがもとにある者起こしに寄り来て、いぎたなしと思ひ顔にひきゆるがしたる、いとにくし。新参(いままゐり)の、さし越えて、物知り顔に教へやうなること言ひ、後ろ見たる、いとにくし。

 わが知る人にてある人の、はやう見し女のことほめ言ひ出でなどするも、ほどへたることなれど、なほにくし。まして、さしあたらむこそ思ひやらるれ。されど、なかなかさしもあらぬなどもありかし。

 はなひて誦文(ずもん)する。おほかた、人の家の男主ならでは、高くはなひたる、いとにくし。

 蚤もいとにくし。衣の下にをどりありきて、もたぐるやうにする。犬のもろ声に、長々と鳴きあげたる、まがまがしくさへにくし。

 開けて出で入る所、閉てぬ人、いとにくし。


27 :029:(能029):心ときめきするもの

 心ときめするもの 雀の子飼ひ。ちご遊ばする所の前わたる。よき薫き物たきて一人臥したる。唐鏡の少し暗き見たる。よき男の車とどめて案内し、問はせたる。

 頭洗ひ、化粧じて、かうばしうしみたる衣など着たる。ことに見る人なき所にても、心のうちは、なほいとをかし。

 待つ人などのある夜、雨の音、風の吹きゆるがすも、ふとおどろかる。


28 :030:(能030):過ぎにし方恋しきもの

 過ぎにし方恋しきもの 枯れたる葵。ひひなあそびの調度。二藍、葡萄染(えびぞ)めなどのさいで(=布切れ)の、おしへされて草子の中などにありける、見つけたる。

 また、折からあはれなりし人の文、雨など降り、つれづれなる日、探し出でたる。去年(こぞ)の蝙蝠(かはほり)。


29 :031:(能031):心ゆくもの

 心ゆくもの よくかいたる女絵の、詞(ことば)をかしうつけておほかる。物見のかへさに、乗りこぼれて、をのこどもいと多く、牛よくやる者の車走らせたる。白く清げなる陸奥(みちのくに)紙に、いといと細う書くべくはあらぬ筆して文書きたる。うるはしき糸の練りたる、あはせぐりたる。丁半(ちようばみ)に、ちよう多くうち出でたる。物よくいふ陰陽師して、河原に出でて呪詛(すそ)の祓(はら)へしたる。夜寝起きて飲む水。

 つれづれなる折りに、いとあまりむつまじうもあらぬまらうどの来て、世の中の物語、この頃のあることのをかしきもにくきもあやしきも、これかれにかかりて、おほやけわたくし、おぼつかなからず、聞きよきほどに語りたる、いと心ゆく心地す。

 神、寺などに詣でて物申さするに、寺は法師、社は禰宜などの、くらからずさわやかに、思ふほどにも過ぎて、とどこほらず聞きよう申したる。


30 :032:(能032):檳榔毛はのどかに

 檳榔毛はのどかにやりたる。急ぎたるはわろく見ゆ。

 網代ははしらせたる。人の門の前などよりわたりたるを、ふと見やるほどもなく過ぎて、供の人ばかりはしるを、誰ならむと思ふこそをかしけれ。ゆるゆると久しくゆくはいとわろし。


31 :033:(能039,040):説経の講師は

 説経(せきやう)の講師(こうじ)は 顔よき。講師の顔をつとまもらへたるこそ、その説くことのたふとさもおぼゆれ。ひが目しつればふと忘るるに、にくげなるは罪や得たらむとおぼゆ。このことはとどむべし。少し年などのよろしきほどは、かやうの罪得(え)がたのことはかき出でけめ、今は罪いとおそろし。

 また、たふときこそ、道心おほかりとて、説経すといふ所ごとに最初(さいそ)にいきゐるこそ、なほこの罪の心には、いとさしもあらでと見ゆれ。蔵人など、昔は御前(ごぜん)などいふわざもせず、その年ばかりは、内裏(うち)わたりなどには影も見えざりける、今はさしもあらざめる。蔵人の五位とて、それをしもぞいそがしうつかへど、なほ名残つれづれにて、心一つは暇(いとま)ある心地すべかめれば、さやうの所にぞ、一度二度(たび)も聴きそめつれば、常に詣でまほしうなりて、夏などのいと暑きにも、帷子(かたびら=衣)いとあざやかにて、薄二藍、青鈍(あをにび)の指貫(さしぬき)など、踏み散らしてゐためり。烏帽子に物忌つけたるは、さるべき日なれど、功徳(くどく)のかたにはさはらずと見えむとにや。

 そのことする聖(ひじり)と物語し、車立つることなどをさへぞ見入れ、ことについたるけしきなる。久しう会はざりつる人の詣であひたる、めづらしがりて、近うゐより、物言ひうなづき、をかしきことなど語り出でて、扇ひろうひろげて、口にあてて笑ひ、よく装束しある数珠かいまさぐり、手まさぐりにして、こなたかなたうち見やりなどして、車のよしあしほめそしり、某(なにがし)にてその人のせし八講、経供養せしこと、とありしこと、かかりしこと、言ひくらべゐたるほどに、この説経のことは、聴きも入れず。何かは、常に聴くことなれば、耳馴れてめづらしうもあらぬにこそは。

 さはあらで、講師ゐてしばしあるほどに、前駆(さき)少し追はする車とどめておるる人、蝉の羽よりも軽げなる直衣、指貫、生絹(すずし)の単衣(ひとへ)など着たるも、狩衣の姿なるも、さやうにて、わかう細やかなる三四人ばかり、侍(さぶらひ)の者、またさばかりして入れば、はじめゐたる人々も少しうち身じろぎ、くつろい、高座のもと近き柱もとにすゑつれば、かすかに数珠おしもみなどして聴きゐたるを、講師もはえばえしくおぼゆるなるべし、いかで語りつたふばかりと説き出でたなり。

 聴聞すなどたふれさわぎ、額(ぬか)づくほどにもならで、よきほどに立ち出づとて、車どもかたなど見おこせて、我どちいふことも、何事ならむとおぼゆ。見知りたる人は、をかしと思ふ、見知らぬは、たれならむ、それにやなど思ひやり、目をつけて見送らるるこそをかしけれ。

 「そこに説経しつ、八講しけり」など人の言ひつたふるに、「その人はありつや」「いかがは」など、さだまりて言はれたる、あまりなり。などかは、むげにさしのぞかではあらむ。あやしからむ女だに、いみじう聴くめるものを。さればとて、はじめつ方ばかりありきする人はなかりき。たまさかには、壺装束などして、なまめき化粧じてこそはあめりしか。それも物詣でなどをぞせし。説経などには、ことにおほく聞こえざりき。この頃、そのをりさし出でけむ人、命長くて見ましかば、いかばかりそしり、誹謗せまし。


32 :034:(能041):菩提といふ寺に

 菩提といふ寺に、結縁の八講せしに、詣でたるに、人のもとより「とく帰り給ひね。いとさうざうし」と言ひたれば、蓮の葉のうらに、

  もとめてもかかる蓮(はちす)の露をおきてうき世にまたはかへるものかは

と書きてやりつ。

 まことにいとたふとくあはれなれば、やがて泊まりぬべくおぼゆるに、さうちうが家の人のもどかしさも忘れぬべし。


33 :035:(能042):小白河といふ所は

 小白河といふ所は、小一条の大将殿の御家ぞかし。そこにて上達部、結縁の八講し給ふ。世の中の人、いみじうめでたきことにて、「おそからむ車などは立つべきやうもなし」といへば、露とともに起きて、げにぞひまなかりける轅(なげえ)の上にまたさしかさねて、三つばかりまでは少し物も聞こゆべし。

 六月十余日にて、暑きこと世に知らぬほどなり。池の蓮(はちす)を見やるのみぞ、いと涼しき心地する。左右の大臣達をおき奉りては、おはせぬ上達部なし。二藍の指貫、直衣、浅葱の帷子(かたびら)どもぞすかし給へる。少しおとなび給へるは、青鈍の指貫、白き袴もいと涼しげなり。佐理(すけまさ)の宰相なども、みな若やぎだちて、すべてたふときことの限りもあらず、をかしき見物なり。

 廂の簾(す)高うあげて、長押の上に上達部は奥に向きてながながとゐ給へり。その次には、殿上人、若君達、狩装束、直衣などもいとをかしうて、えゐもさだまらず、ここかしこに立ちさまよひたるも、いとをかし。実方(さねかた)の兵衛の佐、長命(ちやうめい)の侍従など、家の子にて、今少し出で入りなれたり。まだ童(わらは)なる君など、いとをかしくておはす。

 少し日たくるほどに、三位の中将とは、関白殿をぞきこえし、香(かう)のうすものの二藍の御直衣、二藍の織物の指貫、濃き蘇芳の下の御袴に、はりたる白き単衣のいみじうあざやかなるを着給ひて、あゆみ入り給へる、さばかりかろび涼しげなる御中に、暑かはしげなるべけれど、いといみじうめでたしとぞ見え給ふ。朴、塗骨など、骨は変はれど、ただ赤き紙を、おしなべてうち使ひ持(も)たまへるは、撫子(なでしこ)のいみじう咲きたるにぞいとよく似たる。まだ講師ものぼらぬほど、懸盤して、何にかあらむ、もの参るなるべし。

 義懐の中納言の御さま、常よりもまさりておはするぞ限りなきや。色あひのはなばなと、いみじう匂ひあざやかなるに、いづれともなき中の帷子を、これはまことにすべて、ただ直衣一つを着たるやうにて、常に車どものかたを見おこせつつ、ものなど言ひかけ給ふ、をかしと見ぬ人なかりけむ。

 後(のち)に来たる車の、ひまもなかりければ、池に引きよせて立ちたるを、見給ひて、実方の君に、「消息をつきづきしう言ひつべからむ者一人」と召せば、いかなる人にかあらむ、選(え)りて率ておはしたり。「いかが言ひやるべき」と、近うゐ給ふ限りのたまひあはせて、やり給ふ言葉は聞こえず。いみじう用意して車のもとへ歩みよるを、かつ笑ひ給ふ。後(しり)の方によりていふめる。久しう立てれば、「歌などよむにやあらむ。兵衛の佐、返し思ひまうけよ」など笑ひて、いつしか返りごと聞かむと、ある限り、おとな上達部まで、みなそなたざまに見やり給へり。げにぞ顕証の人まで見やりしもをかしかりし。

 返事聞きたるにや、少しあゆみ来るほどに、扇をさし出でて呼びかへせば、歌などの文字言ひあやまりてばかりや、かうは呼びかへさむ、久しかりつるほど、おのづからあるべきことはなほすべくもあらじものを、とぞおぼえたる。近う参りつくも心もとなく、「いかに」「いかに」と、たれもたれも問ひ給ふ。ふとも言はず、権中納言ぞのたまひつれば、そこに参り、けしきばみ申す。三位の中将「とくいへ。あまり有心すぎて、しそこなふ」とのたまふに、「これもただ同じことになむ侍る」といふは聞こゆ。

 藤大納言、人よりけにさしのぞきて、「いかが言ひたるぞ」とのたまふめれば、三位の中将「いとなほき木をなむおしをりためる」と聞こえ給ふに、うち笑ひ給へば、みな何となく、さと笑ふ声、聞こえやすらむ。

 中納言、「さて呼びかへさざりつるさきは、いかが言ひつる。これやなほしたること」と問ひ給へば、「久しう立ちて侍りつれど、ともかくも侍らざりつれば、『さは帰り参りなむ』とて帰り侍りつるに、呼びて」などぞ申す。「誰が車ならむ、見しり給へりや」などあやしがり給ひて、「いざ、歌よみて、この度はやらむ」などのたまふほどに、講師のぼりぬれば、みなゐしづまりて、そなたをのみ見るほどに、車はかい消つやうに失せにけり。下簾など、ただ今日はじめたりと見えて、濃き単襲(ひとへがさね)に二藍の織物、蘇芳の薄物のうは着など、後(しり)にも摺りたる裳、やがてひろげながらうちさげなどして、何人ならむ、何かはまた、かたほならむことよりは、げにときこえて、なかなかいとよしとぞおぼゆる。

 朝座の講師清範、高座の上も光り満ちたる心地して、いみじうぞあるや。暑さのわびしきにそへて、しさしたることの今日過ぐすまじきをうちおきて、ただ少し聞きて帰りなむとしつるに、しきなみにつどひたる車なれば、出づべき方もなし。朝講はてなば、なほいかで出でなむと、前なる車どもに消息すれば、近く立たむがうれしさにや、はやばやと引き出であけて出だすを見たまひて、いとかしがましきまで、老上達部さへ笑ひにくむをも聞き入れず、いらへもせで、強ひてせばがりいづれば、権中納言の「やや、まかりぬるもよし」とて、うち笑み給へるぞめでたき。それも耳にもとまらず、暑きにまどはし出でて、人して、「五千人のうちには入らせ給はぬやうあらじ」と聞こえかけて帰りにき。

 そのはじめより、やがてはつる日まで、立てたる車のありけるに、人より来とも見えず、すべてただあさましう、絵などのやうに過ぐしければ、ありがたくめでたく心にくく、いかなる人ならむ、いかで知らむと、問ひ尋ねけるを、聞き給ひて、藤大納言などは、「何かめでたからむ。いとにくく、ゆゆしき者にこそあなれ」とのたまひけるこそをかしかりしか。

 さて、その二十日あまりに、中納言、法師になり給ひにしこそあはれなりしか。桜など、散りぬるも、なほ世の常なりや。「おくを待つ間の」とだにいふべくもあらぬ御ありさまにこそ見え給ひしか。


34 :036:(能043):七月ばかりいみじう暑ければ

 七月ばかりいみじう暑ければ、よろづの所あけながら夜もあかすに、月の頃は寝おどろきて見出だすに、いとをかし。闇もまたをかし。有明、はた言ふもおろかなり。

 いとつややかなる板の端近う、あざやかなる畳一枚(ひとひら)、うち敷きて、三尺の几帳、奥の方におしやりたるぞあぢきなき。端にこそ立つべけれ。奥の後ろめたからむよ。

 人は出でにけるなるべし、薄色の裏いと濃くて、上は少しかへりたるならずは、濃き綾のつややかなるが、いとなえぬを、かしらこめに引き着てぞ寝たる。香染の単衣、もしは黄生絹の単衣、紅(くれなゐ)の単衣、袴の腰のいとながやかに、衣の下よりひかれ着たるも、まだ解けながらなめり。

 外(そと)のかたに髪のうちたたなはりてゆるらかなるほど、長さおしはかられたるに、またいづこよりにかあらむ、朝ぼらけのいみじう霧り満ちたるに、二藍の指貫に、あるかなきかの色したる香染の狩衣、白き生絹に紅のとほすにこそはあらめ、つややかなる、霧にいたうしめりたるを脱ぎ、鬢の少しふくだみたれば、烏帽子のおし入れたるけしきも、しどけなく見ゆ。

 朝顔の露落ちぬさきに文書かむと、道のほども心もとなく、「麻生(をふ)の下草」など、口ずさみつつ、我が方に行くに、格子のあがりたれば、御簾のそばをいささか引き上げて見るに、起きて往ぬらむ人もをかしう。露もあはれなるにや、端に立てれば、枕がみのかたに、朴(ほほ)に紫の紙はりたる扇、ひろごりながらあり、みちのくに紙の畳紙(たたうがみ)の細やかなるが、花か紅か、少し匂ひたるも几帳のもとにちりぼひたり。

 人気のすれば、衣のなかより見るに、うち笑みて長押におしかかりてゐぬ。恥ぢなどすべき人にはあらねど、うちとくべき心ばへにもあらぬに、ねたうも見えぬるかなと思ふ。「こよなきなごりの御朝寝(あさい)かな」とて、簾のうちになから入りたれば、「露よりさきなる人のもどかしさに」といふ。をかしきこと、とりたてて書くべき事ならねど、とかく言ひ交はすけしきどもは、にくからず。

 枕がみなる扇、わが持たるして、およびてかきよするが、あまり近う寄り来るにやと心ときめきして、引きぞ下らるる。取りて見などして、「うとくおぼいたる事」などうちかすめ、うらみなどするに、明かうなりて、人の声々し、日もさしいでぬべし。霧の絶間見えぬべきほど、急ぎつる文も、たゆみぬるこそ後ろめたけれ。

 出でぬる人も、いつのほどにかと見えて、萩の、露ながらおしをりたるにつけてあれど、えさし出でず。香の紙のいみじうしめたる匂ひ、いとをかし。あまりはしたなきほどになれば、立ち出でて、わが起きつる所も、かくやと思ひやらるるも、をかしかりぬべし。


35 :037:(能044):木の花は

 木の花は、濃きも薄きも紅梅。桜は、花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし。

 四月(うづき)のつごもり、五月のついたちのころほひ、橘の葉の濃く青きに、花のいと白う咲きたるが、雨うち降りたるつとめてなどは、世になう心あるさまにをかし。花の中より黄金(こがね)の玉かと見えて、いみじうあざやかに見えたるなど、朝露にぬれたる朝ぼらけの桜に劣らず。ほととぎすのよすがとさへ思へばにや、なほさらに言ふべうもあらず。

 梨の花、よにすさまじきものにして、近うもてなさず、はかなき文つけなどだにせず。愛敬(あいぎやう)おくれたる人の顔などを見ては、たとひに言ふも、げに、葉の色よりはじめて、あいなく見ゆるを、唐土(もろこし)には限りなきものにて、文にも作る、なほさりとも、やうあらむと、せめて見れば、花びらの端に、をかしき匂ひこそ、心もとなうつきためれ。楊貴妃の、帝(みかど)の御使ひに会ひて泣きける顔に似せて、「梨花一枝、春、雨を帯びたり」など言ひたるは、おぼろげならじと思ふに、なほいみじうめでたきことは、たぐひあらじとおぼえたり。

 桐の木の花、紫に咲きたるはなほをかしきに、葉のひろごりざまぞ、うたてこちたけれど、異木(ことき)どもと等しう言ふべきにもあらず。唐土に名つきたる鳥の、選りてこれにのみゐるらむ、いみじう心ことなり。まいて琴に作りて、様々なる音の出で来るなどは、をかしなど世の常に言ふべくやはある。いみじうこそめでたけれ。

 木のさま、にくげなれど、楝(あふち)の花、いとをかし。かれがれに、さまことに咲きて、必ず五月(さつき)五日にあふも、をかし。


36 :038:(能045):池は

 池は かつまたの池。磐余(いはれ)の池。贄野(にへの)の池。初瀬に詣でしに、水鳥のひまなくゐて立ちさわぎしが、いとをかしう見えしなり。

 水なしの池こそ、あやしう、などてつけけるならむとて問ひしかば、「五月など、すべて雨いたう降らむとする年は、この池に水といふものなむなくなる。またいみじう照るべき年は、春の初めに水なむおほく出づる」といひしを、「むげになく乾きてあらばこそさも言はめ、出づるをりもあるを、一筋にもつけけるかな」と言はまほしかりしか。

 猿沢の池は、采女(うねべ)の身投げたるを聞こしめして、行幸などありけむこそ、いみじうめでたけれ。「ねたくれ髪を」と人麻呂がよみけむほどなど思ふに、いふもおろかなり。

 御前の池、また何の心にてつけけるならむと、ゆかし。鏡の池。狭山の池は、みくりといふ歌のをかしきがおぼゆるならむ。こひぬまの池。

 はらの池は、「玉藻な刈りそ」といひたるも、をかしうおぼゆ。


37 :039:(能046):節は五月にしく月はなし

 節は 五月にしく月はなし。菖蒲・蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。九重の御殿の上をはじめて、いひしらぬ民の住家まで、いかでわがもとにしげく葺かむと葺きわたしたる、なほいとめづらし。いつかは、こと折利にさはしたりし。

 空のけしき、曇りわたりたるに、中宮などには縫殿より御薬玉とて色々の糸を組み下げて参らせたれば、御帳(みちやう)たてたる母屋(もや)の柱に、左右につけたり。九月九日の菊をあやしき生絹の絹につつみて参らせたるを、同じ柱に結ひつけて、月頃ある薬玉に解きかへてぞ棄つめる。また、薬玉は菊のをりまであるべきにやあらむ。されど、それはみな糸を引き取りて、もの結ひなどして、しばしもなし。

 御節供参り、若き人々、菖蒲の腰ざし、物忌つけなどして、様々の唐衣、汗衫(かざみ)などに、をかしき折枝(をりえだ)ども、長き根にむら濃の組してむすびつけたるなど、めづらしう言ふべきことならねど、いとをかし。さて、春ごとに咲くとて、桜をよろしう思ふ人やはある。

 地(つち)ありく童(わらは)べなどの、ほどほどにつけて、いみじきわざしたりと思ひて、常に袂まぼり、人のに比べなど、えも言はずと思ひたるなどを、そばへたる小舎人童(こどねりわらは)などに引きはられて泣くもをかし。

 紫の紙に楝の花、青き紙に菖蒲の葉、細く巻きて結ひ、また、白き紙を、根して引き結ひたるもをかし。いと長き根を文のなかに入れなどしたるを見る心地ども、艶なり。

 返事書かむと言ひあはせ、語らふどちは見せかはしなどするも、いとをかし。人の女、やむごとなきに所々に、御文など聞こえ給ふ人も、今日は心ことにぞなまめかしき。夕暮れのほどに、郭公の名のりしてわたるも、すべていみじき。


38 :040:(能047):花の木ならぬは

 花の木ならぬは 楓(かへで)。桂。五葉。

 たそばの木、しななき心地すれど、花の木ども散りはてて、おしなべて緑になりたるなかに、時もわかず、濃き紅葉のつやめきて、思ひもかけぬ青葉の中よりさし出でたる、めづらし。

 檀(まゆみ)、さらにも言はず。そのもとなけれど、やどり木といふ名、いとあはれなり。榊、臨時の祭の御神楽の折など、いとをかし。世に木どもこそあれ、神の御前のものと生ひはじめけむも、取りわきてをかし。

 楠の木は、木立おほかる所にも、ことにまじらひ立てらず。おどろおどろしき思ひやりなどうとましきを、千枝(ちえ)にわかれて恋する人のためしに言はれたるこそ、たれかは数を知りて言ひ始めけむと思ふにをかしけれ。

 檜の木、またけ近からぬものなれど、三葉四葉の殿づくりもをかし。五月に雨の声をまなぶらむもあはれなり。

 楓の木の、ささやかなるに、萌え出でたる葉末の赤みて、同じかたにひろごりたる葉のさま、花も、いと物はかなげに、虫などの乾(か)れたるに似て、をかし。

 あすはひの木、この世に近くも見え聞こえず。御獄に詣でて帰りたる人などの持て来める、枝ざしなどは、いと手触れにくげにあらくましけれど、何の心ありて、あすはひの木とつけけむ。あぢきなきかねごとなりや。たれにたのめたるにかと思ふに、聞かまほしくをかし。

 ねずもちの木、人なみなみになるべきにもあらねど、葉のいみじうこまかに小さきがをかしきなり。

 楝の木。山橘。山梨の木。椎の木、常磐木はいづれもあるを、それしも、葉がへせぬためしに言はれたるもをかし。

 白樫といふものは、まいて深山木(みやまぎ)のなかにもいとけ遠くて、三位二位の袍(うへのきぬ)染むるをりばかりこそ、葉をだに人の見るめれば、をかしきこと、めでたきことに取り出づべくもあらべど、いづくともなく雪の降りおきたるに見まがへられ、素盞鳴尊(すさのをのみこと)出雲の国におはしける御ことを思ひて、人麿がよみたる歌などを思ふに、いみじくあはれなり。をりにつけても、ひとふしあはれとも、をかしとも聞きおきつるものは、草・木・鳥・虫もおろかにこそおぼえね。

 ゆづり葉の、いみじうふさやかにつやめき、茎はいと赤くきらきらしく見えたるこそ、あやしきけれど、をかし。なべての月には見えぬものの、師走のつごもりのみ時めきて、亡き人の食物(くひもの)に敷く物にやとあはれなるに、また齢(よはひ)を延ぶる歯固めの具にももてつかひためるは。いかなる世にか、「紅葉せむ世や」といひたるもたのもし。

 柏木、いとをかし。葉守(はもり)の神のいますらむもかしこし。兵衛の督(かみ)・佐(すけ)・尉(ぞう)などいふもをかし。

 姿なけれど、棕櫚(すろ)の木、唐めきて、わるき家の物とは見えず。


39 :041:(能048):鳥は

 鳥は こと所のものなれど、鸚鵡、いとあはれなり。人のいふらむことをまねぶらむよ。ほととぎす。水鶏(くひな)。鴫(しぎ)。都鳥。鶸(ひわ)。ひたき。

 山鳥、友を恋ひて、鏡を見すればなぐさむらむ、心わかう、いとあはれなり。谷へだてたるほどなど、心苦し。

 鶴は、いとこちたきさまなれど、鳴く声の雲居にまで聞こゆる、いとめでたし。頭あかき雀。斑鳩(いかるが)の雄鳥(をどり)。たくみ鳥。

 鷺は、いとみめ見苦し。まなこゐなども、うたてよろづになつかしからねど、「ゆるぎの森に一人は寝じ」と争ふらむ、をかし。水鳥、鴛鴦(をし)いとあはれなり。かたみに居かはりて、羽の上の霜はらふらむほどなど。千鳥、いとをかし。

 鶯は、文などにもめでたきものに作り、声よりはじめてさまかたちも、さばかりあてにうつくしきほどよりは、九重のうちに鳴かぬぞいとわろき。人の「さなむある」といひしを、「さしもあらじ」と思ひしに、十年ばかり候ひて聞きしに、まことにさらに音せざりき。さるは、竹近き紅梅も、いとよくかよひぬべきたよりなりかし。まかでて聞けば、あやしき家の見所もなき梅の木などには、かしがましきまでぞ鳴く。夜鳴かぬもいぎたなき心地すれども、今はいかがせむ。夏秋の末まで老い声に鳴きて、「むしくひ」など、ようあらぬ者は名を付けかへていふぞ、口惜しくくすしき心地する。それもただ雀のやうに常にある鳥ならば、さもおぼゆまじ。春鳴くゆゑこそはあらめ。「年たちかへる」など、をかしきことに、歌にも文にも作るなるは。なほ春のうちならましかば、いかにをかしからまし。人をも、人げなう、世のおぼえあなづらはしうなりそめにたるをばそしりやはする。鳶・烏などのうへは見入れ、聞き入れなどする人、世になしかし。されば、いみじかるべきものとなりたればと思ふに、心ゆかぬ心地するなり。

 祭のかへさ見るとて、雲林院、知足院などの前に車を立てたれば、郭公(ほととぎす)も忍ばぬにやあらむ、鳴くに、いとようまねび似せて、木高き木どもの中に、もろ声に鳴きたるこそ、さすがにをかしけれ。

 郭公は、なほさらにいふべきかたなし。いつしかしたり顔にも聞こえたるに、卯の花、花橘などに宿りをして、はた隠れたるも、ねたげなる心ばへなり。

 五月雨の短き夜に寝覚をして、いかで人より先に聞かむと待たれて、夜深くうち出でたる声の、らうらうじう愛敬づきたる、いみじう心あくがれ、せむかたなし。六月になりぬれば、音もせずなりぬる、すべていふもおろかなり。

 夜なくもの、何も何もめでたし。児(ちご)どものみぞさしもなき。


40 :042:(能049):あてなるもの

 あてなるもの 薄色に白襲の汗衫(かざみ)。かりのこ。削り氷(ひ)にあまづら入れて、新しき鋺(かなまり)に入れたる。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪の降りかかりたる。いみじう美しき児(ちご)の、いちごなど食ひたる。

41 :043:(能050):虫は

 虫は、鈴虫。ひぐらし。蝶。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫。蛍。

 蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれも恐ろしき心あらむとて、親のあやしき衣ひき着せて、「今秋風吹かむをりぞ来むとする。待てよ」と言ひおきて、逃げて往にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。

 額づき虫、またあはれなり。さるここちに道心おこしてつきありくらむよ。思ひかけず、暗き所などに、ほとめきありきたるこそをかしけれ。

 蝿こそ、憎きもののうちにいれつべく、愛敬なきものはあれ。人々しう、かたきなどにすべきものの大きさにはあらねど、秋など、ただよろづのものにゐ、顔などに濡れ足してゐるなどよ。人の名につきたる、いとうとまし。

 夏虫、いとをかしうらうたげなり。火近う取り寄せて物語など見るに、草子の上などに飛びありく、いとをかし。

 蟻は、いとにくけれど、軽びいみじうて、水の上などを、ただ歩みに歩みありくこそをかしけれ。


42 :044:(能051):七月ばかりに

 七月ばかりに、風いたう吹きて、雨などさわがしき日、大方いと涼しければ、扇もうち忘れたるに、汗の香少しかかへたる綿衣(わたぎぬ)の薄きを、いとよく引き着て昼寝したるこそをかしけれ。


43 :045:(能052):にげなきもの

 にげなきもの 下衆の家に雪の降りたる。また、月のさし入りたるも、口惜し。月の明かきに屋形なき車のあひたる。また、さる車にあめ牛かけたる。また、老いたる女の腹高くてありく。若き男持ちたるだに見苦しきに、こと人のもとへいきたるとて腹立つよ。

 老いたる男の寝まどひたる。また、さやうに鬚がちなる者の椎つみたる。歯もなき女の梅食ひて酸がりたる。

 下衆の紅の袴着たる。この頃はそれのみぞあめる。

 靫負(ゆげひ)の佐(すけ)の夜行姿。狩衣姿も、いとあやしげなり。人におぢらるる袍(うへのきぬ)は、おどろおどろし。立ちさまよふも、見つけてあなづらはし。「嫌疑の者やある」ととがむ。入りゐて、空だきものにしみたる几帳にうちかける袴など、いみじうたつきなし。

 かたちよき君達の、弾正の弼(ひち)にておはする、いと見苦し。宮の中将などの、さも口惜しかりしかな。


44 :046:(能053):細殿に人あまたゐて

 細殿に人あまたゐて、やすからず物などいふに、清げなる男、小舎人童など、よき包み、袋などに、衣どもつつみて、指貫のくくりなどぞ見えたる、弓、矢、楯など持てありくに、「誰(た)がぞ」と問へば、ついゐて、「なにがし殿の」とて行く者は、よし。けしきばみ、やさしがりて、「知らず」ともいひ、物も言はでも往ぬる者は、いみじうにくし。


45 :047:(能055):主殿司こそ

 主殿司(とのもづかさ)こそ、なほをかしきものはあれ。下女(しもをんな)の際(きは)は、さばかりうらやましきものはなし。よき人にもせさせまほしきわざなめり。若く、かたちよからむが、なりなどよくてあらむは、ましてよからむかし。少し老いて、物の例知り、面(おも)なきさまなるも、いとつきづきしくめやすし。

 主殿司の顔愛敬づきたらむ、一人持たりて、装束時にしたがひ、裳、唐衣など、今めかしくてありかせばや、とこそおぼゆれ。


46 :048:(能056):をのこは、また、随身こそ

 をのこは、また、随身こそあめれ。いみじう美々しうてをかしき君達も、随身なきは、いとしらじらし。弁などは、いとをかしき官(つかさ)に思ひたれど、下襲の裾(しり)短くて、随身のなきぞいとわろきや。


47 :049:(能057):職の御曹司の西面の立蔀のもとにて

 職(しき)の御曹司(みざうし)の西面(おもて)の立蔀(たてじとみ)のもとにて、頭の弁、物をいと久しう言ひ立ち給へれば、さし出でて、「それはたれぞ」といへば、「弁候ふなり」とのたまふ。「何か、さも語らひ給ふ。大弁見えば、うち捨て奉りてむものを」といへば、いみじう笑ひて、「たれかかかる事をさへ言ひ知らせけむ。『それさなせそ』と語らふなり」とのたまふ。

 いみじう見え聞こえて、をかしきすぢなど立てたることはなう、ただありなるやうなるを、みな人さのみ知りたるに、なほ奥深き心ざまを見知りたれば、「おしなべたらず」など、御前(おまへ)にも啓し、またさ知ろしめしたるを、常に、「『女は己をよろこぶもののために顔づくりす。士は己を知る者のために死ぬ』となむいひたる」と言ひあはせ給ひつつ、よう知り給へり。「遠江の浜柳」と言ひかはしてあるに、若き人々はただ言ひに見苦しきことどもなどつくろはずいふに、「この君こそうたて見えにくけれ。こと人のやうに、歌うたひ興じなどもせず、けすさまじ」などそしる。さらにこれかれに物言ひなどもせず。

 「まろは、目はたたざまにつき、眉は額ざまに生ひあがり、鼻は横ざまなりとも、ただ口つき愛敬づき、頤(おとがひ)の下・頸清げに、声にくからざらむ人のみなむ思はしかるべき。とは言ひながら、なほ顔いとにくげならむ人は心憂し」とのみのたまへば、まして頤細う、愛敬おくれたる人などは、あいなくかたきにして、御前(ごぜん)にさへぞあしざまに啓する。

 物など啓せさせむとても、そのはじめ言ひそめてし人をたづね、下(しも)なるをも呼びのぼせ、局に来て言ひ、里なるは文書きても、みづからもおはして、「おそくまゐらば、『さなむ申したる』と申しに参らせよ」とのたまふ。「それ、人の候ふらむ」など言ひゆづれど、さしもうけひかずなどぞおはする。「あるにしたがひ、定めず、何事ももてなしたるをこそよきにすめれ」と後ろ見聞こゆれど、「我がもとの心の本性(じやう)」とのみのたまひて、「改まらざるものは心なり」とのたまへば、「さて『憚りなし』とは何をいふにか」とあやしがれば、笑ひつつ、「仲良しなども人に言はる。かく語らふとならば、何か恥づる。見えなどもせよかし」とのたまふ。「いみじくにくげなれば『さあらむ人をばえ思はじ』とのたまひしによりて、え見え奉らぬなり」といへば、「げににくくもぞなる。さらば、な見えそ」とて、おのづから見つべき折も、おのれ顔ふたぎなどして見給はぬも、まごころに虚言(そらごと)し給はざりけりと思ふに、三月(やよひ)つごもりがたは、冬の直衣の着にくきにやあらむ、袍(うへのきぬ)がちにてぞ、殿上の宿直姿もある。

 つとめて、日さし出づるまで式部のおもとと小廂(こびさし)に寝たるに、奥の遣戸(やりど)をあけさせ給ひて、上の御前(おまへ)・宮の御前(ごぜん)出でさせ給へば、起きもあへずまどふを、いみじく笑はせ給ふ。唐衣(からぎぬ)をただ汗衫の上にうち着て、宿直物も何もうづもれながらある上におはしまして、陣より出で入る者ども御覧ず。殿上人の、つゆ知らでより来て物いふなどもあるを、「けしきな見せそ」とて、笑はせ給ふ。

 さて、立たせ給ふ。「二人ながら、いざ」と仰せらるれど、「今、顔などつくろひたててこそ」とて、参らず。入らせ給ひて後も、なほめでたきことどもなど言ひあはせてゐたる、南の遣戸のそばの几帳の手(=端)のさし出でたるに障(<さ>[ま]は)りて、簾(すだれ)の少しあきたるより黒みたる物の見ゆれば、則隆(のりたか=橘則隆)がゐたるなめりとて、見も入れで、なほこと事どもをいふに、いとよく笑みたる顔のさし出でたるも、なほ則隆なめりとて見やりたれば、あらぬ顔なり。あさましと笑ひさわぎて、几帳引きなほし隠るれば、頭の弁にぞおはしける。見え奉らじとしつるものをと、いと口惜し。もろともにゐたる人は、こなたにむきたれば顔も見えず。

 立ち出でて、「いみじく名残なくも見つるかな」とのたまへば、「則隆と思ひ侍りつれば、あなづりてぞかし。などかは、見じとのたまふに、さつくづくとは」といふに、「『女は寝起き顔なむ、いとか<た>き』といへば、ある人の局に行きて、かいばみして、またも見やするとて来たりつるなり。まだ上のおはしましつる折からあるをば、知らざりけり」とて、それより後は、局の簾うちかづきなどし給ふめりき。


48 :050:(能034):馬は

 馬は いと黒きが、ただいささか白き所などある。紫の紋つきたる。葦毛。薄紅梅の毛にて、髪・尾などいと白き。げに「ゆふかみ」とも言ひつべし。

 黒きが、足四つ白きも、いとをかし。


49 :051:(能033):牛は

 牛は 額はいと小さく、白みたるが、腹の下・足・尾の筋などは、やがて白き。


50 :052:(能038):猫は

 猫は 上の限り黒くて、腹いと白き。


51 :053:(能036):雑色、随身は

 雑色・随身は 少し痩せて細やかなるぞよき。

 男は なほ若きほどは、さるかたなるぞよき。いたく肥えたるは、いねぶたからむと見ゆ。


52 :054:(能037):小舎人童

 小舎人童(こどねりわらは) 小さくて髪いとうるはしきが、筋(すぢ)さはらかに少し色なる、声をかしうて、かしこまりて物など言ひたるぞ、らうらうじき。


53 :055:(能035):牛飼は

 牛飼は 大きにて、髪あららかなるが、顔赤みて、かどかどしげなる。


54 :056:(能058):殿上の名対面こそ

 殿上の名対面(なだいめん)こそなほをかしけれ。御前(ぜん)に人候ふをりは、やがて問ふもをかし。足音どもしてくづれ出づるを、上の御局の東おもてにて、耳をとなへて聞くに、知る人の名のあるは、ふと例の胸つぶるらむかし。また、ありともよく聞かせぬ人など、このをりに聞きつけたるは、いかが思ふらむ。「名のりよし」「あし」「聞きにくし」など定むるもをかし。

 果てぬなりと聞くほどに、滝口の弓鳴らし、沓(くつ)の音し、そそめき出づると、蔵人のいみじく高く踏みごほめかして、丑寅の隅の高欄に、高膝まづきといふゐずまひに、御前のかたに向ひて、後ろざまに、「誰々か侍る」と問ふこそをかしけれ。高く細く名乗り、また、人々候はねば、名対面つかうまつらぬよし奏するも、「いかに」と問へば、障(さは)る事ども奏するに、さ聞きて帰るを、方弘(まさひろ)聞かずとて、君達の教へ給ひければ、いみじう腹立ち叱りて、勘(かうが)へて、また滝口にさへ笑はる。

 御厨子(づし)所の御膳棚(おものだな)に沓おきて、言ひののしらるるを、いとほしがりて、「誰が沓にかあらむ、え知らず」と主殿司(とのもづかさ)、人々などの言ひけるを、「やや、方弘がきたなきものぞ」とて、いとどさわがる。


55 :057:(能059):若くよろしき男の

 若くよろしき男の、下衆女の名よび馴れて言ひたるこそにくけれ。知りながらも、何とかや、片文字はおぼえでいふはをかし。

 宮仕(みやづかへ)所の局によりて、夜などぞあしかるべけれど、主殿司、さらぬただ所などは、侍(さぶらひ)などにある者を具して来ても呼ばせよかし。手づから声もしるきに。はした者、童(わらは)べなどは、されどよし。


56 :058:(能060):若き人、ちごどもなどは

 若き人・ちごどもなどは、肥えたる、よし。受領など大人だちぬるも、ふくらかなるぞよき。


56 :059:(能062):ちごは

 ちごは、あやしき弓、しもとだちたる物などささげて遊びたる、いとうつくし。車などとどめて、抱(いだ)き入れて見まほしくこそあれ。

 また、さて行くに、たき物の香、いみじうかかへたるこそ、いとをかしけれ。


57 :060:(能063):よき家の中門あけて

 よき家の中門あけて、檳榔毛の車の白くきよげなるに、蘇芳(すはう)の下簾(したすだれ)、匂ひいと清らにて、榻(しぢ=轅の台)にうちかけたるこそめでたけれ。五位、六位などの下襲の裾(しり)挟みて、笏(さく)のいと白きに、扇うちおきなど行きちがひ、また装束し、壺胡籙(やなぐひ)負ひたる随身の出で入りしたる、いとつきづきし。厨女(くりやめ)の清げなるが、さし出でて、「なにがし殿の人や候ふ」などいふもをかし。


58 :061:(能064):滝は

 滝は 音無の滝。布留の滝は、法皇の御覧じにおはしましけむこそめでたけれ。

 那智の滝は、熊野にありと聞くがあはれなるなり。轟の滝は、いかにかしがましく恐ろしからむ。


59 :062:(能222):川は

 川は 飛鳥川、淵瀬も定めなく、いかならむとあはれなり。大井河。音無川。七瀬川。

 耳敏川(みみとがは)、またも何事をさくじり聞きけむと、をかし。玉星川。細谷川。

 いつぬき川、澤田川などは、催馬楽などの思はするなるべし。名取川、いかなる名を取りたるならむと聞かまほし。吉野川。

 天の川原、「たなばたつめに宿借らむ」と、業平がよみたるもをかし。


60 :063:(能なし):あかつきに帰らむ人は

 暁(あかつき)に帰らむ人は、装束(さうぞく)などいみじううるはしう、烏帽子(えぼうし)の緒(を)もと、結ひかためずともありなむとこそおぼゆれ。いみじくしどけなく、かたくなしく、直衣(なほし)、狩衣(かりぎぬ)などゆがめたりとも、誰か見知りて笑ひそしりもせむ。

 人はなほ暁のありさまこそ、をかしうもあるべけれ。わりなくしぶしぶに起き難(がた)げなるを、強(し)ひてそそのかし、「明け過ぎぬ。あな、見苦し」など言はれて、うち嘆くけしきも、げにあかず物憂くもあらむかしと見ゆ。指貫なども、ゐながら着もやらず、まづさし寄りて、夜言ひつることの名残、女の耳に言ひ入れて、何わざするともなきやうなれど、帯など結ふやうなり。

 格子おしあげ、妻戸ある所は、やがてもろともに率て行きて、昼のほどのおぼつかなからむことなども、言ひ出でにすべり出でなむは、見送られて名残もをかしかりなむ。思ひ出所ありて、いときはやかに起きて、ひろめきたちて、指貫の腰ごそごそと[かはは]結ひなほし、袍(うへのきぬ)も、狩衣、袖かひまくりて、よろとさし入れ、帯いとしたたかに結ひはてて、ついゐて、烏帽子の緒きと強げに結ひ入れて、かい添ふる音して、扇、畳紙など、昨夜(よべ)枕上におきしかど、おのづから引かれ散りにけるをもとむるに、暗ければ、いかでかは見えむ、いづらいづらと、叩きわたし見出でて、扇ふたふたと使ひ、懐紙さし入れて、「まかりなむ」とばかりこそいふらめ。


61 :064:(能065):橋は

 橋は あさむつの橋。長柄の橋。あまびこの橋。浜名の橋。一つ橋。うたたねの橋。佐野の舟橋。堀江の橋。鵲(かささぎ)の橋。山すげの橋。をつの浮橋。一筋渡したる棚橋、心せばけれど、名を聞くにをかしきなり。


62 :065:(能066):里は

 里は 逢坂の里。ながめの里。寝覚(いざ)めの里。人づまの里。たのめの里。夕日の里。

 つまどりの里。人に取られたるにやあらむ、我がまうけたるにやあらむとをかし。伏見の里。あさがほの里。


63:066:(能067):草は

 草は 菖蒲(さうぶ)。菰(こも)。葵、いとをかし。神代よりしてさる挿頭(かざし)となりけむ、いみじうめでたし。もののさまも、いとをかし。沢瀉(おもだか)は、名のをかしきなり。心あがりしたらむと思ふに。

 三稜草(みくり)。蛇床子(ひるむしろ)。苔。雪間の若草。こだに。酢漿(かたばみ)、綾の紋にてあるも、ことよりはをかし。

 あやふ草は、岸の額(ひたひ)に生(お)ふらむも、げにたのもしからず。いつまで草は、またはかなくあはれなり。岸の額よりも、これはくづれやすからむかし。まことの石灰などには、え生ひずやあらむと思ふぞわろき。

 ことなし草は、思ふことを成すにやと思ふもをかし。忍ぶ草、いとあはれなり。道芝、いとをかし。茅花(つばな)もをかし。蓬(よもぎ)、いみじうをかし。山菅。日かげ。山藍。浜木綿。葛。笹。青つづら。なづな。苗。浅茅、いとをかし。

 蓮(はちす)葉、よろづの草よりもすぐれてめでたし。妙法蓮華のたとひにも、花は仏に奉り、実は数珠に貫き、念仏して往生極楽の縁とすればよ。また、花なき頃、緑なる池の水に紅に咲きたるも、いとをかし。翠翁紅とも詩に作りたるにこそ。

 唐葵(からあふひ)、日の影にしたがひて傾(かたぶ)くこそ草木といふべくもあらぬ心なれ。さしも草。八重葎(むぐら)。つき草、うつろひやすなるこそうたてあれ。


63 :067:(能070):草の花は

 草の花は 撫子(なでしこ)、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし。をみなへし(女郎花)。桔梗(ききやう)。あさがほ(朝顔)。かるかや(刈萱)。菊。つぼすみれ(壺菫)。

 竜胆(りんだう)は、枝ざしなどもむかしけれど、こと花どものみな霜がれたるに、いとはなやかなる色あひにてさし出でたる、いとをかし。

 また、わざと取りたてて人めかすべくもあらぬさまなれど、かまつかの花らうたげなり。名もうたてあなる。雁の来る花とぞ文字には書きたる。かにひの花、色は濃からねど、藤の花とよく似て、春秋と咲くがをかしきなり。

 萩、いと色ふかう、枝たをやかに咲きたるが、朝露にぬれてなよなよとひろごりふしたる、さ牡鹿のわきて立ち馴らすらむも、心ことなり。八重山吹。

 夕顔は、花のかたちも朝顔に似て、言ひつづけたるに、いとをかしかりぬべき花の姿に、実のありさまこそ、いと口惜しけれ。などさはた生ひ出でけむ。ぬかづきなどいふもののやうにだにあれかし。

 されど、なほ夕顔といふ名ばかりはをかし。しもつけの花。葦の花。

 これに薄(すすき)を入れぬ、いみじうあやしと人いふめり。秋の野のおしなべたるをかしさは薄こそあれ。穂先の蘇芳にいと濃きが、朝霧にぬれてうちなびきたるは、さばかりの物やはある。秋のはてぞ、いと見どころなき。色々にみだれ咲きたりし花の、形もなく散りたるに、冬の末まで、頭のいと白くおほどれたるも知らず、昔思ひ出顔に、風になびきてかひろぎ立てる、人にこそいみじう似たれ。よそふる心ありて、それをしもこそ、あはれと思ふべけれ。


65 :068:(能068):集は

 集は 古萬葉。古今。


66 :069:(能069):歌の題は

 歌の題は 都。葛。三桟草(みくり)。駒。霰。


67 :070:(能071):おぼつかなきもの

 おぼつかなきもの 十二年の山ごもりの法師の女親。知らぬ所に闇なるにいきたるに、「あらはにもぞある」とて、火もともさで、さすがに並みゐたる。

 今出で来たる者の心も知らぬに、やむごとなき物持たせて、人のもとにやりたるに、おそく帰る。物もまだ言はぬ児(ちご)の、反り覆(くつがへ)り、人にも抱かれず泣きたる。


68 :071:(能072):たとしへなきもの

 たとしへなきもの 夏と冬と。夜と昼と。雨降る日と照る日と。人の笑ふと腹立つと。老いたると若きと。白きと黒きと。思ふ人とにくむ人と。同じ人ながらも、心ざしあるをりと変はりたるをりは、まことにこと人とぞおぼゆる。

 火と水と。肥えたる人、痩せたる人。髪長き人と短き人と。


68 :072:(能073):夜烏どものゐて

 夜烏(よがらす)どものゐて夜中ばかりにいね騒ぐ。落ちまどひ、木づたひて寝起きたる声に鳴きたるこそ、昼の目にたがひてをかしけれ。


69 :073:(能074,075):しのびたる所にありては

 忍びたる所にありては夏こそをかしけれ。いみじく短かき夜の明けぬるに、つゆ寝ずなりぬ。やがてよろづの所あけながらあれば、凉しく見えわたされたる。なほ今少しいふべきことのあれば、かたみにいらへなどするほどに、ただゐたる上より、烏の高く鳴きていくこそ、顕証なる心地してをかしけれ。

 また、冬の夜いみじう寒きに、うづもれ臥して聞くに、鐘の音のただ物の底なるやうに聞こゆる、いとをかし。鳥の声もはじめは羽のうちに鳴くが、口を籠めながら鳴けば、いみじう物深く遠きが、明くるままに近く聞こゆるもをかし。


70 :074:(能076):懸想人にて来たるは

 懸想人にて来たるはいふべきにもあらず、ただうち語らふも、またさしもあらねど、おのづから来などもする人の、簾(す)の内に人々あまたありて物などいふに、ゐ入りてとみも帰りげもなきを、供なる男童(をのこわらは)など、とかくさしのぞき、けしき見るに、「斧の柄も朽ちぬべきなめり」と、いとむつかしかめれば、長やかにうちあくびて、みそかに思ひていふらめど、「あな、わびし。煩悩苦悩かな。夜は夜中になりぬらむかし」と言ひたる、いみじう心づきなし。かのいふ者は、ともかくもおぼえず、このゐたる人こそ、をかしと見え聞こえつることも失するやうにおぼゆれ。

 また、さいと色に出でてはえ言はず、「あな」と高やかにうち言ひ、うめきたるも、「下行く水の」といとほし。

 立蔀、透垣などのもとにて、「雨降りぬべし」など聞こえごつも、いとにくし。いとよき人の御供人などはさもなし。君達などのほどはよろし。それより下れる際はみなさやうにぞある。あまたあらむ中にも、心ばへ見てぞ率てありかまほしき。


71 :075:(能077):ありがたきもの

 ありがたきもの 舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。毛のよく抜くる銀(しろがね)の毛抜き。主(しゆう)そしらぬ従者(ずさ)。

 つゆの癖なき。かたち・心・ありさますぐれ、世に経るほど、いささかのきずなき。同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、いささかの隙(ひま)なく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそ難(かた)けれ。

 物語・集など書き写すに、本に墨つけぬ。よき草子などは、いみじう心して書けど、必ずこそきたなげになるめれ。

 男・女をば言はじ、女とぢも契り深くて語らふ人の末まで仲よき人難し。


72 :076:(能078):内裏の局、細殿いみじうをかし

 内裏(うち)の局、細殿いみじうをかし。上(かみ)の蔀(しとみ)あげたれば、風いみじう吹き入りて、夏もいみじう涼し。冬は雪、霰(あられ)などの風にたぐひて降り入りたるも、いとをかし。せばくて、童べなどののぼりぬるぞあしけれども、屏風のうちに隠しすゑたれば、こと所の局のやうに、声高くえ笑ひなどもせで、いとよし。

 昼なども、たゆまず心づかひせらる。夜はまいてうちとくべきやうもなきが、いとをかしきなり。沓の音、夜一夜聞こゆるが、とどまりて、ただおよび一つして叩くが、その人なりと、ふと聞こゆるこそをかしけれ。

 いと久しう叩くに音もせねば、寝入りたりとや思ふらむとねたくて、少しうちみじろぐ衣のけはひ、さななりと思ふらむかし。冬は火桶にやをら立つる箸の音も、忍びたりと聞こゆるを、いとど叩きはらへば、声にてもいふに、かげながらすべりよりて聞く時もあり。

 また、あまたの声して詩誦(ず)じ、歌などうたふには、叩かねど、まづあけたれば、ここへとしも思はざりける人も立ちどまりぬ。

 入るべきやうもなくて立ち明かすもなほをかしげなるに、几帳の帷子(かたびら=垂れ布)いとあざやかに、裾(すそ)のつまうちかさなりて見えたるに、直衣の後ろにほころび絶え透きたる君達、六位の蔵人の青色など着て、うけばりて遣戸のもとなどにそばよせてはえ立たで、塀のかたに後ろおして、袖うちあはせて立ちたるこそをかしけれ。

 また、指貫いと濃う、直衣あざやかにて、色々の衣どもこぼし出でたる人の、簾をおし入れて、なから入りたるやうなるも、外(と)より見るはいとをかしからむを、清げなる硯引き寄せて文書き、もしは鏡乞ひて見なほしなどしたるは、すべてをかし。

 三尺の几帳を立てたるに、帽額(もかう)の下(しも)ただ少しぞある、外の立てる人と内にゐたる人と物いふが、顔のもとにいとよくあたりたるこそをかしけれ。たけの高く、短かからむ人などや、いかがあらむ。なほ世の常の人はさのみあらむ。


73 :077:(能079):まいて、臨時の祭の調楽などは

 まいて、臨時の祭の調楽(でうがく)などは、いみじうをかし。主殿寮(とのもり)の官人、長き松を高くともして、頸(くび)は引き入れて行けば、先はさしつけつばかりなる<に>[と]、をかしう遊び、笛吹き立てて、心ことに思ひたるに、君達日(ひ)の装束して立ちどまり、物言ひなどするに、供の随身どもの前駆(さき)を忍びやかに短かう、おのが君達の料(れう)に追ひたるも、遊びにまじりて常に似ずをかしう聞こゆ。

 なほ明けながら帰るを待つに、君達の声にて、「荒田に生ふるとみ草の花」とうたひたる、このたびは今少しをかしきに、いかなるまめ人にかあらむ、すくずくしうさしあゆみて往ぬるもあれば、笑ふを、「しばしや。『など、さ夜を捨てて急ぎ給ふ』とあり」などいへば、心地などやあしからむ、倒れぬばかり、もし人などや追ひて捕らふると見ゆるまで、まどひ出づるもあめり。


74 :078:(能080):職の御曹司におはします頃、木立など

 職の御曹司におはします頃、木立などのはるかにものふり、屋のさまも高う、け遠けれど、すずろにをかしうおぼゆ。母屋(もや)は鬼ありとて、南へ隔て出だして、南の廂に御帳立てて、又廂(またびさし)に女房は候ふ。

 近衛の御門より左衛門の陣に参り給ふ上達部の前駆ども、殿上人のは短かければ、大前駆・小前駆とつけて聞き騒ぐ。あまたたびになれば、その声どももみな聞き知りて、「それぞ」「かれぞ」などいふに、また「あらず」などいへば、人して見せなどするに、言ひあてたるは、「さればこそ」などいふもをかし。

 有明のいみじう霧りわたりたる庭に下りてありくを聞こしめして、御前にも起きさせ給へり。うへなる人々の限りは出でゐ、下りなどして遊ぶに、やうやう明けもてゆく。

 「左衛門の陣にまかり見む」とて行けば、我も我もと<お>[と]ひつぎて行くに、殿上人あまた声して、「なにがし一声<の>秋」と誦して参る音すれば、逃げ入り、物などいふ。「月を見給ひけり」など、めでて歌よむもあり。

 夜も昼も、殿上人の絶ゆる折なし。上達部まで参り給ふに、おぼろげに急ぐことなきは、必ず参り給ふ。


75 :079:(能081):あぢきなきもの

 味気(あぢき)なきもの わざと思ひ立ちて宮仕へに出で立ちたる人の、物憂がり、うるさげに思ひたる。養子(とりこ)の顔にくげなる。しぶしぶに思ひたる人を、強ひて婿取りて、思ふさまならずと嘆く。


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上巻の下(第076~126段)(以下、底本は一類本による)
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76 :080:(能083,084):ここちよげなるもの

 ここちよげなるもの 卯杖(うづゑ)の法師。御神楽の人長(にんぢやう)。神楽の振幡(ふりはた)とか持たる者。


77 :081:(能085):御仏名のまたの日

 御仏名(ぶつみやう)のまたの日、地獄絵の御屏風とりわたして、宮に御覧ぜさせ奉らせ給ふ。ゆゆしう、いみじきこと限りなし。「これ見よ、これ見よ」と仰せらるれど、「さらに見侍らじ」とて、ゆゆしさにこへやに隠れ臥しぬ。

 雨いたう降りてつれづれなりとて、殿上人上の御局に召して御遊びあり。道方(みちかた)の少納言、琵琶いとめでたし。済政(なりまさ)筝(しやう)の琴、行義(ゆきよし)笛、経房の中将笙(しやう)の笛などおもしろし。ひとわたり遊びて、琵琶ひきやみたるほどに、大納言殿、「琵琶、声やんで物語せむとすること遅し」と誦じ給へりしに、隠れ臥したりしも起き出でて、「なほ罪はおそろしけれども、もののめでたさはやむまじ」とて笑はる。


78 :082:(能086):頭の中将の、すずろなるそら言を聞きて

 頭の中将(=斉信)のすずろなるそら言を聞きて、いみじう言ひおとし、「『何しに人と思ひほめけむ』など、殿上にていみじうなむのたまふ」と聞くにもはづかしけれど、「まことならばこそあらめ、おのづから聞きなほし給ひてむ」と笑ひてあるに、黒戸の前などわたるにも、声などする折は、袖をふたぎてつゆ見おこせず、いみじうにくみ給へば、ともかうも言はず、見も入れで過ぐすに、二月(きさらぎ)つごもり方、いみじう雨降りてつれづれなるに、御物忌にこもりて、「『さすがにさうざうしくこそあれ。物や言ひやらまし』となむのたまふ」と人々語れど、「よにあらじ」などいらへてあるに、日一日下(しも)に居暮らして参りたれば、夜のおとどに入らせ給ひにけり。

 長押の下(しも)に火近く取り寄せて、<さしつどひて>扁をぞつく。「あな、うれし。とくおはせよ」など見つけていへど、すさまじき心地して、何しにのぼりつらむとおぼゆ。炭櫃<の>もとにゐたれば、そこにまたあまたゐて、物などいふに、「なにがし候ふ」といと花やかにいふ。「あやし。いつの間に、何事のあるぞ」と問はすれば、主殿司(とのもりづかさ)なりけり。「ただここもとに、人づてならで申すべきことなむ」といへば、さし出でていふに、「これ、頭の殿の奉らせ給ふ。御返事とく」といふ。

 いみじくにくみ給ふに、いかなる文ならむと思へど、「ただ今急ぎ見るべきにもあらねば、往ね。今きこえむ」とて、懐に引き入れて、なほなほ人の物いふ聞きなどするに、すなはち帰り来て、「『さらば、そのありつる御文をたまはりて来』となむ仰せらるる。とくとく」といふが、<あやしう、>い<せ>[を]の物語なりやとて見れば、青き薄様にいと清げに書き給へり。心ときめきしつるさまにもあらざりけり。

  蘭省花時錦帳下

と書きて、「末はいかに、末はいかに」とあるを、いかにかはすべからむ、御前(ごぜん)おはしまさば、御覧ぜさすべきを、これが末を知り顔にたどたどしき真名(まんな)書きたらむもいと見苦しと思ひまはすほどもなく責めまどはせば、ただその奥に炭櫃に消え炭のあるして、

  草の庵(いほり)をたれかたづねむ

と書きつけて取らせつれど、また返りごとも言はず。

 みな寝て、つとめていととく局に下りたれば、源中将の声にて、「ここに草の庵やある」と、おどろおどろしくいへば、「あやし。などてか、人げなきものはあらむ。『玉の台(うてな)』と求め給はましかば、いらへてまし」といふ。

 「あな、うれし。下<に>[と]ありけるよ。上にてたづねむとしつるを」とて、昨夜(よべ)ありしやう、頭の中将の宿直所に、少し人々しき限り六位まで集まりて、よろづの人の上、昔今と語り出でて言ひしついでに、「『なほこの者、むげに絶えはてて後こそ、さすがにえあらね。もし言ひ出づることもやと待てど、いささか何とも思ひたらず、つれなきもいとねたきを、今宵あしともよしとも定めきりてやみなむかし』とて、みな言ひあはせたりしことを、
『「ただ今は見るまじ」とて入りぬ』と、主殿司が言ひしかば、また追ひ返して、『ただ、手を捉へて、東西せさせず乞ひ取りて、持て来ずは、文を返し取れ』といましめて、さばかり降る雨のさかりに遣りたるに、いととく帰り来、『これ』とて、さし出でたるが、ありつる文なれば、返してけるかとてうち見たるに、あはせてをめけば、『あやし。いかなることぞ』と、みな寄りて見るに、『いみじき盗人を。なほえこそ思ひ捨つまじけれ』とて見騒ぎて、『これが本つけてやらむ。源中将つけよ』など、夜ふくるまでつけわづらひてやみにしことは、『行く先も、かたり伝ふべきことなり』などなむ、みな定めし」など、いみじうかたはらいたきまで言ひ聞かせて、「今は御名をば『草の庵』となむつけたる」とて、急ぎ立ち給ひぬれば、「いとわろき名の、末の世まであらむこそ、口惜しかなれ」といふほどに、修理(すり)の亮(すけ)則光(のりみつ)「いみじきよろこび申しになむ、上にやとて参りたりつる」といへば、「なんぞ。司召(つかさめし)なども聞こえぬを、何になり給へるぞ」と問へば、「いな、まことにいみじう嬉しきことの、昨夜(よべ)侍りしを、心もとなく思ひ明かしてなむ。かばかり面目(めいぼく)あることなかりき」とて、はじめありけることども、中将の語り給ひつる同じことを言ひて、「『ただ、この返りごとにしたがひて、こ影をし踏みし(?)、すべて、さる者ありきとだに思はじ』と頭の中将のたまへば、ある限りかうようして遣り給ひしに、ただに来たりしは、なかなかよかりき。持て来たりし度(たび)はいかならむと胸つぶれて、まことにわるからむは、兄人(せうと)のためにもわるかるべしと思ひしに、なのめにだにあらず、そこらの人のほめ感じて、『兄人(せうと)こち来。これ聞け』とのたまひしかば、下心地(したごこち)はいとうれしけれど、『さやうの方に、さらにえ候ふまじき身になむ』と申ししかば、『言(こと)加へよ、聞き知れとにはあらず。ただ、人に語れとて聞かするぞ』とのたまひしになむ、少し口惜しき兄人<の>おぼえに侍りしかども、本(もと)付け試みるに、『いふべきやうなし。ことにまたこれが返しをやすべき』など言ひあはせ、『わるしと言はれては、なかなかねたかるべし』とて、夜中までおはせし。これは、身のため人のためにも、いみじきよろこびに侍らずや。司召に少々の司得て侍らむは何ともおぼゆまじくなむ」といへば、げにあまたしてさることあらむとも知らで、ねたうもあるべかりけるかなと、これ<に>[ら]なむ、胸つぶれておぼえ<し>[り]。このいもうと、兄人といふことは、上までみな知ろしめし、殿上にも、司の名をば言<は>[か]で、兄人とぞつけられたる。

 物語などしてゐたるほどに、「まづ」と召したれば、参りたるに、このことおほせられむとなりけり。「上わらはせ給ひて、語り聞こえさせ給ひて、をのこどもみな扇に書きつけてなむ持たる」など仰せらるるにこそ、あさましう、何の言はせけるにかとおぼえしか。

 さて後ぞ、袖の几帳など取り捨てて、思ひなほり給ふめりし。


79 :083:(能087):かへる年の二月廿余日

 かへる年の二月廿余日(よひ)、宮の職へ出でさせ給ひし御供に参らで、梅壺に残りゐたりしまたの日、頭の中将(=斉信)の御消息とて、「昨日の夜、鞍馬に詣でたりしに、今宵、方のふたがりければ、方違へになむ行く。まだ明けざらむに帰りぬべし。かならずいふべきことあり。いたう叩かせで待て」とのたまへりしかど、「局に一人はなどてあるぞ。ここに寝よ」と、御匣殿の召したれば、参りぬ。

 久しう寝起きて下りたれば、「昨夜(よべ)いみじう人の叩かせ給ひし、からうじて起きて侍りしかば、『上にか、さらば、かくなむと聞こえよ』と侍りしかども、よも起きさせ給はじとて臥し侍りにき」と語る。心もなのことやと聞くほどに、主殿司来て、「頭の殿の聞こえさせ給ふ、『ただ今まかづるを、聞こゆべきことなむある』」といへば、「見るべきことありて、上へなむのぼり侍る。そこにて」と言ひてやりつ。

 局は引きもやあけ給はむと心ときめき、わづらはしければ、梅壺の東面、半蔀あげて、「ここに」といへば、めでたくてぞあゆみ出で給へる。

 桜の綾の直衣のいみじうはなばなと、裏のつやなどえも言はず清らなるに、葡萄染のいと濃き指貫、藤の折枝おどろおどろしく織り乱りて、紅の色、打目など輝くばかりぞ見ゆる。白き、薄色など、下にあまたかさなりたり。せばき縁に片つかたは下(しも)ながら少し簾のもと近う寄りゐ給へるぞ、まことに絵にかき、物語のめでたきことに言ひたる、これにこそはとぞ見えたる。

 御前の梅は西は白く東は紅梅にて、少し落ちがたになりたれどなほをかしきに、うらうらと日のけしきのどかにて、人に見せまほし。御簾の内にまいて若やかなる女房などの、髪うるはしくこぼれかかりてなど言ひためるやうにて、もののいらへなどしたらむは、今少しをかしう見所ありぬべきに、いとさだ過ぎふるぶるしき人の、髪などもわがにはあらねばにや、所々わななきちりぼひて、おほかた色ことなる頃なれば、あるかなきかなる薄鈍(うすにび)、あはひも見えぬ<うす>[きは]衣などばかり[など]あまたあれど、つゆの映えも見えぬに、おはしまさねば、裳も着ず、袿(うちき)姿にてゐたるこそ、物ぞこなひにて口惜しけれ。

 「職へなむ参る。ことづけやある。いつか参る」などのたまふ。「さても、昨夜(よべ)明かしもはてで、さりともかねてさ言ひしかば待つらむとて、月のいみじう明かきに、西の京といふ所より来るままに、局を叩き<し>ほど、からうじて寝おびれ起きたりしけしき、いらへのはしたなき」など語りて笑ひ給ふ。「<むげ>[げむ]にこそ思ひうんじにしか。などさる者をば置きたる」とのたまふ。げにさぞありけむと、をかしうもいとほしうもあり。

 しばしありて出で給ひぬ。外より見む人はをかしく、内にいかなる人あらむと思ひぬべし。奥の方より見出だされたらむ後ろこそ、外にさる人やとおぼゆまじけれ。

 暮れぬれば参りぬ。御前(ごぜん)に人々いとおほく、うへ人など候ひて、物語のよきあしき憎き所なんどをぞ定め言ひそしる。

 涼(す<ず>し)、仲忠(なかただ)などがこと、御前(まへ)にも劣り優りたるほどなど仰せられける。「まづこれはいかに。とくことわれ。仲忠が童生(わらはお)ひのあやしさを、せちに仰せらるるぞ」などいへば、「何か。琴(きん)なども、天人の下(お)るばかり弾き出で、いとわるき人なり。帝(みかど)の御娘やは得たる」といへば、仲忠が方人ども所を得て。「さればよ」などいふに、「このことどもよりは、昼、斉信が参りたりつるを見ましかば、いかにめで惑はましとこそおぼえつれ」と仰せらるるに、「さて、まことに常よりもあらまほしうこそ」などいふ。「まづそのことをこそは啓せ<め>[む]と思ひて参りつるに、物語のことにまぎれて」とて、ありつることども聞こえさすれば、「たれも見つれど、いとかう、縫ひたる糸・針目までやは見とほしつる」とて笑ふ。

 「『西の京といふ所のあはれなりつること、もろともに見る人のあらましかばとなむおぼえつる。垣などもみな古りて、苔生ひてなむ』など語りつれば、宰相の君の『瓦に松はありつ[る]や』といらへたるに、いみじうめでて、『西の方、都門を去れる事いくばくの地ぞ』と口ずさびつること」など、かしがましきまで言ひしこそをかしかりしか。


80 :084:(能088):里にまかでたるに

 里にまかでたるに、殿上人などの来るをも、やすからずぞ人々は言ひなすなる。いと有心に、引きいりたるおぼえはたなければ、さ言はむもにくかるまじ。また、昼も夜も来る人を、何しにかは、「なし」ともかかやき帰へさむ。まことにむつましうなどあらぬも、さこそは<来め>[めく]れ。あまりうるさくもあれば、この度<出でたる所をば、> いづくとなべてには知らせず。左中将経房の君、済政の君などばかりぞ、知り給へる。

 左衛門の尉則光が来て物語などするに、「昨日宰相の中将(=斉信)の参り給ひて、『いもうとのあらむ所、さりとも知らぬやうあらじ。いへ』と、いみじう問ひ給ひしに、さらに知らぬよしを申ししに、あやにくに強ひたまひしこと」など言ひて、「あることは、あらがふはいとわびしくこそありけれ。ほとほと笑みぬべかりしに、左の中将のいとつれなく知らず顔にてゐ給へりしを、彼の君に見だにあはせば笑ひぬべかりしに、<わびて、台盤の上に布(め=海藻)のありしを取りてただ食ひに>食ひまぎらはししかば、中間(ちゆうげん)にあやしの食ひものやと<人々>見けむかし。されど、かしこうそれにてなむ、そことは申さずなりにし。笑ひなましかば、不用(=失敗)ぞかし。まことに知らぬなめりと思<し>[え]たりしもをかしくこそ」など語れば、「さらにな聞こえ給ひそ」などいひて、日頃久しうなりぬ。

 夜いたくふけて、門をいたうおどろおどろしうたたけば、何のかう心もなう、遠からぬ門を高く叩くらむと聞きて、問はすれば、瀧口なりけり。「左衛門の尉の」とて文を持て来たり。みな寝たるに、火取りよせて見れば、「明日御読経の結願にて、宰相の中将、御物忌にこもり給へり。『いもうとのあり所申せ、いもうとのあり所申せ』とせめらるるに、ずちなし。さらにえ隠し申すまじ。さなむとや聞かせ奉るべき。いかに。仰せにしたがはむ」といひたる、返事は書かで、布(め)を一寸ばかり、紙につつみてやりつ。

 さて、のち来て、「一夜はせめたてられて、すずろなる所<々>[から]になむ率てありき奉りし。まめやかにさいなむに、いとからし。さて、などともかくも御返りはなくて、すずろなる布(め)の端をばつつみて賜へりしぞ。あやしのつつみ物や。人のもとにさるものつつみて送るやうやはある。取り違(たが)へたる<か>」と[て]いふ。いささか心も得ざりけると見るがにくければ、物も言はで、硯にある紙の端に、

  かづきするあまのすみかをそことだにゆめいふなとやめを食はせけむ

と書きてさし出でたれば、「歌よませ給へるか。さらに見侍らじ」とて、あふぎ返して逃げて往ぬ。

 かう語らひ、かたみの後見などする[に]中に、何ともなくて少し仲あしうなりたるころ、文おこせたり。「便(びん)なきことなど侍りとも、なほ契り聞こえしかたは忘れ給はで、よそにてはさぞとは見給へとなむ思ふ」といひたり。

 常にいふことは、「おのれを思(おぼ)さむ人は、歌をなむよみて得さすまじき。すべて仇敵(あだかたき)となむ思ふ。今は限りありて絶えむと思はむ時に<を>、さることはいへ」などいひしかば、この返りごとに、

  くづれよる妹背の山の中なればさらに吉野の河とだに見じ

と言ひやりしも、まことに見ずやなりにけむ、返しもせずなりにき。

 さて、かうぶり得て、遠江の介と言ひしかば、にくくてこそやみにしか。


81 :085:(能089,112):物のあはれ知らせ顔なるもの

 物のあはれ知らせ顔なるもの はな垂り、間(ま)もなうかみつつ物いふ声。眉抜く。


82 :086:(能090):さて、その左衛門の陣などに

 さて、その左衛門の陣などに行きて後、里に出でてしばしあるほどに、「とくまゐりね」などある仰せごとの端に、「左衛門の陣へいきし後ろ(=姿)なむ、常に思しめし出でらるる。いかでか、さつれなくうちふりてありしならむ。いみじうめでたからむとこそ思ひたりしか」など仰せられたる御返しに、かしこまりのよし申して、私(わたくし)には、「いかでかはめでたしと思ひ侍らざらむ。御前にも、『なかなるをとめ』とは御覧じおはしましけむとなむ思ひ給へし」と聞こえさせたれば、たちかへり、「いみじく思へるなる仲忠がお<も>[り]てぶせなる事は、いかで啓したるぞ。ただ今宵のうちによろづの事を捨ててまゐれ。さらずは、いみじうにくませ給はむ」となむ仰せごとあれば、「よろしからむにてだにゆゆし。まいて『いみじう』とある文字には、命も身もさながら捨ててなむ」とて参りにき。


83 :087:(能091):職の御曹司におはします頃、西の廂にて

 職の御曹司におはします頃、西の廂にて不断の御読経あるに、仏などかけ奉り、僧どものゐたるこそさらなる<こと>なれ。

 二日ばかりありて、縁のもとにあやしき者の声にて、「なほかの御仏供(ぶく)<の>おろし侍りなむ」といへば、「いかでか、まだきには」といふなるを、何のいふにかあらむとて、立ち出でて見るに、なま老いたる女法師の、いみじうすすけたる衣を着て、猿様(さるさま)にていふなりけり。「かれは、何事いふぞ」といへば、声引きつくろひて、「仏の御弟子に候へば、御仏供のおろし賜(た)べむと申すを、この御坊たちの惜しみ給ふ」といふ。はなやぎ、みやびかなり。かかる者は、うちうんじたるこそあはれなれ、うたても、はなやぎたるかなとて、「こと物は食はで、ただ仏の御おろしをのみ食ふか。いとたふときこと」などいふけしきを見て、「などかこと物も食べざらむ。それが候はねばこそ取り申せ」といふ。菓子(くだもの)、ひろき餅(もちひ)などを物に入れて取らせた[ら]るに、むげに仲よくなりて、よろづの事語る。

 若き人々出で来て、「男やある」「子やある」「いづくにか住む」など口々問ふに、をかし<き>言(こと)、そへ言などをすれば、「歌はうたふや。舞などはするか」と問ひもはてぬに、「夜は誰とか寝む。常陸の介と寝む。寝たる肌よし」これが末、いとおほかり。また、「男山の峰のもみぢ葉、さぞ名は立つや、さぞ名は立つや」<と>頭をまろばし振る。いみじうにくければ、笑ひにくみて、「往ね、往ね」といふに、「いとほし。これに何取らせむ」といふを聞かせ給ひて、「いみじうかたはらいたきことはせさせつるぞ。え聞かで、耳をふたぎてぞありつる。その衣一つ取らせてとく遣りてよ」と仰せらるれば、「これ、たまはするぞ。衣すすけためり。白くて着よ」とて、投げ取らせたれば、ふし拝みて、肩にうち置きては舞<ふ>[た]ものか。まことににくくて、みな入りにし。

 後、ならひたる<にや>あらむ、常に見えしらがひあり<く>[て]。やがて常陸の介とつけたり。衣も白(しろ)めず、同じすすけにてあれば、いづち遣りてけむなどにくむ。

 <右>[左]近の内侍(ないし)の参りたるに、「かかるものをなむ語らひつけておきためる。すかして、常に来ること」とて、ありしやうなど、小兵衛といふ人にまねばせて聞かせさせ給へば、「かれいかで見侍らむ。かならず見せさせ給へ。御得意ななり。さらによも語らひとらじ」など笑ふ。

 その後、また、尼なる乞食(かたゐ)のいとあてやかなる出で来たるを、また呼び出でてものなど問ふに、これはいとはづかしげに思ひてあはれなれば、例の衣一つたまはせたるを、ふし拝むはされどよし、さてうち泣きよろこびて往ぬるを、はやこの常陸の介は来あひて見てけり。その後久しう見えねど、誰かは思ひ出でむ。

 さて、師走の十余日のほどに雪いみじう降りたるを、女官どもなどして縁にいとおほく置くを、「同じくは、庭にまことの山を作らせ侍らむ」とて侍召して、「仰せごとにて」<と>いへば、集まりて作る。主殿寮(とのもり)の官人の御きよめに参りたるなどもみな寄りて、いと高う作りなす。宮司なども参り集まりて、言加へ興ず。三四人参りつる主殿寮(とのもづかさ)の者ども二十人ばかりになりにけり。里なる侍召しに遣はしなどす。「今日この山作る人には日三日賜(た)ぶべし。また、参らざらむ者は、また同じ数とどめむ」などいへば、聞きつけたるはまどひ参るもあり。里遠きはえ告げやらず。

 作りはてつれば、宮司召して衣二結ひ取らせて縁に投げ出だしたるを、一つ取りに取りて、拝みつつ、腰にさしてみなまかでぬ。袍(うへのきぬ)など着たるは、さて狩衣にてぞある。

 「これいつまでありなむ」と、人々にのたまはするに、「十日はありなむ」「十余日はありなむ」など、ただこの頃のほどを、ある限り申すに、「いかに」と問はせ給へば、「正月の十余日までは侍りなむ」と申すを、御前にもえさはあらじとおぼしめしたり。女房はすべて年のうち、つごもりまでもえあらじとのみ申すに、あまり遠くも申しつるかな、げにえしもやあらざらむ。一日(ついたち)などぞいふべかりけると下(した)には思へど、さはれ、さまでなくとも言ひそめてむことはとて、かたうあらがひつ。

 二十日(はつか)のほどに雨降れど、消ゆべきやうもなし。少したけぞ劣りもて行く。「白山(しらやま)の観音これ消えさせ給ふな」[こ]と祈るも、ものぐるほし。

 <さて、>その山作りたる日、御使に式部丞忠隆参りたれば、褥さし出だしてものなどいふに、「今日雪の山作らせ給はぬところなむなき。御前の壺にも作らせ給へり。春宮にも弘徽殿にも作られたり。京極殿にも作らせ給へりけり」などいへば、

  ここにのみめづらしとみる雪の山所々にふりにけるかな

と、かたはらなる人して言はすれば、度々かたぶきて、「返しはつかうまつりけ<が>[る]さじ。あされたり。御簾の前にて人にを語り侍らむ」とて立ちにき。歌いみじうこのむと聞くものをあやし。御前にきこしめして「いみじうよくとぞ思ひつらむ」とぞのたまはする。

 つごもりがたに、少し小さくなるやうなれど、なほいと高くてあるに、昼つ方、縁に人々出でゐなどしたるに、常陸の介出で来たり。「などいと久しう見えざりつるに」と問へば、「何かは。心憂きことの侍りしかば」といふ。「何事ぞ」と問ふに、「なほかく思ひ侍りしなり」とて、ながやかによみ出づ。

  うらやまし足もひかれずわたつ海のいかなる人にもの賜ふらむ

といふを、にくみ笑ひて、人の目も見入れねば、雪の山にのぼり、かかづらひありきて往ぬる後に、<右>[左]近の内侍に、「かくなむ」と言ひやりたれば、「などか、人添へてはたまはせざりし。かれがはしなたなくて雪の山までのぼりつたよひけむこそ、いとかなしけれ」とあるを、また笑ふ。

 さて雪の山つれなくて年もかへりぬ。一日(ついたち)の日の夜、雪のいとおほく降りたるを、「うれしくもまた降り積みつるかな」と見るに、「これはあいなし。はじめの際をおきて、今のはかき棄てよ」と仰せらる。

 局へいととく下るれば、侍の長(をさ)なる者柚(ゆ)の葉のごとくなる宿直衣(とのゐぎぬ)の袖の上に青き紙の松につけたるを置きて、わななき出でたり。「それはいづこのぞ」と問へば、「斎院より」といふに、ふとめでたうおぼえて、取りて参りぬ。

 まだ大殿籠りたれば、まづ御帳にあたりたる御格子を、碁盤などかきよせて、一人念じあぐる、いと重し。片つ方なればきしめ<く>[き]に、おどろかせ給ひて、「など、さはすることぞ」とのたまはすれば、「斎院より御文の候ふには、いかでか急ぎあげ侍らざらむ」と申すに、「げにいと疾(と)かりけり」とて起きさせ給へり。御文あけさせ給へれば、五寸ばかりなる卯槌二つを卯杖のさまに頭などつつみて、山橘・日かげ・山菅などうつくしげに飾りて御文はなし。ただなるやうあらむやはとて御覧ずれば、卯杖の頭つつみたる小さき紙に、

  山とよむ斧の響きを尋ぬればいはひの杖の音にぞありける

 御返し書かせ給ふほども、いとめでたし。斎院にはこれよりきこえさせ給ふも、御返しもなほ心ことに書きけがしおほう、御用意見えたり。御使に白き織物の単衣、蘇芳なるは梅なめりかし、雪の降りしきたるに、かづきて参るもをかしう見ゆ。そのたびの御返しを知らずなりにしこそ口惜し<けれ>[う]。

 さて、その雪の山は、まことの越(こし)のにやあらむと見えて、消えげもなし。黒うなりて見るかひなきさまはしたれども、げに勝ちぬる心地して、いかで十五日待ちつけさせむと念ずる。されど、「七日をだにえ過ぐさじ」と、なほいへば、いかでこれ見果てむとみな人思ふほどに、にはかに内裏(うち)へ三日に入らせ給ふべし。いみじう口惜し、この山のはてを知らでやみなむことと、まめやかに思ふ。こと人も「げにゆかしかりつるものを」などいふを、御前(ごぜん)にも仰せらるるに、同じくは言ひあてて御覧ぜさせばやと思ひつるに、かひなければ、御物の具どもはこび、いみじうさわがしきにあはせて、木守(こもり)といふ者の、築土(ついぢ)のほどに廂さしてゐたるを、縁のもと近く呼びよせて、「この雪の山いみじう守りて、童べなどに踏み散らさせず、こぼたせで、よく守りて、十五日まで候へ。その日まであらば、めでたき禄たまはせむとす。わたくしにもいみじき喜び言はんとす」など語らひて、常に台盤所の人(=旺文社文庫は「人」がない)、下衆などに呉[ま]るるを、菓物(くだもの)や何やといとおほく取らせたれば、うち笑みて、「いとやすきこと。たしかに守り侍らむ。童べぞのぼり候はむ」といへば、「それを制して、聞かざらむ者をば申せ」など言ひ聞かせて、入らせ給ひぬれば、七日まで候ひて出でぬ。

 そのほども、これが後ろめたければ、おほやけ人、すまし、長女(をさめ)などして、たえずいましめにやる。七日の節供(せく)のおろしなどをさへやれば、拝みつることなど笑ひあへり。

 里にても、まづ明くるすなはち、これを大事にて見せにやる。十日のほどに、「五日待つばかりはあり」といへば、うれしくおぼゆ。また昼も夜も遣るに、十四日夜さり、雨いみじう降れば、これにぞ消えぬらむといみじう、いま一日(ひとひ)二日も待ちつけでと、夜も起きゐて言ひ嘆けば、聞く人も、「ものぐるほし」と笑ふ。人の出でて行くに、やがて起きゐて、下衆(げ<す>[に])起こさするに、さらに起きねば、いみじうにくみ腹立ちて、起き出でたる遣りて見すれば、「円座(わらふだ)のほどなむ侍る。木守いとかしこう守りて、童(わら<は>)べも寄せ侍らず。『明日、明後日(あさ<て>)までも候ひぬべし。禄たまはらむ』と申す」といへば、いみじううれしくて、いつしか明日にならば歌よみてものに入れて参らせむと思ふ、いと心もとなくわびし。

 暗きに起きて、折櫃など具せさせて、「これに、その白からむ所入れて持て来。きたなげならむ所、かき棄てて」など言ひやりたれば、いととく持たせたる物を引きさげて、「はやくうせ侍りにけり」といふに、いとあさましく、をかしうよみ出でて、人にも語り伝へさせむとうめき誦(ずん)じつる歌も、あさましうかひなくなりぬ。「いかにしてさるならむ。昨日までさばかりあらむものの、夜のほどに消えぬらむこと」と言ひくんずれば、「木守が申しつるは、『昨日いと暗うなるまで侍りき。禄たまはらむと思ひつるものを』とて、手をうちてさわぎ侍りつる」など言ひ騒ぐに、内裏(うち)より仰せごとあり。さて、「雪は今日までありや」と仰せごとあれば、いとねたう口惜しけれど、「『年のうち、一日(ついたち)までだにあらじ』と人々の啓し給ひしに、昨日の夕暮れまで侍りしはいとかしこしとなむ思う給ふる。今日までは、あまりごとになむ。夜のほどに人のにくみて取り棄てて侍るにやとなむおしはかり侍ると啓せさせ給へ」など聞こえさせつ。

 <さて、>二十日参りたるにも、まづこのことを御前にてもいふ。「[身は投げ]身は投げつ」とて、蓋の限り持て来たりけむ法師のやうに、すなはち持て来しがあさましかりしこと、物の蓋に小山作りて、白き紙に歌いみじく書きて参らせむとせしことなど啓すれば、いみじく笑はせ給ふ。御前なる人々も笑ふに、「かう心に入れて思ひたることをたがへつれば罪得らむ。まことは、四日の夜、侍どもを遣りて取り棄てしぞ。返りごとに言ひ当てしこそいとをかしかりしか。その女出で来て、いみじう手をすりて言ひけれども、『仰せごとにて。かの里より来たらむ人に、かく聞かすな。さらば、屋うちこぼたむ』など言ひて、左近の司の南の築土などにみな棄ててけり。『いと固くて、おほくなむありつる』などぞいふなりしかば、げに二十日も待ちつけてまし。今年の初雪も、降り添ひなまし。上も聞こしめして、『いと思ひやり深くあらがひたり』など殿上人どもなどにも仰せられけり。さても、その歌語れ。今はかく言ひあらはしつれば、同じこと勝ちたるななり」と御前にも仰せられ、人々ものたまへど、「なでふにか、さばかり憂きことを聞きながら啓し侍らむ」など、まことにまめやかにうんじ、心憂がれば、<上もわたらせ給ひて、>「まことに、年頃はおぼす人なめりと見しを、これにぞあやしと見し」など仰せらるるに、いとど憂く、つらく、うちも泣きぬべき心地ぞする。「いで、あはれ、いみじく憂き世ぞかし。後に降り積みて侍りし雪をうれしと思ひ侍りしに、『それはあいなし、かき棄ててよ』と仰せごと侍りしよ」と申せば、「勝たせじとおぼしけるななり」と、上も笑はせ給ふ。


84 :088:(能092):めでたきもの

 めでたきもの 唐錦(からにしき)。飾り太刀。つくり仏のもくゑ。色あひ深く、花房長く咲きたる藤の花<の>松にかかりたる。

 六位の蔵人。いみじき君達なれど、えしも着給はぬ綾織物を、心<に>まかせて着たる青色姿などのいとめでたきなり。所の雑色、ただ人の子供などにて、殿ばらの侍に、四位五位の司あるが下にうちゐて、何とも見えぬに、蔵人になりぬれば、えも言はずぞあさましきや。宣旨など持て参り、大饗の折の甘栗の使などに参りたる、もてなしやむごとながり給へ<る>[り]さまは、いづこなりし天降(あまくだ)り人ならむとこそ見ゆれ。

 御むすめ、后にておはします、またまだしくても、姫君など聞こゆるに、御書(ふみ)の使とて参りたれば、御文取り入るるよりはじめ、褥(しとね)さし出づる袖口など、明暮(あけくれ)見しものともおぼえず。下襲の裾(しり)引き散らして、衛府なるは今少しをかしく見ゆ。御手づから杯(さかづき)などさし給へば、わが心持ちにもいかにおぼゆらむ。いみじくかしこまり、つちにゐし家の子・君達をも、心ばかりこそ用意しかしこまりたれ、同じやうにつれだちてありくよ。上の近う使はせ給ふを見るには、ねたくさへこそおぼゆれ。<御文書かせ給へば、御硯の墨すり、御団扇(うちは)など参り給へば、>馴れつかうまつる三年、四年ばかりを、なりあしく、物の色よろしくてまじはらむは、いふかひなきことなり。かうぶりの期になりて、下るべきほどの近うならむだに、命よりも惜しかるべきことを、臨時の所々の御給はり申しておるるこそいふかひなくおぼゆれ。むかしの蔵人は、今年の春夏よりこそ泣きたちけれ、今の世には走りくらべをなむする。

 博士の才あるは、めでたしといふもおろかなり。顔にくげに、いと下﨟なれど、やむごとなき人の御前に近づき参り、さべきことなど問はせ給ひて、御書の師にて候ふは、うらやましくめでたしとこそおぼゆれ。

 願文、表、ものの序など作り出だしてほめらるるも、いとめでたし。

 法師の才ある、はたすべていふべくもあらず。

 后の昼の行啓。一の人の御ありき。春日詣。葡萄染の織物。すべて何も何も、紫なるものはめでたくこそあれ。花も糸も紙も。庭に雪のあつく降り敷きたる。一の人。紫の花の中には、杜若(かきつばた)ぞ少しにくき。六位の宿直姿のをかしきも紫のゆゑなり。


85 :089:(能093):なまめかしきもの

 なまめかしきもの 細やかに清げなる君達の直衣姿。をかしげなる童女(どうによ)のうへの袴などわざとはあらでほころびがちなる汗衫ばかり着て、卯槌・薬玉など長くつけて、高欄のもとなどに扇さし隠してゐたる。

 薄様の草子。柳の萌え出でたるに、青き薄様に書きたる文つけたる。三重(みえ)がさねの扇。五重はあまりあつくなりて、もとなどにくげなり。いとあたらしからず、いたうものふりぬ桧皮葺(ひはだぶき)の屋に、長き菖蒲をうるはしうふきわたしたる。青やかなる簾の下より、几帳の朽木形、いとつややかにて、紐の<風に>吹きなびかされたる、いとをかし。白き組の細き。帽額あざやかな<る>[り]簾の外、高欄にいとをかしげなる猫の赤き首綱に白き札つきて、いかりの緒、組の長きなどつけて引きあ<り>[る]くもをかしうなまめきたり。

 五月の節(せち)のあやめの蔵人。菖蒲のかずら、赤紐の色にはあらぬを、領布(ひ<れ>[し])・裙帯(くたい)などして、薬玉、皇子たち上達部の立ち並み給へるに奉れる、いみじうなまめかし。取りて腰に引きつけつつ、舞踏し、拝し給ふも、いとめでたし。

 紫の紙を包み文にて、房長き藤につけたる。小忌(をみ)の君達もいとなまめかし。


86 :090:(能094):宮の五節いださせ給ふに

 宮の五節出ださせ給ふに、かしづき十二人、こと所には女御、御息所の御方の人出だすをば、わるきことになむすると聞くを、いかにおぼすにか、宮の御方を十人は出ださせ給ふ。今二人は、女院、淑景舎の人、やがてはらからどちなり。

 辰の日の夜、青摺(あをずり)の唐衣・汗衫(かざみ)をみな着せさせ給へり。女房にだに、かねてさも知らせず、殿人(とのびと)には、ましていみじう隠して、みな装束したちて、暗うなりにたるほどに、持て来て着<す>。赤紐をかしうむすび下げて、いみじうやうしたる白き衣、かた木のかたは絵にかきたり。織物の唐衣どもの上に着たるは、まことにめづらしきなかに、童は、まいて今少しなまめきたり。下仕(しもづかへ)まで<着て>出でゐたるに、殿上人、上達部おどろき興じて、小忌(をみ)の女房とつけて、小忌の君達は外にゐて物などいふ。

 「五節の局を、日も暮れぬほどに、みなこぼちすかして、ただあやしうてあらする、いとことやうなることなり。その夜までは、なほうるはしながらこそあらめ」とのたまはせて、さもまどはさず、几帳どものほころび結ひつつ、こぼれ<出>でたり。

 小兵衛といふが、赤紐のとけたるを、「これ結ばばや」といへば、実方の中将寄りてつくろふに、ただならず。

  あしひきの山井の水はこほれるをいかなるひものとくるなるらむ

と言ひかく。年若き人の、さる顕証(けそう)のほどなれば、言ひにくきにや、返しもせず。そのかたはらなる人どもも、ただうち過ぐしつつ、ともかくも言はぬを、宮司(みやづかさ)などは耳とどめて聞きけるに、久しうなりげなるかたはらいたさに、こと方より入りて、女房のもとによりて、「などかうはおはするぞ」などぞささめくなる。四人ばかりをへだててゐたれば、よう思ひ得たらむにても言ひにくし。まいて、歌よむと知りたる人のは、おぼろげならざらむは、いかでかと、つつましきこそはわろけれ。よむ人はさやはある。いとめでたからねど、ふとこそうちいへ。爪はじきをしありくが、いとほしければ、

  うはごほりあ<は>[か]にむすべるひもなればかざす日かげにゆるぶばかりを

と、弁のおもとといふに伝へさすれば、消え入りつつ、えも言ひやらねば、「何とか、何とか」と耳をかたぶけて問ふに、少し言(こと)どもりする人の、いみじうつくろひ、めでたしと聞かせむと思ひければ、え聞きつけずなりぬるこそ、なかなか恥かくる<る>心地してよかりしか。のぼる送りなどに、なやましと言ひて行かぬ人をも、のたまはせしかば、ある限りつれだちて、ことにも似ず、あまりこそうるさげな<め>れ。

 舞姫は、相尹(すけまさ)の馬の頭(かみ)の女(むすめ)、染殿の式部卿の宮の上の御おとうとの四の君の御腹、十二にて、いとをかしげなりき。

 はての夜も、おひかづき出でもさわがず。やがて仁寿殿(じじゆうでん)より通りて、清涼殿の御前の東の簀子より舞姫をさきにて、上の御局に参りしほども、をかしかりき。


87 :091:(能095):細太刀に平緒つけて

 細太刀に平緒つけて、清げなる男の持てわたるもなまめかし。


88 :092:(能096):内裏は、五節の頃こそ

 内裏(うち)は五節の頃こそすずろにただなべて見ゆる人もをかしうおぼゆれ。主殿司などの、色々のさいでを、物忌のやうにて、釵子(さいし)につけたるなどもめづらしう見ゆ。宣耀殿の反橋に、元結のむら濃いとけざやかにて出でゐたるも、様々につけてをかしうのみぞある。上の雑仕(ざふし)、人のもとなる童べもいみじき色ふしと思ひたることわりなり。山藍(やまゐ)、日かげなど、柳筥(やないばこ)に入れて、かうぶりしたる男など持てありくなどいとをかしう見ゆ。殿上人の、直衣脱ぎたれて、扇や何やと拍子(はうし)にして、「つかさまさりとしきなみぞ立つ」といふ歌をうたひ、局どもの前わたる、いみじう立ち馴れたらむ心地もさわぎぬべしかし。まいて、さと一度(ひとたび)にうち笑ひなどしたるほど、いとおそろし。行事の蔵人の掻練襲(かいねりがさね)、ものよりことに清らに見ゆ。褥など敷きたれど、なかなかえも上りゐず、女房の<出で>ゐたるさまほめ<そ>[は]しり、この頃はこと事なかめり。

 帳台の夜、行事の蔵人のいときびしうもてなして、かいつくろひ、二人の童よりほかにはすべて入るまじと戸をおさへて、面(おも)にくきまでいへば、殿上人なども、「なほこれ一人は」などのたまふを、「うらやみありて、いかでか」などかたくいふに、宮の女房の二十人ばかり蔵人を何ともせず戸をおしあけてざめき入<れ>[りて]ば、あきれて、「いと、こは筋(ずち)なき世かな」とて、立てるもをかし。それにつけてぞ、<かしづき>どももみな入るけしき、いとねたげなり。上にもおはしましてをかしと御覧じおはしますらむかし。

 <童舞(わらはまひ)の夜は、いとをかし。> 灯台に向ひて寝たる顔どももらうたげなり。


89 :093:(能097):無名といふ琵琶の御琴を

 「無名といふ琵琶の御琴を上の持てわたらせ給へるに、見などして、かき鳴らしなどす」といへば、弾くにはあらで、緒などを手まさぐりにして、「これが名よ、いかにとか」と聞こえさするに、「ただいとはかなく、名も<な>[お]し」とのたまはせたるは、なほいとめでたしとこそおぼえしか。

 淑景舎などわたり給ひて、御物語のついでに、「まろがもとにいとをかしげなる笙の笛こそあれ。故殿の得させ給へりし」とのたまふを、僧都の君、「それは隆円に賜へ。おのがもとにめでたき琴(きん)侍り。それに代へさせ給へ」と申し給ふを、聞きも入れ給はで、こと事をのたまふに、いらへさせ奉らむとあまたたび聞こえ給ふに、なほものものたまはねば、宮の御前の、「『いなかへじ』と思したるものを」とのたまはせたる御けしきのいみじうをかしきことぞ限りなき。

 この御<笛>[文]の名を、僧都の君もえ知り給はざりければ、ただうらめしう思(おぼ)いためる。これは、職の御曹司におはしまいしほどの事なめり。上の御前に、「いなかへじ」といふ御笛(ふ<え>[み])の候ふななり。

 御前に候ふものは、御琴も御笛も、みなめづらしき名つきてぞある。玄象(げんじやう)、牧馬(ぼくば)、井手、渭橋(ゐけう)、無名など。また和琴(わごん)なども、朽目(くちめ)、塩竃、二貫などぞ聞こゆる。水龍(すゐろう)、小水龍(こすゐろう)、宇陀の法師、釘打、葉二つ、何くれなど、おほく聞きしかど忘れにけり。「宜陽殿(ぎやうでん)の一の棚に」といふ言ぐさは頭の中将こそし給ひしか。


90 :094:(能098):上の御局の御簾の前にて

 上の御局の御簾の前にて、殿上人、日一日琴笛吹き、遊びくらして、大殿油(おほとなぶら)まゐるほどに、まだ御格子はまゐらぬに、大殿油さし出でたれば、戸のあきたるがあらはなれば、琵琶の御琴をたたざまに持たせ給へり。紅の御衣ども、いふ<も>[に]世の常なる袿(うちき)、また張りたるどもなどをあまた奉りて、いと黒うつややかなる琵琶に、御袖を打ち掛けて、とらへさせ給へるだにめでたきに、そばより、御額のほどの、いみじう白うめでたくけざやかにて、はづれさせ給へる<は、たとふべき方ぞなきや。近くゐ給へる>人[々]にさし寄りて、「『なか<ば>隠したり』けむ、えかくはあらざりけむかし。あれはただ人にこそはありけめ」といふを、道もなきにわけまゐりて申せば、笑はせ給ひて、「『別れ』は知りたりや」となむ仰せらるるも、いとをかし。


91 :095:(能100):ねたきもの

 ねたきもの 人のもとにこれより遣るも、人の返りごとも、書きてやりつるのち、文字一つ二つ思ひなほしたる。とみの物縫ふに、かしこう縫ひつと思ふに、針を引き抜きつれば、はやく尻を結ばざりけり。また、かへさまに縫ひたるもねたし。

 南の院におはします頃、「とみの御物なり。誰も誰もと、時かはさずあまたして縫ひてまゐらせよ」とて、たまはせたるに、南面に集まりて、御衣の片身づつ誰かとく縫ふと、近くもむかはず、縫ふさまもいともの狂ほし。命婦の乳母(めのと)いととく縫ひはててうち置きつる、ゆだけの片の身を縫ひつるがそむきざまなるを見つけで、とぢめもしあへず、まどひ置きて立ちぬるが、御背あはすれば、はやくたがひたりけり。笑ひののしりて、「はやく、これ縫ひなほせ」といふを、「誰あしう縫ひたりと知りてかなほさむ。綾などならばこそ裏を見ざらむ人もげにとなほさめ、無紋の御衣なれば何をしるしにてか、なほす人誰もあらむ。まだ縫ひ給はぬ人になほさせよ」とて、聞かねば、「さ言ひてあらむや」とて、源少納言、中納言の君などいふ人達、もの憂げに取りよせて縫ひ給ひしを、見やりてゐたりしこそをかしかしりか。

 おもしろき萩・薄などを植ゑて見るほどに、長櫃持たる者、鋤など引きさげて、ただ掘りに掘りて往ぬるこそわびしうねたけれ。よろしき人などのある時は、さもせぬものを、いみじう制すれども、「ただ少し」などうち言ひて往ぬる、いふかひなくねたし。

 受領などの家にも、ものの下部などの来てなめげに言ひ、さりとて我をばいかがせむなど思ひたる、いとねたげなり。

 見まほしき文などを、人の取りて、庭に下りて見立てる、いとわびしくねたく、追(お[も])ひて行けど、簾のもとにとまりて見立てる心地こそ、飛びも出でぬべき心地すれ。


92 :096:(能101):かたはらいたきもの

 かたはらいたきもの <よくも音(ね)弾きとどめぬ琴をよくも調べで心の限り弾きたてたる。>客人(まらうど)などに会ひてもの言ふに、奥の方にうちとけ言など言ふを、えは制せで聞く心地。思ふ人のいたく酔ひて同じことしたる。聞きゐたりけるを知らで、人のうへ言ひたる。それは何ばかり<の人>ならねど、使ふ人などだにいとかたはらいたし。旅立ちたる所にて、下衆どものざれゐたる。にくげなるちごを、己(おの)が心地のかなしきままに、うつくしみ、かなしがり、これが声のままに言ひたることなど語りたる。才ある人の前にて、才なき人のものおぼえ声に人の名など言ひたる。ことによしともおぼえぬわが歌を人に語りて、人のほめなどしたるよし言ふもかたはらいたし。


93 :097:(能102):あさましきもの

 あさましきもの 刺櫛(さしぐし)すりて磨くほどに、ものにつきさへて折りたる心地。車のうち覆(かへ)りたる。さるおほのかなるものは所せくやあらむと思ひしに、ただ夢の心地して、あさましうあへなし。

 人のために、はづかしうあしきことをつつみもなく言ひゐたる。かならず来なむと思ふ人を夜一夜起きあかし待ちて、暁がたにいささかうち忘れて寝入りにけるに、烏のいと近く「かか」と鳴くに、うち見上げたれば昼になりにける、いみじうあさまし。

 見すまじき人に、外(ほか)へ持て行く文見せたる。むげに知らず、見ぬことを、人のさし向ひて、あらがはすべくもあらず言ひたる。物うちこぼしたる心地、いとあさまし。


94 :098:(能103):口惜しきもの

 口惜しきもの 五節(せち)[の]、御仏[の]名(ぶつみやう)に雪降らで、雨のかきくらし降りたる。節会(せちゑ)などに、さるべき御物忌(いみ)のあたりたる。いとなみ、いつしかと待つことの、さはりあり、にはかにとまりぬる。あそびをもし、見すべきことありて、呼びにやりたる人の来ぬ、いと口惜し。

 男も女も法師(ほふし)も、宮仕(づかへ)所などより、同じやうなる人もろともに寺へ<も>詣で、ものへも行くに、このましうこぼれ出で、用意(ようい)、よく言はば、けしからず、あまり見苦(みぐる)しとも見つくべくぞあるに、さるべき人の、馬(むま)にても車にても行きあひ、見ずなりぬる、いと口惜し。わびては、すきずきしき下衆(げす)などの、人などに語りつべからむをがなと思ふも、いとけしからず。


95 :099:(能104):五月の御精進のほど

 五月の御精進のほど、職におはしますころ、塗籠(ぬりごめ)の<前の>二間(ふたま)なる所を、ことにしつらひたれば、例様(れいざま)ならぬもをかし。

 一日(ついたち)より雨がちに、曇り過ぐす。つれづれなるを、「ほととぎすの声たづねに行かばや」と言ふを、我も我もと出で立つ。賀茂の奥に、何さきとかや、七夕(たなばた)の渡る橋にはあらで、にくき名ぞ聞えし、「そのわたりになむ、ほととぎす鳴く」と人の言へば、「それは蜩(ひぐらし)なり」といふ人もあり。「そこへ」とて、五日のあしたに、宮司(づかさ)に車の案内(あない)言ひて、北の陣より、「五月雨(さみだれ)は、とがめなきものぞ」とて、さしよせて、四人ばかりぞ乗りていく。うらやましがりて、「なほ今一つして、同じくは」などいへど、「まな」と仰(おほ)せらるれば、聞き入れず、情(なさけ)なきさまにて行くに、馬場(むまば)といふ所にて、人多くて騒ぐ。「何するぞ」と問へば、「手結(てつがひ)にて、真弓(まゆみ)射るなり。しばし御覧じておはしませ」とて、車とどめたり。「左近の中将、みな着き給ふ」といへ<ど>[は]、さる人も見えず。六位など、立ちさまよへば、「ゆかしからぬことぞ。はやく過ぎよ」といひて、行(い)きもて行(ゆ)く。道も、祭の頃思ひ出でられてをかし。

 かくいふ所は、明順(あきのぶ)の朝臣の家なりけ<り>[る]。「そこもいざ見む」といひて車よせて下りぬ。田舎だち、ことそぎて、馬の絵(かた)かきたる障子(さうじ)、網代(あじろ)屏風、三稜草(みくり)の簾(すだれ)など、ことさらに昔のことを写したり。屋(や)のさまもはかなだち廊(らう)めきて端近(はしぢか)に、あさはかなれどをかしきに、げにぞかしがましと思ふばかりに鳴きあひたるほととぎすの声を、口をし<う>[と]、御前に聞こしめさせず、さばかり慕ひつる人々をと思ふ。「所につけては、かかる事をなむ見るべき」とて、稲といふものを取り出でて、若き下衆どものきたなげならぬ、そのわたりの家のむすめなど、ひきゐて来て、五六人してこかせ、また見も知らぬくるべくもの二人して引かせて、歌うたはせなどするを、めづらしくて笑ふ。ほととぎすの歌よまむとしつる、まぎれぬ。唐絵(からゑ)にかきたる懸盤(かけばん)して、もの食はせたるを、見入るる人もなければ、家のあるじ、「いとひなびたり。かかる所に来ぬる人は、ようせずは、あるじ逃げぬばかりなど、責め出だしてこそ参るべけれ。無下にかくては、その人ならず」などいひて、取りはやし、「この下蕨(したわらび)は、手づから摘みつる」などいへば、「いかでか、さ女官などのやうに、着き並みてはあらむ」など笑へば、「さらば、取りおろして。例の、はひぶしにならはせ給へる御前たちなれば」とて、まかなひ騒ぐ程に、「雨ふりぬ」といへば、急ぎて車に乗るに、「さて、この歌はここにてこそ詠まめ」などいへば、「さはれ、道にても」などいひて、みな乗りぬ。

 卯の花のいみじう咲きたるを折りて、車の簾、かたはらなどにさしあまりて、おそひ・棟などに、長き枝を葺(ふ)きたるやうにさしたれば、ただ卯の花の垣根(かきね)を牛に懸けたるとぞ見ゆる。供なる男(をのこ)どももいみじう笑ひつつ、「ここまだし、ここまだし」とさしあへり。

 人もあはなむと思ふに、更に、あやしき法師、下衆のいふかひなきのみ、たまさかに見ゆるに、いと口惜しくて、近く来ぬれど、「いとかくてやまむは。この車のありさまぞ、人に語らせてこそやまめ」とて、一条殿の程にとどめて、「侍従殿やおはします。ほととぎすの声聞きて、今なむ帰る」と言はせたる、使(つかひ)「『只今まゐる。しばし、あが君』となむのたまへる。侍(さぶらひ)に間(ま)拡げておはしつる、急ぎ立ちて、指貫奉りつ」といふ。「待つべきにもあらず」とて、走らせて、土御門(つちみかど)ざまへやるに、いつの間にか装束(さうぞ)きつらむ、帯(<お>[思]び)は道のままにゆひて、「しばし、しばし」と<追>[思]ひ来る。供に侍三四人ばかり、ものもはかで走るめり。「とく遣れ」と、いとどいそがして、土御門に行き着きぬるにぞ、あへぎまどひておはして、この車のさまをいみじう笑ひ給ふ。

 「うつつの人の乗りたるとなむ、更に見えぬ。猶下りて、見よ」など笑ひ給へば、供に走りつる人ども<も>[に]興(きよう)じ笑ふ。「歌はいかが。それ聞かむ」とのたまへば、「今、御前に御覧ぜさせて後こそ」などいふ程に、雨まこと<に>降りぬ。「などか、こと御門(みかど)々々のやうにもあらず、<この>土御門しも、かう上(<う>へ)もなくしそめけむと、今日(けふ)こそいとにくけれ」などいひて、「いかで<帰>らむとすらむ。こなたざまは、ただおくれじと思ひつるに、人目も知らず走られつるを、奥(あう)行かむことこそ、いとすさまじけれ」とのたまへば、「いざ給へかし、内裏(うち)へ」といふ。「烏帽子(えぼうし)にては、いかでか」「取りにやり給へかし」などいふに、まめやかに降れば、笠<も>[り]なき男(をのこ)ども、ただ引きに引き入れつ。一条殿より笠持て来たるを、ささせて、うち見かへりつつ、こたみはゆるゆると物憂げにて、卯の花ばかりを取りておはするもをかし。

 さて、参りたれば、ありさまなど問はせ給ふ。恨みつる人<々>[に]、怨(ゑん)じ、心憂がりながら、藤侍従(とうじじゆう)の一条の大路走りつる語るにぞ、みな笑ひぬる。「さて、いづら、歌は」と問はせ給へば、「かうかう」と啓すれば、「口惜しの事や。上(うへ)人などの聞かむに、いかでか、つゆをかしきことなくてはあらむ。その聞きつらむ所にて、きとこそはよまましか。あまり儀式(ぎしき)定めつらむこそ怪しけれ。ここにてもよめ。<い>[は]といふかひなし」などのたまはすれば、げにと思ふに、いとわびしきを、言ひあはせなどする程に、<藤>[頭]侍従、ありつる花につけて、卯の花の薄様(うすやう)に書きたり。この歌おぼえず。これが返し、まづせむなど、硯取りに局にやれば、「ただ、これして疾(と)くいへ」とて、御硯<の>蓋に紙などして、たまはせたる。「宰相の君、書き給へ」といふを、「なほ、そこに」などいふ程に、かきくらし雨降りて、神いとおそろしう鳴りたれば、物も覚えず、ただおそろしきに、御格子まゐり渡し、惑ひし程に、このことも忘れぬ。

 いと久しう鳴りて、少しやむほどには暗うなりぬ。「只今、なほこの返事(かへりごと)奉らむ」とて、取りむかふに、人々・上達部など、神の事申しにまゐり給へれば、西面に出でゐて、物聞えなどするにまぎれぬ。こと人はた、さして得たらむ人こそせめとて、やみぬ。なほこの事に宿世(すくせ)なき日なめりとくんじて、「今はいかで、さなむ行きたりしとだに、人におほく聞かせじ」など笑ふ。「今もなどか、その行きたりし限りの人どもにて、言はざらむ。されど、させじと思ふにこそ」と、物しげなる御けしきなるも、いとをかし。「されど、今は、すさまじうなりにて侍るなり」と申す。「すさまじかべき事かは」などのたまはせしかど、さてやみにき。

 二日ばかりありて、その日のことなど言ひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ、『手づから折りたり』と言ひし下蕨は」とのたまふを、聞かせ給ひて、「思ひ出づる事のさまよ」と笑はせ給ひて、紙の散りたるに、
  下蕨こそ恋しかりけれ
と書かせ給ひて、「本(もと)言へ」と仰せらるるも、いとをかし。
  ほととぎすたづねて聞きし声よりも
と書きて参らせたれば、「いみじう受けばりたり。かうだに、いかで、ほととぎすのことを<かけ>[書]つらむ」とて、笑はせ給ふもはづかしながら、「何か。この歌よみ侍らじとなむ思ひ侍るを。ものの折など、人のよみ侍らむにも、『よめ』など仰せら<る>れば、えさ<ぶ>らふまじき心地なむし侍る。いと、いかがは、文字の数知らず、春は冬の歌、秋は梅<の>花の歌などをよむやうは侍らむ。<さ>[な]れど、歌よむと言はれし末々は、少し人よりまさりて、『その折の歌はこれこそありけれ。さは言へど、それが子なれば』など言はればこそ、かひある心地もし侍らめ、つゆ取り分きたる方もなくて、さすがに歌がましう、我はと思へるさまに、最初(さいそ)によみ出で侍らむ、亡き人のためにもいとほしう侍る」と、まめやかに啓すれば、笑はせ給ひて、「さらば、ただ心にまかせ<よ>。我[ら]はよめとも言はじ」とのたまはすれば、「いと心やすくなり侍りぬ。今は、歌のこと思ひかけじ」など言ひてある頃、庚申(かうじん)せさせ給ふとて、内(うち)の大殿(おほいどの)、いみじう心まうけせさせ給へり。

 夜うち更くる程に、題出して、女房<に>も歌よませ給ふ。みなけしきばみ、ゆるがし出だすも、宮の御前近くさぶらひて、もの啓しなど、こと事をのみ言ふを、大臣(おとど)御覧じて、「など、歌はよまで、むげに離れゐたる。題取れ」と<の>[て]たまふを、「さる事うけたまはりて、歌よみ侍るまじうなりて侍れば、思ひかけ侍らず」と申す。「ことやうなる事。まことにさることやは侍る。などか、さは許させ給ふ。いとあるまじきことなり。よし、こと時は知らず、今宵はよめ」など、責め給へど、け<ぎ>[に]よう聞きも入れで候ふに、みな人々よみ出だして、よしあし[と]など[さだ]定めらるる程に、いささかなる御文を書きて、投<げ>[り]たまはせたり。見れば、

  元輔が後(のち)と言はるる君しもや今宵の歌にはづれてはをる

とあるを見るに、をかしきことぞたぐひなきや。いみじう笑へば、「何事ぞ、何事ぞ」と大臣も問ひ給ふ。
 
 「その人の後(のち)と言はれぬ身なりせば今宵の歌をまづぞよままし

つつむこと候はずは、千の歌なりと、これよりなむ出でまうで来(こ)まし」と啓しつ。


96 :100:(能なし):職におはします頃

 職におはします頃、八月十余日の月明かき夜、右近の内侍に琵琶ひかせて、端近くおはします。これかれもの言ひ、笑ひなどするに、廂の柱に寄りかかりて、物も言はで候へば、「など、かう音もせぬ。ものいへ。さうざうしきに」と仰せらるれば、「ただ秋の月の心を見侍るなり」と申せば、「さも言ひつべし」と仰せらる。


97 :101:(能105):御方々、君達、上人など

 御方々、君達、上人など、御前(おまへ)に人のいとおほく候へば、廂の柱によりかかりて、女房と物語などしてゐたるに、物を投げたまはせたる、あけて見たれば、「思ふべしや、いなや。人、第一ならずはいかに」と書かせ給へり。

 御前にて物語などするついでにも、「すべて、人に一に思はれずは、何にかはせむ。ただいみじう、なかなかにくまれ、あしうせられてあらむ。二三にては死ぬともあらじ。一にてをあらむ」などいへば、「一乗の法ななり」など、人々も笑ふことのすぢなめり。

 筆、紙などたまはせたれば、「九品蓮台の間には、下品(げぼん)といふとも」など、書きて参らせたれば、「むげに思ひ屈(くん)じにけり。いとわろし。言ひとぢめつることは、さてこそあらめ」とのたまはす。「それは、人にしたがひてこそ」と申せば、「そがわるきぞかし。第一の人に、また一に思はれむとこそ思はめ」と仰せらるるも、をかし。


98 :102:(能106):中納言殿まゐり給ひて

 中納言殿まゐり給ひて、御扇奉らせ給ふに、「隆家こそいみじき骨は得て侍れ。それを張らせて参らせむとするに、おぼろげの紙はえ張るまじければ、求め侍るなり」と申し給ふ。「いかやうにかある」と問ひ聞こえさせ給へば、
「すべていみじう侍り。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ」と言高くのたまへば、「さては扇のにはあらで、海月(くらげ)のななり」と聞こゆれば、「これは隆家が言にしてむ」とて、笑ひ給ふ。

 かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、「一つな落としそ」と言へば、いかがはせむ。


99 :103:(能107):雨のうちはへ降る頃

 雨のうちはへ降る頃、今日も降るに、御使にて、式部の丞信経(のぶつね)参りたり。例のごと褥(しとね)さし出でたるを、常よりも遠くおしやりてゐたれば、「誰が料ぞ」といへば、笑ひて、「かかる雨にのぼり侍らば、足がたつきて、いと不便(ふびん)に、きたなくなり侍りなむ」といへば、「など。せんぞく料にこそはならめ」といふを、「これは御前にかしこう仰せらるるにあらず。信経が足がたのことを申しざらましかば、えのたまはざらまし」と、かへすがへす言ひしこそをかしかりしか。

 「はやう、中后(なかきさい)の宮にゑぬたきと言ひて名高き下仕(しもづかへ)なむありける。美濃の守にてうせにける藤原の時柄、蔵人なりける折に、下仕どものある所にたちよりて、『これやこの高名のゑぬたき、などさも見えぬ』と言ひける、いらへに、『それは、時柄にさも見ゆるならむ』と言ひたりけるなむ、『かたきに選りても、さることはいかでからむ』と上達部・殿上人まで興あることにのたまひける。またさりけるなめり、今日までかく言ひ伝ふるは」と聞こえたり。「それまた時柄が言はせたるなめり。すべてただ題がらなむ、文も歌もかしこき」といへば、「げにさもあることなり。さは、題出ださむ。歌よみ給へ」といふ。

 「いとよきこと」といへば、「御前(ごぜん)に同じくは、あまたをつかうまつらむ」なんどいふほどに、御返し出で来ぬれば、「あな、おそろし。まかり逃ぐ」と言ひて出でぬるを、「いみじう真名(まな)も仮名(かんな)もあしう書くを、人笑ひなどする、かくしてなむある」といふもをかし。

 作物所(つくもどころ)の別当する頃、誰がもとにやりたりけるにかあらむ、ものの絵やうやるとて、「これがやうにつかうまつるべし」と書きたる真名(まんな)のやう、文字の世に知らずあやしきを見つけて、そのかたはらに、「これがままにつかうまつらば、ことやうにこそあべけれ」とて殿上にやりたれば、人々取りて見ていみじう笑ひけるに、おほきに腹立ちてこそにくみしか。


100 :104:(能108):淑景舎、東宮に参り給ふほどのことなど

 淑景舎(しげいさ)、春宮に参り給ふほどのことなど、いかがめでたからぬことなし。正月十日にまゐり給ひて、御文などはしげうかよへど、まだ御対面はなきを、二月十余日宮の御方に渡り給ふべき御消息あれば、常よりも御しつらひ心ことにみがきつくろひ、女房など皆用意したり。夜中ばかりに渡らせ給ひしかば、いくばくもあらで明けぬ。

 登華殿(とうくわでん)の東(ひんがし)の二間(ふたま)に御しつらひはしたり。殿(=道隆)、上(=北の方)、暁に一つ御車にて参り給ひにけり。つとめて、いと疾く御格子まゐりわたして、宮は御曹司(みざうし)の南に四尺の屏風、西東(にしひがし)に御座(おまし)しきて、北向に立てて、御畳の上に御褥(しとね)ばかり置きて、御火桶参れり。御屏風の南、御帳(みちやう)の前に、女房いと多く候ふ。

 まだこなたにて御髪(みぐし)など参るほど、「淑景舎は見奉りたりや」と問はせ給へば、「まだ、いかでか。お車よせの日、ただ御後ろばかりをなむ、はつかに」と聞こゆれば、「その柱と屏風とのもとに寄りて、我が後ろよりみそかに見よ。いとをかしげなる君ぞ」とのたまはするに、嬉しく、ゆかしさまさりて、いつしかと思ふ。

 紅梅の固紋(かたもん)、浮紋(うきもん)の御衣ども、紅の打ちたる、御衣(ぞ)三重(みへ)が上にただ引き重ねて奉りたる。「紅梅には、濃き衣こそをかしけれ、え着ぬこそ口惜しけれ。今は紅梅のは着でもありぬべしかし。されど、萌黄などの憎ければ、紅には合はぬか」などのたまはすれど、只いとめでたく見えさせ給ふ。奉る御衣の色ことに、やがて御かたちの匂ひ合はせ給ふぞ、なほ他(こと)よき人(=妹君)も、かうやはおはしますらむとぞ、ゆかしき。

 さて、ゐざり入らせ給ひぬれば、やがて御屏風に添ひつきて覗くを、「あしかめり、後ろめたきわざかな」と聞こえごつ人々もをかし。障子のいと広うあきたれば、いとよく見ゆ。上は、白き御衣ども紅の張りたる二つばかり、女房の裳なめり、引きかけて、奥に寄りて東向(ひんがしむき)におはすれば、ただ御衣などぞ見ゆる。淑景舎は北に少し寄りて、南向におはす。紅梅いとあまた濃く薄くて、上に濃き綾の御衣、少し赤き小袿、蘇枋(すはう)の織物、萌黄のわかやかなる固紋の御衣奉りて、扇をつとさし隠し給へる、いみじう、げにめでたく美しと見え給ふ。殿は薄色の御直衣、萌黄の織物の指貫、紅の御衣ども、御紐さして、廂の柱に後ろを当てて、こなた向きにおはします。めでたき御有様を、うち笑みつつ、例の戯言(たはぶれごと)せさせ給ふ。淑景舎のいとうつくしげに絵に書いたるやうにゐさせ給へるに、宮はいとやすらかに、今少し大人びさせ給へる御けしきの、紅の御衣にひかり合はせ給へる、なほ類ひはいかでかと見えさせ給ふ。

 御手水(てうづ)まゐる。彼の御方のは、宣耀殿(せんえうでん)、貞観殿(ぢやうぐわんでん)を通りて、童女二人下仕(しもづかへ)四人して持てまゐるめり。唐廂(からびさし)のこなたの廊(らう)にぞ女房六人ばかり候ふ。狭(せば)しとて、片方(かたへ)は御送りして、皆帰りにけり。桜の汗衫、萌黄、紅梅などいみじう、汗衫長く引きて、取り次ぎまゐらする、いとなまめかし。織物の唐衣どもこぼれ出でて、相尹(すけまさ)の馬の頭(かみ)のむすめ、小将、北野宰相の女、宰相の君などぞ近うはある。をかしと見るほどに、こなたの御手水は、番(ばん)の釆女(うねめ)の青裾濃(すそご)の裳、唐衣、裙帯(くんたい)、領巾(ひれ)などして、面(おもて)いと白くて、下など取り次ぎまゐるほど、これはた公(おほやけ)しう唐めきてをかし。

 御膳(おもの)のをりになりて、御髪(みぐし)あげまゐりて、蔵人(=女官)ども御まかなひ(=陪膳)の髪(かみ)あげてまゐらする程は、隔てたりつる御屏風も押し開けつれば、垣間見(かいまみ)の人、隠れ見の人、隠れ蓑とられたる心地して、飽かず侘びしければ、御簾(みす)と几帳との中にて、柱の外(と)よりぞ見奉る。衣の裾(すそ)、裳などは、御簾の外(と)にみな押し出されたれば、殿、端の方より御覧じ出だして「あれは誰(た)そや、彼の御簾の間より見ゆるは」と咎めさせ給ふに、「少納言が物ゆかしがりて侍るならむ」と申させ給へば、「あな、はづかし。かれ(=彼女)は故(ふる)き得意(=知り合ひ)を。いと憎げなる女ども持たりともこそ見侍れ」などのたまふ御けしき、いとしたり顔なり。

 あなた(=淑景舎)にも御膳まゐる。「うらやましう、方々の、みなまゐりぬめり。疾く聞こし召して、翁(おきな)、嫗(おんな)に御おろしをだに給へ」など、ただ日一日(ひとひ)、ただ猿楽言(さるがうごと)をのみし給ふ程に、大納言殿(=伊周)、三位中将(=隆家)、松君(=伊周の子)ゐてまゐり給へり。殿いつしかと抱(いだ)き取り給ひて、膝に据ゑ奉り給へる、いと美し。せばき縁(えん)に所せき御装束(さうぞく)の下襲(したがさね)引き散らされたり。大納言殿は物々しう清げに、中将殿はいと労々じう、いづれもめでたきを見奉るに、殿をばさるものにて、上の御宿世(すくせ)こそいとめでたけれ。「御円座(わらふだ)」など(=道隆が)聞こえ給へど、「陣に着き侍るなり」とて、急ぎ立ち給ひぬ。

 しばしありて、式部の丞(ぞう)なにがし御使に参りたれば、御膳やどりの北に寄りたる間に褥さし出だしてすゑたり、御返し今日は疾く出させ給ひつ。まだ褥も取り入れぬほどに、春宮の御使に周頼(ちかより)の少将参りたり。御文取り入れて、渡殿は細き縁なれば、こなたの縁にこと褥さし出だしたり。御文取り入れて、殿、上、宮など御覧じわたす。「御返しはや」とあれど、とみにも聞こえ給はぬを、「なにがしが見侍れば、書き給はぬなめり。さらぬをりは、これよりぞ間もなく聞こえ給ふなる」など申し給へば、御おもては少し赤みて、うちほほゑみ給へる、いとめでたし。「まことに、とく」など上も聞こえ給へば、奥に向きて書い給ふ。上、近う寄り給ひて、もろともに書かせ奉り給へば、いとどつつましげなり。

 宮の方より萌黄の織物の小袿、袴おし出でたれば、三位の中将かづけ給ふ。頸苦しげに思ひて、持ちて立ちぬ。

 松君のをかしうもののたまふを、たれもたれも、うつくしがり聞こえ給ふ。「宮の御みこたちとて、ひき出でたらむに、わるく侍らじかし」などのたまはするを、げになどかさる御事の今までとぞ心もとなき。

 未(ひつぢ)の時ばかりに、「筵道(えんだう)まゐる」と言ふ程もなく、うちそよめき入らせ給へば、宮もこなたに入らせ給ひぬ。やがて御帳に入らせ給ひぬれば、女房もみな南面(おもて)にみなそよめき往ぬめり。廊(らう)に殿上人いと多かり。殿の御前に宮司めして「くだもの・さかななど召させよ。人々酔はせ」など仰(おほ)せらる。まことに皆酔ひて、女房と物言ひ交はすほど、かたみにをかしと思ひたり。

 日の入るほどに起きさせ給ひて、山の井の大納言召し入れて、御袿まゐらせ給ひて、帰らせ給ふ。桜の御直衣に紅の御衣の夕映(ゆふば)えなども、かしこければ、とどめつ。山の井の大納言は入り立たぬ御兄人(せうと)にては、いとよくおはするぞかし。匂ひやかなる方は、この大納言にもまさり給へるものを、かく世の人は切(せち)に言ひ落とし聞こゆるこそいとほしけれ。殿、大納言、山井も、三位の中将、内蔵(くら)の頭(かみ=頼親)など皆さぶらひ給ふ。宮のぼらせ給ふべき御使にて、馬の内侍のすけ参りたり。「今宵は、えなむ」などしぶらせ給ふに、殿聞かせ給ひて、「いとあしき事。早(はや)のぼらせ給へ」と申させ給ふに、春宮の御使しきりてある程、いと騒がし。御迎(むかへ)に、女房、春宮の侍従などいふ人も参りて、「疾く」とそそのかし聞こゆ。「まづ、さはかの君わたし聞こえ給ひて」とのたまはすれば、「さりとも、いかでか」とあるを、「見送り聞こえむ」などのたまはするほどにも、いとめでたくをかし。「さらば遠きをさきにすべきか」とて、まづ淑景舎渡り給ひふ。殿など帰らせ給ひてぞ、のぼらせ給ふ。道の程も、殿の御猿楽言(さるがうごと)にいみじく笑ひて、殆(ほとほと)打橋(うちはし)よりも落ちぬべし。

101 :105:(能109):殿上より、梅のみな散りたる枝を

 殿上より、梅のみな散りたる枝を、「これはいかが」と言ひたるに、ただ、「早く落ちにけり」といらへたれば、その詩を誦じて殿上人黒戸にいとおほくゐたる、上の御前に聞こしめして、「よろしき歌など詠みて出だしたらむよりは、かかることはまさりたりかし。よくいらへたり」と仰せられき。


102 :106:(能110):二月つごもり頃に

 二月つごもり頃に、風いたう吹きて空いみじう黒きに、雪少しうち散りたるほど、黒戸に主殿司来て、「かうて候ふ」と言へば、寄りたるに、「これ、公任の宰相殿の」とてあるを、見れば、懐紙に、

  少し春ある心地こそすれ

とあるは、げに今日のけしきにいとようあひたる、これが本はいかでかつくべからむ、と思ひわづらひぬ。「たれたれか」と問へば、「それそれ」といふ。みないと恥づかしきなかに、宰相の御答(いら)へを、いかでかことなしびに言ひ出でむ、と心一つに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれど、上のおはしまして御殿籠りたり。主殿司は、「とくとく」と言ふ。げに遅うさへあらむは、いと取りどころなければ、さはれとて、

  空寒み花にまがへて散る雪に

と、わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむ、わびし。これがことを聞かばやと思ふに、そしられたらば聞かじとおぼゆるを、「俊賢(としかた)の宰相など、『なほ、内侍に奏してなさむ』となむ定め給ひし」とばかりぞ、左兵衛の督の、中将におはせし、語り給ひし。


103 :107:(能111):はるかなるもの

 はるかなるもの 半臂の緒ひねる。陸奥国へ行く人、逢坂越ゆる程。生れたるちごの、大人になる程。<大般若の読経、一人してはじめたる。>


104 :108:(能113):方弘は、いみじう人に笑はるるものかな

 方弘(まさひろ)はいみじう人に笑はるる者かな。親などいかに聞くらむ。供にありく者のいと美々(び<び>[さ])しきを呼びよせて、「何しにかかる者には使はるるぞ。いかがおぼゆる」など笑ふ。ものいとよく為(す)るあたりにて、下襲の色、袍(うへのきぬ)なども、人よりよくて着たるをば紙燭さしつけ焼き、あるは、「これをこと人に着せばや」などいふに。げにまた言葉遣ひなどぞあやしき。里に宿直物取りにやるに、「男(をのこ)二人まかれ」といふを、「一人して取りにまかりなむ」といふ。「あやしの男(をのこ)や。一人して二人が物をばいかで持たるべきぞ。一升瓶(ひとますがめ)に二升(ふたます)は入るや」といふを、なでふことと知る人はなけれど、いみじう笑ふ。人の使の来て、「御返り事とく」といふを、「あな、にくの男や。などかうまどふ。竈(かまど)に豆やくべたる。この殿上の墨・筆は何者の盗み隠したるぞ。飯(いひ)、酒ならばこそ人もほしがらめ」といふを、また笑ふ。

 女院(=天皇の母)悩ませ給ふとて、御使に参りて帰りたるに、「院の殿上には誰々かありつる」と人の問へば、「それかれ」など、四五人(よたりいつたり)ばかりいふに、「また誰か」と問へば、「さて往ぬる人どもぞありつる」といふも、笑ふも、またあやしきことにこそはあらめ。人間(ひとま)により来て、「わが君(き)こそ。ものきこえむ。まづと人ののたまひつることぞ」といへば、「何事ぞ」とて、几帳のもとにさしよりたれば、「むくろごめにより給へ」と言ひたるを、「五体ごめ」となむ言ひつるとてまた笑はる。

 除目の中の夜、さし油するに、灯台の打敷(うちしき=敷物)を踏みて立てるに、あたらしき油単(ゆたん=打敷)に襪(したうづ=足袋)はいとよくとらへられにけり。さしあゆみて帰へれば、やがて灯台は倒れぬ。襪に打敷つきて行くに、まことに大地震動したりしか。頭(=蔵人の頭)着き給はぬ限りは、殿上の台盤には人もつかず。それに、豆一盛りをやをら取りて、小障子の後ろにて食ひければ、引きあらはして笑ふこと限りなし。


105:109:(能320):見苦しきもの

 見苦しきもの 衣の背縫、肩によせて着たる。また、のけ頸したる。例ならぬ人の前に子負ひて出で来たる者。法師、陰陽師の、紙冠(かみかぶり)して祓(はら)へしたる。色黒うにくげなる女の鬘(かづら)したると、鬚がちに、かじけやせやせなる男と夏昼寝したるこそいと見苦しけれ。何の見るかひにてさて臥(ふ)いたるならむ。夜などはかたちも見えず、またみなおしなべてさることとなりにたれば、我はにくげなるとて起きゐるべきにもあらずかし。さてつとめてはとく起きぬる、いとめやすしかし。夏昼寝して起きたるは、よき人こそ今少しをかしかなれ、えせかたちはつやめき、寝腫れて、ようせずは、頬ゆがみもしぬべし。かたみにうち見かはしたらむほどの生けるかひなさや。

 やせ、色黒き人の生絹(すずし)の単衣(ひとへ)着たる、いと見苦しかし。


106 :110:(能309):いひにくきもの

 言ひにくきもの 人の消息の中に、よき人の仰せ言(ごと)などのおほかるを、はじめより奥までいと言ひにくし。はづかしき人の物など遣(おこ)せたる返りごと。大人になりたる子の思はずなることなどを聞くに、前にては言ひにくし。


107 :111:(能114):関は

 関は 逢坂。須磨の関。鈴鹿の関。岫田(くきた)の関。白河の関。衣の関。ただごえの関は、はばかりの関と、たとしへなくこそおぼゆれ。横はしりの関。清見が関。みるめの関。よしよしの関こそ、いかに思ひ返したるならむと、いと知らまほしけれ。それを勿来(なこそ)の関といふにやあらむ。逢坂などを、さて思ひ返したらむは、わびしかりなむかし。


108 :112:(能115):森は

 森は 浮田の森。うへ木の森。岩瀬の森。たちぎきの森。


109 :113:(能なし):原は

 原は あしたの原。粟津の原。篠原。萩原。園原。


110 :114:(能116):うづきのつごもりがたに

 四月(うづき)のつごもりがたに、初瀬に詣でて淀の渡りといふものをせしかば、舟に車をかきすゑて行くに、菖蒲・菰(こも)などの末の短かく見えしを取らせたれば、いと長かりけり。菰積みたる舟のありくこそ、いみじうをかしかりしか。「高瀬の淀に」とは、これをよみけるなめりと見えて。三日帰りしに、雨の少し降りしほど、菖蒲刈るとて、笠のいと小さき着つつ、脛(はぎ)いと高き男童(をのこわらは)などのあるも、屏風の絵に似て、いとをかし。


111 :115:(能118):つねよりことにきこゆるもの

 常よりことに聞こゆるもの 正月の車の音。また、鳥の声。暁のしはぶき。物の音はさらなり。


112 :116:(能119):絵にかきおとりするもの

 絵にかき劣りするもの なでしこ。菖蒲。桜。物語にめでたしと言ひたる男・女のかたち。


113 :117:(能120):かきまさりするもの

 描きまさりするもの 松の木。秋の野。山里。山路(やまみち)。


114 :118:(能121,122)冬はいみじう寒き

 冬は いみじう寒き。夏は 世に知らず暑き。


115 :119:(能123):あはれなるもの

 あはれなるもの 孝ある人の子。よき男の若きが、御嶽(みたけ)精進したる。たてへだてゐて、うちおこなひたる暁の額(ぬか)いみじうあはれなり。むつまじき人などの、目さまして聞くらむ、思ひやる。詣づる程のありさま、いかならむなど、つつしみおぢたるに、たひらかに詣で着きたるこそいとめでたけれ。烏帽子のさまなどぞ、少し人[の]わろき。なほいみじき人と聞こゆれど、こよなくやつれてこそ詣づと知りたれ。

 右衛門の佐(すけ)宣孝(のぶたか)と言ひたる人は、「あぢきなき事なり。ただ清き衣を着て詣でむに、なでふ事かあらむ。必ずよも『あやしうて詣でよ』と、御嶽さらにのたまはじ」とて、三月つごもりに、紫のいと濃き指貫、白き襖(あを)、山吹のいみじうおどろおどろしきなど着て、隆光が主殿の亮(すけ)なるには、青色の襖、紅の衣、すりもどろかしたる水干といふ袴を着せて、うちつづき詣でたりけるを、帰る人も今詣づるもめづらしうあやしき事に、すべてむかしよりこの山にかかる姿の人見えざりつとあさましがりしを、四月一日に帰りて、六月十日の程に、筑前の守の死せしになりたりしこそ、げに言ひにけるにたがはずもときこえしか。これはあはれなる事にはあらねど、御嶽のついでなり。

 男も女も、若く清げなるが、いと黒き衣着たるこそあはれなれ。

 九月つごもり、十月一日の程に、ただあるかなきかに聞きつけたるきりぎりすの声。鶏の、子いだきてふしたる。秋深き庭の浅茅に、露の、色々の玉のやうにておきたる。夕暮れ暁に、河竹の風に吹かれたる、目さまして聞きたる。また、夜などもすべて。山里の雪。思ひかはしたる若き人の中の、せくかたありて、心にもまかせぬ。


116 :120:(能124):正月に寺にこもりたるは

 正月に寺にこもりたるは、いみじう寒く、雪がちに氷りたるこそをかしけれ。雨うち降りぬるけしきなるは、いとわるし。清水などに詣でて局するほど、くれ階(はし)のもとに車引きよせて立てたるに、帯ばかりうちしたる若き法師ばらの、足駄といふものをはきて、いささかつつみもなく下りのぼるとて、何ともなき経の端うち読み、倶舎(くさ)の頌(ず)など誦しつつありくこそ、所につけてはをかしけれ。わがのぼるは、いとあやふくおぼえて、かたはらによりて高欄おさへなどして行くものを、ただ板敷などのやうに思ひたるもをかし。

 「御局して侍り。はや」といへば、沓ども持て来ておろす。衣うへさまに引きかへしなどしたるもあり。裳、唐衣など、ことごとしく装束きたるもあり。深履(ふかぐつ)・半靴(はうか)などはきて、廊のほど沓すり入るは、内わたりめきて、またをかし。

 内外(ないげ)許されたる若き男ども、家の子などあまた立ちつづきて、「そこもとは、落ちたる所侍り。あがりたり」など教へゆく。何者にかあらむ、いと近くさしあゆみ、さいだつ者などを、「しばし。人おはしますに、かくはせぬわざなり」などいふを、げにと少し心あるもあり。また聞きも入れず、まづわれ仏の御前にと思ひて行くもあり。局に入るほども、人のゐ並みたる前をとほり入らば、いとうたてあるを、犬防ぎのうち見入れたる心地ぞ、いみじうたふたく、などてこの月頃詣でで過ぐしつらむと、まづ心もおこる。

 御[み]あかしの、常灯にはあらで、内にまた人のたてまつれるが、おそろしきまで燃えたるに、仏のきらきらと見え給へるは、いみじうたふときに、手ごとに文どもをささげて、礼盤にかひろぎ誓ふも、さばかりゆすり満ちたれば、取りはなちて聞きわくべきにもあらぬに、せめてしぼり出だしたる声々の、さすがにまたまぎれずなむ。「千灯の御志(こころざし)は何がしの御ため」などは、はつかに聞こゆ。帯うちして拝み奉るに、「ここに、別当(<べと>[つか]う)候ふ」とて、樒(しきみ)の枝を折りもて来たるに、香(か)などのいとたふときもをかし。

 犬防のかたより法師より来て、「いとよく申し侍りぬ。幾日(いくか)ばかりこもらせ給ふべきにか。しかじかの人こもり給へり」など言ひ聞かせて往ぬる、すなはち、火桶、菓子などもてつづかせて、半挿(はんざふ)に手水(てうづ)入れて、手もなき盥などあり。「御供の人は、かの坊に」など言ひて呼びもて行けば、かはりがはりぞ行く。誦経の鐘の音など我がななりと聞くも、たのもしうおぼゆ。かたはらによろしき男のいと忍びやかに、額などつく、立居のほども心あらむと聞こえたるが、いたう思ひ入りたるけしきにていも寝ずおこなふこそいとあはれなれ。うちやすむほどは、経を高うは聞こえぬほどに読みたるもたふとげなり。うち出でさせまほしきに、まいて洟(はな)などを、けざやかに聞きにくくはあらで、忍びやかにかみたるは、何事を思ふ人ならむ、かれをなさばやとこそおぼゆれ。

 日ごろこもりたるに、昼は少しのどやかにぞ、はやく(=以前)はありし。師の坊に、男ども、女、童など、みな行きて、つれづれなるも、かたはらに貝をにはかに吹き出でたるこそ、いみじうおどろかるれ。清げなる立文持たせたる男などの、誦経の物うち置きて、堂童子(だうどうじ)など呼ぶ声、山彦響きあひてきらきらしう聞こゆ。鐘の声響きまさりて、いづこのならむと思ふほどに、やむごとなきところの名うち言ひて、「御産(ごさん)たひらかに」など、げんげんしげに申したるなど、すずろにいかならむなどおぼつかなく念ぜらるかし。これはただなるをりのことなめり。正月などはただいとさわがしき。物望みなる人など、ひまなく詣づるを見るほどに、おこなひもし<や>らず。

 日うち暮るるほど詣づるは、こもるなめり。小法師ばらの、持ちあるくべうもあらぬ大(お<ほ>[に])屏風の高きを、いとよく進退して、畳などをうち置くと見れば、ただ局(つぼね)に局立てて、犬防に簾(すだれ)さらさらとうち掛くる、いみじうしつきたり、やすげなり。そよそよとあまたおり来て、大人だちたる人の、いやしからぬ声の忍びやかなるけはひして、帰る人にやあらむ、「そのことあやふし。火のこと制せよ」などいふもあなり。七つ八つばかりなる男児(をのこご)の、声愛敬づき、おごりたる声にて、侍の男(をのこ)ども呼びつき、ものなど言ひたる、いとをかし。また三つばかりなるちごの寝おびれてうちしはぶきたるも、いとうつくし。乳母の名、母など、うち言ひ出でたるも、誰ならむと知らまほし。夜一夜ののしりおこなひ明かすに、寝も入らざりつるを、後夜(ごや)などはてて、少しうちやすみたる寝耳にその寺の仏の御経をいとあらあらしう、たふとくうち出で読みたるにぞ、いとわざとたふとくしもあらず、修行者(ずぎやうじや)だちたる法師の蓑うちしきたるなどが読むななりと、ふとうちおどろかれてあはれに聞こゆ。また、夜などはこもらで、人々しき人の、青鈍の指貫の綿入りたる白き衣どもあまた着て、子供なめりと見ゆる若き男のをかしげなる、装束(さうぞ)きたる童べなどして(=と供にゐて)、侍などやうの者どもあまたかしこまり囲繞(ゐねう)したるもをかし。かりそめに屏風ばかりを立てて、額など少しつくめり。顔知らぬは誰ならむとゆかし。知りたるはさなめりと見るもをかし。若き者どもはとかく局どものあたりに立ちさまよひて、仏の御かたに目も見入れ奉らず。別当など呼び出でて、うちささめき物語して出でぬる、えせ者とは見えず。

 二月つごもり、三月一日、花ざかりにこもりたるもをかし。清げなる若き男(<おの>こ)<ど>もの、主(しゆう)と見ゆる二三人、桜の襖(あを=狩衣)、柳などいとをかしうて括(くく)りあげたる指貫の裾も、あてやかにぞ見なさるる。つきづきしき男(をのこ)に装束をかしうしたる餌袋(ゑぶくろ=弁当)いだかせて、小舎人童ども、紅梅、萌黄の狩衣、いろいろの衣、おしすりもどろかしたる袴など着せたり。花など折らせて、侍めきて細やかなる者など具して、金鼓(こんぐ)うつこそをかしけれ。さぞかしと見ゆる人もあれど、いかでかは知らむ。うち過ぎて往ぬるもさうざうしければ、「けしきを見せましものを」などいふもをかし。

 かやうにて、寺にも籠り、すべて例ならぬ所に、ただ使ふ人の限りしてあるこそ、かひなうおぼゆれ。なほ同じほどにて、一つ心に、をかしき事もにくきことも様々に言ひあはせつべき人、かならず一人二人あまたも誘はまほし。そのある人のなかにも口惜しからぬもあれど、目馴れたるなるべし。男などもさ思ふにこそあらめ、わざとたづね呼びありくは。


117 :121:(能125,306)いみじう心づきなきもの

 いみじう心づきなきもの 祭・禊(みそぎ)などすべて男の物見るに、ただ一人乗りて見るこそあれ。いかなる心にかあらむ。やむごとなからずとも、若き男(をのこ=召使ひ)などのゆかしがるをも引き乗せよかし。すき影にただ一人ただよひて心一つにまぼりゐたらむよ。いかばかり心せばく、けにくきならむとぞおぼゆる。

 ものへ行き、寺へも詣づる日の雨。使ふ人などの、「我をばおぼさず。なにがしこそただ今の時の人」などいふを、ほの聞きたる。人よりは少しにくしと思ふ人の、おしはかりごとうちし、すずろなるものうらみし、わがかしこなる。


118 :122:(能126):わびしげに見ゆるもの

 わびしげに見ゆるもの 六七月の午・未の時ばかりに、きたなげなる車にえせ牛かけてゆるがしいく者。雨降らぬ日、張り筵したる車。いと寒きをり、暑きほどなどに、下衆女のなりあしきが子負ひたる。老いたる乞食(かたゐ)小さき板屋の黒うきたなげなるが雨にぬれたる。また、雨いたう降りたるに、小さき馬に乗りて御前(ごぜん)したる人。冬はされどよし、夏は袍・下襲もひとつにあひたり。


119 :123:(能127):暑げなるもの

 暑げなるもの 随身の長の狩衣。衲(のふ)の袈裟。出居(いでゐ)の少将。いみじう肥えたる人の髪おほかる。六七月の修法の日中の時おこなふ阿闍梨。


120 :124:(能128):はづかしきもの

 はづかしきもの 男の心の内。いざとき夜居の僧。みそか盗人のさるべき隈(くま)にゐて見るらむをば、誰かは知らむ。暗きまぎれに忍びて物引き取る人もあらむかし。そはしも同じ心にをかしとや思ふらむ。

 夜居の僧は、いとはづかしきものなり。若き人の集まりゐて、人の上を言ひ笑ひ、そしりにくみもするを、つくづくと聞き集むる、いとはづかし。「あなうたて、かしがまし」など、御前近き人などのけしきばみいふをも聞き入れず、言ひ言ひのはてはみなうち解けて寝るも、いとはづかし。

 男は、うたて思ふさまならず、もどかしう心づきなき事などありと見れど、さし向ひたる人をすかし頼むるこそ、いとはづかしけれ。まして、情けあり、好ましう、人に知られたるなどは、おろかなりと思はすべうももてなさずかし。心のうちにのみならず、またみなこれがことはかれに言ひ、かれが事はこれに言ひ聞かすべかめるも、我が事をば知らで、かう語るはなほこよなきなめりと思ひやすらむ。いで、されば、少しも思ふ人にあへば、心はかなきなめりと見えて、いとはづかしうもあらぬぞかし。いみじうあはれに、心苦しう、見すてがたき事などを、いささか何とも思はぬも、いかなる心ぞとこそあさましけれ。さすがに人の上をもどき、ものをいとよくいふさまよ。ことにたのもしき人なき宮仕人などをかたらひて、ただならずなりぬるありさまを、きよく知らでなどもあるは。


121 :125:(能129,100)むとくなるもの

 むとくなるもの 潮干の潟にをる大船。大きなる木の風に吹き倒されて、根をささげて横たはれ臥せる。えせ者の従者かうがへたる。人の妻などのすずろなる物怨じなどして隠れたらむを、かならず尋ねさわがむものぞと思ひたるに、さしもあらずねたげにもてなしたるに、さてはえ旅だちゐたらねば、心と出で来たる。


122 :126:(能130):修法は

 修法は 奈良方(ならがた)。仏の護身(ごしん)どもなど、読み奉りたる、なまめかしうたふとし。


123 :127:(能131):はしたなきもの

 はしたなきもの こと人を呼ぶに、我がぞとてさし出でたる。ものなど取らするをりは、いとど。おのづから人の上などうち言ひ、そしりたるに、幼き子どもの聞き取りて、その人のあるに言ひ出でたる。

 あはれなることなど人の言ひ出でうち泣きなどするに、げにいとあはれなりなど聞きながら、涙のつと出で来ぬ、いとはしたなし。泣き顔つくり、けしき異(こと)になせど、いとかひなし。めでたきことを見聞くには、まづただ出で来にぞ出で来る。


123 :128:(能131):八幡の行幸のかへらせ給ふに

 八幡の行幸のかへらせ給ふに、女院の御桟敷のあなたに御輿とどめて、御消息申させ給ひしなど、いみじくめでたく、さばかりの御ありさまにてかしこまり申させ給ふが、世に知らずいみじきに、まことにこぼるばかり化粧じたる顔みなあらはれて、いかに見苦しからむ。宣旨の御使にて斉信(ただのぶ)の宰相の中将の御桟敷へ参り給ひしこそ、いとをかしう見えしか。ただ随身四人、いみじう装束きたる、馬副(むまぞひ)の細く白くしたてたるばかりして、二条の大路の広く清げなるに、めでたき馬をうちはやめて急ぎ参りて、少し遠くより下りて、傍(そば)の御簾の前に候ひ給ひしなど、いとをかし。御返り承(うけたまは)りて、また帰り参りて、御輿のもとにて奏し給ふほどなど、いふもおろかなり。

 さて、うちのわたらせ給ふを見奉らせ給ふらむ御心地、思ひやり参らするは、飛び立ちぬべくこそおぼえしか。それには長泣きをして笑はるるぞかし。よろしき人だになほ子のよきはいとめでたきものを、かくだに思ひ参らするもかしこしや。


124 :129:(能132):関白殿、黒戸より出でさせ給ふとて

 関白殿、黒戸より出でさせ給ふとて、女房の隙(ひま)なく候ふを、「あないみじのおもとたちや。翁をいかに笑ひ給ふらむ」とて、分け出でさせ給へば、戸口近き人々いろいろの袖口して御簾引き上げたるに、権大納言の御沓取りてはかせ奉り給ふ。いとものものしく清げに、よそほしげに、下襲の裾(しり)長く引き、所せくて候ひ給ふ。あなめでた大納言ばかりに沓取らせ奉り給ふよと見ゆ。山の井の大納言、その御次々のさならぬ人々、黒きものを引き散らしたるやうに、藤壺の塀のもとより登華殿の前までゐ並みたるに、細やかになまめかしうて、御佩刀(はかし)など引きつくろはせ給ひ、やすらはせ給ふに、宮の大夫(だいぶ)殿は(=「は」を旺文社文庫は「を」としてゐる)戸の前に立たせ給へれば、ゐさせ給ふまじきなめりと思ふほどに、少し歩み出でさせ給へば、ふとゐさせ給へりしこそ、なほいかばかりの昔の御おこなひのほどにかと見奉りしこそ、いみじかりしか。

 中納言の君の、忌日とてくすしがりおこなひ給ひしを、「賜へ、その数珠しばし。おこなひして、めでたき身にならむ」と借るとて、集まりて笑へど、なほいとこそめでたけれ。御前に聞こしめして、「仏になりたらむこそは、これよりはまさらめ」とて、うち笑ませ給へるを、まためでたくなりてぞ見奉る。大夫殿のゐさせ給へるを、かへすがへす聞こゆれば、「例の思ひ人」と笑はせ給ひし、まいて、この後(のち)の御ありさまを見たてまつらせ給はましかば、ことわりとおぼしめされなまし。


125 :130:(能133):九月ばかり、夜一夜降り明かしつる雨の

 九月ばかり、夜一夜降り明かしつる雨の、今朝はやみて、朝日いとけざやかにさし出でたるに、前栽の露はこぼるばかり濡れかかりたるも、いとをかし。透垣の羅文(らもん)、軒の上などは、かいたる蜘蛛の巣のこぼれ残りたるに雨のかかりたるが、白き玉を貫きたるやうなるこそ、いみじうあはれにをかしけれ。

 少し日たけぬれば、萩などのいと重げなるに、露の落つるに、枝うち動きて、人も手触れぬに、ふと上(かみ)ざまへあがりたるも、いみじうをかしと言ひたることどもの、人の心にはつゆをかしからじと思ふこそ、またをかしけれ。


126 :131:(能134):七日の日の若菜を

 七日の日の若菜を、六日人の持て来さわぎ、取り散らしなどするに、見も知らぬ草を子供の取り持て来たるを、「何とかこれをばいふ」と問へば、とみにも言はず、「いさ」など、これかれ見あはせて、「耳無草となむいふ」といふ者のあれば、「むべなりけり。聞かぬ顔なるは」と笑ふに、またいとをかしげなる菊の、生ひ出でたるを持て来たれば、

  つめどなほ耳無草こそあはれなれあまたしあればきくもありけり

と言はまほしけれど、またこれも聞き入るべうもあらず。



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下巻の上(第127~218段.143段の次に「一本」1~28段あり)
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127 :132:(能135):二月、官の司に

 二月、官の司に定考(かうぢやう)といふことすなる、何事にかあらむ。孔子(くじ)などかけたてまつりてすることなるべし。聡明とて、上にも宮にも、あやしきもののかたなど、かはらけに盛りてまゐらす。


128 :133:(能136):頭の弁の御もとより

 頭の弁(=行成)の御もとより、主殿司、ゑなどやうなるものを、白き色紙につつみて、梅の花のいみじう咲きたるにつけて持て来たり。ゑにやあらむと、急ぎ取り入れて見れば、餅餤(べいだん)といふ物を二つ並べてつつみたるなりけり。添へたる立文には、解文(げもん)のやうにて、

 進上 餅餤一包
 例に依て進上如件
 別当 少納言殿

とて月日書きて、「みまなのなりゆき」とて、奥に、「このをのこはみづからまゐらむとするを、昼はかたちわろしとてまゐらぬなめり」と、いみじうをかしげに書い給へり。御前(ぜん)に参りて御覧ぜさすれば、「めでたくも書きたるかな。をかしくしたり」などほめさせ給ひて、解文は取らせ給ひつ。「返り事いかがすべからむ。この餅餤持て来るには、物などや取らすらむ。知りたらむ人もがな」といふを、きこしめして、「惟仲(これなか)が声のしつるを。呼びて問へ」とのたまはすれば、端に出でて、「左大弁(=惟仲)にもの聞こえむ」と侍して呼ばせたれば、いとよくうるはしくして来たり。「あらず、わたくし事なり。もし、この弁、少納言などのもとに、かかる物持て来る下部(しもべ)などは、することやある」といへば、「さることも侍らず。ただとめてなむ食ひ侍る。何しに問はせ給ふぞ。もし、上官のうちにて得させ給へるか」と問へば、「いかがは」といらへて、返り事をいみじう赤き薄様に、「みづから持てまうで来ぬ下部はいと冷淡なりとなむ見ゆめる」とて、めでたき紅梅につけて奉りたる、すなはちおはして、「下部候ふ。下部候ふ」とのたまへば、出でたるに、「さやうのもの、そらよみしておこせ給へると思ひつるに、美々しくも言ひたりつるかな。女の少し我はと思ひたるは、歌よみがましくぞある。さらぬこそ語らひよけれ。まろなどに、さること言はむ人、かへりて無心ならむかし」などのたまふ。「則光、なりやすなど笑ひてやみにしことを、上の御前に人々いとおほかりけるに、かたり申し給ひければ、『よく言ひたり』となむのたまはせし」とまた人の語りしこそ、見苦しき我ぼめどもをかし。


129 :134:(能137):などて、官得はじめたる六位の笏に

 「などて、官得はじめたる六位の笏に、職の御曹司の辰巳の隅の築土(ついひぢ)の板はせしぞ。さらば、西東(ひんがし)のをもせよかし」などいふことを言ひ出でて、「あぢきなきことどもを。衣などにすずろなる名どもをつけけむ、いとあやし。衣のなかに、細長はさも言ひつべし。なぞ、汗衫は尻長といへかし」「男童(をのわらは)の着たるやうに、なぞ、唐衣(からぎぬ)は短衣(みじかきぬ)といへかし」「されど、それは唐土の人の着るものなれば」「袍(うへのきぬ)、うへの袴は、さもいふべし。下襲よし。大口、またながさよりは口ひろければ、さもありなむ」「袴、いとあぢきなし。指貫は、なぞ、足の衣とこそいふべけれ。もしは、さやうのものをば袋といへかし」など、よろづの事を言ひののしるを、「いで、あな、かしがまし。今は言はじ。寝給ひね」といふ、いらへに、夜居の僧の、「いとわろからむ。夜一夜こそ、なほのたまはめ」と、にくしと思ひたりし声高(こはだか)にて言ひたりしこそ、をかしかりしにそへておどろかれにしか。


130 :135:(能138):故殿の御ために

 故殿の御ために、月ごとの十日、経、仏など供養(くやう)せさせ給ひしを、九月十日、職の御曹司にてせさせ給ふ。上達部、殿上人いとおほかり。清範、講師にて、説くこと、はたいとかなしければ、ことにもののあはれ深かるまじき若き人々、みな泣くめり。

 果てて、酒飲み、詩誦しなどするに、頭の中将斉信の君の、「月秋と期して身いづくか」といふことをうち出だし給へりし、はたいみじうめでたし。いかで、さは思ひ出で給ひけむ。

 おはします所に、わけ参るほどに、立ち出でさせ給ひて、「めでたしな。いみじう、今日の料に言ひたりけることにこそあれ」とのたまはすれば、「それ啓しにとて、もの見さして参り侍りつるなり。なほいとめでたくこそおぼえ侍りつれ」と啓すれば、「まいて、さおぼゆらむかし」と仰せらる。

 わざと呼びも出で、逢ふ所ごとにては、「などか、まろを、まことに近く語らひ給はぬ。さすがににくしと思ひたるにはあらずと知りたるを、いとあやしくなむおぼゆる。かばかり年ごろになりぬる得意の、うとくてやむはなし。殿上などに明暮なき折もあらば、何事をか思ひ出にせむ」とのたまへば、「さらなり。かたかるべきことにもあらぬを、さもあらむ後には、えほめたてまつらざらむが口惜しきなり。上の御前などにても、やくとあづかりて、ほめ聞こゆるにいかでか。ただおぼせかし。かたはらいたく、心の鬼出で来て、言ひにくくなり侍りなむ」といへば、「などて。さる人をしもこそ、よそ目(<よそ>め)より他(ほか)にほむるたぐひあれ」とのたまへば、「それがにくからずおぼえばこそあらめ。男も女も、けぢかき人思ひ、方(かた)引き、褒め、人のいささかあしきことなどいへば腹立ちなどするが、わびしうおぼゆるなり」といへば、「たのもしげなのことや」とのたまふも、いとをかし。


131 :136:(能139):頭の弁の、職に参り給ひて

 頭の弁の、職に参り給ひて、物語などし給ひしに、夜いたうふけぬ。「あす御物忌なるにこもるべければ、丑になりなばあしかりなむ」とて、参り給ひぬ。

 つとめて、蔵人所の紙屋紙(かうやがみ)ひき重ねて、「今日は残りおほかる心地なむする。夜を通して、昔物語もきこえあかさむとせしを、にはとりの声に催されてなむ」と、いみじうことおほく書き給へる、いとめでたし。御返りに、「いと夜深く侍りける鳥の声は、孟嘗君(まうさうくん)のにや」と聞こえたれば、たちかへり、「『孟嘗君のにはとりは、函谷関を開きて、三千の客(かく)わづかに去れり』とあれども、これは逢坂の関なり」とあれば、

  夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

心かしこき関守侍り」と聞こゆ。また、たちかへり、


  逢坂は人越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか

とありし文どもを、はじめのは、僧都の君、いみじう額をさへつきて、取り給ひてき。後々のは御前に。

 さて、逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。「いとわろし。さて、その文は、殿上人みな見てしは」とのたまへば、「まことにおぼしけりと、これにこそ知られぬれ。めでたきことなど、人の言ひつたへぬは、かひなきわざぞかし。また、見苦しきこと散るがわびしければ、御文はいみじう隠して、人につゆ見せ侍らず。御心ざしのほどをくらぶるに、ひとしくこそは」といへば、「かくものを思ひ知りていふが、なほ人には似ずおぼゆる。『思ひぐまなく、あしうしたり』など、例の女のやうにや言はむとこそ思ひつれ」など言ひて、笑ひ給ふ。「こはなどて。よろこびをこそきこえめ」などいふ。「まろが文を隠し給ひける、また、なほあはれにうれしきことなりかし。いかに心憂くつらからまし。今よりも、さを頼みきこえむ」などのたまひて、のちに、経房の中将おはして、「頭の弁はいみじう誉め給ふとは知りたりや。一日の文に、ありしことなど語り給ふ。思ふ人の人にほめらるるは、いみじううれしき」など、まめまめしうのたまふもをかし。「うれしきこと二つにて、かのほめ給ふなるに、また、思ふ人のうちに侍りけるをなむ」といへば、「それめづらしう、今のことのやうにもよろこび給ふかな」などのたまふ。


132 :137:(能140):五月ばかり、月もなういと暗きに

 五月ばかり、月もなういと暗きに、「女房や候ひ給ふ」と声々して言へば、「出でて見よ。例ならず言ふは誰(たれ)ぞとよ」と仰せらるれば、「こは誰(た)そ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」と言ふ。ものは言はで御簾をもたげて、そよろとさし入るる、呉竹なりけり。「おい、この君にこそ」と言ひたるを聞きて「いざいざ、これまづ殿上に行きて語らむ」とて、式部卿の宮の源中将、六位どもなどありけるは往(い)ぬ。

 頭の弁はとまり給へり。「あやしくても往ぬる者どもかな。御前(ごぜん)の竹を折りて、歌詠まむとてしつるを、『同じくは職(しき)に参りて女房など呼び出できこえて』とて来つるに、呉竹の名をいととく言はれて往ぬるこそ、いとほしけれ。誰(た)が教へを聞きて、人のなべて知るべうもあらぬ事をば言ふぞ」など、のたまへば、「竹の名とも知らぬものを。なめしとやおぼしつらむ」と言へば、「まことに、そは知らじを」など、のたまふ。

 まめごとなども言ひあはせてゐ給へるに、「種(う)ゑてこの君と称す」と誦(ず)じて、また集まり来たれば「殿上にて言ひ期(き)しつる本意もなくては、など、帰り給ひぬるぞとあやしうこそありつれ」とのたまへば、「さることには、何の答へをかせむ。なかなかならむ。殿上にて言ひののしりつるは。上もきこしめして興ぜさせおはしましつ」と語る。頭の弁もろともに、同じことを返す返す誦じ給ひて、いとをかしければ、人々、皆とりどりにものなど言ひ明して、帰るとてもなほ、同じことを諸声に誦じて、左衛門の陣入るまで聞こゆ。

 つとめて、いととく、少納言の命婦といふが御文まゐらせたるに、この事を啓したりければ、下(しも)なるを召して、「さる事やありし」と問はせ給へば「知らず。何とも知らで侍りしを、行成(ゆきなり)の朝臣(あそん)のとりなしたるにや侍らむ」と申せば、「とりなすとも」とて、うち笑ませ給へり。誰が事をも「殿上人ほめけり」などきこしめすを、さ言はるる人をもよろこばせ給ふも、をかし。


133 :138:(能141):円融院の御はての年

 円融院の御はての年、みな人御服脱ぎなどして、あはれなることを、おほやけよりはじめて、院の人も、「花の衣に」など言ひけむ世の御ことなど思ひ出づるに、雨のいたう降る日、藤三位の局に、蓑虫のやうなる童の大きなる、白き木に立文をつけて、「これ奉らせむ」と言ひければ、「いづこよりぞ。今日明日は物忌なれば、蔀もまゐらぬぞ」とて、下(しも)は立てたる蔀より取り入れて、「さなむ」とは聞かせ給へれど、「物忌なれば見ず」とて、上(かみ)についさして置きたるを、つとめて、手洗ひて、「いで、その昨日の巻数(くわんず)こそ」とて請ひ出でて、伏し拝みてあけたれば、胡桃色といふ色紙の厚肥えたるを、あやしと思ひてあけもて行けば、法師のいみじげなる手にて、

  これをだにかたみと思ふに都には葉がへやしつる椎柴の袖

と書いたり。いとあさましうねたかりけるわざかな。誰がしたるにかあらむ。仁和寺(にわじ)の僧正のにやと思へど、世にかかることのたまはじ。藤大納言ぞかの院の別当(べたう)にぞおはせしかば、そのし給へることなめり。これを、上の御前、宮などにとくきこしめさせばやと思ふに、いと心もとなくおぼゆれど、なほいとおそろしう言ひたる物忌し果てむとて、念じ暮らして、またつとめて、藤大納言の御もとに、この返しをして、さし置かせたれば、すなはちまた返ししておこせ給へり。

 それを二つながら持て、急ぎ参りて、「かかることなむ侍りし」と、上もおはします御前にて語り申し給ふ。宮ぞいとつれなく御覧じて、「藤大納言の手のさまにはあらざめり。法師のにこそあめれ。昔の鬼のしわざとこそおぼゆれ」など、いとまめやかにのたまはすれば、「さは、こは誰がしわざにか。好き好きしき心ある上達部・僧綱などは誰かはある。それにや、かれにや」など、おぼめき、ゆかしがり、申し給ふに、上の、「このわたりに見えし色紙にこそいとよく似たれ」とうちほほ笑ませ給ひて、今一つ御厨子のもとなりけるを取りて、さしたまはせたれば、「いで、あな、心憂。これ仰せられよ。あな、頭痛や。いかで、とく聞き侍らむ」と、ただ責めに責め申し、うらみきこえて、笑ひ給ふに、やうやう仰せられ出でて、「使に行きける鬼童は、台盤所の刀自といふ者のもとなりけるを、小兵衛がかたらひ出だして、したるにやありけむ」など仰せらるれば、宮も笑はせ給ふを、引きゆるがし奉りて、「など、かくは謀らせおはしまししぞ。なほ疑ひもなく手をうち洗ひて、伏し拝み奉りしことよ」と、笑ひねたがりゐ給へるさまも、いとほこりかに愛敬づきてをかし。

 さて、上の台盤所にても、笑ひののしりて、局に下りて、この童たづね出でて、文取り入れし人に見すれば、「それにこそ侍るめれ」といふ。「誰が文を、誰か取らせし」といへど、ともかくも言はで、しれじれしう笑みて走りにけり。大納言、後に聞きて、笑ひ興じ給ひけり。


134 :139:(能142):つれづれなるもの

 つれづれなるもの 所避りたる物忌。馬下りぬ双六(すぐろく)。除目に司得ぬ人<の>家。雨うち降りたるは、まいていみじうつれづれなり。


135 :140:(能143):つれづれなぐさむもの

 つれづれなぐさむもの 碁。双六。物語。三つ四つのちごの、ものをかしういふ。また、いと小さきちごの、物語りし、たがへなどいふわざしたる。菓子(くだもの)。男などの、うちさるがひ、ものよくいふが来たるを、物忌みなれど、入れつかし。


136 :141:(能144):とり所なきもの

 とり所なきもの かたちにくさげに、心あしき人。みそひめのぬりたる。これいみじう、よろづの人のにくむなる物とて、今とどむ(=書くのをやめる)べきにあらず。また、あと火の火箸といふこと、などてか、世になきことならねど、<みな人知りたらむ。げに書き出で、人の見るべきことにもあらねど、>この草子を、人の見るべきものと思はざりしかば、あやしきことも、にくきことも、ただ思ふことを書かむと思ひしなり。


137 :142:(能145):なほめでたきこと

 なほめでたきこと 臨時の祭ばかりのことにかあらむ。試楽もいとをかし。

 春は、空のけしきのどかにうらうらとあるに、清涼殿の御前に、掃部司(かもんづかさ)の、畳をしきて、使は北向きに、舞人は御前のかたに向きて、これらは僻おぼえにもあらむ、所の衆どもの、衝重(ついがさね)取りて、前どもにすゑわたしたる。陪従(べいじう=楽人)も、その庭ばかりは御前にて出で入るぞかし。公卿、殿上人、かはりがはり盃取りて、はてには屋久貝といふものして飲みて立つ、すなはち、とりばみといふもの、男(をのこ)などのせむだにいとうたてあるを、御前には、女ぞ出で取りける。おもひかけず、人あらむとも知らぬ火焼屋(ひたきや)より、にはかに出でて、おほくとらむと騒ぐものは、なかなかうちこぼしあつかふほどに、軽(かる)らかにふと取りて往ぬる者には劣りて、かしこき納殿(おさめどの)には火焼屋をして、取り入るるこそいとをかしけれ。掃部司の者ども、畳とるやおそしと、主殿(とのもり)の官人、手ごとに箒(ははき)取りて砂(すなご)馴らす。

 承香殿(しようきやうでん)の前のほどに、笛吹き立て拍子(はうし)うちて遊ぶを、とく出で来なむと待つに、有度浜(うどはま)うたひて、竹の笆(ませ)のもとにあゆみ出でて、御琴(みこと)うちたるほど、ただいかにせむとぞおぼゆるや。一の舞の、いとうるはしう袖をあはせて、二人ばかり出で来て、西によりて向かひて立ちぬ。つぎつぎ出づるに、足踏みを拍子にあはせて、半臂の緒つくろひ、冠・袍(きぬ)の領(くび)など、手もやまずつくろひて、「あやもなきこま山」などうたひて舞ひたるは、すべて、まことにいみじうめでたし。

 大輪(おほわ)など舞ふは、日一日見るともあくまじきを、果てぬる、いと口惜しけれど、またあべしと思へば、頼もしきを、御琴かきかへして、このたびは、やがて竹の後ろより舞ひ出でたるさまどもは、いみじうこそあれ。掻練のつや、下襲などの乱れあひて、こなたかなたにわたりなどしたる、いでさらにいへば世の常なり。

 このたびは、またもあるまじければにや、いみじうこそ果てなむことは口惜しけれ。上達部なども、みなつづきて出で給ひぬれば、さうざうしく口惜しきに、賀茂の臨時の祭は、還立(かへりだち)の御神楽などにこそなぐさめらるれ。庭燎(にはび)の煙の細くのぼりたるに、神楽の笛のおもしろくわななき吹きすまされてのぼるに、歌の声もいとあはれに、いみじうおもしろく、さむく冴えこほりて、うちたる衣もつめたう、扇持ちたる手も冷ゆともおぼえず。才(ざえ)の男(をのこ)召して、声引きたる人長(にんぢやう)の心地よげさこといみじけれ。

 里なる時は、ただわたるを見るが飽かねば、御社(やしろ)までいきて見る折もあり。おほいなる木どものもとに車を立てたれば、松の煙のたなびきて、火の影に半臂の緒、衣のつやも、昼よりはこよなうまさりてぞ見ゆる。橋の板を踏み鳴らして、声合は<せ>て舞ふほどもいとをかしきに、水の流るる音、笛の声などあひたるは、まことに神もめでたしとおぼすらむかし。頭の中将といひける人の、年ごとに舞人にて、めでたきものに思ひしみけるに、亡くなりて上の社の橋の下にあなるを聞けば、ゆゆしう、ものをさしも思ひ入れじとおもへど、なほこのめでたきことをこそ、さらにえ思ひすつまじけれ。

 「八幡(やはた)の臨時の祭の日、名残こそいとつれづれなれ。など帰りてまた舞ふわざをせざりけむ。さらば、をかしからまし。禄を得て、後ろよりまかづるこそ口惜しけれ」などいふを、上の御前に聞こしめして、「舞(ま)はせむ」と仰せらる。「まことにや候ふらむ。さらば、いかにめでたからむ」など申す。うれしがりて、宮の御前にも、「なほそれ舞はせさせ給へと申させ給へ」など、集まりて啓しまどひしかば、そのたび、帰りて舞ひしは、いみじううれしかりしものかな。さしもやあらざらむとうちたゆみたる舞人、御前に召す、と聞こえたるに、ものにあたるばかり騒ぐも、いとど物ぐるほし。

 下にある人々のまどひのぼるさまこそ。人の従者(ずさ)、殿上人など見るも知らず、裳を頭にうちかづきてのぼるを笑ふもをかし。


138 :143:(能146):殿などのおはしまさで後

 殿などのおはしまさで後、世の中に事出で来、さわがしうなりて、宮も参らせ給はず、小二条殿といふ所におはしますに、何ともなくうたてありし[し]かば、久しう里にゐたり。御前わたりのおぼつかなきにこそ、なほえ絶えてあるまじかりける。

 右中将(=経房)おはして、物語し給ふ。「今日宮に参りたりつれば、いみじうものこそあはれなりつれ。女房の装束、裳、唐衣をりにあひ、たゆまで候ふかな。御簾のそばのあきたりつるより見入れつれば、八九人ばかり、朽葉の唐衣、薄色の裳に、紫苑、萩など、をかしうて居並みたりつるかな。御前の草のいとしげきを、『などか、かきはらはせでこそ』といひつれば、『ことさら露置かせて御覧ずとて』と、宰相の君の声にていらへつるが、をかしうもおぼえつるかな。『御里居いと心憂し。かかる所に住ませ給はむほどは、いみじきことありとも、かならず候ふべきものにおぼしめされたるに、かひなく』と、あまた言ひつる、語り聞かせ奉れとなめりかし。参りて見給へ。あはれなりつる所のさまかな。台の前に植ゑられたりける牡丹(ぼうた<ん>)などのをかしきこと」などのたまふ。「いさ、人の憎しと思ひたりしが、また憎くおぼえ侍りしかば」といらへ聞こゆ。「おいらかにも」<とて>笑ひ給ふ。

 げにいかならむと思ひ参らする。御けしきにはあらで、候ふ人たちなどの、「左の大殿(おほとの)がたの人、知るすぢにてあり」とて、さしつどひものなどいふも、下より参る見ては、ふと言ひやみ、放ち出でたるけしきなるが、見ならはずにくければ、「参れ」など、たびたびある仰せ言をも過ぐして、げに久しくなりにけるを、また宮の辺(へん)には、ただあなた方に言ひなして、そら言なども出で来べし。

 例ならず仰せ言などもなくて日頃になれば、心細くてうちながむるほどに、長女文を持て来たり。「御前より、宰相の君して、忍びてたまはせたりつる」といひて、ここにてさへひき忍ぶるもあまりなり。人づての仰せ書きにはあらぬなめりと、胸つぶれてとく開けたれば、紙にはものも書かせたまはず、山吹の花びらただ一重をつつませ給へり。それに、「言はで思ふぞ」と書かせ給へる、いみじう、日頃の絶え間嘆かれつる、みな慰めてうれしきに、長女もうちまもりて、「御前には、いかが、もののをりごとに、おぼし出できこえさせ給ふなるものを。誰もあやしき御長居とこそ侍るめれ。などかは参らせ給はぬ」といひて、「ここなる所に、あからさまにまかりて、参らむ」といひて往ぬる後、御返りごと書きて参らせむとするに、この歌の本さらに忘れたり。「いとあやし。同じ故事(ふるごと)と言ひながら、知らぬ人やはある。ただここもとにおぼえながら、言ひ出でられぬはいかにぞや」などいふを聞きて、前にゐたるが、「『下ゆく水』とこそ申せ」といひたる、などかく忘れつるならむ。これに教へらるるもをかし。

 御返り参らせて、少しほど経て参りたる、いかがと例よりはつつましくて、御几帳にはた隠れて候ふを、「あれは新参(いままゐり)か」など笑はせ給ひて、「にくき歌なれど、この折は言ひつべかりけりとなむ思ふを。おほかた見つけでは、しばしもえこそ慰<さむ>まじけれ」などのたまはせて、かはりたる御けしきもなし。

 童に教へられしことなどを啓すれば、いみじう笑はせ給ひて、「さることぞある。あまりあなづる故事(ふるごと)などは、さもありぬべし」など仰せらるる、ついでに、「なぞなぞ合しける、方人にはあらで、さやうのことにりやうりやうじかりけるが、『左の一はおのれ言はむ。さ思ひ給へ』など頼むるに、さりともわろきことは言ひ出でじかしと、たのもしくうれしうて、みな人々作り出だし、選り定むるに、『その詞(ことば)をただまかせて残し給へ。さ申しては、よも口惜しくはあらじ』といふ。げにとおしはかるに、日いと近くなりぬ。『なほこのことのたまへ。非常(ひざう)に、同じこともこそあれ』といふを、『さば、いさ知らず。な頼まれそ』などむつかりければ、おぼつかなながら、その日になりて、みな、方の人、男・女居わかれて、見証(けんそ)の人など、いとおほく居並みてあはするに、左の一、いみじく用意してもてなしたるさま、いかなることを言ひ出でむと見えたれば、こなたの人、あなたの人、みな心もとなくうちまもりて、『なぞ、なぞ』といふほど、心にくし。『天に張り弓』といひたり。右方の人は、いと興ありてと思ふに、こなたの人はものもおぼえず、みなにくく愛敬なくて、あなたによりてことさらに負けさせむとしけるを、など、片時のほどに思ふに、右の人、『いと口惜しく、をこなり』とうち笑ひて、『やや、さらにえ知らず』とて、口を引き垂れて、『知らぬことよ』とて、さるが<う>[く]しかくるに、籌(かず)ささせつ。『いとあやしきこと。これ知らぬ人は誰かあらむ。さらにかずささるまじ』と論ずれど、『知らずと言ひてむには、などてか負くるにならざらむ』とて、次々のも、この人なむみな論じ勝たせける。『いみじく人の知りたることなれども、おぼえぬ時はしかこそはあれ。何しにかは、知らずとは言ひし』<と>、後にうらみられけること」など、語り出でさせ給へば、御前なる限り、さ思ひつべし。「口惜しういらへけむ。こなたの人の心地、うち聞きはじめけむ、いかがにくかりけむ」なんど笑ふ。これは忘れたること<か>は、ただみな知りたることとかや。


139 :144:(能147):正月十余日のほど

 正月十余日のほど、空いと黒う、雲(くも)<も>[り]あつく見えながら、さすがに日はけざやかにさし出でたるに、えせ者の家の荒畠(あらばたけ)といふものの、土うるはしうも直からぬ、桃の木のわかだちて、いと細枝(しもと)がちにさし出でたる、片つ方はいと青く今片つ方は濃くつややかにて蘇芳(すはう)の色なるが日かげに見えたるを、いと細やかなる童の狩衣はかけ破(や)りなどして髪うるはしきが、上りたれば、ひきはこえたる男児(をのこご)、また、小脛(こはぎ)にて半靴(はうくわ)はきたるなど、木のもとに立ちて、「我に鞠打(ぎちやう)切りて」などこふに、また、髪をかしげなる童の、袙(あこめ)どもほころびがちにて、袴萎えたれど、よき袿(うちぎ)着たる三四人来て、「卯槌の木のよからむ、切りておろせ。御前にも召す」などいひて、おろしたれば、ばひし<ら>[ゝ]がひ取りて、さし仰ぎて、「我におほく」など言ひたるこそをかしけれ。

 黒袴着たる男(をのこ)の走り来て乞ふに、「ま[し]て」などいへば、木のもとを引きゆるがすに、あやふがりて猿のやうにかいつきてをめくもをかし。梅などのなりたる折も、さやうにぞするかし。


140 :145:(能148):きよげなる男の

 清げなる男(をのこ)の、双六を日一日うちて、なほあかぬにや、短かき灯台に火をともしていと明かうかかげて、かたきの賽を責め請ひて、とみにも入れねば、筒(どう)を盤の上に立てて待つに、狩衣のくびの顔にかかれば、片手しておし入れて、こはからぬ烏帽子ふりやりつつ、「賽いみじく呪ふとも、うちはづしてむや」と、心もとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかに見ゆれ。


141 :146:(能149):碁を、やむごとなき人のうつとて

 碁を、やむごとなき人のうつとて、紐うち解き、ないがしろなるけしきに拾ひ置くに、劣りたる人の、ゐづまひもかしこまりたるけしきにて、碁盤よりは少し遠くて、およびて、袖の下は今片手してひかへなどして、うちゐたるもをかし。


142 :147:(能150):恐ろしげなるもの

 恐ろしげなるもの つるばみのかさ。焼けたる所。水ふぶき。菱。髪おほかる男の洗ひてほすほど。


143 :148:(能151):きよしと見ゆるもの

 清しと見ゆるもの 土器(かはらけ)。あたらしき鋺(かなまり)。畳にさす薦(こも)。水を物に入るるすき影。



144 :149:(能153):いやしげなるもの

 いやしげなるもの 式部の丞(ぜう)の笏。黒き髪の筋わろき。布屏風のあたらしき。旧り黒みたるは、さるいふかひなき物にて、なかなか何とも見えず。あたらしうしたてて、桜の花おほく咲かせて、胡粉(こふん)、朱砂(すさ)など色どりたる絵どもかきたる。遣戸厨子(づし)。法師のふとりたる。まことの出雲筵(むしろ)の畳。


145 :150:(能154):胸つぶるるもの

 胸つぶるるもの 競馬(くらべむま)見る。元結よる。親などの心地あしとて、例ならぬけしきなる。まして、世の中などさわがしと聞こゆる頃は、よろづの事おぼえず。また、もの言はぬちごの泣き入りて、乳(ち)も飲まず、乳母のいだくにもやまで久しき。

 例の所ならぬ所にて、ことにまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、こと人などのそのうへなどいふにも、まづこそつぶるれ。いみじうにくき人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。

 よべ来はじめたる人の、今朝(けさ)の文のおそきは、人のためにさへつぶる。


146 :151:(能155):うつくしきもの

 うつくしきもの 瓜にかきたるちごの顔。雀の子の、ねず鳴きするにをどり来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人<な>[こ]どに見せたる、いとうつくし。頭はあまそぎなるちごの、目に髪のおほへるをかきはやらで、うちかたぶきて物など見たるも、うつくし。

 大きにはあらぬ殿上童の、さうぞきたてられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまにいだきて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。

 雛の調度。蓮(はちす)の浮葉のいと小さきを、池より取りあげたる。葵のいと小さき。何も何も、小さきものはみなうつくし。

 いみじう白く肥えたるちごの二つばかりなるが、二藍のうすものなど、衣長(きぬなが)にて襷(たすき)結ひたるがはひ出でたるも、また、短かきが袖がちなる着てありくも、みなうつくし。八つ、九つ、十ばかりなどの男児(をのこご)の、声はをさなげにてふみ読みたる、いとうつくし。

 にはとりのひなの、足高に、白うをかしげに衣短かなるさまして、ひよひよとかしがましう鳴きて、人のしりさきに立ちてありくもをかし。また親の、ともにつれてたちて走るも、みなうつくし。かりのこ。瑠璃の壺。


147 :152:(能156):人ばへするもの

 人ばへするもの ことなることなき人の<子の>、さすがにかなしうしならはしたる。しはぶき。はづかしき人にもの言はむとするに、先に立つ。

 あなたこなたに住む人の子の四つ五つなるは、あやにくだちて、もの取り散らしそこなふを、ひきはられ制せられて、心のままにもえあらぬが、親の来たるに所得て、「あれ見せよ。やや、はは」など引きゆるがすに、大人どものいふとて、ふとも聞き入れねば、手づから引きさがし出でて見騒ぐこそ、いとにくけれ。それを、「まな」ともとり隠さで、「さなせそ」「そこなふな」などばかり、うち笑みていふこそ、親もにくけれ。我はた、えはしたなうも言はで見るこそ心もとなけれ。


148 :153:(能157):名おそろしきもの

 名おそろしきもの 青淵(あをふち)。谷(たに)の洞(ほら)。鰭板(はたいた)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかづち)は名のみにもあらず、いみじう恐ろし。暴風(はやち)。不祥雲(ふさうぐも)。戈星(ほこぼし)。肘笠雨(ひぢかさあめ)。荒野(あらの)ら。

 強盗(がうだう)、またよろづに恐ろし。らんそう、おほかた恐ろし。かなもち、またよろづに恐ろし。生霊(いきすだま)。くちなはいちご。鬼わらび。鬼ところ。荊(むばら)。枳殻(からたち)。いり炭。牛鬼。碇(いかり)、名よりも見るは恐ろし。


149 :154:(能158):見るにことなることなきものの

 見るにことなることなきものの文字に書きてことごとしきもの 覆盆子(いちご)。鴨跖草(つゆくさ)。芡(みづふぶき)。蜘蛛(くも)。胡桃(くるみ)。文章博士(もんじやうはかせ)。得業(とくごふ)の生(しやう)。皇太后宮権の大夫(だいふ)。楊桃(やまもも)。

 虎杖(いたどり)は、まいて虎の杖と書きたるとか。杖なくともありぬべき顔つきを。


150 :155:(能159):むつかしげなるもの

 むつかしげなるもの ぬひ物の裏。ねずみの子の毛もまだ生ひぬを、巣の中よりまろばし出でたる。裏まだつけぬ裘(かはぎぬ)の縫ひ目。猫の耳の中。ことに清げならぬ所の暗き。

 ことなることなき人の、子などあまた持てあつかひたる。いとふかうしも心ざしなき妻(め)の、心地あしうして久しうなやみたるも、男の心地はむつかしかるべし。


151 :156:(能160):えせものの所得る折

 えせものの所得(う)る折 正月の大根(おほね)。行幸の折の姫まうち君。御即位の御門つかさ。六月・十二月のつごもりの節折(よをり)の蔵人。季の御読経の威儀師。赤袈裟着て僧の名どもをよみあげたる、いときらきらし。

 季の御読経。御(み)仏名などの御装束の所の衆。春日祭の近衛の舎人ども。元三の薬子(くすりこ)。卯杖の法師。御前の試みの夜の御髪上げ。節会(せちゑ)の御まかなひの采女(うねべ)。


152 :157:(能161):苦しげなるもの

 苦しげなるもの 夜泣きといふわざするちごの乳母(めのと)。思ふ人二人もちて、こなたかなたふすべらるる男。こはき物の怪にあづかりたる験者(げんざ)。験(げん)だにいち早からばよかるべきを、さしもあらず、さすがに人笑はれならじと念ずる、いと苦しげなり。

 わりなくものうたがひする男にいみじう思はれたる女。一の所などに時めく人も、えやすくはあらねど、そはよかめり。心いられしたる人。


153 :158:(能162):うらやましげなるもの

 うらやましげなるもの 経など習ふとて、いみじうたどたどしく忘れがちにかへすがへす同じ所を読むに、法師はことわり、男も女も、くるくるとやすらかに読みたるこそ、あれがやうにいつの世にあらむとおぼゆれ。心地などわづらひてふしたるに、笑(ゑ)うち笑ひ、ものなど言ひ、思ふことなげにてあゆみありく人見るこそ、いみじううらやましけれ。

 稲荷に思ひおこして詣でたるに、中の御社のほどのわりなう苦しきを、念じのぼるに、いささか苦しげもなく、遅れて来(く)<と見>る者どものただ行きに先に立ちて詣づる、いとめでたし。二月午の日の暁に急ぎしかど、坂のなからばかりあゆみしかば、巳の時ばかりになりにけり。やうやう暑くさへなりて、まことにわびしくて、など、かからでよき日もあらむものを、何しに詣でつらむとまで、涙も落ちてやすみ困ずるに、四十余(よ)ばかりなる女の、壺装束などにはあらで、ただ引きはこへたるが、「まろは七度詣でし侍るぞ。三度は詣でぬ。今四度はことにもあらず。まだ未に下向(げかう)しぬべし」と、道に会ひたる人にうち言ひて下(くだ)り行きしこそ、ただなるところには目にもとまるまじきに、これが身にただ今ならばやとおぼえしか。

 女児(をむなご)も、男児(をのこご)も、法師も、よき子ども持たる人、いみじううらやまし。髪いと長くうるはしく、下がり端(ば)などめでたき人。また、やむごとなき人の、よろづの人にかしこまられ、かしづかれ給ふ、見るも、いとうらやまし。手よく書き、歌よく詠みて、もののをりごとにもまづ取り出でらるる、うらやまし。

 よき人の御前に女房いとあまた候ふに、心にくき所へ遣はす仰せ書きなどを、誰もいと鳥の跡にしもなどかはあらむ。されど、下などにあるをわざと召して、御硯取り下ろして書かせさせ給ふもうらやまし。さやうのことは所の大人などになりぬれば、まことに難波わたり(=の悪手(あしで))遠からぬも、ことに従ひて書くを、これはさにあらで、上達部などのまだ初めて参らむと申さする人のむすめなどには、心ことに紙よりはじめてつくろはせ給へるを、集まりて戯れにもねたがり言ふめり。

 琴、笛など習ふ、またさこそは、まだしきほどは、これがやうにいつしかとおぼゆらめ。

 内裏・春宮の御乳母。上の女房の、御方々いづこもおぼつかなからず参り通ふ。


154 :159:(能163):とくゆかしきもの

 とくゆかしきもの 巻染。むら濃、くくり物など染めたる。人の、子生みたるに、男(をとこ)女、とく聞かまほし。よき人さらなり、えせ者、下衆の際だになほゆかし。

 除目のつとめて。かならず知る人のさるべきなき折も、なほ聞かまほし。


155 :160:(能164):心もとなきもの

 心もとなきもの 人のもとにとみの物縫ひにやりて、今々とくるしうゐ入りて、あなたをまもらへたる心地。子生むべき人の、そのほど過ぐるまでさるけしきもなき。遠き所より思ふ人の文を得て、かたく封(ふん)じたる続飯(そくひ)など<はなち>あくるほど、いと心もとなし。

 物見におそく出でて、事なりにけり、白きしもとなどみつけたるに、近くやり寄するほど、わびしう、下りても往ぬべき心地こそすれ。

 知られじと思ふ人のあるに、前なる人に教へて物言はせたる。いつしかと待ち出でたるちごの、五十日(いか)、百日(もも<か>)などのほどになりたる、行く末いと心もとなし。

 とみのもの縫ふに、生暗うて針に糸すぐる。されど、それは<さる>ものにて、ありぬべき所をとらへて、人にすげさするに、それも急げばにやあらむ、とみにもさし入れぬを、「いで、ただなすげそ」といふを、さすがになどてかと思ひ顔にえ去らぬ、にくささへそひたり。

 何事にもあれ、急ぎてものへいくべき折に、まづ我さるべき所へいくとて、ただ今おこせむとて出でぬる車待つほどこそ、いと心もとなけれ。大路いきけるを、さななりとよろこびたれば、外(ほか)ざまに往ぬる、いと口惜し。まいて、物見に出でむとてあるに、「事はなりぬらむ」と、人の言ひたるを聞くこそわびしけれ。

 子産みたる後の事の久しき。物見、寺詣でなどに、もろともにあるべき人を乗せにいきたるに、車をさし寄せて、とみにも乗らで待たするも、いと心もとなく、うち捨てても往ぬべき心地ぞする。

 また、とみにていり炭おこすも、いと久し。人の歌の返しとくすべきを、え詠み得ぬほども心もとなし。懸想人などはさしも急ぐまじけれど、おのづからまたさるべきをりもあり。まして、女も、ただに言ひかはすことは、疾(と)きこそはと思ふほどに、あいなくひがごともあるぞかし。

 心地のあしく、もののおそろしき折、夜のあくるほど、いと心もとなし。


156 :161:(能165):故殿の御服の頃

 故殿の御服の頃、六月のつごもりの日、大祓といふことにて、宮の出でさせ給ふべきを、職の御曹司を方あしとて、官の司の朝所(あいたどころ)にわたらせ給へり。その夜さり、暑くわりなき闇にて、何ともおぼえず、せばくおぼつかなくてあかしつ。

 つとめて、見れば、屋のさまいとひらに短かく、瓦ぶきにて、唐めき、さまことなり。例のやうに格子などもなく、めぐりて御簾ばかりをぞかけたる、なかなかめづらしくてをかしければ、女房、庭に下りなどしてあそぶ。前裁に萱草(くわんざう)といふ草を、ませ結ひていとおほく植ゑたりける。花のきはやかにふさなりて咲きたる、むべむべしき所の前裁にはいとよし。時司(ときづかさ)などは、ただかたはらにて、鼓(つづみ)の音も例のには似ずぞ聞こゆるをゆかしがりて、若き人々二十人ばかり、そなたにいきて、階(はし)より高き屋にのぼりたるを、これより見あぐれば、ある限り薄鈍(うすにび)の裳、唐衣、同じ色の単襲(ひとへがさね)、紅の袴どもを着てのぼりたるは、いと天人などこそえいふまじけれど、空より下(お)りたるにやとぞ見ゆる。同じ若きなれど、おしあげたる人は、えまじらで、うらやましげに見あげたるも、いとをかし。

 左衛門の陣までいきて、倒れさわぎたるもあめりしを、「かくはせぬことなり。上達部のつき給ふ椅子(いし)などに女房どものぼり、上官などのゐる床子(さうじ)どもを、みなうち倒し、そこなひたり」などくすしがる者どもあれど、聞きも入れず。

 屋のいとふるくて、瓦ぶきなればにやあらむ、暑さの世に知らねば、御簾の外(と)にぞ夜も出で来、臥したる。ふるき所なれば、むかでといふもの、日一日おちかかり、蜂の巣の大きにて、つき集まりたるなどぞ、いとおそろしき。

 殿上人日ごとに参り、夜も居明かしてものいふを聞きて、「豈(あ)にはかりきや、太政官の地の今やかうの庭とならむことを」と誦(ず)じ出でたりしこそをかしかりしか。

 秋になりたれど、かたへだに涼しからぬ風の、所がらなめり、さすがに虫の声など聞こえたり。八日ぞ帰らせ給ひければ、七夕祭、ここにては例よりも近う見ゆるは、程のせばければなめり。


157:161:(能166):宰相の中将

 宰相の中将斉信(ただのぶ)・宣方(のぶかた)の中将、道方の少納言など参り給へるに、人々出でてものなどいふに、ついでもなく、「明日はいかなることをか」といふに、いささか思ひまはしと<ど>[く]こほりもなく、「『人間の四月』をこそは」といらへ給へるがいみじうをかしきこそ。過ぎにたることなれども、心得ていふは誰もをかしき中に、女などこそさやうの物忘れはせね、男はさしもあらず、よみたる歌などをだになまおぼえなるものを、まことにをかし。内なる人も外(と)なるも、心得ずと思ひたるぞことわりなる。

 この四月のついたちごろ、細殿の四の口に殿上人あまた立てり。やうやうすべり失せなどして、ただ頭の中将、源中将、六位一人のこりて、よろづのこと言ひ、経読み、歌うたひなどするに、「明けはてぬなり。帰りなむ」とて、「露は別れの涙なるべし」といふことを頭の中将のうち出だし給へれば、源中将ももろともにいとをかしく誦じたるに、「急ぎける七夕かな」といふを、いみじうねたがりて、「ただあかつきの別れ一筋を、ふとおぼえつるままに言ひて、わびしうもあるかな。すべて、このわたりにて、かかること思ひまはさずいふは、いと口惜しきぞかし」など、返す返す笑ひて、「人にな語り給ひそ。かならず笑はれなむ」といひて、あまり明かうなりしかば、「葛城の神、今ぞずちなき」とて、逃げおはしにしを、七夕のをりにこの事を言ひ出でばやと思ひしかど、宰相になり給ひにし<かば>、かならずしもいかでかは、そのほどに見つけなどもせむ、文かきて、主殿司してもやらむなど思ひしを、七日に参り給へりしかば、いとうれしくて、その夜のことなど言ひ出でば、心もぞ得給ふ。ただすずろにふと言ひたらば、あやしなどやうちかたぶき給ふ。さらば、それにをありしことをば言はむとてあるに、つゆおぼめかでいらへ給へりしかば、まことにいみじうをかしかりき。

 月ごろいつしかとおも<ほえ>[はへ]たりしだに、わが心ながらすきずきしとおぼえしに、いかでさ思ひまうけたるやうにのたまひけむ。もろともにねたがり言ひし中将は、おもひもよらでゐたるに、「ありし<暁>[あ月]のこといましめらるるは。知らぬか」とのたまふにぞ、「げに、げに」と笑ふめるわろしかし。

 人と物いふことを碁になして、近う語らひなどしつるをば、「手ゆるしてけり」「結(けち)さしつ」などいひ、「男は手受けむ」などいふことを人はえ知らず。この君と心得ていふを、「何ぞ、何ぞ」と源中将は添ひつきていへど、言はねば、かの君に、「いみじう、なほこれのたまへ」とうらみられて、よき仲なれば聞かせてけり。あへなく近くなりぬるをば、「おしこぼちのほどぞ」などいふ。我も知りにけりといつしか知られむとて、「碁盤侍りや。まろと碁うたむとなむ思ふ。手はいかが。ゆるし給はむとする。頭の中将とひとし碁なり。なおぼしわきそ」といふに、「さのみあらば、定めなくや」といひしを、またかの君に語りきこえければ、「うれしう言ひたり」とよろこび給ひし。なほ過ぎにたること忘れぬ人は、いとをかし。

 宰相になり給ひし頃、上の御前にて、「詩をいとをかしう誦(ずう)じ侍るものを。『蕭會稽(せうくわいけい)之(の)過古廟(こべうをすぎにし)』なども誰か言ひ侍らむとする。しばしな<がら>[らでも]候へかし。口惜しきに」など申ししかば、いみじう笑はせ給ひて、「さなむいふとて、なさじかし」などおほせられしもをかし。されど、なり給ひにしかば、まことにさうざうしかりしに、源中将おとらず思ひて、ゆゑだち遊びありくに、宰相の中将の御うへを言ひ出でて、「『未だ三十の期に及ばず』といふ詩を、さらにこと人に似ず誦(ずう)じ給ひし」などいへば、「などてかそれにおとらむ。まさりてこそせめ」とてよむに、「さらに似るべくだにあらず」といへば、「わびしのことや。いかであれがやうに誦(ずう)ぜむ」とのたまふを、「『三十の期』といふ所なむ、すべていみじう愛敬づきたりし」などいへば、ねたがりて笑ひありくに、陣につき給へりけるを、わきに呼び出でて、「かうなむいふ。なほそこもと教へ給へ」とのたまひければ、笑ひて教へけるも知らぬに、局のもとにきていみじうよく似せてよむに、あやしくて、「こは誰そ」と問へば、笑みたる声になりて、「いみじきことを聞こえむ。かうかう、昨日陣につきたりしに、問ひ聞きたるに、まづ似たるななり。『誰ぞ』とにくからぬけしきにて問ひ給ふは」といふも、わざとならひ給ひけむがをかしければ、これだに誦(ずう)ずれば出でてものなどいふを、「宰相の中将の徳を見ること。その方に向ひて拝むべし」などいふ。下にありながら、「上に」など言はするに、これをうち出づれば、「まことはあり」などいふ。御前にも、かくなど申せば、笑はせ給ふ。

 内裏(うち)の御物忌なる日、右近の将監(さうくわん)みつなにとかやいふ者して、畳紙(たたうがみ)にかきておこせたるを見れば、「参ぜむとするを、今日明日の御物忌にてなむ。『三十の期に及ばず』はいかが」と言ひたれば、返りごとに、「その期は過ぎ給ひにたらむ。朱買臣が妻を教へけむ年にはしも」とかきてやりたりしを、またねたがりて、上の御前にも奏しければ、宮の御方にわたらせ給ひて、「いかでさることは知りしぞ。『三十九なりける年こそ、さはいましめけれ』とて、宣方は、『いみじう言はれにたり』といふめるは」と仰せられしこそ、ものぐるほしかりける君とこそおぼえしか。


157 :162:(能166):弘徽殿とは閑院の左大将の

 弘徽殿(こうきでん)とは閑院の左大将の女御をぞ聞こゆる。その御方にうちふしといふ者のむすめ、左京と言ひて候ひけるを、「源中将語らひてなむ」と人々笑ふ。

 宮の職におはしまいしに参りて、「時々は宿直などもつかうまつるべけれど、さべきさまに女房などもも(=陽本「なとゝもゝ」)てなし給はねば、いと宮仕へおろかに候ふこと。宿直所をだに賜りたらば、いみじうまめに候ひなむ」と言ひゐ給へれば、人々、「げに」などいらふるに、「まことに人は、うちふしやすむ所のあるこそよけれ。さるあたりには、しげう参り給ふなるものを」とさしいらへたりとて、「すべて、もの聞こえじ。方人とたのみ聞こゆれば、人の言ひふるしたるさまにとりなし給ふなめり」など、いみじうまめだちて怨(え)じ給ふを、「あな、あやし。いかなることをか聞こえつる。さらに聞きとがめ給ふべきことなし」などいふ。かたはらなる人を引きゆるがせば、「さるべきこともなきを、ほとほり出で給ふ、やうこそはあらめ」とて、はなやかに笑ふに、「これもかの言はせ給ふならむ」とて、いとものしと思ひ給へり。「さらにさやうのことをなむ言ひ侍らぬ。人のいふだににくきものを」といらへて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人に恥ぢがましきこと言ひつけたり」とうらみて、「殿上人笑ふとて、言ひたるなめり」とのたまへば、「さては、一人をうらみ給ふべきことにもあらざなるに、あやし」といへば、その後(のち)は絶えてやみ給ひにけり。


158 :163:(能167):昔おぼえて不用なるもの

 昔おぼえて不用なるもの 繧繝(うげん)ばしの畳のふし出で来たる。唐絵の屏風の黒み、おもてそこなはれたる。絵師の目暗き。七八尺の鬘(かづら)の赤くなりたる。葡萄(えび)染めの織物、灰かへりたる。色好みの老いくづほれたる。

 おもしろき家の木立焼け失せたる。池などはさながらあれど、浮き草、水草など茂りて。


159 :164:(能168):たのもしげなきもの

 たのもしげなきもの 心短かく、人忘れがちなる婿の、常に夜離れする。そら言(ごと)する人の、さすがに人の事成し顔にて大事請(う)けたる。

 風はやきに帆かけたる舟。七八十ばかりなる人の、心地あしうて、日頃になりたる。


160 :165:(能169):読経は

 読経は 不断経。


161 :166:(能170):近うて遠きもの

 近うて遠きもの 宮のまへの祭り。思はぬ兄弟(はらから)・親族(しぞく)の仲。鞍馬のつづらをりといふ道。十二月(しはす)の晦日(つごもり)の日、正月(むつき)の一日(ついたち)の日のほど。


162 :167:(能171):遠くて近きもの

 遠くて近きもの 極楽。舟の道。人の仲。


163 :168:(能172):井は

 井は ほりかねの井。玉の井。走り井は逢坂なるがをかしきなり。山の井、などさしも浅きためしになり始めけむ。飛鳥井は、「みもひもさむし」とほめたるこそをかしけれ。千貫の井。少将井。櫻井。后町(きさきまち)の井。


164 :169:(能196):野は

 野は 嵯峨野さらなり。印南野。交野。駒野。飛火野(とぶひの)。しめし野。春日野。そうけ野こそすずろにをかしけれ。などてさつけけむ。宮城野。粟津野。小野。紫野。


165 :170:(能235):上達部は

 上達部は 左大将。右大将。春宮の大夫。権大納言。権中納言。宰相の中将。三位の中将。


166 :171:(能236):君達は

 君達は 頭の中将。頭の弁。権の中将。四位の少将。蔵人の弁。四位の侍従。蔵人の少納言。蔵人の兵衛の佐。


167 :172:(能173):受領は

 <受領は 伊予の守。紀伊の守。和泉の守。大和の守。>


168 :173:(能174):権の守は

 権の守は 甲斐。越後。筑後。阿波。


169 :174:(能175):大夫は

 大夫は 式部の大夫。左衛門の大夫。右衛門の大夫。


170 :175:(能237):法師は

 法師は 律師。内供。


171 :176:(能238):女は

 女は 内侍のすけ。内侍。


172 :177:(能176):六位の蔵人などは

 六位の蔵人などは、思ひかくべきことにもあらず。かうぶり得てなにの権の守、大夫<などいふ>人の、板屋などの狭き家持たりて、また、小檜垣(こひがき)などいふもの新しくして、車宿りに車引き立て、前近く一尺ばかりなる木生(お)ほして、牛つなぎて草など飼はするこそいとにくけれ。

 庭いと清げに掃き、紫革して伊予簾かけわたし、布障子(ぬのさうじ)はらせて住まひたる。夜は「門(かど)強くさせ」など、ことおこなひたる、いみじう生ひ先なう、心づきなし。

 親の家、舅はさらなり、をぢ、兄などの住まぬ家、そのさべき人なからむは、おのづから、むつまじくうち知りたらむ受領の国へいきていたづらならむ、さらずは、院、宮腹(ば<ら>[う])の屋あまたあるに、住みなどして、官(つかさ)待ち出でてのち、いつしかよき所尋ね取りて住(<す>[よ])みたるこそよけれ。


173 :178:(能177):女のひとりすむ所は

 女<の>一人住む所は、いたくあばれて築土(ついひぢ)なども全(また)からず、池などある所も水草ゐ、庭なども蓬(よもぎ)に茂りなどこそせねども、ところどころ砂(すなご)の中より青き草うち見え、さびしげなるこそあはれなれ。ものかしこげに、なだらかに修理(すり)して、門(かど)いたく固め、きはぎはしきは、いとうたてこそおぼゆれ。


174 :179:(能178):宮仕人の里なども

 宮仕人(みやづかへびと)の里なども、親ども二人あるは、いとよし。人しげく出で入り、奥のかたにあまた声々様々聞こえ、馬の音などして、いとさわがしきまであれど、とが<も>[り]なし。されど、忍びても、あらはれても、「おのづから出で給ひにけるをえしらで」とも、また、「いつか参り給ふ」など言ひに、さしのぞき来るもあり。

 心かけたる人、はたいかがは。門(かど)あけなどするを、うたてさわがしうおほやうげに、夜中までなど思ひたるけしき、いとにくし。「大御門(みかど)はさしつや」など問ふなれば、「今まだ人のおはすれば」などいふ者の、なまふせがしげに思ひていらふるにも、「人出で給ひなば、とくさせ。このごろ盗人、いとおほかなり。火あやふし」など言ひたるが、いとむつかしううち聞く人だにあり。

 この人の供なる者どもはわびぬにやあらむ、この客(かく)今や出づると絶えずさしのぞきて、けしき見る者どもを笑ふべかめり。まねうちするを聞かば、ましていかにきびしく言ひとがめむ。いと色に出でて言はぬも、思ふ心なき人は、かならず来などやはする。されど、すくよかなるは、「夜ふけぬ。御門あやふかなり」など笑ひて出でぬるもあり。まことに心ざしことなる人は「はや」などあまたたび遣(や)らはるれど、なほ居明かせば、たびたび見ありくに、明けぬべきけしきを、いとめづらかに思ひて、「いみじう、御門を今宵らいさうとあけひろげて」と聞こえごちて、あぢきなく暁にぞさすなるは、いかがはにくきを。親添ひぬるは、なほさぞある。まいて、まことのならぬは、いかに思ふらむとさへつつまし。兄人の家なども、けにくきはさぞあらむ。

 夜中、暁ともなく、門もいと心かしこうももてなさず、なにの宮、内裏わたり、殿ばらなる人々も出であひなどして、格子などもあげながら冬の夜を居明かして、人の出でぬる後も見出だしたるこそをかしけれ。有明などは、ましていとめでたし。笛など吹きて出でぬる名残は、急ぎても寝られず、人のうへども言ひあはせて歌など語り聞<く>ままに、寝入りぬるこそをかしけれ。


175 :180:(能315):ある所に、なにの君とかや

「ある所になにの君とかや言ひける人(=女)のもとに、君達にはあらねど、その頃いたう好いたる者に言はれ、心ばせなどある人の、九月ばかりに行きて、有明のいみじう霧り満ちておもしろきに、『名残思ひ出でられむ』と言葉をつくして出づるに、今は往ぬらむと遠く見送るほど、えも言はず艶(えん)なり。出づる方を見せてたちかへり、立蔀(たてじとみ)の間(あひだ)に陰(かげ)にそひて立ちて、なほ行きやらぬさまに今一度(ひとたび)言ひ知らせむと思ふに、『有明の月のありつつも』と、忍びやかにうち言ひてさしのぞきたる、髪の頭にもより来ず、五寸ばかり下がりて、火をさしともしたるやうなりけるに、月の光もよほされて、おどろかるる心地のしければ、やをら出でにけり」とこそ語りしか。


176 :181:(能179):雪のいと高うはあらで

 雪のいと高うはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。

 また、雪のいと高う降り積もりたる夕暮れより、端近う、同じ心なる人二三人ばかり、火桶を中に据ゑて物語などするほどに、暗うなりぬれどこなたには火もともさぬに、おほかたの雪の光いと白う見えたるに、火箸して灰など掻きすさみて、あはれなるもをかしきも言ひ合はせたるこそをかしけれ。

 宵もや過ぎぬらむと思ふほどに、沓の音近う聞こゆれば、あやしと見出だしたるに、時々かやうのをりに、おぼえなく見ゆる人なりけり。「今日の雪を、いかにと思ひやり聞こえながら、なでふことにさはりて、その所に暮らしつる」など言ふ。「今日来む」などやうのすぢをぞ言ふらむかし。昼ありつることどもなどうち始めて、よろづの事を言ふ。円座(わらふだ)ばかりさし出でたれど、片つ方の足は下ながらあるに、鐘の音なども聞こゆるまで、内にも外(と)にも、この言ふことは飽かずぞおぼゆる。

 明けぐれのほどに帰るとて、「雪某(なに)の山に満てり」と誦じたるは、いとをかしきものなり。「女の限りしては、さもえ居明かさざらましを、ただなるよりはをかしう、すきたるありさま」など言ひ合はせたり。


177 :182:(能180):村上の前帝の御時に

 村上の前帝(せんだい)の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、楊器(やうき)に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明かきに、「これに歌よめ。いかが言ふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花(ゆきはなつき)の時」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなむ言ひがたき」とぞ、仰せられける。

 同じ人を御供にて、殿上に人候はざりけるほど、たたずませ給ひけるに、炭櫃に煙の立ちければ、「かれは何ぞと見よ」と仰せられければ、見て帰り参りて、

  わたつ海のおきにこがるる物見れば、あまの釣りしてかへるなりけり

と奏しけるこそをかしけれ。蛙(かへる)の飛び入りて焼くるなりけり。


178 :183:(能181):御形の宣旨の

 御形(みあれ)の宣旨(せじ)(=といふ女房)の、上に、五寸ばかりなる殿上童のいとをかしげなる(=人形)を作りて、みづら結ひ、装束などうるはしくして、なかに名書きて、奉らせ給ひけるを、「ともあきらの大君」と書いたりけるを、いみじうこそ興ぜさせ給ひけれ。


179 :184:(能182):宮にはじめて参りたるころ

 宮にはじめて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳の後ろに候ふに、絵など取り出でて見せさせ給ふを、手にてもえさし出づまじう、わりなし。「これは、とあり、かかり。それか、かれか」などのたまはす。高坏に参らせたる御殿油なれば、髪の筋なども、なかなか昼よりも顕証に見えてまばゆけれど、念じて見などす。いとつめたきころなれば、さし出でさせ給へる御手のはつかに見ゆるが、いみじう匂ひたる薄紅梅なるは、限りなくめでたしと、見知らぬ里人心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもり参らする。

 暁にはとく下りなむといそがるる。「葛城の神もしばし」など仰せらるるを、いかでかは筋かひ御覧ぜられむとて、なほ伏したれば、御格子も参らず。女官ども参りて、「これ、放たせ給へ」など言ふを聞きて、女房の放つを、「まな」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。

 ものなど問はせ給ひ、のたまはするに、久<し>うなりぬれば、「下りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。夜さりは、とく」と仰せらる。

 ゐざり隠るるや遅きと、あけ散らしたるに、雪降りにけり。登華殿の御前は、立蔀近くてせばし。雪いとをかし。

 昼つ方、「今日は、なほ参れ。雪に曇りてあらはにもあるまじ」など、度々召せば、この局の主(あるじ)も、「見苦し。さのみやは籠りたらむとする。あへなきまで御前許されたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。思ふにたがふはにくきものぞ」と、ただ急がしに出だしたつれば、我(あれ)にもあらぬ心地すれど参るぞ、いと苦しき。火焼屋(ひたきや)の上に降り積みたるも、めづらしうをかし。御前近くは、例の炭櫃の火こちたくおこして、それにはわざと人もゐず。上臈御まかなひに候ひ給ひけるままに、近うゐ給へり。沈の御火桶の梨絵したるにおはします。次の間に長炭櫃に隙なくゐたる人々、唐衣こき垂れたるほどなど、馴れやすらかなるを見るも、いとうらやまし。御文取りつぎ、立ち居、行き違ふさまなどの、つつましげならず、物言ひ、ゑ笑ふ。いつの世にか、さやうにまじらひならむと思ふさへぞつつましき。奥寄りて三四人さしつどひて絵など見るもあめり。

 しばしありて、前駆(さき)高う追ふ声すれば、「殿参らせ給ふなり」とて、散りたる物ども取りやりなどするに、いかでおりなむと思へど、さらにえふとも身じろかねば、今少し奥に引き入りて、さすがにゆかしきなめり、御几帳の綻びよりはつかに見入れたり。

 大納言殿の参り給へるなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映えていみじうをかし。柱もとにゐ給ひて、「昨日、今日物忌みに侍りつれど、雪のいたく降り侍りつれば、おぼつかなさになむ」と申し給ふ。「『道もなし』と思ひつるに、いかで」とぞ御いらへある。うち笑ひ給ひて、「『あはれと』もや御覧ずる[と]とて」などのたまふ御ありさまども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口にまかせて言ひたるにたがはざめりとおぼゆ。

 宮は、白き御衣どもに、紅の唐綾をぞ上に奉りたる。御髪(みぐし)のかからせ給へるなど、絵にかきたるをこそ、かかることは見しに、うつつにはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。女房ともの言ひ、たはぶれ言などし給ふ。御いらへを、いささかはづかしとも思ひたらず聞こえ返し、そら言などのたまふは、あらがひ論じなど聞こゆるは、目もあやに、あさましきまで、あいなう、面(おもて)ぞ赤むや。御菓子(くだもの)参りなど、とりはやして、御前にも参らせ給ふ。

 「御帳の後ろなるは、たれぞ」と問ひ給ふなるべし、さかすにこそはあらめ、立ちておはするを、なほほかへにやと思ふに、いと近うゐ給ひて、ものなどのたまふ。まだ参らざりしより聞きおき給ひけることなど、「まことにや、さありし」などのたまふに、御几帳隔てて、よそに見やりて参りつるだにはづかしかりつるに、いとあさましう、さし向かひ聞こえたる心地、うつつともおぼえず。行幸など見るをり、車の方にいささかも見おこせ給へば、下簾引きふたぎて、透影もやと扇をさしかくすに、なほいとわが心ながらもおほけなく、いかで立ち出でしにかと、汗あえていみじきには、何事をかは、いらへも聞こえむ。

 かしこき陰とささげたる扇をさへ取り給へるに、振りかくべき髪のおぼえさへあやしからむと思ふに、すべて、さるけしきもこそは見ゆらめ。とく立ち給はなむと思へど、扇を手まさぐりにして、「絵のこと、誰がかかせたるぞ」などのたまひて、とみにもたまはねば、袖をおしあててうつぶしゐたる、裳、唐衣に白いものうつりて、まだらならむかし。

 久しくゐ給へるを、心なう、苦しと思ひたらむと心得させ給へるにや、「これ見給へ。これは誰が手ぞ」と聞こえさせ給ふを、「たまはりて見侍らむ」と申し給ふを、「なほ、ここへ」とのたまはす。「人をとらへて立て侍らぬなり」とのたまふも、いと今めかしく、身のほどにあはず、かたはらいたし。人の草仮名書きたる草子など、取り出でて御覧ず。「たれがにかあらむ。かれに見せさせ給へ。それぞ世にある人の手はみな見知りて侍らむ」など、ただいらへさせむと、あやしきことどもをのたまふ。

 ひとところだにあるに、また前駆うち追はせて、同じ直衣の人参り給ひて、これは今少しはなやぎ、猿楽(さるがう)言などし給ふを、笑ひ興じ、「我も、なにがしが、とあること」など、殿上人のうへなど申し給ふを聞くは、なほ変化の者、天人などの下り来たるにやとおぼえしを、候ひ慣れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。かく見る人々も、みな家の内裏出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面慣れぬべし。

 物など仰せられて、「我をば思ふや」と問はせ給ふ。御いらへに、「いかがは」と啓するにあはせて、台盤所の方に、鼻をいと高くひたれば、「あな心憂。そら言を言ふなりけり。よし、よし」とて、奥へ入らせ給ひぬ。いかでか、そら言にはあらむ。よろしうだに思ひ聞こえさすべきことかは。あさましう、鼻こそはそら言しけれと思ふ。さても誰か、かく憎きわざはしつらむ。おほかた心づきなしとおぼゆれば、さるをりも、おしひしぎつつあるものを、まいていみじ、にくしと思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しかへさで、明けぬれば、下りたる、すなはち、浅緑なる薄様に艶なる文を「これ」とて来たる。あけて見れば、

 「『いかにしていかに知らまし偽りを空似ただすの神なかりせば』

となむ御けしきは」とあるに、めでたくも口惜しうも思ひ乱るるにも、なほ昨夜(よべ)の人ぞ、ねたくにくままほしき。

 「うすさ濃さそれにもよらぬはなゆゑにうき身のほどを見るぞわびしき

なほこればかり啓しなほさせ給へ。式の神もおぼづから。いとかしこし」とて、参らせて後にも、うたてをりしも、などてさはたありけむと、いと嘆かし。


180 :185:(能183):したり顔なるもの

 したり顔なるもの 正月一日に最初(さいそ)に鼻ひた<る>人。よろしき人はさしもなし。下﨟よ。きしろふ度(たび)の蔵人に子なしたる人のけしき。また、除目にその年の一の国得たる人。よろこびなど言ひて、「いとかしこうなり給へり」などいふいらへに、「何かは。いとこと様(やう)に滅びて侍るなれば」などいふも、いとしたり顔なり。

 また、いふ人(=求婚者)おほく、いどみたる中に、選(え)りて婿になりたるも、我はと思ひぬべし。受領したる人の宰相になりたるこそ、もとの君達のなりあがりたるよりもしたり顔にけ高う、いみじうは思ひためれ。


181 :186:(能184):位こそなほめでたき物はあれ

 位こそ なほめでたき物はあれ。同じ人ながら、大夫の君、侍従の君など聞こゆる折は、いとあなづりやすきものを、中納言・大納言・大臣などになり給ひては、むげにせくかたもなく、やむごとなうおぼえ給ふことのこよなさよ。ほどほどにつけては、受領などもみなさこそはあめれ。あまた国に行き、大弍や四位・三位などになりぬれば、上達部などもやむごとながり給ふめり。

 女こそなほわろけれ。内裏(うち)わたりに、御乳母(めのと)は内侍のすけ、三位などになりぬればおもしろけれど、さりとてほどより過ぎ、何ばかりのことかはある。また、多<く>や[う]はある。受領の北の方にて国へ下るをこそは、よろしき人のさいはひの際と思ひてめでうらやむめれ。ただ人の、上達部の北の方になり、上達部の御むすめ、后にゐ給ふこそは、めでたきことなめれ。

 されど、男はなほ若き身のなり出づるぞいとめでたきかし。法師などのなにがしなど言ひてありくは、何とかは見ゆる。経たふとく読み、みめ清げなるにつけても、女房にあなづられて、なりかかり(?)こそすめれ。僧都・僧正になりぬれば、仏のあらはれ給へるやうに、おぢ惑ひかしこまるさまは、何にか似たる。


182 :187:(能026,240)かしこきものは

 かしこきものは、乳母の男(をと<こ>[ゝ])こそあれ。帝(みかど)、親王(みこ)たちなどは、さるものにておきたてまつりつ。そのつぎつぎ、受領(ずらう)の家などにも、所につけたるおぼえのわづらはしきものにしたれば、したり顔に、わが心地もいとよせありて、このやしなひたる子をも、むげにわがものになして、女はされどあり、男児(をのこご)はつとたちそひて後ろ見、いささかもかの御ことにたがふ者をばつめたて、讒言(ざうげん)し、あしけれど、これが世をば心にまかせていふ人もなければ、ところ得、いみじき面持ちして、こと行ひなどす。

 むげにをさなきほどぞ少し人わろき。親の前に臥(ふ)すれば、一人局(つぼね)に臥したり。さりとてほかへ行けば、こと心ありとてさわがれぬべし。強(し)ひて呼びおろして臥したるに、「まづまづ」と呼ばるれば、冬の夜など、引きさがし引きさがしのぼりぬるがいとわびしきなり。それはよき所も同じこと、今少しわづらはしきことのみこそあれ。


183 :188:(能305):病は

 病(やまひ)は 胸。物の怪。脚の気。はては、ただそこはかとなくて物食はれぬ心地。


183 :189:(能305):十八九ばかりの人の

 十八九ばかりの人の、髪いとうるはしくて丈ばかりに、裾いとふさやかなる、いとよう肥えて、いみじう色白う、顔愛敬づき、よしと見ゆるが、歯をいみじう病みて、額髪もしとどに泣きぬらし、乱れかかるも知らず、面(おもて)もいと赤くて、おさへてゐたるこそをかしけれ。


183 :190:(能305):八月ばかりに

 八月ばかりに、白き単衣なよらかなるに、袴よきほどにて、紫苑の衣のいとあてやかなるを引きかけて、胸をいみじう病めば、友達の女房など、数々(かずかず)来つつとぶらひ、外(と)のかたにも若やかなる君達あまた来て、「いといとほしきわざかな。例もかうや悩み給ふ」など、ことなしびにいふもあり。

 心かけたる人はまことにいとほしと思ひ嘆き、<人知れぬなかなどは、まして人目思ひて、寄るにも近くえ寄らず、思ひ嘆き>たるこそをかしけれ。いとうるはしう長き髪を引き結ひて、ものつくとて起きあがりたるけしきもらうたげなり。

 上にもきこしめして、御読経の僧の声よきたまはせたれば、几帳引きよせてすゑたり。ほどもなきせばさなれば、とぶらひ人あまた来て、経聞きなどするも隠れなきに、目をくばりて読みゐたるこそ、罪や得(う)らむとおぼゆれ。


184 :191:(能317):すきずきしくてひとり住みする人の

 すきずきしくて一人住みする人の、夜はいづくにかありつらむ、暁に帰りて、やがて起きたる、ねぶたげなるけしきなれど、硯取りよせて墨こまやかにおしすりて、ことなしびに筆に任せてなどはあらず、心とどめて書く、まひろげ姿もをかしう見ゆ。

 白き衣どもの上に、山吹、紅などぞ着たる。白き単衣(ひとへ)のいたうしぼみたるを、うちまもりつつ書きはてて、前なる人にも取らせず、わざと立ちて、小舎人童、つきづきしき随身など近う呼び寄せて、ささめき取らせて、往ぬる後も久しうながめて、経などのさるべき所々、忍びやかに口ずさびに読みゐたるに、奥の方に御粥、手水(てうず)などしてそそのかせば、あゆみ入りても、文机(ふづくゑ)におしかかりて書(ふみ)などをぞ見る。おもしろかりける所は高ううち誦じたるも、いとをかし。

 手洗ひて、直衣ばかりうち着て、六の巻そらに読む、まことにたふときほどに、近き所なるべし、ありつる使、うちけしきばめば、ふと読みさして、返りごとに心移すこそ、罪得らむとをかしけれ。


185 :192:(能なし):いみじう暑き昼中に

 いみじう暑き昼中(ひるなか)に、いかなるわざをせむと、扇の風もぬるし、氷水(ひみづ)に手をひたし、もて騒ぐほどに、こちたう赤き薄様を、唐撫子(からなでしこ)のいみじう咲きたるに結びつけて取り入れたるこそ、書きつらむほどの暑さ、心ざしのほど浅からずおしはかられて、且(か)つ使ひつるだにあかずおぼゆる扇もうち置かれぬれ。


186 :193:(能なし):南ならずは東の廂の板の

 南ならずは、東の廂の板(=縁)のかげ見ゆばかり(=つややか)なるに、あざやかなる畳をうち置きて、三尺の几帳の帷子(かたびら)いと涼し気に見えたるをおしやれば、流れて思ふほどよりも過ぎて立てるに、白き生絹の単衣、紅の袴、宿直物(とのゐもの=ねまき)には濃き衣のいたうは萎えぬを、少し引きかけて臥したり。

 灯篭(とうろ)に火ともしたる二間(ふたま)ばかり去りて、簾(す)高うあげて、女房二人ばかり、童など、長押によりかかり、また、おろいたる簾に添ひて臥したるもあり。火取(とり)に火深う埋(うづ)みて、心細げに匂はしたるも、いとのどやかに、心にくし。

 宵うち過ぐるほどに、忍びやかに門叩く音のすれば、例の心知りの人来て、けしきばみ立ち隠し、人まもりて入れたるこそ、さるかたにをかしけれ。

 かたはらにいとよく鳴る琵琶のをかしげなるがあるを、物語のひまひまに、音(ね)も立てず、爪弾(つまび)きにかき鳴らしたるこそをかしけれ。


187 :194:(能なし):大路近なる所にて聞けば

 大路近(ちか)なる所にて聞けば、車に乗りたる人の有明のをかしきに簾(すだれ)あげて、「遊子(いうし)なほ残りの月に行く」といふ詩を、声よくて誦じたるもをかし。

 馬にても、さやうの人の行くはをかし。さやうの所にて聞くに、泥障(あふり=泥除けの馬具)の音の聞こゆるを、いかなる者ならむと、するわざもうち置きて見るに、あやしの者を見つけたる、いとねたし。


188 :195:(能262):ふと心劣りとかするものは

 ふと心劣りとかするものは 男も女も言葉の文字いやしう使ひたるこそ、よろづの事よりまさりてわろけれ。ただ文字一つにあやしう、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ。さるは、かう思ふ人(=私も)ことにすぐれてもあらじかし。いづれをよしあしと知るにかは。されど、人をば知らじ、ただ心地にさおぼゆるなり。

 いやしき言(こと)もわろき言(こと)も、さと知りながらことさらに言ひたるはあしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなく言ひたるは、あさましきわざなり。また、さもあるまじき老いたる人、男などの、わざとつくろひ、ひなびたるは、にくし。まさなき言も、あやしき言も、大人なるは、まのもなく言ひたるを、若き人は、いみじうかたはらいたきことに聞き入りたるこそ、さるべきことなれ。

 何事を言ひても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「何とせむとす」といふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、やがていとわろし。まいて、文に書いては言ふべきにもあらず。物語などこそあしう書きなしつれば言ふかひなく、作り人さへこそいとほしけれ。「ひてつ車(くるま)に」と言ひし人もありき。「求む」といふことを「みとむ」なんどは、みな言ふめり。


189 :196:(能307):宮仕人のもとに来などする男の

 宮仕人のもとに来などする男の、そこにて物食ふこそいとわろけれ。食はする人も、いとにくし。思はむ人の、「なほ」など心ざしありて言はむを、忌みたらむやうに口をふたぎ、顔をもてのくべきことにもあらねば、食ひをるにこそはあらめ。

 いみじう酔(ゑ)ひて、わりなく夜ふけて泊まりたりとも、さらに湯漬をだに食はせじ。心もなかりけりとて来ずは、さてありなむ。

 里などにて、北面より出だしては、いかがはせむ。それだになほぞある。


190 :197:(能185):風は

 風は 嵐。三月ばかりの夕暮れにゆるく吹きたる雨風(あまかぜ)。


190 :198:(能185):八、九月ばかりに

 八九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨の脚(あし)横さまにさわがしう吹きたるに、夏通したる綿衣(わたぎぬ)の掛かりたるを、生絹の単衣かさねて着たるも、いとをかし。この生絹だにいと所せく暑かはしく取り捨てまほしかりしに、いつのほどにかく(=涼しく)なりぬるにか、と思ふもをかし。暁に格子、端戸(つまど)をおしあけたれば、嵐のさと顔にしみたるこそ、いみじくをかしけれ。


190 :199:(能185):九月つごもり、十月の頃

 九月つごもり・十月の頃、空うち曇りて風のいとさわがしく吹きて、黄なる葉どものほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。桜の葉、椋(むく)の葉こそ、いととくは落つれ。

 十月ばかりに木立おほかる所の庭は、いとめでたし。


191 :200:(能186):野分のまたの日こそ

 野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩・女郎花(をみなへし)などの上によころばひ伏せる、いと思はずなり。格子の壷などに木の葉をことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。

 いと濃き衣のうはぐもりたるに、黄朽葉の織物、薄物などの小袿着てまことしう清げなる人の、夜は風の騒ぎに寝られざりければ、久しう寝起きたるままに、母屋(もや)より少しゐざり出でたる、髪は風に吹きまよはされて少しうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。

 ものあはれなるけしきに、見出だして、「むべ山風を」など言ひたるも心あらむと見ゆるに、十七八ばかりにやあらむ、小さうはあらねど、わざと大人とは見えぬが、生絹の単衣のいみじうほころび絶え、花もかへり濡れなどしたる薄色の宿直物を着て、髪、色に、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて丈(たけ)ばかりなりければ、衣の裾にかくれて、袴のそばそばより(=髪が)見ゆるに、童べ・若き人々の、根ごめに吹き折られたる、ここかしこに取り集め、起こし立てなどするを、うらやましげに(=簾を)押し張りて、簾に添ひたる後手(=後姿)も、をかし。


192 :201:(能187):心にくきもの

 心にくきもの もの隔てて聞くに、女房とはおぼえぬ手の忍びやかにをかしげに聞こえたるに、答(こた)へわかやかにして、うちそよめきて参るけはひ。ものの後ろ、障子などへだてて聞くに、御膳(おもの)参るほどにや、箸・匙(かひ)など、取りまぜて鳴りたる、をかし。ひさげの柄の倒れ伏すも、耳こそとまれ。

 よう打ちたる衣の上に、さわがしうはあらで、髪の振りやられたる、長さおしはからる。いみじうしつらひたる所の、大殿油は参らで、炭櫃などにいと多くおこしたる火の光ばかり照り満ちたるに、御帳の紐などのつややかにうち見えたる、いとめでたし。御簾の帽額・総角(あげまき)などにあげたる鈎(こ=金具)の際(きは)やかなるも、けざやかに見ゆ。よく調じたる火桶の、灰の際(きは)清げにて、おこしたる火に、内にかきたる絵などの見えたる、いとをかし。箸のいときはやかにつやめきて、筋交(すぢか)ひ立てるも、いとをかし。

 夜いたくふけて、御前にも大殿籠り、人々みな寝ぬる後、外のかたに殿上人などのものなどいふ<に>、奥に碁石の笥(け)に入るる音あまたたび聞こゆる、いと心にくし。火箸を忍びやかに突い立つるも、まだ起きたりけりと聞くも、いとをかし。なほ寝(い)ねぬ人は心にくし。人の臥したるに、物へだてて聞くに、夜中ばかりなど、うちおどろきて聞けば、起きたるななりと聞こえて、いふことは聞こえず、男も忍びやかにうち笑ひたるこそ、何事ならむとゆかしけれ。

 また、<主(しゆう)も>おはしまし、女房など候ふに、上人(うへびと)、内侍のすけなど、はづかしげなる、参りたる時、御前近く御物語などあるほどは、大殿油も消ちたるに、長炭櫃(すびつ)の火に、もののあやめもよく見ゆ。

 殿ばらなどには、心にくき新参(いままゐり)のいと御覧ずる際にはあらぬほど、やや更かしてまうのぼりたるに、うちそよめく衣のおとなひなつかしう、ゐざり出でて御前に候へば、ものなどほのかに仰せられ、子めかしうつつましげに、声のありさま聞こゆべうだにあらぬほどにいと静かなり。女房ここかしこにむれゐつつ、物語うちし、下りのぼる衣のおとなひなど、おどろおどろしからねど、さななりと聞こえたる、いと心にくし。

 内裏の局などに、うちとくまじき人のあれば、こなたの火は消ちたるに、かたはらの光の、ものの上などよりとほりたれば、さすがにもののあやめはほのかに見ゆるに、短かき几帳引き寄せて、いと昼はさしも向かはぬ人なれば、几帳のかたに添ひ臥して、うちかたぶきたる頭つきのよさあしさは隠れざめり。直衣、指貫など几帳にうちかけたり。

 六位の蔵人の青色もあへなむ。緑衫(ろうさう)はしも、あとのかたにかいわぐみて、暁にもえ探りつけでまどはせこそせめ。

 夏も、冬も、几帳の片つ方にうちかけて人の臥したるを、奥のかたよりやをらのぞいたるも、いとをかし。

 薫物の香、いと心にくし。


192 :202:(能なし):五月の長雨の頃

 五月の長雨の頃、上の御局の小戸の簾に、斉信の中将の寄りゐ給へりし香は、まことにをかしうもありしかな。その物の香ともおぼえず。おほかた雨にもしめりて、艶なるけしきのめづらしげなきことなれど、いかでか言はではあらむ。またの日まで御簾にしみかへりたりしを、若き人などの世に知らず思へる、ことわりなりや。


192 :203:(能なし):ことにきらきらしからぬ男の

 ことにきらきらしからぬ男(をのこ)の、高き、短かきあまたつれだちたるよりも、少し乗り馴らしたる車のいとつややかなるに、牛飼童、なりいとつきづきしうて、牛のいたうはやりたるを、童は遅(おく)るるやうに綱引かれて遣る。

 細やかなる男の裾濃だちたる袴、二藍か何ぞ、髪はいかにもいかにも、掻練、山吹など着たるが、沓のいとつややかなる、筒(どう)のもと近う走りたるは、なかなか心にくく見ゆ。


193 :204:(能188):島は

 島は 八十島(やそしま)。浮島。たはれ島。ゑ島。松が浦島。豊浦(とよら)の島。まがきの島。


194 :205:(能189):浜は

 浜は うど浜。長浜。吹上(ふきあげ)の浜。打出(うちいで)の浜。もろよせの浜。千里(ちさと)の浜。広う思ひやらる。


195 :206:(能190):浦は

 浦は <をふ>[おほ]の浦。塩竈の浦。こりずまの浦。名高の浦。


196 :207:(能115):森は

 森は うへ木の森。石田(いはた)の森。木枯(こがらし)の森。うたた寝の森。岩瀬の森。大荒木(おほあらき)の森。たれその森。くるべきの森。立聞(たちぎき)の森。

 横竪(よこたて)の森といふが耳にとまるこそあやしけれ。森などいふべくもあらず、ただ一木あるを何事につけけむ。


197 :208:(能191):寺は

 寺は 壺坂。笠置(かさぎ)。法輪(ほふりん)。霊山(りやうぜん)は釈迦仏の御住処(すみか)なるがあはれなるなり。石山。粉河(こかは)。志賀。


198 :209:(能192):経は

 経は 法華経さらなり。普賢(ふげん)十願。千手経。随求(ずいぐ)経。金剛般若。薬師経。仁王経の下巻。


199 :210:(能194):仏は

 仏は 如意輪。千手、すべて六観音。薬師仏。釈迦仏。弥勒(みろく)。地蔵。文殊。不動尊。普賢。


200 :211:(能193):ふみは

 書(ふみ)は 文集。文選。新賦。史記。五帝本紀。願文(ぐわんもん)。表。博士の申文(まをしぶみ)。


201 :212:(能195):物語は

 物語は 住吉。うつほ。殿うつり。国ゆづりはにくし。むもれ木。月待つ女。梅壷の大将。道心すすむる。松が枝(え)。こま野<の>物語は、古蝙蝠(かはほり=扇)探し出でて持て行きしがをかしきなり。ものうらやみの中将、宰相に子生ませて、かたみの衣など乞ひたるぞにくき。交野(かたの)の少将。


202 :213:(能197):陀羅尼は

 陀羅尼は 暁。経は 夕暮。


203 :214:(能198):あそびは

 遊びは 夜。人の顔見えぬほど。


204 :215:(能199):あそびわざは

 遊びわざは 小弓。碁。さまあしけれど、鞠(まり)もをかし。<韻塞。碁>


205 :216:(能200):舞は

 舞は 駿河舞。求子(もとめご)、いとをかし。太平楽、太刀などぞうたてあれど、いとおもしろし。唐土(もろこし)に敵(かたき)どちなどして舞ひけむなど聞くに。

 鳥の舞。抜頭(ばとう)は髪振りあげたるまみなどはうとましけれど、楽(がく)もなほいとおもしろし。落蹲(らくそん)は二人して膝踏みて舞ひたる。狛がた。


206 :217:(能201):弾くものは

 弾くものは 琵琶。調(しら)べは風香調(ふかうでう)。黄鐘調(わうしきでう)。蘇合(そがふ)の急(きふ)。鶯の囀りといふ調べ。

 筝(しやう)の琴、いとめでたし。調べは、相府連(さうふれん)。


207 :218:(能202):笛は

 笛は 横笛いみじうをかし。遠うより聞こゆるが、やうやう近うなりゆくもをかし。近かりつるが遥かになりて、いとほのかに聞こゆるも、いとをかし。車にても、徒歩(かち)よりも、馬よりも、すべて、懐にさし入れて持たるも、何とも見えず。さばかりをかしき物はなし。まして聞き知りたる調子などは、いみじうめでたし。暁などに忘れてをかしげなる枕のもとにありける、見付たるもなほをかし。人の取りにおこせたるをおし包みてやるも、立文のやうに見えたり。

 笙(さう)の笛は月の明かきに、車などにて聞き得たる、いとをかし。所せく持てあつかひにくくぞ見ゆる。さて、吹く顔やいかにぞ。それは横笛も吹きなしなめ<り>[し]かし。

 篳篥(ひちりき)はいとかしがましく、秋の虫を言はば、轡(くつわ)虫などの心地して、うたてけ近く聞かまほしからず。ましてわろく吹きたるは、いとにくきに、臨時の祭の日、まだ御前(おまへ)には出でで、ものの後ろに横笛をいみじう吹きたてたる、あな、おもしろと聞くほどに、なからばかりよりうち添へて吹きのぼりたるこそ、ただいみじううるはし髪(がみ)持たらむ人も、みな立ちあがりぬべき心地すれ。やうやう琴・笛にあはせてあゆみ出でたる、いみじうをかし。


208 :219:(能203):見るものは

 見るものは 臨時の祭。行幸。祭のかへさ。御賀茂詣(みかもまうで)。


208 :220:(能203):賀茂の臨時の祭

 賀茂の臨時の祭、空の曇り寒げなるに、雪少しうち散りて、挿頭の花、青摺(あをずり)などにかかりたる、えも言はずをかし。太刀の鞘(さや)のきはやかに、黒うまだらにて、ひろう見えたるに、半臂(はんぴ)の緒(を)の瑩(えう)したるやうにかかりたる、地摺の袴のなかより、氷かとおどろくばかりなる打目など、すべていとめでたし。今少しおほくわたらせまほしきに、使は必ずよき人ならず、受領などなるは目もとまらず憎げなるも、藤の花に隠れたるほどはをかし。なほ過ぎぬる方を見送るに、陪従(べいじゆう)のしなおくれたる、柳に挿頭の山吹わりなく見ゆれど、泥障(あふり)いと高ううち鳴らして、「<賀茂>[神]の社のゆふだすき」と歌ひたるは、いとをかし。


208 :221:(能203):行幸にならぶものは何にかはあらむ

 行幸にならぶものは何にかはあらむ。御輿(こし)に奉るを<見>奉るには、明暮御前に候ひつかうまつるともおぼえず、神々しく、いつくしう、いみじう、常は何とも見えぬなにつかさ、姫まうち君さへぞ、やむごとなくめづらしくおぼゆるや。御綱の助の中・少将、いとをかし。

 近衛の大将、ものよりことにめでたし。近衛司(づかさ)こそなほいとをかしけれ。

 五月(=武徳殿への行幸)こそ世に知らずなまめかしきものなりけれ。されど、この世に絶えにたることなめれば、いと口惜し。昔語(むかしがたり)に人のいふを聞き、思ひあはするに、げにいかなりけむ。ただその日は菖蒲(さうぶ)うち葺き、世の常のありさまだにめでたきをも、殿のありさま、所々の御桟敷どもに菖蒲葺(ふ)きわたし、よろづの人ども菖蒲鬘(かづら)して、あやめの蔵人、形よき限り選りて出だされて、薬玉たまはすれば、拝して腰につけなどしけむほど、いかなりけむ。

 ゑいのすいゑうつりよきもなどうち(=「えびすのいへうつり、よもぎなどうち」からの誤写)けむこそ、をこにもをかしうもおぼゆれ。還(かへ)らせ給ふ御輿のさきに、獅子・狛犬など舞ひ(=蘇芳菲の舞)、あはれさることのあらむ、ほととぎすうち鳴き、頃(ころ)のほどさへ似るものなかりけむかし。

 行幸はめでたきものの、君達、車などの好ましう乗りこぼれて、上下(かみしも)走らせなどするがなきぞ口惜しき。さやうなる車のおしわけて立ちなどするこそ、心ときめきはすれ。


208 :222:(能203):祭のかへさ、いとをかし

 祭のかへさ、いとをかし。昨日はよろづのうるはしくして、一条の大路の広う清げなるに、日の影も暑く、車にさし入りたるもまばゆければ、扇して隠し、居なほり、久しく待つも苦しく、汗などもあえしを、今日はいととく急ぎ出でて、雲林院、知足院などのもとに立てる車ども、葵・蔓(かづら)どももうちなびきて見ゆる。

 日は出でたれども、空はなほうち曇りたるに、いみじう、いかで聞かむと、目をさまし起きゐて待たるる郭公の、あまたさへあるにやと鳴き響かすは、いみじうめでたしと思ふに、<鶯>[うぐひ]の老いたる声して彼に似せむと、ををしううち添へたるこそ、憎けれどまたをかしけれ。

 いつしかと待つに、御社の方より赤衣うち着たる者どもなどのつれだちて来るを、「いかにぞ。事なりぬや」といへば、「まだ、無期(むご)」などいらへ、御輿など持て帰る。かれに奉りておはしますらむもめでたく、け高く、いかでさる下衆などの近く候ふにかとぞ、おそろしき。

 遥かげに言ひつれど、ほどなく還らせ給ふ。扇よりはじめ、青朽葉どものいとをかしう見ゆるに、所の衆の、青色に白襲をけしきばかり引きかけたるは、卯の花の垣根近うおぼえて、ほととぎすもかげに隠れぬべくぞ見ゆるかし。

 昨日は車一つにあまた乗りて、二藍の同じ指貫、あるは狩衣など乱れて、簾解きおろし、もの狂ほしきまで見えし君達の、斎院の垣下(ゑが=相伴人)にとて、日の装束うるはしうして、今日は一人づつさうざうしく乗りたる後(しり)に、をかしげなる殿上童(わらは)乗せたるもをかし。

 わたり果てぬる、すなはちは心地も惑ふらむ、我も我もと危ふく恐ろしきまで前(さき)に立たむと急ぐを、「かくな急ぎそ」と扇をさし出でて制するに、聞きも入れねば、わりなきに、少しひろき所にて強ひてとどめさせて立てる、心もとなく憎しとぞ思ひたるべきに、ひかへたる車どもを見やりたるこそをかしけれ。

 男車の誰(たれ)とも知らぬが後(しり)に引きつづきて来るも、ただなるよりはをかしきに、引き別るる所にて、「峰にわかるる」と言ひたるもをかし。なほあかずをかしければ、斎院の鳥居のもとまで行きて見るをりもあり。

 内侍の車などのいとさわがしければ、異方(ことかた)の道より帰れば、まことの山里めきてあはれなるに、卯つ木垣根といふものの、いとあらあらしくおどろおどろしげに、さし出でたる枝どもなどおほかるに、花はまだよくも開(ひら)けはてず、つぼみたるがちに見ゆるを折らせて、車のこなたかなたにさしたるも、蔓などのしぼみたるが口惜しきに、をかしうおぼゆ。いとせばう、えも通るまじう見ゆる行く先を、近う行きもて行けば、さしもあらざりけることをかしけれ。


209 :223:(能204):五月ばかりなどに山里にありく

 五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。草葉も水もいと青く見えわたりたるに、上はつれなくて草生ひ茂りたるを、ながながとたたざまに行けば、下はえならざりける水の、深くはあらねど、人などのあゆむに走りあがりたる、いとをかし。

 左右(ひだりみぎ)にある垣にあるものの枝などの、車の屋形などにさし入るを、急ぎてとらへて折らむとするほどに、ふと過ぎてはづれたるこそ、いと口惜しけれ。蓬の、車に押しひしがれたりけるが、輪の回りたるに、近ううちかかりたるもをかし。


210 :224:(能205):いみじう暑きころ

 いみじう暑きころ、夕涼みといふほど、物のさまなどもおぼめかしきに、男車の前駆(さき)追ふはいふべきにもあらず、ただの人も後(しり)の簾(すだれ)あげて、二人も、一人も、乗りて走らせ行くこそ涼しげなれ。まして、琵琶掻い調べ、笛の音など聞こえたるは、過ぎて往ぬるも口惜し。さやうなるは、牛の鞦(しりがい)の香の、なほあやしう、嗅ぎ知らぬものなれど、をかしきこそもの狂ほしけれ。

 いと暗う、闇なるに、前(さき)にともしたる松の煙の香の、車のうちにかかへたるもをかし。


211 :225:(能247):五月四日の夕つ方

 五月四日の夕つ方、青き草おほくいとうるはしく切りて、左右(ひだりみぎ)担(にな)ひて、赤衣着たる男の行くこそをかしけれ。


212 :226:(能248):賀茂へまゐる道に

 賀茂へまゐる道に、田植うとて女の新しき折敷(をしき)のやうなるものを笠に着て、いと多う立ちて歌をうたふ。折れ伏すやうに、また何事するとも見えで後ろざまに行く。いかなるにかあらむ。をかしと見ゆるほどに、ほととぎすをいとなめう歌ふを聞くにぞ心憂き。「ほととぎす、おれ、かやつよ。おれ鳴きてこそ、我は田植うれ」と歌ふを聞くも、いかなる人か「いたくな鳴きそ」とは言ひけむ。仲忠(なかただ)が童生(わらはお=生い立ち)ひ言ひ落とす人と、ほととぎす鴬に劣ると言ふ人こそ、いとつらうにくけれ。


213 :227:(能249):八月つごもり

 八月つごもり、太秦(=広隆寺)に詣づとて見れば、穂に出でたる田を人いと多く見騒ぐは、稲刈るなりけり。「早苗取りしかいつのまに」、まことにさいつころ賀茂へ詣づとて見しが(=212)、あはれにもなりにけるかな。これは男(をのこ)どもの、いと赤き稲の本(もと)ぞ青きを<取>[もた]りて刈る。何にかあらむして本を切るさまぞ、やすげに、せまほしげに見ゆるや。いかでさすらむ、穂をうち敷きて並みをるも、をかし。庵(いほ)のさまなど。


214 :228:(能なし):九月二十日あまりのほど

 九月二十日あまりのほど、初瀬に詣でて、いとはかなき家に泊まりたりしに、いと苦しくて、ただ寝に寝入りぬ。

 夜ふけて、月の窓より洩りたりしに、人の臥したりしどもが衣の上に白うて映りなどしたりしこそ、いみじうあはれとおぼえしか。さやうなるをりぞ、人歌よむかし。


215 :229:(能なし):清水などに参りて

 清水などに参りて、坂もとのぼるほどに、柴たく香のいみじうあはれなるこそをかしけれ。


216 :230:(能206):五月の菖蒲の

 五月の菖蒲の、秋冬過ぐるまであるが、いみじう白(しら)み枯れてあやしきを、引き折りあげたるに、その折の香の残りてかかへたる、いみじうをかし。


217 :231:(能207):よくたきしめたる薫物の

 よくたきしめたる薫物の、昨日、一昨日、今日などは忘れたるに、引き上げたるに、煙(けぶり)の残りたるは、ただ今の香(か)よりもめでたし。


218 :232:(能208):月のいと明かきに

 月のいと明かきに、川を渡れば、牛の歩むままに、水晶(すゐさう)などの割れたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ。


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下巻の下(第219~301段および跋文)
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219 :233:(能209):おほきにてよきもの

 大きにてよきもの 家。餌袋(ゑぶくろ)。法師。菓子(くだもの)。牛。松の木。硯の墨。

 男(をのこ)の目の細きは、女びたり。また、鋺(かなまり)のやうならむもおそろし。火桶。酸漿(ほほづき)。山吹の花。桜の花びら。


220 :234:(能210):短くてありぬべきもの

 短くてありぬべきもの とみのもの縫ふ糸。下衆女の髪。人のむすめの声。灯台。


221 :235:(能211):人の家につきづきしきもの

 人の家につきづきしきもの 肱折りたる廊。円座(わらふだ)。三尺の几帳。おほきやかなる童女(どうによ)。よきはしたもの。

 侍の曹司(ざうし)。折敷(をしき)。懸盤。中(ちゆう)の盤。おはらき。衝立障子。かき板。装束よくしたる餌袋。傘(からかさ)。棚厨子。提子(ひさげ)。銚子。


222 :236:(能212):ものへ行く路に

 ものへ行く路に、清げなる男(をのこ)の細やかなるが、立文持ちて急ぎ行くこそ、いづちならむと見ゆれ。

 また、清げなる童べなどの、袙(あこめ)どものいとあざやかなるにはあらで、なえばみたるに、屐子(けいし)のつややかなるが、歯に土おほく付きたるを履きて、白き紙に大きに包みたる物、もしは箱の蓋に草子どもなど入れて持て行くこそ、いみじう、呼びよせて見まほしけれ。

 門近(かどちか)なる所の前わたりを呼び入るるに、愛敬なく、いらへもせで行く者は、使ふらむ人こそおしはからるれ。


223 :237:(能214):よろづの事よりも

 よろづの事よりも、わびしげなる車に装束わるくて物見る人、いともどかし。説経などはいとよし。罪失ふことなれば。それだになほあながちなるさまにては見苦しきに、まして祭などは見でありぬべし。下簾なくて、白き単衣の袖などうち垂れてあめりかし。ただその日の料と思ひて、車の簾もしたてて、いと口惜しうはあらじと出でたるに、まさる車などを見つけては、何しにとおぼゆるものを、まいて、いかばかりなる心にて、さて見るらむ。

 よき所に立てむといそがせば、とく出でて待つほど、ゐ入り、立ち上がりなど、暑く苦しきに困ずるほどに、斎院の垣下(ゑが)に参りける殿上人・所の衆・弁・少納言など、七つ八つと引きつづけて、院の方より走らせてくるこそ、事なりにけりとおどろかれてうれしけれ。

 物見の所の前に立てて見るも、いとをかし。殿上人物言ひにおこせなどし、所の御前(ごぜん)どもに水飯(すゐはん)食はすとて、階(はし)のもとに馬引き寄するに、おぼえある人の子どもなどは、雑色など下りて馬の口取りなどしてをかし。さらぬ者の見も入れられぬなどぞいとほしげなる。

 御輿のわたらせ給へば、轅どもある限りうちおろして、過ぎさせ給ひぬれば、まどひあぐるもをかし。その前に立つる車はいみじう制するを、「などて立つまじき」とて強ひて立つれば、言ひわづらひて、消息などするこそをかしけれ。所もなく立ちかさなりたるに、よきところの御車、副車(ひとだまひ)引きつづきておほく来るを、いづこに立たむとすらむと見るほどに、御前(ごぜん)どもただ下りに下りて、立てる車どもをただ除けに除けさせて、副車まで立てつづけさせつるこそ、いとめでたけれ。追ひさげさせつる車どもの、牛かけて、所あるかたにゆるがし行(ゆ)くこそ、いとわびしげなれ。きらきらしくよきなどをば、いとさしもおしひしがず。いと<清>[きよ]げなれど、またひなび、あやしき下衆など絶えず呼び寄せ、出だし据ゑなどしたるもあるぞかし。


224 :238:(能215):細殿にびんなき人なむ

 「細殿に便(びん)なき人(=不適切な男)なむ、暁に笠さして出でける」と言ひ出でたるを、よく聞けば、わがうえなりけり。地下(ぢげ=六位以下)など言ひても、目やすく人に許さるばかりの人にもあらざなるを、あやしのことやと思ふほどに、上より御文持て来て、「返りごと、ただ今」と仰せられたり。何事にかとて見れば、大笠の絵(かた)をかきて、人は見えず、ただ手の限り笠を捉へさせて、下(しも)に、

  「山の端明けし朝(あした)より」

と書かせ給へり。なほはかなきことにても、ただめでたくのみおぼえさせ給ふに、はづかしく心づきなきことは、いかでか御覧ぜられじと思ふに、かかるそら言の出でくる、苦しけれど、をかしくて、こと紙に、雨をいみじう降らせて、下に、

  「ならぬ名の立ちにけるかな

さてや、濡れ衣にはなり侍らむ」
と啓したれば、右近の内侍などに語らせ給ひて、笑はせ給ひけり。


225 :239:(能216):三条の宮におはします頃

 三条の宮におはします頃、五日の菖蒲の輿などもて参り、薬玉参らせなどす。

 若き人々、御匣殿など、薬玉して姫宮・若宮に着け奉らせ給ふ。いとをかしき薬玉ども、ほかより参らせたるに、青刺(あをざし=菓子)といふ物を持て来たるを、青き薄様を艶なる硯の蓋に敷きて、「これ、笆(ませ)越しに候ふ」とて参らせたれば、

  みな人の花や蝶やと急ぐ日もわが心をば君ぞ知りける

 この紙の端を引き破(や)らせ給ひて書かせ給へる、いとめでたし。


226 :240:(能099):御乳母の大輔の命婦

 御乳母の大輔(たいふ)の命婦、日向へ下るに、賜はする扇どもの中に、片つ方は日いとうららかにさしたる田舎の館(たち)などおほくして、今片つ方は京のさるべき所にて、雨いみじう降りたるに、

  あかねさす日に向かひても思ひ出でよ都は晴れぬながめすらむと

と御手にて書かせ給へる、いみじうあはれなり。さる君を見おき奉りてこそえ行くまじけれ。


227 :241:(能281):清水にこもりたりしに

 清水にこもりたりしに、わざと御使して賜はせたりし、唐の紙の赤みたるに、草(さう)にて、

  「山ちかき入相(いりあひ)の鐘の声ごとに恋ふる心の数は知るらむ

ものを、こよなの長居や」とぞ書かせ給へる。紙などのなのめげならぬも、取り忘れたる旅にて、紫なる蓮の花びらに書きてまゐらす。


228 :242:(能223):駅は

 駅は 梨原(なしはら)。望月の駅。やまは駅は、あはれなりしことを聞きおきたりしに、またもあはれなることのありしかば、なほ取りあつめてあはれなり。


229 :243:(能225):社は

 社は 布留の社。生田の社。旅の御社。花ふちの社。杉の御社は、しるしやあらむとをかし。ことのままの明神、いとたのもし。「さのみ聞きけむ」とや言はれ給はむ、と思ふぞいとほしき。


229 :244:(能225):蟻通の明神

 蟻通(ありどほし)の明神、貫之が馬のわづらひけるに、この明神の病ませ給ふとて、歌よみ奉りけむ、いとをかし。この蟻通しとつけけるは、まことにやありけむ、昔おはしましける帝の、ただ若き人をのみおぼしめして、四十(よそぢ)になりぬるをば、失なはせ給ひければ、人の国の遠きに行き隠れなどして、さらに都のうちにさる者のなかりけるに、中将なりける人の、いみじう時の人にて、心などもかしこかりけるが、七十(ななそぢ)近き親二人を持たるに、かう四十をだに制することにまいておそろしと怖(お)ぢ騒ぐに、いみじく孝(けう)なる人にて、遠き所に住ませじ、一日(ひとひ)に一たび見ではえあるまじとて、みそかに家のうちの地(つち)を掘りて、そのうちに屋をたてて、籠め据ゑて、行きつつ見る。人にも、おほやけにも、失せ隠れにたる由を知らせてあり。などか、家に入り居たらむ人をば知らで(=知らない顔して)もおはせかし。うたてありける世にこそ。この親は上達部などにはあらぬにやありけむ、中将などを子にて持たりけるは。心いとかしこう、よろづの事知りたりければ、この中将も若けれど、いと聞こえあり、いたりかしこくして、時の人におぼすなりけり。

 唐土の帝、この国の帝を、いかで謀りてこの国討ち取らむとて、常に試みごとをし、あらがひごとをしておそり(=恐れさせ)給ひけるに、つやつやとまろにうつくしげに削りたる木の二尺ばかりあるを、「これが本末いづかた」と問ひに奉りたるに、すべて知るべきやうなければ、帝おぼしわづらひたるに、いとほしくて、親のもとに行きて、「かうかうの事なむある」といへば、「ただ、速からむ川に、立ちながら横さまに投げ入れて、返りて流れむかたを末と記(しる)して遣はせ」と教ふ。参りて、我が知り顔に、「さて試み侍らむ」とて、人と具して、投げ入れたるに、先にして行くかたにしるしをつけて遣はしたれば、まことにさなりけり。

 また、二尺ばかりなる蛇(くちなは)の、ただ同じ長さなるを、「これはいづれか男女(をとこをんな)」とて奉れり。また、さらに人え見知らず。例の中将来て問へば、「二つを並べて、尾のかたに細きすばえをしてさし寄せむに、尾はたらかざらむを女(め)と知れ」といひける、やがて、それは内裏(だいり)のうちにてさ、しけるに、まことに一つは動かず、一つは動かしければ、またさるしるしをつけて、遣はしけり。

 ほど久しくて、七曲(ななわた)にわだかまりたる玉の、中通りて左右に口あきたるが小さきを奉りて、「これに緒通してたまはらむ。この国にみなし侍る事なり」とて奉りたるに、「いみじからむものの上手不用(=お手上げ)なり」と、そこらの上達部・殿上人、世にありとある人いふに、また行きて、「かくなむ」といへば、「大きなる蟻をとらへて、二つばかりが腰に細き糸をつけ(=二匹の蟻をつなぎ)て、またそれに、今少し太きをつけて、あなたの口に蜜(みち)を塗りて見よ」といひければ、さ申して、蟻を入れたるに、蜜の香を嗅ぎて、まことにいととくあなたの口より出でにけり。さて、その糸の貫ぬかれたるを遣はしてける後になむ、「なほ日の本の国はかしこかりけり」とて、後にさる事もせざりける。

 この中将をいみじき人におぼしめして、「何わざをし、いかなる官・位をか賜ふべき」と仰せられければ、「さらに官もかうぶりもたまはらじ。ただ老いたる父母(ちちはは)の隠れ失せて侍る、尋ねて、都に住まする事を許させ給へ」と申しければ、「いみじうやすき事」とてゆるされければ、よろづの人の親これを聞きてよろこぶこといみじかりけり。中将は上達部、大臣になさせ給ひてなむありける。

 さて、その人の神になりたるにやあらむ、その神の御もとに詣でたりける人に、夜現れてのたまへりける、

 七曲にまがれる玉の緒をぬきてありとほしとは知らずやあるらむ

とのたまへりける、と人の語りし。


230 :245:(能241):一条の院をば今内裏とぞいふ

 一条の院をば新内裏(いまだいり)とぞいふ。おはします殿(でん)は清涼殿にて、その北なる殿に(=中宮は)おはします。西、東は渡殿にて、わたらせ給ひ、まうのぼらせ給ふ道にて、前は壺なれば、前栽植ゑ、笆(ませ)結ひて、いとをかし。

 二月二十日ばかりのうらうらとのどかに照りたるに、渡殿の西の廂にて、上の御笛吹かせ給ふ。高遠(たかとほ)の兵部卿御笛の師にてものし給ふを、御笛二つして高砂を折り返へして吹かせ給へば、なほいみじうめでたしといふも世の常なり。御笛のことどもなど奏し給ふ、いとめでたし。御簾のもとに集まり出でて、見奉る折は、「芹(せり)摘みし」(=不満)などおぼゆることこそなけれ。

 すけただは木工(もく)の允(じよう)にてぞ蔵人にはなりたる。いみじくあらあらしくうたてあれば、殿上人、女房、「あらはこそ」とつけたるを、歌に作りて、「双(さう)なしの主(ぬし)、尾張人(をはりうど)の種にぞありける」と歌ふは、尾張の兼時がむすめの腹なりけり。これを御笛に吹かせ給ふを、添ひに候ひて、「なほ高く吹かせおはしませ。え聞き候はじ」と申せば、「いかが。さりとも、聞き知りなむ」とて、みそかにのみ吹かせ給ふに、あなたより渡りおはしまして、「かの者なかりけり。ただ今こそ吹かめ」と仰せられて吹かせ給ふは、いみじうめでたし。


231 :246:(能242):身をかへて、天人などは

 身をかへて、天人などはかうやあらむと見ゆるものは、ただの女房にて候ふ人の、御乳母(めのと)になりたる。唐衣(からぎぬ)も着ず、裳をだにも、よう言はば着ぬさまにて御前に添ひ臥し、御帳のうちを居所(ゐどころ)にして、女房どもを呼びつかひ、局(つぼね)にものを言ひやり、文(ふみ)を取りつがせなどしてあるさま、言ひつくすべくもあらず。

 雑色(ざふしき)の蔵人になりたる、めでたし。去年(こぞ)の十一月(しもつき)の臨時の祭に(=雑色が)御琴(みこと)持たりしは、人とも見えざりしに、君達(きんだち)とつれだちてありくは、いづこなる人ぞとおぼゆれ。(=雑色の)ほかよりなりたるなどは、いとさしもおぼえず。


232 :247:(能243):雪高う降りて

 雪高う降りて、今もなほ降るに、五位も四位も、色うるはしう若やかなるが、袍(うへのきぬ)の色いと清らにて、革の帯の形(かた)つきたるを、宿直姿に、ひきはこえて、紫の指貫も雪に冴え映えて、濃さまさりたるを着て、袙の紅ならずは、おどろおどろしき山吹を出だして、傘(からかさ)をさしたるに、風のいたう吹きて横さまに雪を吹き掛くれば、少し傾ぶけて歩み来るに、深き沓・半靴(はうくわ)などのはばきまで、雪のいと白うかかりたるこそをかしけれ。


233 :248:(能244):細殿の遣戸を

 細殿の遣戸をいととうおしあけたれば、御湯殿(おゆどの)に馬道(めだう)より下りて来る殿上人、なえたる直衣・指貫の、いみじうほころびたれば、色々の衣どものこぼれ出でたるを押し入れなどして、北の陣ざまにあゆみ行くに、あきたる戸の前を過ぐとて、纓(えい=冠の尻尾)をひき越して顔にふたぎて往ぬるもをかし。


234 :249:(能224):岡は

 岡は 船岡。片岡。鞆岡(ともおか)は、笹の生ひたるがをかしきなり。かたらひの岡。人見の岡。


235 :250:(能226):降るものは

 降るものは 雪。霰(あられ)。霙(みぞれ)はにくけれど、白き雪のまじりて降る、をかし。


235 :251:(能226):雪は

 雪は、檜皮葺(ひはだぶき)、いとめでたし。少し消え方になりたるほど。また、いと多うも降らぬが、瓦の目ごとに入りて、黒うまろに見えたる、いとをかし。

 時雨・霰は 板屋。

 霜も 板屋。庭。


236 :252:(能227):日は

 日は 入日。入り果てぬる山の端に、光のなほとまりて赤う見ゆるに、薄黄ばみたる雲のたなびきわたりたる、いとあはれなり。


237 :253:(能228):月は

 月は 有明の東の山際に細くて出づるほど、いとあはれなり。


238 :254:(能229):星は

 星は すばる。牽牛(ひこぼし)。夕づつ。よばひ星、少しをかし。尾だになからましかば、まいて。


239 :255:(能230):雲は

 雲は 白き。紫。黒きもをかし。風吹くをりの雨雲。

 明け離るるほどの黒き雲の、やうやう消えて、白うなりゆくも、いとをかし。「朝(あした)にさる色」とかや、書(ふみ)にも作りたなる。

 月のいと明かき面(おもて)に薄き雲、あはれなり。


240 :256:(能231):さわがしきもの

 さわがしきもの 走り火。板屋の上にて烏の斎(とき)の生飯(さば)食ふ。十八日に、清水にこもりあひたる。

 暗うなりて、まだ火もともさぬほどに、ほかより人の来あひたる。まいて、遠き所の人の国などより、家の主(あるじ)の上りたる、いとさわがし。

 近きほどに火出で来ぬといふ。されど、燃えはつかざりけり。


241 :257:(能232):ないがしろなるもの

 ないがしろなるもの 女官どもの髪上げ姿。唐絵の革の帯の後ろ。聖のふるまひ。


242 :258:(能233):ことばなめげなるもの

 ことばなめげなるもの 宮の部(べ)の祭文(さいもん)読む人。舟漕ぐ者ども。雷鳴の陣の舎人。相撲(すまひ)。


243 :259:(能234):さかしきもの

 さかしきもの 今様の三歳児(みとせご)。ちごの祈りし、腹などとる女。ものの具ども請ひ出でて、祈り物作る、紙をあまたおし重ねて、いと鈍き刀して切るさまは、一重だに断つべくもあらぬに、さるものの具となりにければ、おのが口をさへ引きゆがめておし切り、目多かるものどもして、かけ竹うち割りなどして、いと神々しうしたてて、うち振るひ祈ることども、いとさかし。かつは、「なにの宮・その殿の若君、いみじうおはせしを、掻い拭(のご)ひたるやうにやめ(=治し)奉りたりしかば、禄を多く賜りしこと。その人かの人召したりけれど、験(しるし)なかりければ、今に嫗(おんな=私)をなむ召す。御徳をなむ見る」など語りをる顔もあやし。

 下衆の家の女主(あるじ)。痴れたる者、それしもさかしうて、まことにさかしき人を教へなどすかし。


244 :260:(能245):ただ過ぎに過ぐるもの

 ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢(よはひ)。春、夏、秋、冬。


245 :261:(能246):ことに人に知られぬるもの

 ことに人に知られぬるもの 凶会日(くゑにち)。人の女親(めおや)の老いにたる。


246 :262:(能027):文ことばなめき人こそ

 文のことばなめき人こそいとにくけれ。世をなのめに書き流したることばのにくきこそ。

 さるまじき人のもとに、あまりかしこまりたるも、げにわろきことなり。されど、我が得たらむはことわり、人のもとなるさへにくくこそあれ。

 おほかたさし向かひても、なめきは、などかく言ふらむとかたはらいたし。まいて、よき人などをさ申す者はいみじうねたうさへあり。田舎びたる者などの、さあるは、をこにていとよし。

 男主(をとこしゆう)などなめく言ふ、いとわるし。我が使ふ者などの、「何とおはする」「のたまふ」など言ふ、いとにくし。ここもとに「侍り」などいふ文字をあらせばやと聞くこそ多かれ。さも言ひつべき者には、「似げな、愛敬な、などかう、このことばはなめき」と言へば、聞く人も言はるる人も笑ふ。かうおぼゆればにや、「あまり見そす」など言ふも、人わろきなるべし。

 殿上人、宰相などを、ただ名のる名を、いささかつつましげならず言ふは、いとかたはなるを、清うさ言はず、女房の局なる人をさへ、「あの御もと」「君」など言へば、めづらかにうれしと思ひて、ほむることぞいみじき。

 殿上人・君達、御前よりほかにては官(つかさ)をのみ言ふ。また、御前にてはおのがどちものを言ふとも、聞こしめすには、などてか「まろが」などは言はむ。さ言はむにかしこく、言はざらむにわろかるべきことかは。


247 :263:(能250):いみじうきたなきもの

 いみじうきたなきもの なめくぢ。えせ板敷の帚(ははき=ほうき)の末。殿上の合子(がふし=朱塗りの椀)。


248 :264:(能251):せめておそろしきもの

 せめておそろしきもの 夜鳴る神。近き隣に、盗人の入(い)りたる。わが住む所に来たるは、ものもおぼえねば何とも知らず。

 近き火、またおそろし。


249 :265:(能252):たのもしきもの

 たのもしきもの 心地あしきころ、伴僧あまたして修法(ずほふ)したる。心地などのむつかしきころ、まことまことしき思人(おもひびと)の言ひなぐさめたる。


250 :266:(能253):いみじうしたたてて婿とりたるに

 いみじうしたたてて婿取りたるに、ほどもなく住まぬ婿の、舅に会ひたる、いとほしとや思ふらむ。

 ある人の、いみじう時に会ひたる人の婿になりて、ただ一月ばかりも、はかばかしうも来でやみにしかば、すべていみじう言ひさわぎ、乳母(めのと)などやうの者は、まがまがしきことなどいふもあるに、そのかへる正月(むつき)に蔵人になりぬ。「『あさましう、かかるなからひには、いかで』とこそ人は思ひたれ」など、言ひあつかふは、(=婿は)聞くらむかし。

 六月(みなつき)に人の八講し給ふ所に、人々集まりて聞きしに、蔵人になれる婿の、綾(りよう)の表(うへ)の袴、黒半臂などいみじうあざやかにて、忘れにし人の車の鴟(とみ)の尾といふものに、半臂の緒を引きかけつばかりにてゐたりしを、いかに見るらむと、車の人々も知りたる限りはいとほしがりしを、こと人々も、「つれなくゐたりしものかな」など、後にも言ひき。

 なほ、男は、もののいとほしさ、人の思はむことは知らぬなめり。


251 :267:(能なし):世の中になほいと心うきものは

 世の中になほいと心憂きものは、人ににくまれむことこそあるべけれ。たれてふ物狂ひか、われ人にさ思はれむとは思はむ。されど、自然に宮仕へ所にも、親・同胞(はらから)の中にても、思はるる思はれぬがあるぞいとわびしきや。

 よき人の御ことはさらなり。下衆などのほども、親などのかなしうする子は、目たて耳たてられて、いたはしうこそおぼゆれ。見るかひあるはことわり、いかが思はざらむとおぼゆ。ことなることなきはまた、これをかなしと思ふらむは、親なればぞかしとあはれなり。

 親にも、君にも、すべてうち語らふ人にも、人に思はれむばかりめでたきことはあらじ。

252 :268:(能なし):男こそ、なほいとありがたく

 男こそ、なほいと在り難く怪しき心地したるものはあれ。いと清げなる人を棄てて、にくげなる人を持たるもあやしかし。おほやけ所に入り立ちする男、家の子などは、あるがなかによからむをこそは、選りて思ひ給はめ。およぶまじからむ際をだに、めでたしと思はむを、死ぬばかりも思ひかかれかし。人のむすめ、まだ見ぬ人などをも、よしと聞くをこそは、いかでとも思ふなれ。かつ女の目にもわろしと思ふを思ふは、いかなることにかあらむ。

 かたちいとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれに詠みて、うらみおこせなどするを、(=男は)返事(かへりごと)はさかしらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち嘆きてゐたる(=女)を、見捨てて行きなどするは、あさましう、おほやけ腹立ちて、見証(けんそ)の心地(=第三者から見ても)も心憂く見ゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。


253 :269:(能なし):よろづの事よりも情けあるこそ

 よろづの事よりも情けあるこそ、男はさらなり、女もめでたくおぼゆれ。なげの言葉なれど、せちに心に深く入らねど、いとほしき事をば「いとほし」とも、あはれなるをば「げにいかに思ふらむ」など言ひけるを、伝へて聞きたるは、さし向ひていふよりもうれし。いかでこの人に「思ひ知りけり」とも見えにしがな、と常にこそおぼゆれ。

 かならず思ふべき人、とふべき人はさるべきことなれば、取り分かれしもせず。さもあるまじき人の、さしいらへをも後ろやすくしたるは、うれしきわざなり。いとやすきことなれど、さらにえあらぬことぞかし。

 おほかた心よき人の、まことにかどなからぬは、男も女もありがたきことなめり。また、さる人も多かるべし。


254 :270:(能なし):人のうへいふを

 人のうへいふを腹立つ人こそいとわりなけれ。いかでか言はではあらむ。わが身をばさしおきて、さばかりもどかしく言はまほしきものやはある。されど、けしからぬやうにもあり、また、おのづから聞きつけて、うらみもぞする、あいなし。

 また、思ひはなつまじきあたりは、いとほしなど思ひ解けば、念じて言はぬをや。さだになくば、うち出で、笑ひもしつべし。


255 :271:(能312):人の顔に

 人の顔に、取り分きてよしと見ゆる所は、たびごとに見れども、あなをかし、めづらし、とこそおぼゆれ。絵など、あまた度(たび)見れば、目も立たずかし。近う立てたる屏風の絵などは、いとめでたけれども、見も入れられず。

 人のかたちはをかしうこそあれ。にくげなる調度(でうど)の中にも、一つよき所のまもらるるよ。みにくきもさこそはあらめと思ふこそわびしけれ。


256 :272:(能なし):古代の人の指貫着たるこそ

 古代(こたい)の人の、指貫着たるこそ、いとたいだいしけれ。前に引き当てて、まづ裾をみな籠め入れて、腰はうち捨てて、衣の前を調(ととの)へはてて、腰をおよびてとるほどに、後ろざまに手をさしやりて、猿の手結はれたるやうにほどき立てるは、とみのことに出でたつべくも見えざめり。


257 :273:(能217):十月十余日の月の

 十月十余日の月のいと明かきに、ありきて見むとて、女房十五六人ばかりみな濃き衣を上に着て、引き返しつつありしに、中納言の君の、紅の張りたるを着て、頸より髪をかき越し給へりしが、あたらし。卒塔婆(そとば)に、いとよくも似たりしかな。「ひひなのすけ」とぞ若き人々つけたりし。後(しり)に立ちて笑ふも知らずかし。


258 :274:(能なし):成信の中将こそ

 成信の中将こそ、人の声はいみじうよう聞き知り給ひしか。同じ所の人の声などは、常に聞かぬ人はさらにえ聞き分かず。ことに男は人の声をも手をも、見分き聞き分かぬものを、いみじうみそかなるも、かしこう聞き分き給ひしこそ。


259 :275:(能218):大蔵卿ばかり

 大蔵卿ばかり、耳とき人はなし。まことに、蚊の睫(まつげ)の落つるをも聞きつけ給ひつべうこそありしか。

 職の御曹司の西面に住みしころ、大殿の新中将(=成信)宿直にて、ものなど言ひしに、そばにある人の、「この中将に、扇の絵のこと言へ」とささめけば、「今、かの君の立ち給ひなむにを」と、いとみそかに言ひ入るるを、その人だにえ聞きつけで、「何とか、何とか」と耳をかたぶけ来るに、遠くゐて、「にくし。さのたまはば、今日は立たじ」とのたまひしこそ、いかで聞きつけ給ふらむとあさましかりしか。


260 :276:(能254):うれしきもの

 うれしきもの まだ見ぬ物語の一(=第一巻)を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見出でたる。さて、心劣りする(=期待外れ)やうもありかし。

 人の破(や)り捨てたる文を継ぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。いかならむと思ふ夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせ(=夢判断)なしたる、いとうれし。

 よき人の御前に、人々あまた候ふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世に言ひけることにもあれ、語らせ給ふを、われ(=清少)に御覧じ合はせてのたまはせたる、いとうれし。

 遠き所はさらなり、同じ都のうちながらも隔たりて、身にやむごとなく思ふ人のなやむ(=病む)を聞きて、いかにいかにと、おぼつかなきことを嘆くに、おこたりたる由、消息聞くも、いとうれし。

 思ふ人の、人にほめられ、やむごとなき人などの、口惜しからぬ者におぼしのたまふ。もののをり、もしは、人と言ひかはしたる歌の聞こえて、打聞(うちぎき)などに書き入れらるる。みづか(=清少自身)らのうへにはまだ知らぬことなれど、なほ思ひやるよ。

 いたううち解けぬ人の言ひたる故(ふる)き言の、知らぬを聞き出でたるもうれし。後(のち)にものの中などにて見出でたるは、ただをかしう、これにこそありけれと、彼(か)の言ひたりし人ぞをかしき。

 陸奥国紙(みちのくにがみ)、ただのも、よき得たる。はづかしき人の、歌の本末問ひたるに、ふとおぼえたる、われながらうれし。常におぼえたることも、また人の問ふに、清う忘れてやみぬるをりぞ多かる。とみにて求むるもの見出でたる。

 物合(ものあはせ)、何くれと挑むことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ。また、われはなど思ひてしたり顔なる人謀(はか)り得たる。女どちよりも、男はまさりてうれし。これが答(たふ=仕返し)は必ずせむと思ふらむと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、何とも思ひたらぬさまにて、たゆめ過ぐすも、またをかし。にくき者のあしきめ見るも、罪や得らむと思ひながら、またうれし。

 ものの折に衣打たせにやりて、いかならむと思ふに、きよらにて得たる。刺櫛(さしぐし)磨(す)らせたるに、をかしげなるもまたうれし。「また」もおほかるものを。

 日頃、月頃しるきことありて、悩みわたるが、おこたりぬるもうれし。思ふ人の上は、わが身よりもまさりてうれし。

 御前に人々所もなくゐたるに、今のぼりたるは、少し遠き柱もとなどにゐたるを、とく御覧じつけて、「こち」と仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそうれしけれ。


261 :277:(能255):御前にて人々とも、また

 御前にて人々とも、また、もの仰せらるるついでなどにも、「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、ただいづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙、陸奥国紙など得つれば、こよなうなぐさみて、さはれ、かくてしばしも生きてありぬべかんめりとなむおぼゆる。また、高麗縁(ばし)の筵(むしろ)青うこまやかに厚きが、縁(へり)の紋いとあざやかに、黒う白う見えたるを引きひろげて見れば、何か、なほこの世は、さらにさらにえ思ひ捨つまじと、命さへ惜しくなむなる」と申せば、「いみじくはかなきことにもなぐさむなるかな。『姨捨山の月』は、いかなる人の見けるにか」など笑はせ給ふ。候ふ人も、「いみじうやすき息災の祈りななり」などいふ。

 さてのち、ほど経て、心から思ひみだるることありて里にある頃、めでたき紙二十を包みてたまはせたり。仰せごとには、「とくまゐれ」などのたまはせで、「これは聞こし召しおきたることのありしかばなむ。わろかめれば、寿命経もえ書くまじげにこそ」と仰せられたる、いみじうをかし。思ひ忘れたりつることをおぼしおかせ給へりけるは、なほただ人にてだにをかしかべし。まいて、おろかなるべきことにぞあらぬや。心もみだれて、啓すべきかたもなければ、ただ、

 「かけまくもかしこき神のしるしには鶴の齢(よはひ)となりぬべきかな

あまりにやと啓せさせ給へ」とて参らせつ。台盤所の雑仕ぞ、御使には来たる。青き綾の単衣取らせなどして、まことに、この紙を草子に作りなどもて騒ぐに、むつかしきこともまぎるる心地して、をかしと心のうちにおぼゆ。

 二日ばかりありて、赤衣着たる男、畳を持て来て、「これ」といふ。「あれは誰そ。あらはなり」など、ものはしたなくいへば、さし置きて往ぬ。「いづこよりぞ」と問はすれど、「まかりにけり」とて取り入れたれば、ことさらに御座(ござ)といふ畳のさまにて、高麗など、いと清らなり。心のうちには、さにやあらむなど思へど、なほおぼつかなさに、人々出だして求むれど、失せにけり。あやしがりいへど、使のなければ、いふかひなくて、所違へなどならば、おのづからまた言ひに来なむ。宮の辺(へん)に案内しに参らまほしけれど、さもあらずは、うたてあべしと思へど、なほ誰か、すずろにかかるわざはせむ。仰せごとなめりと、いみじうをかし。

 二日ばかり音もせねば、疑ひなくて、右京の君のもとに、「かかることなむある。さることやけしき見給ひし。忍びてありさまのたまへ。さること見えずは、かう申したりとな散らし給ひそ」と言ひやりたるに、「いみじう隠させ給ひしことなり。ゆめゆめまろが聞こえたると、な口にも」とあれば、さればよと思ふもしるく、をかしうて、文を書きて、またみそかに御前の高欄におかせしものは、まどひけるほどに、やがてかけ落して、御階(みはし)の下に落ちにけり。


262 :278:(能256):関白殿、二月二十一日に

 関白殿、二月二十一日に法興(ほこ)院の積善(さくぜん)寺といふ御堂(みだう)にて一切経供養せさせ給ふに、女院もおはしますべければ、二月一日のほどに、二条の宮へ出でさせ給ふ。ねぶたくなりにしかば、何事も見入れず。

 つとめて、日のうららかにさし出でたるほどに起きたれば、白う新らしうをかしげに造りたるに、御簾よりはじめて、昨日掛けたるなめり。御しつらひ、獅子・狛犬など、いつのほどにか入りゐけむとぞをかしき。桜の一丈ばかりにて、いみじう咲きたるやうにて、御階のもとにあれば、いととく咲きにけるかな、梅こそただ今はさかりなれ、と見ゆるは、造りたるなりけり。すべて、花の匂ひなどつゆまことにおとらず。いかにうるかさりけむ。雨降らばしぼみなむかしと思ふぞ口惜しき。小家などいふもの多かりける所を、今造らせ給へれば、木立など見所あることもなし。ただ、宮のさまぞ、けぢかうをかしげなる。

 殿わたらせ給へり。青鈍の固紋の御指貫、桜の御直衣に紅の御衣三つばかりを、ただ御直衣に引き重ねてぞたてまつりたる。御前よりはじめて、紅梅の濃き薄き織物、固紋、無紋などを、ある限り着たれば、ただ光り満ちて見ゆ。唐衣は、萌黄、柳、紅梅などもあり。

 御前にゐさせ給ひて、ものなど聞こえさせ給ふ。御いらへなどのあらまほしさを、里なる人などにはつかに見せばやと見奉る。女房など御覧じわたして、「宮、何事をおぼしめすらむ。ここらめでたき人々を据ゑ並めて御覧ずるこそはうらやましけれ。一人わろきかたちなしや。これみな家々のむすめどもぞかし。あはれなり。ようかへりみてこそ候はせ給はめ。さても、この宮の御心をば、いかに知り奉りて、かくは参り集まり給へるぞ。いかにいやしくもの惜しみせさせ給ふ宮とて、我は宮の生まれさせ給ひしより、いみじう仕(つかうまつ)れど、まだおろしの御衣一つたまはらず。何か、しりう言(=陰口)には聞こえむ」などのたまふがをかしければ、笑ひぬれば、「まことぞ。をこなりと見てかく笑ひいまするがはづかし」などのたまはするほどに、内裏より式部の丞なにがしが参りたり。

 御文は、大納言殿取りて殿に奉らせ給へば、引き解きて、「ゆかしき御文かな。ゆるされ侍らば、あけて見侍らむ」とはのたまはすれど、あやふしとおぼいためり。「かたじけなくもあり」とて奉らせ給ふを、取らせ給ひても、ひろげさせ給ふやうにもあらずもてなさせ給ふ、御用意ぞありがたき。

 御簾の内より女房褥(しとね)さし出でて、三四人御几帳のもとにゐたり。「あなたにまかりて、禄のことものし侍らむ」とて立たせ給ひぬるのちぞ、御文御覧ずる。御返し、紅梅の薄様に書かせ給ふが、御衣の同じ色に匂ひ通ひたる、なほ、かくしもおしはかり参らする人はなくやあらむとぞ口惜しき。今日のはことさらにとて、殿の御方より禄は出させ給ふ。女の装束に紅梅の細長添へたり。肴などあれば、酔はさまほしけれど、「今日はいみじきことの行事に侍り。あが君、許させ給へ」と、大納言殿にも申して立ちぬ。

 君など、いみじく化粧じ給ひて、紅梅の御衣ども、おとらじと着給へるに、三の御前は、御匣殿、中の姫君よりも大きに見え給ひて、上など聞こえむにぞよかめる。

 上もわたり給へり。御几帳引き寄せて、あたらしう参りたる人々には見え給はねば、いぶせき心地す。

 さしつどひて、かの日の装束、扇などのことを言ひあへるもあり。また、挑み隠して、「まろは、何か。ただあらむにまかせてを」などいひて、「例の、君の」など、にくまる。夜さりまかづる人多かれど、かかるをりのことなれば、えとどめさせ給はず。

 上、日々にわたり給ひ、夜もおはします。君達などおはすれば、御前、人ずくなならでよし。御使日々に参る。

 御前の桜、露に色はまさらで、日などにあたりてしぼみ、わろくなるだに口惜しきに、雨の夜降りたるつとめて、いみじくむとくなり。いととう起きて「泣きて別れけむ顔に心劣りこそすれ」といふを聞かせ給ひて、「げに雨降るけはひしつるぞかし。いかならむ」とて、おどろかせ給ふほどに、殿の御かたより侍の者ども、下衆など、あまた来て、花の下(もと)にただ寄りに寄りて、引き倒し取りてみそかに行く。「『まだ暗からむに』とこそ仰せられつれ。明け過ぎにけり。ふびんなるわざかな。とくとく」と倒しとるに、いとをかし。「言はば言はなむ」と、兼澄がことを思ひたるにやとも、よき人ならば言はまほしけれど、「彼の花盗むは誰ぞ。あしかめり」といへば、いとど逃げて、引きもて往ぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。枝どももぬれまつはれつきて、いかにびんなきかたちならましと思ふ。ともかくも言はで入りぬ。

 掃部司(かもんづかさ)参りて、御格子参る。主殿(とのも)の女官御きよめなどに参りはてて、起きさせ給へるに、花もなければ、「あな、あさまし。あの花どもはいづち往ぬるぞ」と仰せらる。「あかつきに『花盗人あり』といふなりつるを、なほ枝など少しとるにやとこそ聞きつれ。誰がしつるぞ、見つや」と仰せらる。「さも侍らず。まだ暗うてよくも見えざりつるを。白みたる者の侍りつれば、花を折るにやと後ろめたきに言ひ侍りつるなり」と申す。「さりとも、みなは、かう、いかでかとらむ。殿の隠させ給へるならむ」とて笑はせ給へば、「いで、よも侍らじ。春の風のして侍るならむ」と啓するを、「かう言はむとて隠すなりけり。盗みにはあらで、いたうこそ、ふりなりつれ」と仰せらるも、めづらしきことにはあらねど、いみじうぞめでたき。

 殿おはしませば、ねくたれの朝顔も、時ならずや御覧ぜむとひき入る。おはしますままに、「かの花は失せにけるは。いかで、かうは盗ませしぞ。いとわろかりける女房達かな。いぎたなくて、え知らざりけるよ」とおどろかせ給へば、「されど、『我よりさきに』とこそ思ひて侍りつれ」と、忍びやかにいふに、いととう聞きつけさせ給ひて、「さ思ひつることぞ。世にこと人出でゐて見じ。宰相とそことのほどならむとおしはかりつ」といみじう笑はせ給ふ。「さりけるものを、少納言は、春の風におほせける」と、宮の御前のうち笑ませ給へる、いとをかし。「そらごとをおほせ侍るなり。『今は、山田もつくる』らむものを」などうち誦ぜさせ給へる、いとなまめきをかし。「さてもねたくみつけられにけるかな。さばかりいましめつるものを。人の御かたには、かかるいましめ者のあるこそ」などのたまはす。「『春の風』は、そらにいとかしこうもいふかな」など、またうち誦<ぜ>させ給ふ。「ただ言(ごと)にはうるさく思ひ強りて侍りし。今朝のさま、いかに侍らまし」などぞ笑はせ給ふ。小若君「されど、それをいととく見て、『露にぬれたる』といひける、『おもてぶせなり』といひ侍りける」と申し給へば、いみじうねたがらせ給ふもをかし。

 さて、八九日のほどにまかづるを、「今少し近うなりてを」など仰せらるれど、出でぬ。いみじう、常よりものどかに照りたる昼つ方、「花の心開けざるや。いかに、いかに」とのたまはせたれば、「秋はまだしく侍れど、夜(よ)に九度(こ<こ>のたび)のぼる心地なむし侍る」と聞こえさせつ。

 出でさせ給ひし夜、車の次第もなく、「まづ、まづ」と乗り騒ぐがにくければ、さるべき人と、「なほ、この車に乗るさまのいとさわがしう、祭のかへさなどのやうに、倒れぬべくまどふさまのいと見苦しきに、ただ、さはれ、乗るべき車なくてえ参らずは、おのづからきこしめしつけてたまはせもしてむ」など言ひあはせて、立てる前よりおしこりて、まどひ出でて乗りはてて、「かう<か>[こ]」といふに、「まだし、ここに」といふめれば、宮司寄り来て、「誰々おはするぞ」と問ひ聞きて、「いとあやしかりけることかな。今はみな乗り給ひぬらむとこそ思ひつれ。こはなど、かうおくれさせ給へる。今は得選(とくせん)乗せむとしつるに。めづらかなりや」などおどろきて、寄せさすれど、「さは、まづその御心ざしあらむをこそ乗せ給はめ。次にこそ」といふ声を聞きて、「けしからず、腹ぎたなくおはしましけり」などいへば乗りぬ。その次には、まことに御厨子が車にぞありければ、火もいと暗きを、笑ひて二条の宮に参り着きたり。

 御輿はとく入らせ給ひて、しつらひゐさせ給ひにけり。「ここに呼べ」と仰せられければ、「いづら、いづら」と右京、小左近などいふ若き人々待ちて、参る人ごとに見れど、なかりけり。下るるにしたがひて、四人づつ御前に参りつどひて候ふに、「あやし。なきか。いかなるぞ」と仰せられけるも知らず、ある限り下りはててぞからうじて見つけられて、「さばかり仰せらるるに、おそくは」とて、ひきゐて参るに、見れば、いつの間にかう年ごろの御すまひのやうに、おはしましつきたるにかとをかし。

 「いかなれば、かうなきかとたづぬばかりまでは見えざりつる」と仰せらるるに、ともかくも申さねば、もろともに乗りたる人、「いとわりなしや。最果(さいはち)の車に乗りて侍らむ人は、いかでか、とくは参り侍らむ。これも、御厨子(みづし)がいとほしがりて、ゆづりて侍るなり。暗かりつるこそわびしかりつれ」とわぶわぶ啓するに、「行事する者のいとあしきなり。また、などかは、心知らざらむ人(=新参)こそはつつまめ、右衛門など言はむかし」と仰せらる。「されど、いかでかは走り先立(さいだ)ち侍らむ」などいふ、かたへの人にくしと聞くらむかし。「さまあしうて高う乗りたりとも、かしこかるべきことかは。定めたらむさまの、やむごとなからむこそよからめ」と、ものしげにおぼしめしたり。「下り侍るほどのいと待ち遠に苦しければにや」とぞ申しなほす。

 御経のことにて、明日わたらせ給はむとて、今宵参りたり。南の院の北面にさしのぞきたれば、高杯どもに火をともして、二人、三人、三四人、さべきどち屏風引き隔てたるもあり。几帳など隔てなどもしたり。また、さもあらで、集まりゐて衣どもとぢかさね、裳の腰さし、化粧するさまはさらにも言はず、髪などいふもの、明日よりのちはありがたげに見ゆ。「寅の時になむわたらせ給ふべかなる。などか、今まで参り給はざりつる。扇持たせて、もとめ聞こゆる人ありつ」と告ぐ。

 さて、まことに寅の時かと装束きたちてあるに、明けはて、日もさし出でぬ。西の対の唐廂にさし寄せてなむ乗るべきとて、渡殿へある限り行くほど、まだうひうひしきほどなる新参(いままゐり)などはつつましげなるに、西の対に殿の住ませ給へば、宮もそこにおはしまして、まづ女房ども車に乗せ給ふを御覧ずとて、御簾のうちに、宮、淑景舎、三四の君、殿の上、その御おとと三所(みところ)、立ち並みおはしまさふ。

 車の左右に、大納言殿、三位の中将、二所して簾(すだれ)うちあげ、下簾引きあげて乗せ給ふ。うち群れてだにあらば、少し隠れどころもやあらむ、四人づつ書立(かきたて)にしたがひて、「それ、それ」と呼び立てて乗せ給ふに、あゆみ出づる心地ぞ、まことにあさましう顕証なりといふも世の常なり。御簾のうちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の見苦しと御覧ぜむばかり、さらにわびしきことなし。汗のあゆれば、つくろひたてたる髪なども、みなあがりやしたらむとおぼゆ。からうじて過ぎ行きたれば、車のもとに、はづかしげに清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふもうつつならず。されど、倒れでそこまでは行きつきぬるぞ、かしこきか、おもなきか、思ひたどらるれ。

 みな乗りはてぬれば、引き出でて、二条の大路に榻(しぢ)にかけて、物見る車のやうに立て並べたる、いとをかし。人もさ見たらむかしと心ときめきせらる。四位、五位、六位などいみじう多う出で入り、車のもとに来て、つくろひ、物言ひなどする中に、明順(あきのぶ)の朝臣の心地、空を仰ぎ、胸をそらいたり。

 まづ、院の御迎へに、殿をはじめ奉りて、殿上人、地下などもみな参りぬ。それわたらせ給ひて後に、宮は出でさせ給ふべしとあれば、いと心もとなしと思ふほどに、日さしあがりてぞおはします。御車ごめに十五、四つは尼の車、一の御車は唐車なり。それにつづきてぞ尼の車、後(しり)・口より水晶の数珠、薄墨の裳、袈裟、衣、いといみじくて、簾はあげず、下簾も薄色の裾少し濃き、次に女房の十、桜の唐衣、薄色の裳、濃き衣、香染、薄色の表着(うはぎ)ども、いみじうなまめかし。日はいとうららかなれど、空は緑に霞みわたれるほどに、女房の装束の匂ひあひて、いみじき織物、色々の唐衣などよりも、なまめかしうをかしきこと限りなし。

 関白殿、その次々の殿ばら、おはする限り、もてかしづきわたし奉らせ給ふさま、いみじくぞめでたし。これをまづ見たてまつり、めで騒ぐ。この車どもの二十立て並べたるも、またをかしと見るらむかし。

 いつしか出でさせ給はなむと待ち聞こえさするに、いと久し。いかなるらむと心もとなく思ふに、からうじて采女八人、馬に乗せて引き出づ。青裾濃(すそご)の裳、裙帯(くたい)、領布(ひれ)などの風に吹きやられたる、いとをかし。「ふせ」といふ采女は、典薬の頭(かみ)重雅(しげまさ)が知る人なりけり。葡萄染の織物の指貫を着たれば、「重雅は色許されにけり」など、山の井の大納言笑ひ給ふ。

 みな乗りつづきて立てるに、今ぞ御輿出でさせ給ふ。めでたしと見奉りつる御ありさまには、これ、はた、くらぶべからざりけり。

 朝日のはなばなとさしあがるほどに、水葱(なぎ)の花いときはやかにかがやきて、御輿の帷子(かたびら)の色つやなどの清らささへぞいみじき。御綱張りて出でさせ給ふ。御輿の帷子のうちゆるぎたるほど、まことに、「頭(かしら)の毛」など人のいふ、さらにそらごとならず。さて、のちは髪あしからむ人もかこちつべし。あさましう、いつくしう、なほいかで、かかる御前に馴れ仕るらむと、わが身もかしこうぞおぼゆる。御輿過ぎさせ給ふほど、車の榻ども一たびにかきおろしたりつる、また牛どもにただ掛けに掛けて、御輿の後(しり)につづけたる心地、めでたく興あるさま、いふかたもなし。

 おはしまし着きたれば、大門(だいもん)のもとに高麗(こま)、唐土(もろこし)の楽して、獅子・狛犬をどり舞ひ、乱声(らんじやう)の音、鼓の声にものもおぼえず。こは、生きての仏の国などに来にけるにやあらむと、空に響きあがるやうにおぼゆ。

 内に入りぬれば、色々の錦のあげばりに、御簾いと青くかけわたし、屏幔(へいまん)ども引きたるなど、すべてすべて、さらにこの世とおぼえず。御桟敷にさし寄せたれば、またこの殿ばら立ち給ひて、「とう下りよ」とのたまふ。乗りつる所だにありつるを、今少しあかう顕証なるに、つくろひ添へたりつる髪も、唐衣の中にてふくだみ、あやしうなりたらむ。色の黒さ赤ささへ見え分かれぬべきほどなるが、いとわびしければ、ふともえ下りず。「まづ、後(しり)なるこそは」などいふほどに、それも同じ心にや、「しぞかせ給へ。かたじけなし」などいふ。「恥ぢ給ふかな」と笑ひて、からうじて下りぬれば、寄りおはして、「『むねかたなどに見せで、隠しておろせ』と、宮の仰せらるれば、来たるに、思ひぐまなく」とて、引きおろして率て参り給ふ。さ、聞こえさせ給ひつらむと思ふも、いとかたじけなし。

 参りたれば、はじめ下りける人、物見えぬべき端に八人ばかりゐにけり。一尺余、二尺ばかりの長押の上におはします。「ここに立ち隠して率て参りたり」と申し給へば、「いづら」とて、御几帳のこなたに出でさせ給へり。まだ御裳、唐の御衣奉りながらおはしますぞいみじき。紅の御衣どもよろしからむやは。中に唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重がさねの織物に赤色の唐の御衣、地摺の唐の薄物に、象眼重ねたる御裳など奉りて、ものの色などは、さらになべてのに似るべきやうもなし。

 「我をばいかが見る」と仰せらる。「いみじうなむ候ひつる」なども、言(こと)に出でては世の常にのみこそ。「久しうやありつる。それは大夫(だいぶ)の、院の御供に着て人に見えぬる、同じ下襲ながらあらば、人わろしと思ひなむとて、こと下襲縫はせ給ひけるほどに、おそきなりけり。いと好き給へり」とて笑はせ給ふ。いとあきらかに、晴れたる所は今少しぞけざやかにめでたき。御額あげさせ給へりける御釵子(さいし)に、分け目の御髪のいささか寄りてしるく見えさせ給ふさへぞ、聞こえむ方なき。

 三尺の御几帳一よろひをさしちがへて、こなたの隔てにはして、その後ろに畳一枚(ひとひら)を長さまに縁(はし)を端(はし)にして、長押の上に敷きて、中納言の君といふは、殿の御叔父の右兵衛の督(かみ)忠君(ただきみ)と聞こえけるが御むすめ、宰相の君は、富の小路の右の大臣の御孫、それ二人ぞ上にゐて、見給ふ。御覧じわたして、「宰相はあなたに行きて、人どものゐたるところにて見よ」と仰せらるるに、心得て、「ここにて、三人はいとよく見侍りぬべし」と申し給へば、「さば、入れ」とて召し上ぐるを、下にゐたる人々は、「殿上ゆるさるる内舎人(うどねり)なめり」と笑へど、「こは、笑はせむと思ひ給ひつるか」と言へば、「馬副(むまさへ)のほどこそ」など言へど、そこに登りゐて見るは、いと面だたし。かかることなどぞ、みづからいふは、吹き語りなどにもあり、また、君の御ためにも軽々しう、かばかりの人をさおぼしけむなど、おのづからも、もの知り、世の中もどきなどする人は、あいなうぞ、かしこき御ことにかかりてかたじけなけれど、あることはまたいかがは。まことに身のほどに過ぎたることどももありぬべし。

 女院の御桟敷、所々の御桟敷ども見渡したる、めでたし。殿の御前、このおはします御前より院の御桟敷に参り給ひて、しばしありて、ここに参らせ給へり。大納言二所、三位の中将は陣に仕り給へるままに、調度(でうど)負ひて、いとつきづきしう、をかしうておはす。殿上人、四位・五位こちたくうち連れ、御供に候ひて並みゐたり。

 入らせ給ひて見奉らせ給ふに、みな御裳・御唐衣、御匣殿までに着給へり。殿の上は裳の上に小袿(こうちぎ)をぞ着給へる。「絵にかいたるやうなる御さまどもかな。今一<人>[尺]は、今日は人々しかめるは」と申し給ふ。「三位の君、宮の御裳脱がせ給へ。この中の主君(すくん)には、わが君こそおはしませ。御桟敷の前に陣屋据ゑさせ給へる、おぼろげのことかは」とてうち泣かせ給ふ。げにと見えて、みな人涙ぐましきに、赤色に桜の五重の衣を御覧じて、「法服の一つ足らざりつるを、にはかにまどひしつるに、これをこそ(=僧に)返り申すべかりけれ。さらずは、もしまた、さやうの物を取り占められたるか」とのたまはするに、大納言殿、少ししぞきてゐ給へるが、聞き給ひて、「清僧都のにやあらむ」とのたまふ。一言(ひとこと)としてめでたからぬことぞなきや。

 僧都の君、赤色の薄物の御衣(ころも)、紫の御袈裟、いと薄き薄色の御衣ども、指貫など着給ひて、頭つきの青くうつくしげに、地蔵菩薩のやうにて、女房にまじりありき給ふも、いとをかし。「僧綱の中に威儀具足してもおはしまさで、見苦しう、女房の中に」など笑ふ。

 大納言の御桟敷より、松君ゐて奉る。葡萄染の織物の直衣、濃き綾の打ちたる、紅梅の織物など着給へり。御供に例の四位、五位、いと多かり。御桟敷にて、女房の中にいだき入れ奉るに、なにごとのあやまりにか、泣きののしり給ふさへ、いとはえばえし。

 ことはじまりて、一切経を蓮の花の赤き一花づつに入れて、僧俗、上達部、殿上人、地下、六位、何くれまで持てつづきたる、いみじう尊し。導師参り、香(かう)はじまりて、舞ひなどす。日ぐらしみるに、目もたゆく苦し。御使に五位の蔵人参りたり。御桟敷の前に胡床(あぐら)立ててゐたるなど、げにぞめでたき。

 夜さりつ方、式部の丞則理(のりまさ)参りたり。「『やがて夜さり入らせ給ふべし。御供に候へ』と宣旨かうぶりて」とて、帰りも参らず。宮は「まづ帰りてを」とのたまはすれど、また蔵人の弁参りて、殿にも御消息あれば、ただ仰せ事にて、入らせ給ひなむとす。

 院の御桟敷より、「千賀(ちか)の塩竃」などいふ御消息参り通ふ。をかしきものなど持て参りちがひたるなどもめでたし。

 ことはてて、院帰らせ給ふ。院司、上達部など、今度(こたみ)はかたへぞ仕り給ひける。

 宮は内裏に参らせ給ひぬるも知らず、女房の従者どもは、二条の宮にぞおはしますらむとて、それにみな行きゐて、待てども待てども見えぬほどに、夜いたうふけぬ。内裏(うち)には、宿直(とのゐ)物持て来なむと待つに、きよう見え聞こえず。あざやかなる衣どもの身にもつかぬを着て、寒きまま、言ひ腹立てど、かひもなし。つとめて来たるを、「いかで、かく心もなきぞ」などいへど、陳(の)ぶることも言はれたり。

 またの日、雨の降りたるを、殿は、「これになむ、おのが宿世は見え侍りぬる。いかが御覧ずる」と聞こえさせ給へる、御心おごりもことわりなり。されど、その折、めでたしと見たてまつりし御ことどもも、今の世の御ことどもに見奉りくらぶるに、すべて一つに申すべきのもあらねば、もの憂くて、多かりしことどもも、みなとどめつ。


263 :279:(能257):たふときこと

 たふときこと 九条の錫杖(さくぢやう)。念仏の回向(ゑかう)。


264 :280:(能258):歌は

 歌は 風俗(ふぞく)。中にも、杉立てる門。神楽歌もをかし。今様歌は長うてくせづいたり。


265 :281:(能259):指貫は

 指貫(さしぬき)は 紫の濃き。萌黄(もえぎ)。夏は二藍(ふたあゐ)。いと暑きころ、夏虫の色したるも涼しげなり。


266 :282:(能260):狩衣は

 狩衣(かりぎぬ)は 香染の薄き。白きふくさ。赤色。松の葉色。青葉。桜。柳。また青き。藤。男は 何の色の衣をも着たれ。


267 :283:(能261):単衣は

 単衣(ひとへ)は 白き。日(ひ)の装束の、紅の単衣の袙など、かりそめに着たるはよし。されど、なほ白きを。黄ばみたる単衣など着たる人は、いみじう心づきなし。

 練色(ねりいろ)の衣どもなど着たれど、なほ単衣は白うてこそ。


268 :284:(能263):下襲は

 下襲(したがさね)は 冬は躑躅(つつじ)。桜。掻練襲。蘇芳襲。夏は二藍。白襲。


269 :285:(能264):扇の骨は

 扇の骨は 朴。色は赤き。紫。緑。


270 :286:(能265):檜扇は

 檜扇(ひあふぎ)は 無紋。唐絵。


271 :287:(能266):神は

 神は 松の尾。八幡(=応神天皇)、この国の帝にておはしましけむこそめでたけれ。行幸(ぎやうがう)などに、水葱(なぎ)の花の御輿にたてまつるなど、いとめでたし。大原野。春日、いとめでたくおはします。平野は、いたづら屋(=空き家)のありしを、「何する所ぞ」と問ひしに、「御輿宿(みこしやどり)」と言ひしも、いとめでたし。斎垣(いがき)に蔦などのいと多くかかりて、もみぢの色々ありしも、「秋にはあへず」と貫之が歌思ひ出でられて、つくづくと久しうこそ立てられしか。みこもりの神、またをかし。賀茂、さらなり。稲荷。


272 :288:(能267):崎は

 崎は 唐崎。三保が崎。


273 :289:(能268):屋は

 屋は まろ屋。あづま屋。


274 :290:(能269):時奏する、いみじうをかし

 時奏(ときさう)する、いみじうをかし。いみじう寒き夜中ばかりなど、ごほごほとごほめき、沓すり来て、弦(つる)うち鳴らしてなむ、「何(な)の某(なにがし)、刻(とき)丑三つ、子四つ」など、はるかなる声に言ひて、時の杭(くひ)さす音など、いみじうをかし。「子九つ、丑八つ」などぞ、さとびたる人はいふ。すべて、何も何も、ただ四つのみぞ杭にはさしける。


275 :291:(能270):日のうらうらとある昼つ方

 日のうらうらとある昼つ方、また、いといたう更けて、子の刻(とき)などいふほどにもなりぬらむかし、大殿ごもりおはしましてにやなど、思ひ参らするほどに、「をのこども」と召したるこそ、いとめでたけれ。

 夜中ばかりに、御笛の声の聞えたる、またいとめでたし。


276 :292:(能271):成信の中将は

 成信の中将は、入道兵部卿の宮の御子にて、かたちいとをかしげに、心ばへもをかしうおはす。伊予の守兼資が女忘れで、親の伊予へ率てくだりしほど、いかにあはれなりけむとこそおぼえしか。あかつきに行くとて、今宵おはして、有明の月に帰り給ひけむ直衣姿などよ。

 その君、常にゐて物言ひ、人の上など、わるきはわるしなどのたまひしに。

 物忌くすしう、つのかめなどにたててくふ物まづかいかけなどするもの(=「鶴亀などに立てて食ふ物まづかい掻きなどする物」か)の名(=箸)を、姓(さう)にて持たる人のあるが、こと人の子になりて、平(たひら)などいへど、ただそのもとの姓を、若き人々ことぐさにて笑ふ。ありさまもことなる事もなし、をかしき方なども遠きが、さすがに人にさしまじり、心などのあるを、御前わたりも、見苦しなど仰せらるれど、腹ぎたなきにや、告ぐる人もなし。

 一条の院に作らせ給ひたる一間の所には、にくき人はさらに寄せず。東の御門につと向かひて、いとをかしき小廂に、式部のおもとと諸共に、夜も昼もあれば、上も常にもの御覧じに入らせ給ふ。「今宵は内に寝なむ」とて、南の廂に二人臥しぬるのちに、いみじう呼ぶ人のあるを、うるさしなど言ひ合はせて、寝たるやうにてあれば、なほいみじうかしがましう呼ぶを、「それ起こせ。空寝ならむ」と仰せられければ、この兵部来て起こせど、いみじう寝入りたるさまなれば、「さらに起き給はざめり」と言ひに行きたるに、やがてゐつきて、物言ふなり。しばしかと思ふに、夜いたうふけぬ。「権中将にこそあなれ。こは何事を、かくゐては言ふぞ」とて、みそかに、ただいみじう笑ふも、いかでかは知らむ。あかつきまで言ひ明かして帰る。また、「この君、いとゆゆしかりけり。さらに、寄りおはせむに、物言はじ。何事をさは言ひ明かすぞ」など言ひ笑ふに、遣戸あけて、女は入り来(き)ぬ。

 つとめて、例の廂に、人の物言ふを聞けば、「雨いみじう降る折に来たる人なむ、あはれなる。日頃おぼつかなく、つらき事もありとも、さて濡れて来たらむは、憂き事もみな忘れぬべし」とは、などて言ふにかあらむ。さあらむを、昨夜(よべ)も、昨日の夜も、そがあなたの夜も、すべて、このごろ、うちしきり見ゆる人の、今宵いみじからむ雨にさはらで来たらむは、なほ一夜(ひとよ)もへだてじと思ふなめりと、あはれになりなむ。さらで、日頃も見ず、おぼつかなくて過ぐさむ人の、かかる折にしも来むは、さらに心ざしのあるにはせじとこそおぼゆれ。人の心々なるものなればにや。物見知り、思ひ知りたる女の、心ありと見ゆるなどを語らひて、あまた行く所もあり、もとよりのよすがなどもあれば、しげくも見えぬを、なほさるいみじかりし折に来たりし、など、人にも語りつがせ、ほめられむと思ふ人のしわざにや。それも、むげに心ざしなからむには、げに何しにかは、作り事にても見えむとも思はむ。されど、雨のふる時に、ただむつかしう、今朝まで晴れ晴れしかりつる空ともおぼえず、にくくて、いみじき細殿、めでたき所ともおぼえず。まいて、いとさらぬ家などは、とく降りやみねかしとこそおぼゆれ。

 をかしき事、あはれなる事もなきものを。さて、月の明かきはしも、過ぎにし方、行く末まで、思ひ残さるることなく、心もあくがれ、めでたく、あはれなる事、たぐひなくおぼゆ。それに来たらむ人は、十日、二十日、一月もしは一年(ひととせ)も、まいて七、八年ありて思ひ出でたらむは、いみじうをかしとおぼえて、えあるまじうわりなき所、人目つつむべきやうありとも、かならず立ちながらも、物言ひて帰し、また、泊まるべからむは、とどめなどもしつべし。

 月の明かき見るばかり、ものの遠く思ひやられて、過ぎにし事の憂かりしも、うれしかりしも、をかしとおぼえしも、ただ今のやうにおぼゆる折やはある。こま野の物語は、何ばかりをかしき事もなく、ことばも古めき、見所多からぬも、月に昔を思ひ出でて、虫ばみたる蝙蝠(かはほり)取り出でて、「もと見しこまに」と言ひて尋ねたるが、あはれなるなり。

 雨は心もなきものと思ひしみたればにや、片時降るもいとにくくぞある。やむごとなき事、おもしろかるべき事、たふとうめでたかべい事も、雨だに降れば言ふかひなく、口惜しきに、何かその濡れてかこち来たらむが、めでたからむ。

 交野の少将もどきたる落窪の少将などはをかし。昨夜(よべ)、一昨日(をととひ)の夜もありしかばこそ、それもをかしけれ。足洗ひたるぞにくき。きたなかりけむ。

 風などの吹き、荒々らしき夜来たるは、たのもしくて、うれしうもありなむ。

 雪こそめでたけれ。「忘れめや」など一人ごちて、忍びたることはさらなり、いとさあらぬ所も、直衣などはさらにも言はず、袍(うへのきぬ)、蔵人の青色などの、いとひややかに濡れたらむは、いみじうをかしかべし。緑衫(ろうさう)なりとも、雪にだに濡れなば、にくかるまじ。昔の蔵人は、夜など人のもとにも、ただ青色を着て、雨に濡れても、しぼりなどしけるとか。今は昼だに着ざめり。ただ緑衫のみうちかづきてこそあめれ。衛府などの着たるは、まいていみじうをかしかりしものを。かく聞きて、雨にありかぬ人やあらむとすらむ。

 月のいみじう明かき夜、紙のまたいみじう赤きに、ただ「あらずとも」と書きたるを廂にさし入りたる月にあてて、人の見しこそをかしかりしか。雨降らむ折は、さはありなむや。


277 :293:(能272):つねに文おこする人の

 常に文おこする人の「何かは。言ふにもかひなし。今は」と言ひて、またの日音(おと)もせねば、さすがに明けたてば、さし出づる文の見えぬこそさうざうしけれと思ひて、「さても、きはぎはしかりける心かな」と言ひて暮らしつ。

 またの日、雨のいたく降る、昼まで音もせねば、「むげに思ひ絶えにけり」など言ひて、端のかたにゐたる夕暮れに、笠さしたる者の持て来たる文を、常よりもとくあけて見れば、ただ「水増す雨の」とある、いと多くよみ出だしつる歌どもよりもをかし。


277 :294:(能273):今朝はさしも見えざりつる空の

 今朝はさしも見えざりつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかきくらし降るに、いと心細く見出だすほどもなく、白う積もりて、なほいみじう降るに、随身めきて細やかなる男(をのこ)の、笠さして、そばの方なる塀の戸より入りて、文をさし入れたるこそをかしけれ。いと白き陸奥国紙・白き色紙の結びたる、上に引きわたしける墨のふと凍りにければ、裾薄(すそうす)になりたるを、あけたれば、いと細く巻きて結びたる、巻目はこまごまとくぼみたるに、墨のいと黒う、薄く、行(くだ)り狭(せ)ばに、裏(うらうへ)表書き乱りたるを、うち返し久しう見るこそ、何事ならむと、よそに見やりたるもをかしけれ。まいて、うちほほゑむ所はいとゆかしけれど、遠うゐたるは、黒き文字などばかりぞ、さなめりとおぼゆるかし。

 額髪長やかに、面様(おもやう)よき人の、暗きほどに文を得て、火ともすほども心もとなきにや、火桶の火を挟(はさ)みあげて、たどたどしげに見ゐたるこそをかしけれ。


278 :295:(能274):きらきらしきもの

 きらきらしきもの 大将(だいしやう)の御前駆(みさき)追ひたる。孔雀(くざ)経の御読経。御修法。五大尊(ごだいそん)のも。御斎会(ごさいゑ)。蔵人の式部の丞(ぞう)の白馬(あをむま)の日大路(おほ<ぢ>[は])練りたる。その日、靫負(ゆげひ)の佐(すけ)の摺衣(すりぎぬ)<えう>[破(や)ら]する。尊勝王の御修法。季の御読経。熾盛光(しじやうくわう)の御読経。


279 :296:(能275):神のいたう鳴るをりに

 神のいたう鳴るをりに、雷鳴(かみなり)の陣こそいみじうおそろしけれ。左右(さう)の大将、中・少将などの御格子のもとに候ひ給ふ、いといとほし。鳴りはてぬるをり、大将仰せて、「おり」とのたまふ。


280 :297:(能276):坤元録の御屏風こそ

 坤元録(こんげんろく)の御屏風こそをかしうおぼゆれ。漢書の屏風は雄々しくぞ聞こえたる。月次(つきなみ)の御屏風もをかし。


281 :298:(能277):節分違へなどして夜深く帰る

 節分(せちぶん)違(たが)へなどして夜深く帰る、寒きこといとわりなく、頤(おとがひ)などもみな落ちぬべきを、からうじて来着きて、火桶引き寄せたるに、火の大きにて、つゆ黒みたる所もなくめでたきを、こまかなる灰の中よりおこし出でたるこそ、いみじうをかしけれ。

 また、ものなど言ひて、火の消ゆらむも知らずゐたるに、こと人の来て、炭入れておこすこそいとにくけれ。されど、めぐりに置きて、中に火をあらせたるはよし。みなほかざまに火をかきやりて、炭を重ね置きたるいただきに火を置きたる、いとむつかし。


282 :299:(能278):雪のいと高う降りたるを

 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして、集まり候ふに、「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ」と、おほせらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。

 人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」と言ふ。


283 :300:(能279):陰陽師のもとなる小童べこそ

 陰陽師のもとなる小童べこそ、いみじう物は知りたれ。祓などしに出でたれば、祭文など読むを、人はなほこそ聞け、ちうと立ち走りて、「酒、水いかけさせよ」とも言はぬに、しありくさまの、例知り、いささか主にもの言はせぬこそうらやましけれ。さらむ者がな、使はむとこそおぼゆれ。


284 :301:(能280):三月ばかり、物忌しにとて

 三月ばかり、物忌しにとて、かりそめなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどのはかばかしからぬ中に、柳といひて、例のやうになまめかしうはあらず、ひろく見えて、にくげなるを、「あらぬものなめり」といへど、「かかるもあり」などいふに、

  さかしらに柳の眉のひろごりて春のおもてを伏する宿かな

とこそ見ゆれ。

 その頃、また同じ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれまさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどにしも、仰せごとのあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君いとをかしげに書い給へり。

  いかにして過ぎにしかたを過ぐしけむ暮らしわづらふ昨日今日かな

となむ、わたくしには、「今日しも千歳の心地するに。あかつきにはとく」とあり。この君ののたまひたらむだにをかしかべきに、まして仰せごとのさまはおろかならぬ心地すれば、

  雲の上も暮らしかねける春の日を所がらともながめつるかな

わたくしには、「今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」とて、あかつきにまゐりたれば、「昨日の返し、『かねける』いとにくし。いみじうそしりき」と仰せらる、いとわびし。まことにさることなり。


285 :302:(能282):十二月二十四日

 十二月二十四日、宮の御仏名の半夜の導師聞きて出づる人は、夜中ばかりも過ぎにけむかし。

 日頃降りつる雪の今日はやみて、風などいたう吹きつれば、垂氷(たるひ)いみじうしだり、地(つち)などこそむらむら白き所がちなれ、屋の上はただおしなべて白きに、あやしき賤(しづ)の屋も雪にみな面(おも)隠しして、有明の月のくまなきに、いみじうをかし。白銀(しろがね)などを葺きたるやうなるに、水晶の滝など言はましやうにて、長く、短く、ことさらにかけわたしたると見えて、言ふにもあまりてめでたきに、下簾もかけぬ車の、簾をいと高うあげたれば、奥までさし入りたる月に、薄色、白き、紅梅など、七つ八つばかり着たるうへに、濃き衣のいとあざやかなるつやなど月にはえて、をかしう見ゆる、かたはらに、葡萄染の固紋の指貫、白き衣どもあまた、山吹、紅など着こぼして、直衣のいと白き、紐を解きたれば、脱ぎ垂れられて、いみじうこぼれ出でたり。指貫の片つ方は軾(とじきみ)のもとに踏み出だしたるなど、道に人会ひたらば、をかしと見つべし。

 月の影のはしたなさに、後ろざまにすべり入るを、常に引きよせ、あらはになされてわぶるもをかし。「凛々(りんりん)として氷鋪(し)けり」といふことを、返す返す誦じておはするは、いみじうをかしうて、夜一夜もありかまほしきに、行く所の近うなるも口惜し。


286 :303:(能283,能284):宮仕へする人々の出で集まりて

 宮仕へする人々の出で集まりて、おのが君々の御ことめできこえ、宮の内、殿ばらの事ども、かたみに語りあはせたるを、その家主(あるじ)にて聞くこそをかしけれ。

 家ひろく、清げにて、わが親族(しぞく)はさらなり、うち語らひなどする人も、宮仕へ人を方々に据ゑてこそあらせまほしけれ。さべき折はひとところに集まりゐて、物語し、人のよみたりし歌、何くれと語りあはせて、人の文など持て来るも、もろともに見、返りごと書き、またむつましう来る人もあるは、清げにうちしつらひて、雨など降りてえ帰らぬも、をかしうもてなし、参らむ折は、そのこと見入れ、思はむさまにして出だし出でなどせばや。

 よき人のおはしますありさまなどのいとゆかしきこそ、けしからぬ心にや。


287 :304:(能285):見ならひするもの

 見ならひするもの 欠伸(あくび)。ちごども。


288 :305:(能286):うちとくまじきもの

 うちとくまじきもの えせ者。さるは、よしと人に言はるる人よりも、うらなくぞ見ゆる。船の路。


288 :306:(能286):日のいとうららかなるに

 日のいとうららかなるに、海の面のいみじうのどかに、浅緑の打ちたるを引き渡したるやうにて、いささかおそろしきけしきもなきに、若き女などの袙(あこめ)、袴など着たる、侍の者の若やかなるなど、櫓(ろ)といふもの押して、歌をいみじう歌ひたるは、いとをかしう、やむごとなき人などにも見せ奉らまほしう思ひ行くに、風いたう吹き、海の面ただあしにあしうなるに、ものもおぼえず、泊まるべき所に漕ぎ着くるほどに、船に波のかけたるさまなど、片時にさばかりなごかりつる海とも見えずかし。

 思へば、船に乗りてありく人ばかり、あさましう、ゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さなどにてだに、さるはかなきものに乗りて漕ぎ出づべきにもあらぬや。まいて、そこひも知らず、千尋などあらむよ。ものをいと多く積み入れたれば、水際はただ一尺ばかりだになきに、下衆どものいささかおそろしとも思はで走りありき、つゆ荒うもせば、沈みやせむと思ふを、大きなる松の木などの二三尺にてまろなる、五つ六つ、ぼうぼうと投げ入れなどするこそいみじけれ。

 屋形といふものの方にて(=櫓を)押す。されど、奥なるはたのもし。端(はた)にて立てる者こそ目くるる心地すれ。早緒と(=名)つけて、櫓とかにすげたるものの弱げさよ。かれが絶えば、何にかならむ。(=櫓が)ふと落ち入りなむを。それ(=櫓)だに太くなどもあらず。わが乗りたるは、清げに造り、端戸(つまど)あけ、格子あげなどして、さ水とひとしう下りげに(=喫水線が高い)などあらねば、ただ家の小さきにてあり。

 小舟を見やるこそいみじけれ。遠きはまことに笹の葉を作りてうち散らしたるにこそいとよう似たれ。泊まりたる所にて、船ごとにともしたる火は、またいとをかしう見ゆ。

 はし舟と(=名)つけて、いみじう小さきに乗りて漕ぎありく、つとめてなどいとあはれなり。「跡の白波」は、まことにこそ消えもて行け。よろしき人は、なほ乗りてありくまじきこととこそおぼゆれ。徒歩路もまた、おそろしかなれど、それはいかにもいかにも地(つち)に着きたれば、いとたのもし。

 海はなほいとゆゆしと思ふに、まいて海女のかづきしに入るは憂きわざなり。腰に着きたる緒の絶えもしなば、いかにせむとならむ。男(をのこ)だにせましかば、さてもありぬべきを、女はなほおぼろげの心ならじ。船に男(をのこ)は乗りて、歌などうち歌ひて、この栲縄(たくなは)を海に浮けてありく、あやふく後ろめたくはあらぬにやあらむ。のぼらむとて、その縄をなむ引くとか。惑ひ繰り入るるさまぞことわりなるや。船の端(はた)をおさへて放ちたる息(いき)などこそ、まことにただ見る人だにしほたるるに、落し入れてただよひありく男(をのこ)は、目もあやにあさましかし。


289 :307:(能287):右衛門の尉なりける者の

 右衛門の尉なりける者の、えせなる男親を持たりて、人の見るにおもてぶせなりとくるしう思ひけるが、伊予の国よりのぼるとて、浪に落とし入れけるを、「人の心ばかり、あさましかりけることなし」とあさましがるほどに、七月十五日、盆たてまつるとて急ぐを見給ひて、道命阿闍梨、

  わたつ海に親おし入れてこの主の盆する見るぞあはれなりける

とよみ給ひけむこそをかしけれ。


290 :308:(能288):小原の殿の御母上とこそは

 小原の殿の御母上とこそは、普門といふ寺にて八講しける、聞きて、またの日小野殿に、人々いと多く集まりて、遊びし、文作りてけるに、

  薪こることは昨日に尽きにしをいざ斧の柄はここに朽たさむ

とよみ給ひたりけむこそいとめでたけれ。

 ここもとは打聞になりぬるなめり。


291 :309:(能289):また、業平の中将のもとに

 また、業平の中将のもとに母の皇女(みこ)の、「いよいよ見まく」とのたまへる、いみじうあはれにをかし。引き開けて見たりけむこそ思ひやらるれ。


292 :310:(能290):をかしと思ふ歌を

 をかしと思ふ歌を草子などに書きて置きたるに、いふかひなき下衆のうちうたひたるこそ、いと心憂けれ。


293 :311:(能291):よろしき男を下衆女などのほめて

 よろしき男を下衆女などのほめて、「いみじうなつかしうおはします」などいへば、やがて思ひおとされぬべし。そしらるるは、なかなかよし。下衆にほめらるるは、女だにいとわるし。また、ほむるままに言ひそこなひつるものは。


294 :312:(能なし):左右の衛門の尉を

 左右(さう)の衛門の尉(ぞう)を判官(はうぐわん)といふ名つけて、いみじうおそろしう、かしこき者に思ひたるこそ。夜行し、細殿などに入り臥したる、いと見苦しかし。布の白袴、几帳にうちかけ、袍(うへのきぬ)の長くところせきを、わがねかけたる、いとつきなし。太刀の後(しり)に引きかけなどして立ちさまよふは、されどよし。青色をただ常に着たらば、いかにをかしからむ。「見し有明ぞ」と誰言ひけむ。


295 :313:(能292):大納言殿参り給ひて

 大納言殿参り給ひて、ふみのことなど奏し給ふに、例の、夜いたくふけぬれば、御前なる人々、一人二人づつ失せて、御屏風、御几帳の後ろなどに、みな隠れ臥しぬれば、ただ一人、ねぶたきを念じて候ふに、「丑四つ」と奏すなり。「明け侍りぬなり」と一人ごつを、大納言殿「いまさらに、な大殿ごもりおはしましそ」とて、寝(ぬ)べきものとも思(おぼ)いたらぬを、うたて、何しにさ申しつらむと思へど、また人のあらばこそは、まぎれも臥さめ。上の御前の、柱に寄りかからせ給ひて、少し眠らせ給ふを、「かれ、見奉らせ給へ。今は明けぬるに、かう大殿籠るべきかは」と申させ給へば、「げに」など、宮の御前にも笑ひ聞こえさせ給ふも、知らせ給はぬほどに、長女(をさめ)が童の、鶏(にはとり)を捕らへ持て来て、「あしたに里へ持て行かむ」といひて隠し置きたりける、いかがしけむ、犬見つけて追ひければ、廊のまきに逃げ入りて、おそろしう鳴きののしるに、みな人起きなどしぬなり。上も、うちおどろかせ給ひて、「いかでありつる鶏(とり)ぞ」など尋ねさせ給ふに、大納言殿の「声、明王(めいわう=明君)の眠りを驚かす」といふことを高ううち出だし給へる、めでたうをかしきに、ただ人のねぶたかりつる目もいと大きになりぬ。「いみじき折のことかな」と、上も宮も興ぜさせ給ふ。なほ、かかる事こそめでたけれ。

 またの夜は、夜の御殿に参らせ給ひぬ。夜中ばかりに、廊に出でて人呼べば、「下るるか。いで、送らむ」とのたまへば、裳・唐衣は屏風にうちかけて行くに、月のいみじう明かく、御直衣のいと白う見ゆるに、指貫を長う踏みしだきて、袖をひかへて、「倒るな」といひて、おはするままに、「遊子なほ残りの月に行く」と誦し給へる、またいみじうめでたし。

 「かやうの事、めで給ふ」とては、笑ひ給へど、いかでか、なほをかしきものをば。


296 :314:(能293):僧都の御乳母のままなど

 僧都の御乳母のままなど、御匣殿の御局にゐたれば、男(をのこ)のある、板敷のもと近う寄り来て、「からい目を見候ひて、誰にかは憂(うれ)へ申し侍らむ」とて、泣きぬばかりのけしきにて、「何事ぞ」と問へば、「あからさまにものにまかりたりしほどに、侍る所の焼け侍りにければ、がうなのやうに、人の家に尻をさし入れてのみ候ふ。馬づかさの御秣積みて侍りける家より出でまうで来て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、夜殿に寝て侍りける童べも、ほとほと焼けぬべくてなむ。いささかものもと<う>で侍らず」など言ひをるを、御匣殿も聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。

  みまくさをもやすばかりの春の日に夜殿さへなど残らざるらむ

と書きて、「これを取らせ給へ」とて投げやりたれば、笑ひののしりて、「このおはする人の、家焼けたなりとて、いとほしがりて賜ふなり」とて、取らせたれば、ひろげてうち見て、「これは、なにの御短冊にか侍らむ。物いくらばかりにか」といへば、「ただ読めかし」といふ。「いかでか、片目もあきつかうまつらでは」といへば、「人にも見せよ。ただ今召せば、とみにて上へ参るぞ。さばかりめでたき物を得ては、何をか思ふ」とて、みな笑ひまどひ、のぼりぬれば、「人にや見せつらむ。里に行きていかに腹立たむ」など、御前に参りてままの啓すれば、また笑ひ騒ぐ。御前にも、「など、かくもの狂ほしからむ」と笑はせ給ふ。


297 :315:(能294):男は、女親亡くなりて

 男(=男の子)は 女親(めおや)亡くなりて、男親(をおや)の一人ある、いみじう思へど、心わづらはしき北の方(=後妻)出で来て後は、内にも入れ立てず、装束などは、乳母、また故上(=先妻)の御人(ひと=召使ひ)どもなどしてせさせす。

 西東の対のほどに、まらうど居(=客間に住む)など、をかし。屏風・障子の絵も見所ありて住まひたる。

 殿上のまじらひのほど、口惜しからず人々も思ひ、上も御けしきよくて、常に召して、御遊びなどのかたきにおぼしめしたるに、なほ常にもの嘆かしく、世の中心に合はぬ心地して、すきずきしき心ぞ、かたはなるまであべき。

 上達部のまたなきさまにてもかしづかれたる妹(いもうと)一人あるばかりにぞ、思ふことうち語らひ、なぐさめ所なりける。


298 :316:(能297):ある女房の、遠江の守の子なる人を

 ある女房の、遠江<の守>の子なる人を語らひてあるが、同じ宮人をなむ忍びて語らふと聞きて、うらみければ、「『親などもかけて誓はせ給へ。いみじきそらごとなり。ゆめにだに見ず』となむいふは、いかがいふべき」と言ひしに、

  誓へ君遠江の神かけてむげに浜名の橋見ざりきや


299 :317:(能298):びんなき所にて

 便なき所にて、人に物を言ひけるに、胸のいみじう走りけるを、「など、かくある」と言ひける人に、

  逢坂(あふさか)は胸のみつねに走り井の見つくる人やあらむと思へば


300 :318:(能296):まことにや、やがては下る

 まことにや、「やがては下る」と言ひたる人に、

  思ひだにかからぬ山のさせも草誰か伊吹の里は告げしぞ


301:319:(能321,能322):この草子、目に見え心に思ふことを(跋文)

 この草子、目に見え心に思ふことを、人やは見むとすると思ひて、つれづれなる里居のほどにかき集めたるを、あいなう、人のために便なき言ひ過ぐしもしつべき所々もあれば、よう隠し置きたりと思ひしを、心よりほかにこそ漏り出でにけれ。

 宮の御前に内の大臣の奉り給へりけるを、「これに何を書かまし。上の御前には史記といふ書(ふみ)をなむ書かせ給へる」などのたまはせしを、「枕にこそは侍らめ」と申ししかば、「さは、得てよ」とて賜はせたりしを、あやしきを、こよや何やと、尽きせず多かる紙を書き尽くさむとせしに、いとものおぼえぬことぞ多かるや。

 おほかた、これは世の中にをかしきこと、人のめでたしなど思ふべき、なほ選り出でて、歌などをも、木・草・鳥・虫をも言ひ出だしたらばこそ、「思ふほどよりはわろし。心見えなり」とそしられめ、ただ心一つにおのづから思ふことを戯れに書きつけたれば、ものに立ち交じり、人並み並みなるべき耳をも聞くべきものかはと思ひしに、「恥づかしき」なんどもぞ見る人はし給ふなれば、いとあやしうぞあるや。げに、そもことわり、人のにくむをよしと言ひ、ほむるをも悪しと言ふ人は、心のほどこそおしはからるれ。ただ、人に見えけむぞねたき。

 左中将まだ伊勢の守と聞こえしとき、里におはしたりしに、端の方なりし畳をさし出でしものは、この草子載りて出でにけり。惑ひ取り入れしかど、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ返りたりし。それよりありきそめたるなめり、とぞ本に。


一本

  きよしと見ゆるもの のつぎに

:一本01:(能なし):夜まさりするもの

 夜まさりするもの 濃き掻練のつや。むしりたる綿。

 女は 額はれたるが髪うるはしき。琴(きん)の声。かたちわろき人のけはひよき。ほととぎす。滝の音。


:一本02:(能なし):ほかげにおとるもの

 火影(ほかげ)におとるもの 紫の織物。藤の花。すべてその類(るい)はみなおとる。紅は月夜にぞわろき。


:一本03:(能なし):聞きにくきもの

 聞きにくきもの 声にくげなる人の物言ひ、笑ひなど、うちとけたるけはひ。眠(ねぶ)りて陀羅尼読みたる。歯黒(はぐろ)めつけて物言ふ声。ことなることなき人はもの食ひつつもいふぞかし。篳篥(ひちりき)習ふほど。


:一本04:(能なし):文字に書きてあるやうあらめど心得ぬもの

 文字に書きてあるやうあらめど心得ぬもの 撓塩(いためじお)。袙。帷子。屐子。泔(ゆする)。桶舟(をけふね)


:一本05:(能なし):下の心がまへわろくて清げに見ゆるもの

 下の心がまへてわろくて清げに見ゆるもの 唐絵の屏風。石灰の壁。盛物。檜皮葺の屋の上。かうしりの遊び。


:一本06:(能299):女の表着は

 女の表着(うはぎ)は 薄色。葡萄染。萌黄。桜。紅梅。すべて薄色の類。


:一本07:(能299):唐衣は

 唐衣(からぎぬ)は 赤色。藤。夏は 二藍。秋は 枯野。


:一本08:(能300):裳は

 裳(も)は 大海(おほうみ)。


:一本09:(能なし):汗衫は

 汗衫(かざみ)は 春は 躑躅。桜。夏は 青朽葉。朽葉。


:一本10:(能301):織物は

 織物は 紫。白き。紅梅もよけれど、見(み)ざめこよなし。


:一本11:(能302):綾の紋は

 綾の紋は 葵。かたばみ。霰(あられ)地。


:一本12:(能なし):薄様色紙は

 薄様色紙は 白き。紫。赤き。刈安染(かりやすぞめ)。青きもよし。


:一本13:(能なし):硯の箱は

 硯の箱は 重ねの蒔絵に雲鳥(くもとり)の紋。


:一本14:(能なし):筆は

 筆は 冬毛。使ふもみめもよし。兎(う)の毛。


:一本15:(能なし):墨は

 墨は 丸(まろ)なる。


:一本16:(能なし):貝は

 貝は 虚貝(うつせがひ)。蛤(はまぐり)。いみじう小さき梅の花貝。


:一本17:(能なし):櫛の箱は

 櫛の箱は 盤絵(ばんゑ)、いとよし。


:一本18:(能なし):鏡は

 鏡は 八寸五分(ふん)。


一本19:(能なし):蒔絵は

 蒔絵は 唐草。


一本20:(能なし):火桶は

 火桶は 赤色。青色。白きに作り絵もよし。


一本21:(能なし):夏のしつらひは

 <夏のしつらひは 夜。冬のしつらひは 昼。>


一本22:(能なし):畳は

 畳は 高麗縁(かうらいばし)。また、黄なる地の縁(はし)。


一本23:(能なし):檳榔毛は

 檳榔毛(びらうげ)は、のどやかに遣りたる。網代(あじろ)は、走らせ来る。


一本24:(能319):松の木立高き所の

 松の木立(こだち)高き所の東、南の格子上げわたしたれば、涼しげに透きて見ゆる母屋(もや)に、四尺の几帳立てて、その前に円座置きて、四十ばかりの僧の、いと清げなる墨染の衣(ころも)・薄物の袈裟(けさ)あざやかに装束きて、香染(かうぞめ)の扇を使ひ、せめて陀羅尼を読みゐたり。

 もののけにいたう悩めば、移すべき人とて、大きやかなる童の、生絹の単衣あざやかなる、袴長う着なしてゐざり出でて、横ざまに立てたる几帳のつらにゐたれば、外様(とざま)にひねり向きて、いとあざやかなる独鈷(とこ)を取らせて、うち拝みて読む陀羅尼もたふとし。

 見証(けそ)の女房あまた添ひゐて、つとまもらへたり。久しうもあらでふるひ出でぬれば、もとの心失せて、おこなふままに従ひ給へる、仏の御心もいとたふとしと見ゆ。

 兄人・従兄弟なども、みな内外(ないげ)したり。たふとがりて、集まりたるも、例の心ならば、いかにはづかしと惑はむ。みづからは苦しからぬことと知りながら、いみじうわび、泣いたるさまの、心苦しげなるを、憑き人の知り人どもなどは、らうたく思ひ、け近くゐて、衣(きぬ)引きつくろひなどす。

 かかるほどに、よろしくて、「御湯」などいふ。北面に取りつぐ若き人どもは、心もとなく引きさげながら、急ぎ来てぞ見るや。単衣どもいと清げに、薄色の裳など萎えかかりてはあらず、清げなり。

 いみじうことわりなど言はせて、ゆるしつ。「几帳の内にありとこそ思ひしか、あさましくもあらはに出でにけるかな。いかなることありつらむ」とはづかしくて、髪を振りかけてすべり入れば、「しばし」とて、加持少しうちして、「いかにぞや、さわやかになり給ひたりや」とてうち笑みたるも、心はづかしげなり。「しばしも候ふべきを、時のほどになり侍りぬれば」などまかり申しして出づれば、「しばし」など留(と)むれど、いみじう急ぎ帰るところに、上臈とおぼしき人、簾のもとにゐざり出でて、「いとうれしく立ち寄らせ給へるしるしに、たへ難(がた)う思ひ給へつるを、ただ今おこたりたるやうに侍れば、かへすがへすなむ喜び聞こえさする。明日も御暇(いとま)のひまにはものせさせ給へ」となむ言ひつつ、「いと執念(しふね)き御もののけに侍るめり。たゆませ給はざらむ、よう侍るべき。よろしうものせさせ給ふなるを、よろこび申し侍る」と言(こと)ずくなにて出づるほど、いと験(しるし)ありて、仏のあらはれ給へる[と](=「と」陽本あり旺文社文庫なし)こそおぼゆれ。


 清げなる童べの髪うるはしき、また大きなるが髭は生ひたれど、思はずに髪うるはしき、うちしたたかに、むくつけげに多かるなどおぼ<え>[く](=陽本「く」)で。暇(いとま)なう此処彼処(ここかしこ)に、やむごとなう、おぼえあるこそ、法師もあらまほしげなるわざなれ。


一本25:(能239):宮仕所は

 宮仕所は 内裏(うち)。后(きさい)の宮。その御腹の一品(いつぽん)の宮など申したる。斎院、罪深(ふか)かなれど、をかし。まいて、余の所は。また春宮の女御の御方。


一本26:(能なし):荒れたる家の蓬ふかく

 荒れたる家の蓬(よもぎ)深く、葎(むぐら)はひたる庭に、月の隈(くま)なく明かく、澄みのぼりて見ゆる。また、さやうの荒れたる板間より洩り来る月。荒うはあらぬ風の音。

 池ある所の五月長雨の頃こそいとあはれなれ。菖蒲、菰(こも)など生ひこりて、水も緑なるに、庭も一つ色に見えわたりて、曇りたる空をつくづくとながめ暮らしたるは、いみじうこそあはれなれ。いつも、すべて池ある所はあはれにをかし。冬も氷したる朝(あした)などは言ふべきにもあらず。わざとつくろひたるよりも、うち捨てて水草(みくさ)がちに荒れ、青みたる絶え間絶え間より、月影ばかりは白々と映りて見えたるなどよ。

 すべて、月影はいかなる所にてもあはれなり。


一本27:(能308):はつせにもうでて

 初瀬に詣でて局にゐたりしに、あやしき下﨟どもの、後ろをうちまかせつつ居並みたりしこそねたかりしか。

 いみじき心起こして参りしに、川の音などのおそろしう、呉階(くれはし)を上(のぼ)るほどなど、おぼろげならず困じて、いつしか仏の御前をとく見奉らむと思ふに、白衣着たる法師、蓑虫などのやうなる者ども集まりて、立ちゐ、額づきなどして、つゆばかり所もおかぬけしきなるは、まことにこそねたくおぼえて、おし倒しもしつべき心地せしか。いづくもそれはさぞあるかし。

 やむごとなき人などの参り給へる御局などの前ばかりをこそ払ひなどもすれ、よろしきは制しわづらひぬめり。さは知りながらも、なほさしあたりてさる折々、いとねたきなり。

 掃(はら)ひ得たる櫛、あかに落とし入れたるもねたし。


一本28:(能316):女房の参りまかでには

 女房の、参りまかでには、人の車を借る折もあるに、いと心よう言ひて貸したるに、牛飼童、例のしもしよりも強く言ひて、いたう走り打つも、あなうたてとおぼゆるに、男(をのこ)どものものむつかしげなるけしきにて、「とう遣れ。夜ふけぬさきに」などいふこそ、主(しゆう)の心おしはかられて、また言ひふれむともおぼえね。

 業遠(なりとほ)の朝臣の車のみや夜中・暁わかず人の乗るに、いささかさることなかりけれ。ようこそ教へ習はしけれ。それに道に会ひたりける女車の、深き所に落とし入れて、え引き上げで、牛飼の腹立ちければ、従者(ずさ)して打たせさへしければ、ましていましめおきたるこそ。

以上、一本

源経房朝臣・・・
橘則季・・・

奥書

本云

1)往時所持之荒本紛失年久、更借出一両之本令書留之、依無証本不散不審、但管見之所及、勘合旧記等注付時代年月等、是亦謬案歟

安貞二年三月

耄及愚翁

2)古哥本文等、雖尋勘時代、久隔和哥等、多以不尋得、纔見事等在別紙

3)自文安四年冬比、仰面々令書写之、同五年中夏事終、校合再移朱点了

秀隆兵衛督大徳書之

4)文明乙未之仲夏、広橋亜槐、実相院准后本、下之本末両冊、見示曰、余書写所希也、厳命弗獲點馳禿毫、彼旧本不及切句、此新写読而欲容易、故比校之次加朱点畢
  正二位行権大納言藤原朝臣教秀



補遺(第二類本にのみ付戴されてゐる本文)

上巻末所載

 一本 牛飼はおほきにて といふつぎに

 法師は、言(こと)少ななる。男だに、あまりつきづきしきは、憎し。されどそれはさてもあらむ。

 女は、おほどかなる。下の心はともかくもあれ、上辺(うはべ)は子めかしきは、まづらうたげにこそ見ゆれ。いみじき虚言(そらごと)を人に言ひつけられなどしたれども、道々しく(=理屈で)あらがひ、弁(わきま)へなどはせで、ただうち泣きなどして居たれば、見る人おのづから心苦しうて、ことわるかし。

 女の遊びは、古めかしけれども、乱碁。けふせに。双六。はしらき。扁つくもよし。

中巻末所載

 一本 心にくきもの の下

 夜居に参りたる僧を、あらはなるまじうとて局にすゑて、冬は火桶など取らせたるに、声もせねば、いぎたなく寝たるなめりと思ひて、これかれ物言ひ、人のうへ褒めそしりなどするに、数珠(ずず)のすがり(=房)の、心にもあらず、脇息などに当たりて鳴りたるこそ心にくけれ。

下巻末(「一本」本文の次に)所載

 又一本

又一本1

 霧は 川霧。

又一本2

 出で湯は ななくりの湯。有馬の湯。那須の湯。つかさの湯。ともの湯。


又一本3

 陀羅尼は 阿弥陀の大咒(だいず)。尊勝(そんしよう)陀羅尼。随求(ずいぐ)陀羅尼。千手(せんず)陀羅尼。


又一本4

 時は 申。子。丑。


又一本5

 下簾(すだれ)は 紫の裾濃(すそご)。つぎには蘇枋(すはう)もよし。


又一本6

 目もあやなるもの もくゑの筝(しやう)の琴(こと)の飾りたる。七宝の塔。木像の仏の小さき。


又一本7:(能89)

 もののあはれ知り顔なるもの 鼻垂りしたる。かつ、鼻かみつつ物言ふけはひ。わさび食ふ。眉ぬくも。


又一本8

 めでたきものの人に名につきていふかひなく聞こゆる 梅。柳。桜。霞。葵(あふひ)。桂。菖蒲(さうぶ)。桐。檀(まゆみ)。楓(かへで)。小萩。雪。松。


又一本9

 見るかひなきもの 色くろくやせたるちごの瘡(かさ)出でたる。ことなることなき男の行く所おほかるが、ものむづかりするに。にくげなるむすめ。


又一本10

 まづしげなるもの あめの牛のやせたる。直垂の綿うすき。青鈍(あおにび)の狩衣。黒柿(くろがい)の骨に黄なる紙はりたる扇。ねずみに食らはれたる餌袋(ゑぶくろ)。香染(かうぞめ)の黄ばみたるにあしき手を薄墨にかきたる。


又一本11

 本意なきもの 綾の衣(きぬ)のわろき。みやたて人の中あしき。心と法師に成りたる人の、さはなくて清からぬ。思ふ人のかくしする。得意の上そしる。冬の雪ふらぬ。

付記
121段 むとくなるもの
第二類本によると、「えせ者の従者かうがへたる」の次に以下のような本文がある。

 「聖の足もと。髪短き人の、物とり下ろして、髪けづりたるうしろで。翁のもとどり放ちたる。相撲の負けてゐるうしろで。人の妻(め)の、すずろなるもの怨(えん)じして隠れたるを、かならずたづねさわがむものぞと思ひたるに、さしもあらず、のどかにもてなしたれば、さてもえ旅だちゐたらねば、心と出で来たる。

 なま心おとりしたる人の知りたる人と、心なること言ひ、むづかりて、ひとへにも臥さじと身じろくを、引き寄すれど、強ひてこはがれば、あまりになりては、人もさはれとて、かいくらみて(内閣文庫本「かいくくみて」)臥しぬる後に、冬などは単衣(ひとへぎぬ)ばかりをひとつ着たるも、あやにくがりつるほどこそ、寒さも知られざりつれ、やうやう夜の更くるままに、寒くもあれど、おほかたの人もみな寝たれば、さすがに起きてもえいかで、ありつる折にぞ寄りぬべかりけると、目も合はず思ひ臥したるに、いとど奥の方より、もののひしめき鳴るも、いとおそろしくて、やをらよろぼひ寄りて、衣を引き着るほどこそ、むとくなれ。人はたけく思ふらむかし、そら寝して知らぬ顔なるさまよ」

122段 修法は
第二類本にはなく、160段に類似の文が見える。
160段 読経は
第二類本には「法華経は不断。修法はならがた。仏の御しんどもほと読みてまゐりたる、なまめかしうたふとし」とある。

以上。

 これは冒頭に記したようにZaco氏が自身のホームページZaco'Pageの中の
http://homepage2.nifty.com/zaco/text/
で公開しておられるものを、田中重太郎訳注『枕冊子』(旺文社文庫)にしたがつて、加筆修正し一部に振り仮名を付けたものであり、体裁はそのままにした。

 Zaco氏のテキストは岩波文庫版を主にして作られてをり、段数の番号もさうなつてゐるが、ここではその前に旺文社文庫版=日本古典全書版の段数をつけた。


2008.12 - 2011.3 Tomokazu Hanafusa / メール

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