『自由論』 J.S.ミル


第一章 序論

 「意志の自由」は、いわゆる「決定論」という間違った考え方と対立する概念として見られているが、これは不幸なことである。しかし、この論文が扱う「自由」とはこのことではない。

 この論文が扱う自由とは、市民的自由あるいは社会的自由である。ここで問題にするのは、社会が個人に対して合法的に行使できる権力の範囲とその本質である。

 一般的な意味でこの問題が提示されたり議論の対象になったりすることはまずない。しかし、この問題は常に潜在的に存在しており、現実の諸問題についてのもろもろの議論に大きな関りをもっている。そのため、いつかは最も重要な問題として認識されずにはいない問題である。

 この自由の問題は決して新しいものではなく、ある意味では、太古の昔から人類を二つに分断してきた問題である。しかし、文明が進んだ一部の人類がすでに突入している現代の進歩した時代においては、この問題は新たな状況の中にあり、これまでとは違った、もっと根本的な取り扱いが必要となっている。

 「自由」と「権力」の間に繰り広げられた争いは、人類の最古の時代から、すでに大きな注目を集めてきた。それは特に、ギリシャとローマ、そしてイギリスの歴史においてそうであった。

 この争いは、昔は、国民と支配者との間の争いだった。つまり、自由とは支配者の圧制から国民を守ることを意味していた。支配者とは(ギリシャで人気のあった一部の支配者を除いて)、被支配者である国民に対して、必然的に対立する立場に立つものと考えられていたからである。

 また、当時の支配者は、一人の人間や、一つの民族、あるいは一つの階級のことを意味していた。彼らの権力は、親から譲り受けたものか、あるいは他の民族を征服して獲得したものかのいずれかであった。そのいずれであろうと、彼らが権力を手に入れたのは、支配される側の人たちの意志にもとづくものではなかった。

 確かに、権力の乱用を防ぐ方法がとられたことはあったが、権力自体の無効を唱える力は国民にはなかったし、おそらくは国民はそんなことを要求する意志も持たなかった。

 それは、支配者には権力が必然的なものだと考えられていたからだが、しかし権力は極めて危険なものだとも見られていた。なぜなら、権力は外敵に対してだけでなく、武器として国民自身に対しても使われたからである。

 社会の弱者が無数のハゲタカどもの餌食となることを防ぐには、このハゲタカどもを押え付ける役割を受け持つ、誰よりも強力な野獣の存在が必要とされていた。しかし、ハゲタカどもを押さえつける支配者は、ハゲタカどもだけでなく、弱者の群れにも襲いかかる可能性もあったために、彼の牙や爪からわが身を守るための備えが常に欠かせないと言うわけである。

 そのため、支配者が社会に対して行使できる権力の範囲を制限することが、愛国者たるものの第一の任務となった。そして彼らにとっての自由とは、この制限のことであった。

 それには二つの方法がとられた。その第一は、政治的自由あるいは政治的権利は、誰も犯してはならない権利であって、それを侵害することは支配者の義務に反することで、もしそれを侵害した場合には、支配者に対する抵抗運動や反乱が生ずるのは正当なこととなる、ということを認めさせることだった。

 二つ目の方法は、比較的新しいもので、憲法を設けることであった。憲法が制定されると、支配者が重要なことを決めるには、社会あるいは社会を代表する組織の同意が必要とされるようになった。

 ヨーロッパの多くの国では、支配者たちをこのうちの一つ目の制約に従わせることに成功した。しかし、二つ目の方はそれほどうまく行かなかった。

 自由を愛する者たちにとって、この二つ目を達成すること(ある程度達成している場合には、完全に達成すること)が、どこの国でも最重要課題となった。そして、それ以上のことは望まなかった。外の敵と戦うために、内部の敵(=支配者)による支配を、それが圧制に走る危険がないかぎりは、受け入れていた。

 しかし、人類の進歩の結果、人々は支配者が自分たちの利益に対立するような個人である必要はないことに気づきはじめた。そして、自分たちの家来か自分たちの代表を国の要職につけて、その人たちを好きなように取り換えるほうが余程ましだと気づいた。支配者の権力の乱用による被害を無くして完全な安心を勝ち取るには、こうするしかないと思った。

 政党が存在する国では、支配者を選挙による一時的な存在にするこの新たな運動は、次第に政党にとっての第一目標となり、最後には支配者の権力を制限しようとするこれまでの運動はすたれていった。

 支配者の権力を定期的な選挙に基づくものにしようとする運動が続くと、権力そのもの制限はそれほど重要なことではないかもしれない思われはじめた。権力の制限は、国民の利益を常に侵害する支配者に対抗するための手段に過ぎないと思われたのである。

 人々の要求は今や、支配者=国民となることだった。これは、支配者の利益と意志が、国民の利益と意志に一致するということである。そうなれば、もはや国民が自分自身に圧制を加える恐れなどあり得ないから、国民を国民の意志から守る必要はない。支配者が国民に対してしっかりと責任を果して、しかも国民によって簡単に辞めさせることができるならば、国民は安心して支配者に権力をゆだねることができる。国民は支配者に対して権力の使い方を指図できる。支配者の権力とは国民の権力が一点に集中して活用しやすくしたものにすぎない。

 このような考え方や感じ方は、一つ前の世代(18世紀後半)のヨーロッパの自由主義に共通のもので、英国以外のヨーロッパでは今でも優勢である。存在してはならないような政府の権力を制限するのは当然だが、そうでない政府の権力にも制限を加えるべきだと考える人は、ヨーロッパ大陸の政治学者たちのなかでは、目立ってはいるが例外的存在でしかない。

 この考え方に有利な情況が我が英国においてなおも続いていたなら、このような考え方は今でも(19世紀半ば)わが国で支配的であったかも知れない。

 しかしながら、政治的な理論や哲学的な理論の場合も、個人の人生と同じく、成功は、失敗していたなら目立つことのなかった自己の欠点を明るみに出す。

 国民は自分自身に対する自らの権力を制限する必要はないという考え方は、民主政府がまだ夢の中のものであったり、本の中にある遠い過去のものである間は、自明の理だと思われた。

 この考え方は、フランス革命のような一時的な異常事態によっては揺らぐことはなかった。フランス革命の最悪の部分は一部の過激な連中のやったことであり、この革命自体も民主的な政府が制度として確立したものではなく、国王と貴族の圧制に抗議して突発的に発生した一事件に過ぎないと思われたからである。

 しかしながら、やがて民主的な政府(アメリカ合衆国)が実際に誕生して地球の大きな部分を占めるようになり、国際社会の中の最強国の一つであると認められるようになった。選挙によって選ばれて責任を担うようになった政府が、観察と批判の対象となったのである。しかも、この観察は現実に存在する崇高なる事実にもとづくものとなったのである。

 そして今や、「国民自身による支配」とか「国民が自らに対して行使する権力」などという言葉でこの現実の存在を表現することはできないことが明らかとなった。つまり、権力を行使する国民と、権力が行使される国民とは必ずしも同じ国民ではなく、いわゆる「国民自身による支配」も、国民が自分自身を支配することではなく、他人に支配されることだったのである。

 さらに、国民の意志と言っても、それは最も数が多く最も力のある国民、すなわち多数派、あるいは自らを多数派と認めさせた者たちの意志のことだったのである。

 その結果として、国民のなかに自分たちの中の一部の人たちを弾圧したいという欲望が生まれる可能性が出てきた。つまり、この種の権力の乱用に対する予防措置が、他の場合と同様に、必要となってきたのである。

 こうして、個人に対する権力の行使を制限することの重要性は、何も変わりはしないことがはっきりしたのである。なぜなら、権力を持つ側が常に社会に対して責任を持つとは言っても、それは社会の中の最強の集団に対して責任を持つだけだからである。

 この考え方は思想家たちの知性に対して説得力があった。しかし、これは同時に、ヨーロッパ社会の中で、民主主義が自分の利益(現実のものであれ想像上のものであれ)に反すると考える支配階級の人たちの好みにも合致した。こうして、この考え方は容易に人々の中に浸透していった。

 今日では、政治を考えるときには、この「多数派の暴政」は、社会にとって忘れてはならない悪と見なされるのが普通である。

 

 独裁者の暴政などと同じく、この多数派の暴政もまた、最初は、主に警察の行為を通じて実行されるものとして恐れられていたが、今も一般的にはそう思われている。しかし、よく考えてみると、社会(社会を構成する個々の人間の上に立つ全体としての社会)それ自体が暴君と化して、個人に襲いかかってくるときには、その行為は必ずしも警察による行為であるとは限らない。

 社会は自ら自分の要求を実行することができる。そしてもしその要求が間違っていた場合や、社会が介入すべきでないようなことに社会が要求を出してきた場合、その社会の暴力は政治の暴力よりも恐ろしいものとなる。

 なぜなら、社会の暴力は警察のような厳しい刑罰を課すわけではないが、その魔の手から逃れる方法はほとんど無く、生活の細部にまで進入してきて、人の魂そのものを支配するからである。

 したがって、当局の暴力から人々を守るだけでは充分ではなく、社会の支配的な考え方の押し付けからも人々を守らなければならない。

 社会には、刑罰とは違ったやり方で自分たちの考えや習慣を、それに反対する人たちにまでも、ルールとして押し付けて、社会のやり方と合わない人格の形成や発展を妨害して、あらゆる人格を自分の型にはめこもうとする傾向がある。そういうことからも人々を守らなければならないのである。

 社会の意見が合法的な範囲で独立した個人に対して干渉する場合には、その限界を設定する必要がある。その限界を発見することは、政治的な暴力から身を守ることと同じくらいに、人々が幸福に暮らすために欠かせないことである。

 総論としては、この主張に反対する人はまずいないだろう。しかし、具体的に、ではどこに限界を設けるべきか、つまり、個人の独立と社会の規制とをどのように適合させていくべきかという話になると、これはもう議論百出である。

 ある人が幸福になるということは、その分だけ別の人が不幸になるということである。したがって、まず法がある程度の行動のルールを個人に課す必要がある。次に、法の規制にふさわしくない多くのことについて、世論が行動のルールを定める必要がある。そして、これをどういうルールにすべきかは社会にとって非常に重要な問題である。しかし、誰にも明白な一部の場合を除けば、この問題を解決する方法については、これまでのところほとんど何の進歩もなかったと言っていい。

 どの時代にもどこの国においても、この問題はそれぞれ違ったやり方で解決されてきた。そして、ある時代のあるいはある国の解決法は、別の国の別の時代の人間にとっては驚きの対象でしかなかった。

 しかも、どの国のどの時代の人間も、この問題を難問だとは思いもしなかったのである。まるで、人類がこの問題を同じように解決してきたかのように思っている。

 それぞれの人たちが見つけた解決法は、それぞれの人たちにとっては当然のことなのである。この幻想は習慣というものがもつ魔術的な力の一つの現れである。この場合、習慣は格言が言うような第二の天性であるだけでなく、生まれつきのものであるとさえ思われている。

 習慣のおかげで、人々は、お互いに決めたルールに対して何の疑いも抱くことがない。人々はこの問題に関して、自分に対しても人に対しても、理由づけすべきだとは思わないから、ルールに対する信仰はいっそう完璧になる。

 「この種の問題に関しては理屈でとやかく言うよりもどう感じるかのほうが大切だから、社会のルールに理由づけは必要がない」という考え方に、人々は慣れきっているし、哲学者を自任する一部の人たちも、この考え方を奨励している。

 人の行動をどう規制すべきかを考えるときの指針となるのは、自分や自分の仲間が望むように皆に行動してもらいたいという気持でしかないのである。

 実際、この判断の基準がこのような好き嫌いでしかないことを誰も認めようとはしない。しかし、他人の行動に対する意見がもし理由づけされていないならば、それは各個人の好き嫌いでしかないし、たとえ理由づけをしても、それが他人の感じる似たような好き嫌いに訴えるものでしかないなら、一個人の好き嫌いが多くの人間の好き嫌いになったに過ぎない。

 普通の人間にとっては、個人の好き嫌いがこのように人から共感されたりすると、それは自分の道徳観や嗜好や礼儀作法など宗教的な信念ほどはっきりしないものの正しさを充分裏付けるものとなる。いやそれどころか、個人の好き嫌いは、自分の宗教的な信念の正しさを主張する唯一のより所にさえなるだろう。

 とすると、他人の行動に対する好き嫌いに影響を与えるあらゆる様々な要因は、同時に、何が称賛され何が非難されるべきかという人々の意見をも左右することになる。そしてその数は、人の好き嫌いを決定する要因の数だけ存在するようになる。

 それはある時には、理性であり、ある時には偏見や迷信である。それは、ねたみや嫉妬、あるいは自分を偉いと思う気持、人を見下す気持など、社会的なあるいは反社会的な感情でる。中でも、最も多いのは我が身をいたわる欲望と恐怖であり、要するに、それは正当なあるいは不当な利己心である。

 だから、もしその国に支配階級が存在するときには、その国の道徳はたいていはその支配階級の利害と優越感から生まれている。

 スパルタ人とそれに支配されたヘロットの間の道徳も、農園主と黒人の間の道徳も、王と臣下の間の道徳も、貴族と平民の間の道徳も、男と女の間の道徳も、たいていは支配する側の利害と感情にもとづいて作られている。また、支配される側に対して形作られた道徳観は、支配する側の構成員の相互の道徳観にも影響を与える。

 一方、支配する側が支配する権利を失ったり、支配される側から支持を失ったりした場合には、支配する側に対する堪え難い嫌悪感が道徳を支配するようになる。

 世論や法によって決められる何をすべきで何をすべきでないかのルールを決定づけるものとして、もう一つの重要な要素に、神々の好き嫌いやその時の支配者の好き嫌いに対して人々が盲従するということがある。

 この盲従の本質は利己心であるが、けっして見せかけのものではない。この盲従から、心からの嫌悪心が生まれて、異端者や魔法使いを火刑にしたりするのである。

 こうした多くの低級な影響力の中では、社会の全体的な利害関係が、道徳観の方向づけに対して、確かに大きな役割を演じている。しかしそれは、利害関係を合理的に追及した結果ではなく、むしろ、社会の利害関係から発生した好き嫌いの結果である。

 さらには、社会の利害関係とはほとんど何の関係もない好き嫌いさえも、道徳の形成に大きな力を振るってきている。

 このように、社会あるいはその中で権力を持った一握りの人たちの好き嫌いが実質的な主役となって行動のルールを決定し、それを法や世論という形の刑罰で守らせてきたのである。

 社会をリードする思想家たちは、しばしばこのようなルールの作られ方と衝突することがあるが、概してこの作られ方に疑問を呈することはなかった。彼らは、ただこの社会の好き嫌いの内容に疑問を呈するだけで、社会の好き嫌いが法となることに疑問を呈することはなかった。

 つまり、異端者である自分たちの考え方に合うように社会の考え方を変えさせようと努力はしたが、他の異端者たちと肩を組んでともに思想の自由のために戦おうとはしなかったのである。

 これとはちがって、唯一宗教界は一貫して、利己心にもとづく好き嫌いよりはるに高い見地から行動のルールを作ってきた。ここからはいろいろと教えられるところが多い。特にこの場合は、道徳観というものがいかに間違いを犯すものであるかを示す顕著な例と言える。

 というのは、不寛容な宗教家に見られる「神学上の敵意」というのもまた、紛れもなく一つの道徳観の表われであり、さらには、自らを普遍的な教会と呼んでいるカトリック教会の束縛からはじめて脱した人々さえも、宗教上の意見の相違に対してはカトリックと同じくらいに不寛容だったからである。

 しかしながら、論争の熱が冷めて、どの宗派が完全な勝利を収めるということもなく、それぞれの教会や宗派がそれぞれの持つ領分を保持し続けることしか望めないことが明らかになったとき、もはや多数派にはなれないことがあきらかになった少数派は、改宗させられなかった多数派の人々に対して、意見の違いに寛容であって欲しいと言うしかなくなった。

 こうして、この宗教の争いの場は、個人が組織に反して存在する権利が原理原則に基づいて主張され、意見を異にする者に対して権力を行使する権利が組織にはないことが明確にされたほとんど唯一の場所となった。

 信教の自由を現代にもたらした偉大な作家たちは、良心の自由は奪われることのない権利であると主張し、人は自分の宗教上の信念に関して誰にも責任を負わないと言った。

 しかし、人が真に関心を持つ事柄については不寛容なものであるから、宗教論争によって心の平和を乱されることを嫌うゆえに宗教的無関心が重視される宗派を除けぱ、信教の自由は現実にはほとんどどこにも実現していない。

 あらゆる宗教人は、他の宗派に対する寛容の義務を心得てはいるが、心の中では密かに例外を設けている。例えば、教会の運営に関して反対者に寛容な人も、教理に関してはそうではない。またある人は、どの宗派にも寛容だが、カトリックとユニテリアンだけは許さない。ある人は、啓示宗教の信者以外は認めない。わずかながらもっと寛容な人たちもいるが、それでも唯一神と来世に対する信仰を持たないものは認めていない。

 つまり、多数派意識がなおも心の底に強く残っている場合には、自分たちに従わせようとする要求は少しも弱まりはしないのである。

 

 特異な政治上の歴史を持つイギリスでは、他のヨーロッパ諸国と比べて、法の締めつけは比較的緩いが、むしろ世論の締めつけがきびしい。

 イギリスには国会や政府が個人の行動に直接干渉してくることに対しては強い警戒感がある。しかし、それは独立した個人に対する正当な配慮から来たものではない。イギリスでは政府というものは国民の利益に反する存在であるという考え方が根強く存在する。したがって、多数派の人たちは、政府の権力は自分たちの権力であり、政府の意見は自分たちの意見であることがまだ分っていない。多数派がそれを知ったときには、いま世論からの干渉に曝されている個人の自由は、政府からの干渉にも曝されることになるだろう。

 しかし、今のところ、個人の行動がこれまで規制されていなかった新たな領域でそれを規制しようとする法律に対する抵抗感は依然として根強い。しかも、その規制が合憲であろうとなかろう情況は変わらない。つまり、このような健全な反発心は、個別の場面においては、正しく発揮されることもあれば、間違った場合に発揮されることもある。要するに、個人に対する政府の干渉の当否を測る物差しは事実上存在しないのである。その当否を決めるのは個人的な好き嫌いでしかない。

 悪を懲らしめ正義を実現する必要があるときはいつでも喜んで政府を引っ張り出す人もいれば、人間社会の中に政府の支配を受ける領域を一つ増やすぐらいならどんな社会悪でも我慢するほうがましだと思う人もいるということになる。

 そして、人々はこのような感情にもとづいた方針にしたがって個々の場合にどちらかの立場をとっているのである。

 そのほかにも、政府に提示された個別の政策に対して感じる利害の程度に応じて、自分の立場を決める人もいるだろうし、政府のやり方が自分の気に入ったやり方であるかどうかで立場を決める人もいるだろう。

 しかし、どんな政策を政府にやらせたら良いかについての一貫した意見に基づいて、自分の立場を決める人はまれである。このように原理原則が存在しないために、どちらの立場が間違っているか、決め難いのが現状である。逆に言えば、政府の介入を求めることも、政府の介入を批判することも、同じように間違っている場合が多いのである。

 

 本書の目的は、一つの単純な原理を導入して、社会が個人を強制的に支配するやり方を、それに従って規制しようと言うものである。これは、刑罰による肉体的な強制の場合も、世論を通じて道徳的に強制する場合でも、同じように適用される。

 この原理とは「社会の防衛という目的があるときのみ、人々は個人の行動の自由に介入することが許される」というものである。つまり「社会が正当にその構成員に対しその意に反して権力を行使できるのは、その構成員が他人に害を加えることを防ぐ場合だけである」という原理である。

 社会が個人に介入する理由としては、精神的あるいは物質的に社会の構成員のためになるというだけでは充分ではない。何かをするしないにしろ、それを個人に強いる理由が、そうするのが本人にとってより良い選択だとか、本人が幸福になるとか、他人から見てそれが賢明で正しい選択だとかいうのではだめなのである。

 それらは、人に忠告したり説得したり懇願したりするためには立派な理由であるが、従わないならひどい目にあわせると人を強制するときの理由としては不充分である。強制的措置が正当化されるためには、止めさせたいと思われるような行動が他人の害になると判断されねばならない。社会の指示に従わなければならない個人の行動とは、それが他人に関る部分だけである。

 その行動が自分自身にしか関係がない場合には、彼の独立はまさに絶対である。自分自身に関するかぎり、自分の肉体と精神に関するかぎり、個人は独立している。

 

 この原理が適用されるのが成熟した大人に対してのみであることは言うまでもない。法が定める年齢以下の未成年や子供はここでは関係がない。他人の世話が必要な人たちは、他人からの害から守られるだけでなく、自分の行動が自分を害しないよう保護される必要がある。

 また同じ理由から、人々がまだ発展段階にある未開状態の社会も、ここでは考慮の対象とはならない。自律的発展に至るまでに乗り越えるべき初期の困難は大きく、そこを乗り越えるためには手段を選んでいる余裕はない。

 進歩の気概にあふれた支配者は、目的を達成するためにどのような手段を取ることも許される。国民が野蛮人である場合には、目的が国民の向上であり、その手段によって実際にその目的を実際に達成できる限りにおいて、独裁もまた合法的な支配形態となる。

 人々が自由で平等な議論を通じて進歩できる段階に達していないなら、原則として、彼らに自由を与えるべきでない。それ以前の段階においては、人々は、幸いにしてアクバルやシャルルマーニュのような優秀な指導者を得た場合には、自分たちの指導者の言うことに黙って従う以外にない。

 しかし、人々が自ら確信して(conviction)あるいは人の説得を受けいれて(persuasion)自分を進歩させる力を身につけたあとでは(われわれがここで論じている国々ではすでにとっくの昔にこの段階に達している)、本人のためになるからといって人に何かを強制することは許されない。

 人に直接何かをやらせるにしても、また相手が応じない場合に刑罰を加えると言ってやらせるにしても、個人に行動を強制するのが許されるのは、それが他の人の身の安全を守るときだけである。

 

 わたしのこれまでの議論が、功利とは関係のない抽象的な正義という考え方に全く依存せずにここまで来ていることをここで述べておくのは意味のあることだろう。わたしが思うに、功利は正義の問題を解決するための究極の拠り所なのである。しかしここで言う功利とは、進歩する存在としての人間に恒久の利益をもたらす、最も広い意味における功利でなければならない。

 このようなレベルの利益が問題になるときだけ、独立した個人が外部からの支配を受けることが許容されるのである。しかも、それは他の人たちの利益に関る行為についてのみ許される。

 例えば、誰かが他人を傷つけるような行動をとった場合には、法によってその人を罰すべきなのは一見して明らかである。刑罰を合法的に適用することができない場合には、世論が非難を浴びせて彼を罰するだろう。

 また、他人の役に立つようなことを個人に強制してやらせて間違いではない場合もたくさんある。例えば、法廷で証言すること、公の防衛活動に参加すること、そのほか自分を守ってくれている社会の利益になるような活動に参加すること、さらには、仲間の命を救ったり、無防備な人が虐待されているのを止めさせたりするような善行を施すことである。これらは、誰かの義務であることが明白なときに、何もしなければその人の責任問題となる。

 人は何かをすることによってのみならず、何もしないことによっても他人に害をもたらす可能性があり、そのいずれの場合にもその人は害を与えた相手に対して責任を取らなければならない。

 もちろん、不作為による加害の場合は作為による加害の場合よりも、強制力を行使するのに慎重でなければならない。悪を引き起こした者に責任を取らせるのは常識だが、悪を防止しなかった者に責任を取らせるのは、比較的な特殊なケースである。

 しかしその特殊なケースに該当するような重大かつ明白な場合がたくさんある。個人は、他人との関りを持つあらゆる局面において利害が発生する場合には、その利害の当事者に対して法的責任を負い、必要があれば、その利害の当事者を保護する社会全体に対して法的責任を負うからである。

 しかし、個人に対して責任を負わせないほうが良い場合もまたたくさんある。それは、その方が社会にとって特に有益な場合である。例えば、社会が個人に対して支配力を発揮して個人を規制する場合よりも、個人の裁量に任せたほうが本人がうまく働ける場合。あるいは、個人を規制しようとすると、害悪を防止するどころか逆に害悪を引き起こしてしまう場合である。

 このような理由から個人に責任をとらせることができない場合には、いわぱ裁判官席は空席となっているのであるから、個人は行動するにあたって、おのれの良心を裁判官として、社会の保護を受けられない当事者の利害を擁護していくべきであろう。社会の仲間に対する責任を免除されている以上は、その個人はより厳正に自己を裁かねばならないのである。

 

 人の活動領域のうちで、個人と区別された存在としての社会とごく間接的にしか関係しない領域がある。それはある人の人生と行動のうちでその人自身にしか関係しない領域である。また、他人に関係があっても、その他人が騙されることなく納得して自由意志からその個人に関っている場合である。

 「その人自身にしか関係がない」というのは、当初は直接にはそうであるということである。もちろん、その人自身に関ることは、いずれはその人を通じて他の人にも関る事となるかもしれない。このような付随的な事態に基づいた反論については、後々の考慮の対象とすることにしたい。

 この「その人自身にしか関係がない」領域こそは、人間が持つ自由の領域と言ってふさわしいものである。

 その領域には、まず第一に心の内面の領域がある。この領域は、もっとも広い意味での良心の自由、思想信条の自由を求める。どのような意見を持とうと、どのように感じようと全く自由でなければならない。それは、現実的なことであろうと、観念的のことであろうと、また、科学であろうと、倫理であろうと、神学であろうと、同じでなければならない。

 表現の自由や出版の自由は別の領域に入ると思う人もいるだろう。確かに、個人のこのような行為は、他人に関係のある行為ではある。しかし、表現と出版の自由は、思想の自由と同じくらいに重要なものであるだけでなく、思想の自由とほとんど同じ原因から生まれたものであるために、現実には思想の自由と切り離すことはできない。

 第二にこの自由には何を好ましいと考え何に従事するかの自由が含まれる。つまり、自分の性格に合った生活をする自由、自分のしたいようにしてその結果を受け入れる自由である。人に迷惑をかけないかぎり、人からとやかく言われることのない自由である。間違っているとかおかしいとか変だとか人が思っても関係ないのである。

 第三の自由は、第二の自由と同じ制約を受けはするが、個人の自由から派生した自由である。それは個人が互いに結束する自由、つまり団結の自由である。その目的は他人を害するものでないかぎり何でも良い。ただし、この団体に所属する構成員は成人でなければならず、また騙されたり強制されて加わったものであってはならない。

  

 政府の形態に関らず、これらの自由が全体として尊重されていない社会は自由な社会ではない。そして、これらの自由が無条件かつ絶対的に存在しない社会は自由な社会ではない。その名に値する真の自由とは、他人の利益を奪おうとしたり、利益を求める他人の努力の邪魔をしないかぎりにおいて、自分の利益を自分のやり方で追及する自由である。

 身心いずれの面においても個人の健康を管理するのは各個人にゆだねるのが最も良い。本人以外の人間に良いと思えるような人生を各個人に強いるのではなくて、本人が良いと思うような人生を認めてやることが、人類にとって最も有益なことなのである。

 

 このような考え方は何も新しいものでないし、ある人にとっては自明のことに思えるだろう。しかし、現実に行われている考え方とこれほどはっきり対立する考え方はない。社会はこれまで、何をもって社会人としての美徳とするかについての社会の考え方だけでなく、何をもって個人としての美徳とするかについての社会の考え方にも、個人を適合させようと、(その能力に応じて)必死に努めてきたからである。

 古代の社会は、個人の行動のあらゆる面を公権力によって規制する権利が自分にあると考えていたし、また古代の哲学者たちもこの規制を認めている。それは、当時の国は全市民の身心両面における鍛練の状態と重大な利害関係に立っていたからである。このような考え方が出てきたのは、当時は国がまだ小さくて、まわりを強敵にかこまれており、外からの攻撃によっても内乱の発生によってもいつ転覆するかもしれなかったからである。このような国では、少しでも力を緩めたり自分を甘やかすようなことは、致命的であったために、自由の有り難い効果を待っている余裕はなかったのである。

 現代では、国家は巨大化し、また精神界の権威と現世の権威が分離した結果(人々の心の指導は世俗界の出来事を統制する人たちとは別の人たちに委ねられている)、これほど深く個人の生活の細部に法律が干渉することはできなくなった。

 しかしながら、本人の自己配慮(self-regarding)に属する事柄に対する世論の締めつけはむしろ厳しくなってきている。これは社会の問題に対する世論の締めつけよりもむしろ激しくなっていると言える。

 その中心を担っているのが、道徳観の形成に関する要素の中で最強のものである宗教である。その宗教を支配しているものはといえば道徳的厳格主義であり、人間の行動の全部門の支配をもくろむ教権政治の精神なのである。

 また、過去の宗教に厳しく対立してきた現代の改革派たちの中にも、精神的な世界を支配する権利を主張することにかけては、どの教会や宗派にも引けを取らない者がいる。コント氏などは特にそうで、『実証政治学概論』の中に展開された彼の社会システムは、法律よりも道徳を活用して個人に対する社会の独裁を打立てようとしている。これは古代のどの哲学者たちも考えたことのないほど厳格な規律を重んじる政治思想である。

 

 問題は個々の思想家たちの考えにとどまらない。世論と法律によって社会の力を個人の上に不当に及ぼそうとする傾向は、世の中の全体に広がりつつあるのだ。現代の世界に起きている変化は、社会を強くして個人の力を弱めようとする方向に向かっているため、個人を侵害しようとする害悪はとても自分から消えていってくれそうにない。いやむしろその力は大きくなるばかりである。

 支配者であると一市民であるとを問わず自分の意見や好き嫌いを行動規範として他人に押し付けようとする傾向は存在する。しかし、それを下から支えているものは、人間が生まれながらに持っている最も立派な感情だけでない。そこには、最も下劣な感情も関っているのだ。そのため、この傾向はますます活発になっており、これを押さえるには、その力を殺ぐ以外に方法はない。その力は減少するどころか、ますます大きくなっているのである。

 今ここでわれわれが鉄の意志をもって、個人に対する社会の締めつけによる被害を防ぐ強力な砦を築くことができないなら、現在の世の中の状況では、この被害はますます拡大するばかりであることを覚悟しなければならない。

 
ここでいきなり一般的な自由に関する議論に入るより、まずその一部分の自由に話を限定するほうが議論が進めやすくなるだろう。この部分では、わたしの提案した自由の原理が、ある程度は現代の有識者たちによってすでに認められている。この部分とは思想の自由のことである。そして、思想の自由と言論出版の自由は同じ系列に属しており、二つを切り離して考えることはできない。

 この二つの自由は、信教の自由と自由な社会を標榜するほどの国ならどこの国でもある程度は政治的な常識になっている。しかし、この自由の哲学的および現実的根拠については、一般にあまり知られていないし、多くの著名な思想家たちもこの問題については思ったほど徹底した検討を加えていない。

 しかし、思想の自由の根拠を正しく理解すれば、もっと広い範囲の自由の問題を理解するすることに役立つはずである。また、この部分を徹底的に考えておけば、残りの部分を考えるのがやり易くなることは間違いない。したがって、今から話すことが周知の事実である人たちも、三百年にわたって議論されてきたこの問題について新たにここで議論することをお許しくださることだろう。
 

誤字脱字に気づいた方は是非教えて下さい。

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